#2 交渉
「……ルーカス王、お休みの所申し訳ありません。エーミール王子が謁見したいと仰せられております」
王……エーミールの父であるルーカスの自室。そこにノックの音が響く。
「入れ」
威厳のある声が扉越しに聞こえ、使用人が扉を開けた。エーミールが一礼をして中に入ると、使用人はその場から離れる。
ルーカスは既に就寝の準備に入っていた。
「こんな時間にどうかしたか」
「……こんな時間でなければ、私とお話をしていただけませんから」
困ったように笑うエーミールに、酒を煽りながらルーカスは「それもそうだな」と僅かに頬を緩める。
「……話というのは、やはり軍人として戦場におもむきたいという話か」
「はい」
「許すわけにはいかない」
ルーカスはもう話は終わりだというように白髪混じりの長髪をかきあげ、手元の本に目を落とした。
しかし、それで諦めるほどエーミールは素直でもない。
「私も、引くわけには参りません」
薄暗いランプのみで照らされただけでもその瞳は強い輝きを放ち、ルーカスを見据えた。すると彼は本を閉じ、紺碧の瞳で見つめ返す。
「座りなさい。主張を聞こう」
「ありがとうございます」
エーミールは深く頭を下げると、近くに置いてある椅子へと腰かける。
「……私は、王子であるという立場を言い訳に民を見捨てたくはありません」
その表現に、ルーカスは何か引っ掛かったような表情を見せるが、先を促した。
「……続けなさい」
「私が楽器演奏や舞踏に興じている間、軍のものは魔物と戦い傷ついているでしょう」
「それは、お前の王族として出来なければならないものだ。興じているのではなく鍛練だろう」
諭すように、気に病む事ではないと告げるが、納得のいかない様子でエーミールは首を横に振る。
「私はそれで、死にそうになったことはありません。恐怖に溺れたことも」
「なるほど。受ける苦しみはあれども、兵士たちほどではないということか」
自分の主張のみを正義とし、全てを否定する態度を見せないルーカスは、僅かに同調を見せた。
「はい。勿論私もヴィムに教わって剣術の鍛練もしておりますが、最近はそれが本当に正しいのか悩まされました」
「……と、言うと?」
「鍛練中、私が恥ずかしながら足がもつれた際、ヴィムに怪我を負わせました」
「ああ、懐かしいな。五年前の頬の傷か。あれは跡こそ残ったが、名誉だとヴィムも言っていただろう」
遠くを見つめ言った彼に、エーミールは唇を噛む。
「怪我に……!! 名誉など有りません……!!」
苦しげな息子に眉間のしわを深く刻むと、肩に手を乗せる。
「落ち着きなさい。……今は、続きを」
「っ……はい」
苦い表情だが、エーミールは話し続ける。
「ヴィムも、今でこそ王国騎士団の団長という立場に居ますが、結局は我が国の民です。そのヴィムに、私のせいで怪我をさせてしまいました。彼は魔物とも戦うというのに、余計な怪我を負わせてしまいました」
「では、お前が軍へ入るのを希望したのはヴィムへの償いのつもりか? そんな事ではヴィムは自決するぞ」
「わかって……います。ですから、償いではなく、私が傷つけてしまったヴィムを含め、危険ならばそれを私が請け負って、どんな些細なことだろうと民の力になりたいのです」
力強く言う彼に、ルーカスはそっと目を閉じる。そして、床から出ると窓へ向かった。
蒼い月を瞳に反射させながら、深く息を吸う。
「王位をお前に渡すまで、お前はヴィムに預かって貰おう」
「__! では……!!」
「支度をしなさい。丁度ヴィムは今日軍の会議でまだ城内にいるだろう。再度足を運ばせるのも申し訳がない」
「はい……!! ありがとうございます……!!」