表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
<R15>15歳未満の方は移動してください。

深夜コレクション2

作者: ひろち

 若い女性の調査員と組まされる事になり、今回ばかりは、ほっとしていた。

 女性は基本的には男の浮気を許せる筈がないので、仕事に徹していても、どこか不機嫌な気がする。

 だが、今回は、浮気は浮気だが、夫がネットで知り合った複数の男と頻繁に会っているらしい。

 男の相棒とゲイの調査では、不快感が強すぎる。

 「BLですよ。イヤー!」

 私の不機嫌を察しているのか、軽口なのか分からないが、相棒としては適役な子で良かった。


 依頼人は20代の主婦で、大学で非常勤講師をしている、知的な夫に出会って結婚し、仕事は辞めてしまっていた。

 「モテる人なので、女性相手の遊びなら気にしないですけど、誰にも相談もできませんし。」

 これが、重大な事なのか、自分はどうすればいいのか、まだ、決めかねている様子だった。

 夫は確かに知的な風貌で、女性的ではなく、分からないが、お姉系ではなさそうに見えた。

 聞きたくもないが、仕事なので聞いた。

 「ご主人には、女性的な面はありますか?仕草や話し方、服装とか?」

 「いえ、全く、普通でした。」

 そんな事は言いたくもないという顔だった。

 「では、何で、その様な疑いをお持ちなんですか?」

 夫の部屋に入ると、珍しくパソコンが開けっ放しになっていて、覗いて見ると、ネットで知り合った相手と会う約束をしていて、相手は男性ばかりだったのだそうだ。

 依頼人は、パソコンやネットには詳しくないので、触ると夫に知られてしまうと思い、それ以上は自分では調べられなかった。

 夫に知られたら開き直って、どういう事なのか問い正せばいい筈だが、そうしないのは夫に幻想を持っているからだろう。

 その為に、お金を払って調査を依頼するのが馬鹿げているとは、私は思わなかった。

 パソコンを調べれば1時間で済む調査だが、そういう訳で、依頼人の希望により、通常の尾行や身辺調査を行う事になった。

 また、依頼人は、意を決した様に付け加えた。

 「最近、主人は大きい病気をして、入院したんです。一時は、かなり悪くて、この体はもう駄目だ、なんて言うぐらいでした。それでも、病気は全快したんですが、退院してから、時々、何を考えているのかわからない時がある様になって。」

 私は、相棒の女の子の反応を待ったが、性生活についての質問は発せられず、私もそれに従った。

 夫と男性達とのネットでのやりとりが、何かのホームページなのか、メールなのか、SNSなのか、相棒の女の子が訊いたが、依頼人は気が動転してしまっていたそうで、確認していなかった。

 私もネットには詳しくないし、どうせ夫を尾行すれば相手は分かるので、重要ではない。


 夫は、平日に大学に通勤し、どれくらいの授業数かは聞いていないが、9時から5時頃までの勤務を休まずにこなしていた。勤務先で、ゲイの関係を持つとは思えず、大学での調査は行わなかった。

 5時頃、勤務が終わって大学から出てくる夫の尾行を始めて1週間後、夫は新宿駅で電車を降り、ライオン広場で男性と落ち合った。

 男性は、30代頃で、中肉、中背、眼鏡をかけ、青白く、顔は可もなく不可もなかった。地味な服装で物腰が低く、お辞儀を繰り返して恐縮している様子から、おそらく、依頼人の夫より社会的地位の低い職業についていると思われた。

 二人は、手を繋ぐでもなく、体の距離が近すぎるでもなく、依頼人の夫は少し楽しそうだったが、特別な関係には見えず、依頼人の夫が話しかけ、相手の男性は普通に答える程度だった。

 二人は、5分程歩き、依頼人の夫が予定していたと思われる普通の喫茶店に入った。

 相棒の女の子と話し合うまでもなく、私が一人、少し間を開けて店内に入った。

 店内は混んでいて、二人の男性達の席の近くには案内されなかったが、あまり近いと顔を覚えられてしまう危険があり、現時点では幸運とも不運とも言えなかった。尾行を続けてホテル等に入れば証拠になるので、会話の内容は必ずしも必要ではない。

 だが、話は聞こえないまでも、二人の表情は確認できた。二人ともコーヒーか紅茶か分からないが、飲み物だけで、意外と真剣な表情で、雑談というよりは、お互いの意見を交換している様に見えた。

 小一時間程、そんな状態が続いた後、依頼人の夫が男性に1枚の書類を渡し、男性はその書類に何かを書き込んでいた。難しい内容ではなく、10か所程度にチェックを記入している様に見えた。

 それが終わると、男性は書類を依頼人の夫に返し、二人は席を立って、店を出た。

 間を置いて、私が店を出ると相棒の女の子から電話があり、二人は店を出るとすぐに、お辞儀をして別れてしまい、自分は相手の男性を尾行している、依頼人の夫は新宿駅の方向に向かったので、そっちをお願いしますとのことだった。

 新宿駅の方向に歩いていくと、夫はすぐに見つかり、尾行を続けたが、どこにも寄らず家まで帰っただけだった。

 相棒の女の子から、後日、報告があり、男性は、その日、夫と喫茶店で別れた後、数件の本屋によって数冊の本を買い、新宿駅から帰宅していた。男性の家を突き止める事が出来たので、相棒の女の子が男性の身辺調査を行う事にした。

 私は、男性がどんな本を買ったか訊いたが、相棒の女の子は、「えーっ!そこですか?」と言った。


 2週間後、夫は、また別の男性と同じ場所で落ち合い、同じ喫茶店に入り、やはり特別な関係には見えず、喫茶店から出ると分かれていた。今回も、店内では、近くの席には座れず、何を話しているかは分からなかったが、会話は白熱しており、甘い雰囲気はなかった。

 男性は、前回の男性に比べると若く、20代後半頃、眼鏡をかけ、派手ではないがイケているスーツ姿で、映画等で見るゲイの男性のイメージに近かった。地味な印象はなく、羽振りが良さそうで、恐縮した様子もなく、夫に比べても社会的地位は同等か自分ではそれ以上と思っている様子で、活発に話をしていた。

 今度も、男性を女の子が尾行し、家を突き止める事が出来た。


 2か月の調査で、夫が会った男性は他にもう一人で、計3人。いずれも再度、会ってはいなかった。

 夫の行動も、女性とは会っていなかったが、立ち寄り先やその他の交友関係等もゲイ趣味を思わせるものはなかった。

 また、夫が会っていた男性達も調査したがゲイの確証はなかった。

 

 夫が男性とホテル等に入るところを確認できなかった事、特定の男性と二度以上会っていない事、相手の男性達もゲイとは思われない事から、夫はゲイではないと判断できる。

 このため、私と相棒の女の子は、依頼人に報告を行った。無駄な調査は苦情になる。

 だが、依頼人は意外にも、相手の男性に直接面会し、夫との話の内容を確認するようにと指示を出した。

 「相手の住居は押さえてありますので可能ですし、ご主人と再度、会う事はなさそうですが、謝礼や口止め料は必要だと思います。それでも、最悪、ご主人に調査の事が知られてしまうかもしれませんが。」

 私は、そう念を押したが、依頼人は考えを変えなかった。

 「事ここに至ってはと言うんですかね、複数の男性と会っているのでは疑われて当然なので、夫は理解すると思います。」

 パソコンの覗き見は許されないが、ゲイの疑いの調査は許されるのか?私は内心、首を捻ったが、証拠を押さえた者が勝つのは夫婦関係でも同じらしい。

 私は依頼人に謝礼と口止め料として、15万円を要求すると、依頼人は手数料抜きで、その額が相手に支払われると確認した上で了承した。


 目を丸くしていた相棒の女の子は、案の定、帰りの車中で、「高過ぎじゃないですかー?5万でも高いかも。」と言った。

 「相手にもよるけど、3万ぐらいだろ。奥さんが本気か知りたかったんだ。夫にばらされて苦情になったら面倒だ。あの様子だとバレても構わないんだろう。」

 残りの額は、勿論、依頼人に返す。

 「3人のうち、誰にしますか?」

 相棒の女の子は、調査で最初に確認した地味な男性が気が弱そうで、バラさないのではないかと言ったが、私は2番目の男が適当と思えた。

 地味で気弱な男は秘密を抱えられないだろうが、2番目の男は自信家でバラさないと決めたら、自分の判断を信じるだろうし、そもそも、最初の男は気が弱いなら話に乗らず、2番目の男は野心家らしいので金額に関わらず儲け話には乗りそうに思えた。

 「先輩がそう言うならー。」と、相棒の女の子も異論はなかった。


 2番目の男は、独身で、埼玉県在住で、県内にある駅前のIT企業に勤めていた。いかにもベンチャー企業的な社名で、私も相棒の女の子も知らなかったが、男はマンションに住み、外車を所有しており、給料はかなり高いのだろう。

 男は、仕事が終わると週に何度か、いくつかのバーで飲んいた。

 私は、そのうちの都内の店を選んで、相棒の女の子を向かわせた。生活圏から遠い方が警戒が緩み、中年男性の私より相棒の女の子の方が、警戒しないだろう。

 相棒の女の子は、バーに入るとカウンターの男の席の隣りに座り、男の名前を言って話しかけた。

 男は驚いたが、相棒の女の子が自分の素性を明かし、スマホで調査会社のホームページを見せ、事情を話すと、やはり話に乗ってきた。最近は、ホームページである程度の信用が得られる。ホームページはパスワードを入力すると所属調査員の氏名と顔写真が確認できるシステムになっていた。

 相棒の女の子は、男をバーから喫茶店に誘導し、私もそこで落ち合った。

 話をしてみると、男は、やはり自信家で野心家だったが、意外にも善良な一面がありそうに思えた。

 「私がゲイですか?受けますね。」

 男は、私達を恐れる事もなく、状況を楽しんでいた。夫の氏名も知らず、何かに深く足を踏みいれてもいないので、危険を感じていなかった。

 私は、夫と何の話をしていたのかを聞いた。どんな関係かも、それで分かるだろう。

 「あの先生とは、ネットの社会問題解決のサイトで知り合ったんです。日本では実験的で遊びみたいなものですが、海外では既にそんなのがあるんですね。で、僕は埼玉県にずっと住んでいる事もあって、東京に集中した資本等を、周辺地域に次第に拡散して行き、最終的には地方の過疎化や地域社会の崩壊を防げるのではないかと仮説を立てていて、それに先生が興味をもってくれて、会う事になったんです。さすがに大学の先生だけあって、理論的に弱い部分を色々と指摘してくれましたよ。」

 男は自分のiPadでそのサイトを見せてくれた。男は、自分の氏名を少し引用したハンドルネームで、今、語っていた自説をそこに乗せていた。夫は自分の氏名等とは全く関連のないハンドルネームを使っており、男の説にコメントを書いていた。

 夫から誘われなかったか訊くと、誘われるどころか、その日は他に予定があり1時間しか時間がないと言われ、次に会う約束もしなかったと言う。

 出会ったのがゲイのサイトではなかった事が確認できたし、話の内容からもゲイの疑いはなかった。

 謝礼と口止め料の3万円を提示すると、男は、「これが相場なんですかね。」と軽口を叩いて受け取った。面白い事があったと、周囲に話すだろうが、夫にバレなければ問題はない。

 終わったと思い相棒の女の子と男が立ち上がりかけたところで、私は思い出して訊いた。

 「その人から、最後に渡された書類は何だったんですか?チェックシートみたいなものですか?」

 男は、少し驚いた様子だった。

 「えっ、そこまで知ってるんですか?さすがですね。」

 だが、男は悪びれた様子はなかった。

 「おっしゃる通り、チェックシートでしたね。内容は、あまり具体的には覚えていませんが、誰かの、多分、先生の考え方とどの程度一致するかを判定するシートかなと思いましたね。研究に使うとか言ってましたね。」

 「何か一つでも質問を覚えていませんか?」

 食い下がる私を、相棒の女の子は理解できなそうに見ていた。

 男は、嫌そうでもなく話してくれた。

 「僕はエンジニアなので、自らをバージョンアップするソフトは作成可能か?というのを覚えています。『可能』という事にしておいたら、後で先生に訊かれて、AI機能を搭載しても技術的には難しいと思いますが、不可能ではないと思うと答えました。それで盛り上がるかと思ったら、先生は何か真面目になってましたね。」

 「何か言ってましたか?」

 男は、何か迷ったようだったが、結局、大した事ではないと思ったらしい。

 「オリジナルのソフトが自分のコピーを作成した場合に、コピーも自分をオリジナルと思うか、と訊かれました。」

 相棒の女の子が、割り込んできた。

 「それは、コピーを作るときの設定で、どうにでもなりますよね?」

 男は、多少、優越感を滲ませて言った。

 「勿論、そうですね。だから、先生が言いたかったのは、どちらにすべきと判断するのが合理的か?なんでしょうね。私はコピーにはオリジナルと思わせない設定にするのが合理的だろうと答えました。先生の反応は、複雑で、何か考えているようでしたね。」


 無用な警戒を持たせない為に、私と相棒の女の子も男と一緒に店を出た。

 私達がお礼を言うと、男は挨拶をして帰って行った。

 帰りの車中で、私が運転していると、相棒の女の子がスマホをいじりながら言った。

 「さっきの人が言ってた社会問題解決のサイトなんですけど、当たり前ですけど、女の人も大勢、自説をアップしてるんですけど、夫は何で男性にばかり会ってたんですかね。ちょっと怪しくないですか?」

 「女と会っていたら、普通に浮気を疑われるからだろ?」

 相棒の女の子は、「そう言えば、そうですねー。」と言って笑った。

 人間の脳は一度に二つの事を考えられないから、直近で考えていた事に左右されてしまう。

 私は、夫が女性とは会わなかった事について、違う可能性があると思っていたが、今のところ可能性は低く、話す必要もなかった。


 依頼人への報告は、依頼人の自宅に訪問して行った。相棒が女の子だと、自宅に伺っても、何かの業者だと思われるだけで近所にも怪しまれない。

 私は、夫と男性の会話の内容を説明し、相棒の女の子は、相手が男性ばかりだった理由について説明した。謝礼と口止め料の残額は、清算に含めずに返却した。

 これで終わりと帰ろうとしていると、依頼人が言った。

 「でも、夫は自分の考えを突き詰める方なので、興味を持ったら、女性が相手では浮気を疑われるなんて気にしないはずなんです。」

 相棒の女の子は、勝ち誇ったように私を見ていた。

 営業的には、調査の継続を勧めればいいのだが、堂々巡りになる可能性もあり、私は自説を披露した。

 依頼人は絶望的な表情になった。


 私の自説はこうだった。

 夫は、おそらくゲイではなく、ゲイの相手を探していたのでもなく、自分の複数の複製を探していたと思われる。いわゆるドッペルゲンガーに近いが、容姿は含めず、あくまでも考え方が自分とかなり高い率で一致する人間がいて、それはもう一人の自分であると考えていたのではないか。

 大きい病気をして、この体はもう駄目だと思った時に、他の体を探さなければと思ったとしても不思議はない。

 そこで問題になるのは、自分がオリジナルなのか単なるコピーの一つに過ぎないのかであり、単なるコピーであれば、他の体に移る必要はなく、できないだろう。

 自分が意志や思考の一つのオリジナルであり、他の体に移る事が出来るなどと公言している者はいない。

 だが、自分も大病をして死線を彷徨った時にしか思わなかった。退院後は、おそらく、そう本気で思ってしまったという記憶が頼りだったのだろう。

 意志や思考が主で体が従であると考える方が、千差万別の環境で生まれ育つ個別の人同士が同じ考え方を持つ理由を説明しやすい。

 女性と会わなかったのは、性別による差を考慮する必要性を省いたのだろう。

 つまり夫は、自分がある思考や意志の一つのオリジナルであり、コピーが複数存在し、自分は自分がコピーされている体に移れるのではないかと考えていた事になる。


 深夜、私はアパートの自室で、依頼人の夫の写真を眺めながら、酒を飲み、YouTubeで曲名も定かではないジャズを聴いていた。

 クラシックを聴く気にはなれず、若者のポップスも、昔、自分が聞いていたものも聴く気になれず、仕方なくジャズを聴いている。テレビもネットも、もうあまり興味はない。

 夫の風貌は知的で物思いにふけるタイプに見えた。

 帰りの車中で相棒の女の子が、「よくあんなの思い付きましたねー。」と驚いていた。

 私は、夫を尾行していたので、夫が本屋でミームに関する本を買い漁っていたのを知っていた。

 ミームとは、文化や思考の遺伝子の様なもので、私達は代々それをコピーして受け継いでいる。

 体が遺伝子の乗り物に過ぎない事実から、更に、思考の乗り物に過ぎないとの考えに至ったのだろう。

 種明かしをすると、相棒の女の子は、「ずるいですよー。」と言って笑っていた。

 対照的に暗く沈み込んだ、依頼人の顔が思い浮かんだ。

 夫がゲイだと知らされても、あそこまでは絶望的にならなかったのではないか。離婚するのか、そもそも、離婚の理由になるのかも分からなかった。

 私は、夫の写真を机の引き出しにしまった。

 夫は、愚かなのか、賢明なのか。夫が奇妙な考えに取りつかれているのは、一時的な事だろう。

 一時的に奇妙な考えに取りつかれるのを愚かだと非難する人間は、愚かに違いない。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ