#3 軽薄な友人
……と、いうような事を経て、王子エーミールは普段使っている物よりも堅い、しかし上質なベッドで朝を迎えたのだ。
ようやく穏やかな雰囲気を帯びてきたヴィムとエーミールが使用する寝室に、突然ガチャリと音がする。
「ヴィム~。お前今日朝飯当番だ……」
長い金髪を後頭部で一つにまとめコーヒーを片手に持った青年がノックもせずに部屋の扉を開けたのだ。
「……ぞ……」
まだいい終えてなかった一音を発すると、青年はベッドに座るエーミールと、その横で膝まづいている自らの団長に目を奪われたように動きを止める。
「おい、エーリッヒ。部屋に入る際はノックをしろと……!!」
「勘弁してくれよヴィム……そんなに相手に困ってたなら休みぐらい手配したのに……」
「は?」
「まさかうら若い美青年に施設内で手を出すなんて……そんなに王子に会えないのが寂しかったのか。ここ最近ずっと王子に鍛練でも会えなかったから早く会いたいって言って__」
「なんっ!? 王子の前で何を言ってる!! やめろ馬鹿者!!」
「痛い痛いコーヒーこぼれる!! は!? 王子の前!?」
一連の流れを不思議そうに、しかし楽しげに見つめていたエーミールを見て、再度青年、エーリッヒの動きが止まる。
「え、ほんもの」
「かしこまろうとしないでくれ。私は今は王国騎士団の団員だ」
「え、あ、はい」
まだ状況が掴めていない様子のエーリッヒは、数回瞬きをして、ヴィムの顔を見る。
ヴィムはまだ怒っているような恥ずかしがっているような、安心しているような顔をしていた。
「ヴィムすっげぇ変な顔」
「何か言ったか」
「いやそろそろ解放してほしいなあっておもって」
ヴィムは大きく息をつくと、エーリッヒを締め上げていた手をおろした。
「ご紹介致します。王国騎士団魔導騎士長、エーリッヒ・フォン・シュトランツです」
ヴィムが姿勢を正してその肩書きを口にすると、エーリッヒはヘラヘラと笑う。その顔にどこか嫌味を含みながら、彼は言葉を続けた。
「あー、じゃあ王子様ってのは気にしないでとの事なんで、敬語は使わないな。覚えるのはエーリッヒだけで充分。フォンとかシュトランツとかは覚えなくていいよ。ヴィムと会ったのは六年前だから……お互いに二十歳ぐらいの時だな。で、一年後ヴィムにくっついてた俺も長になっちゃった感じ」
わざとらしくすら思える軽い態度にヴィムは眉をひくつかせているが、当のエーミールは笑顔を絶やさない。
「ありがとう。エーリッヒ。ヴィムにただ付いているだけではそんな場所まで上り詰められないだろう。強いんだな」
「あは、実質初対面なのに強いって言われたの初めてだ」
そうなのか? と首を傾げるエーミールにひとつ笑ってから、エーリッヒはヴィムを見た。
「んで? 王子様の偽名は? まさか考えてないとか」
「……あ」
「だめじゃんヴィム~」
軽薄な友人に背中をつつかれるとうっとおしそうにそれを避け、ふう、と息を吐く。
エーミールを流石にそのままの名前にしておくと、本人であると用意にバレるだろう。
その為、必然的に仮の名前をつけなければならない。
「昨日は夜に押し掛けたから仕方がないさ」
苦笑を溢しながら言うエーミールに、そうだ、とエーリッヒは何か思い付いたように声を上げた。
「名字はヴィムのを使おう。確かヴィムの親父さん、十人とかのほぼ男の兄弟だったろ? 少しくらい名前の知らない人もいるかも」
「なっ……!! 王子に臣下の名を名乗らせる訳にはいかないだろう!」
「頭かったいぜヴィム。それぐらいしないとばれちまう。あと王子は今は王子じゃないって言ってるだろ」
「しかし……!!」
「おら、お前今日朝飯当番。もう5時だ。早く行かなきゃ怖いけど皆大好き美少女ツェンタちゃんから大目玉食らうぜ」
「あっ……!! 申し訳ありません王子! 少々失礼致します!」
ヴィムは自らの持つ懐中時計を見て、慌てたように部屋を出ていった。エーミールへの礼だけは忘れずに、ループタイは忘れて。
エーリッヒはそれを面白そうに見送ってから、持っていたコーヒーを机に置き、エーミールの近くに椅子を持ってきた。それに座ると、ヴィムの名前を確認するように口ずさむ。
「……ヴィルヘルム・フォン・シャルンホルストは、貴方の"剣"です」
「……ああ」
剣。こちらがが友人のよう慕っていたとしても、そんなことはどうでもいいと言うように、王族を護るものであるという現実を突きつけられる。シャルンホルスト家は、王の為に尽くし、王の代わりに戦い、そして果てる。そんな一族だ。
エーミールは顔を暗くし俯くと、ちょうど過去に彼に付けた傷と同じ、右の頬に触れる。
「でも、"ヴィム"は俺らの親友だ」
だろ? と、口角を上げるエーリッヒに、エーミールは僅かに目を見開き顔を上げる。肯定を示すように顔を綻ばせたのを見て、話を元に戻した。
「さて、王子の名前どうする? なんか好きなものの名前とか、思い出に残ってるものとかのほうがいいと思うけど」
「……思い出か」
何かを思い出したようにその言葉を反復すると、今までで一番やわらかな笑みを浮かべる。
「決まったよ」