第三話:交渉術
なんでも、その人物は、全身を真っ赤な鎧で包み、肩には紅蓮の大剣。赤い鬼の面を被り、男か女かもわからないという。背は低く、体格がいいという訳ではなさそうだが、どうやらこの赤騎士に喧嘩を売った数人のギルド剣士が、命ごいをする間もなく叩き伏せられたそうだ。しかも、その中にはAランクの剣士もはいっている…というらしい。
それともう一つ…
噂の赤騎士は、屋敷の庭で瞑想していた。そこには色彩豊かな花々が咲き乱れ、赤騎士の横にはオレンジの百合の花が可憐にちょこんと座っていた。
静寂…風で草花が揺れる音しか耳にははいってこない。木の葉がかさかさと風に揺れ、花びらがそれに続いて静かになびく。
そこに一人の男が、二階の屋敷の窓から顔を出した。きょろきょろと何かを探していたが、庭の隅で瞑想している赤騎士を見つけると、待ちかねたのか突然大声で喋り出した。
「おーい赤騎士!今日ヤンって商人が街に入ってきたが、どうやらそいつ精霊石を扱ってるらしぞ。確か…お前が欲しがってた紅蓮爛と、それプラス、もう何個か!!。」
赤騎士と呼ばれた人物は、叫び声に応えるかのように、鎧の下の体は微かに反応し、瞼をゆっくりと開けた。
「聞ーこーえーてーんーのーかー!!」
その間にも、男は未だに叫んでいる。この男の名はウルガ・バイジャ。ギルドランクはB。屋敷の警備で雇われた一人である。肩にまでかかる白い髪に、後ろに竜の絵が描かれている緑の服を纏っている。印象的なのがその鋭い目つき。そのナイフの如く鋭い眼差しは、ウルガの実力を指し示すものであるといってもいいだろう。その鼻は上向きで細く、唇は薄い。割と端整な顔立ちだ。
「…………。」
赤騎士は気だるそうに立ち上がり、屋敷を見上げた。
「おいこら!!聞こえてんだろ。精霊石が見つかったって言ってんだよ。しかも、幸運なことにヤンって奴は変わり者で、どっかの路頭で売りにだしてるってこった。」
「………。」
なんの反応もない。ただ茫然としている。
こいつ、まだ寝てんじゃねえのか…ったく、当主様もなんでこんな流れ者を雇うんだか。さっぱり分からねぇ。俺がこいつの従者ってのにも納得いかねぇし。
ウルガ・バルジャ。言い忘れていたが、屋敷の警備の外にも彼にはある仕事がある。当主直々に依頼された特別任務。
それは、この赤騎士の警備として雇った報酬の支払い。だがそれは、数が希少である上に、入手が非常に困難な品なのだ。金貨でもなんでもない。銀貨でもない。赤騎士が一年分の契約で要求したのは赤い精霊石だった。
「なぁ…値は一ついくらなんだ?」
「金貨500枚。って言ったらどうすんだい?へへ、若旦那。」
「何言ってんだか。そんな値で売りたいなら、こんなとこで並べるわけないだろ。必死に懐にでも隠してどっかの豪商のとこにでも持ち込むはずだ。それに、ここにいること自体、少なからずあんたにとっては危険なんだろ?」
「いや、いやいやカイリンは安全ですよ?あの警備の方々のおかげでねぇ。」
「それも嘘だ。あの警備の方々が一番危ないんだよ。」
言葉の応酬…きりないな。さっきからこの爺さん話を終わらせる気が全くない。何て言うか…観察されてんな。厄介なのはそれを隠そうとしないとこだ。こうもあからさまにこられたんじゃ、どう切り出していいのか…
「この金色の石は何て言う名だ?」
この爺さんの意図が分かるまで付き合ってやるか。今はそれが一番だろ。相変わらず、目の前の男はシオンから目を離そうとしない。先ほどから唯一変わったところといえば、話の節々に、口元に奇妙な笑みを浮かべるようになったってことぐらいか。
敷物の上には、右から赤、金、青色の精霊石が依然として並んでいる。本物かどうかはやはり分からないが、今は目の前の爺さんの挙動の方がシオンには気になっていた。まぁ、精霊石が二の次になるのもどうかと思うが。
「へへ、金華雹ですよ。青いのは双天蒼。赤いのは紅蓮爛。この深くて吸い込まされそうな赤い色合いが、いいんでさ〜。こいつが、三つの中でも一番レアな精霊石でね。磨けば磨くほど赤くなるんですよ。」
つまり…進化する精霊石ってことか。聞いたことがある。稀に精霊石の中に、高等な精霊もしくは妖精が好んですみついてるものがあるって話だ。それなら、精霊の力が残る限り使える他の回数制限つき精霊石とは違う。半永久的に使うことができるらしい。
「…はっ、もしそれが本当ならこの街全てを買えるぞ?そんなレアな精霊石が、しかもメイスで加工した完成品。話がそこまでいくと、とてもじゃないが信じられないな。」
「へへ…へへっ……若旦那も面白いことを言う。そんならあんたが背中に背負ってるその蒼天槍。それなら、この街が何個買えるのかねぇ。ねぇ気になりませんか?……そうでしょ、鳳眼のシオン。」
男は高らかに笑いだした。手で膝を何度も何度も叩きつけ、喜びを隠しきれない子供のようだ。
発狂したか…そう疑いをむけたくなる程興奮で顔を赤くしている。賑わっていた通りが、反比例して静かになっていった。一人の男の笑い声が、延々とこだまする。奇妙な光景だ。
「………おいおい、爺さん……」
「セイラン竜王隊。獅子王隊。水仙隊。この三つの最強部隊の頂点に立った男。蒼天槍を片手にセイランの生まれ変わりと謳われた武人。隣国ギルバードにすら恐れられた…リン・セイチュウ。へっへっへ、懐かしくないかい?」
「………。」
シオンは黙っていた。相変わらず目の前にいる爺さんは笑い続けている。この耳に響く喧しい笑い声…昔、どこかで聞いたことがある…と思うんだが、思いだせん…
「爺さん、昔どっかで……」
「いたーーーーーーーーーー!!おい、ちゃっちゃと来いよ赤騎士。あの爺だ。」
声がしたほうに振り向いてみると、白髪頭と真っ赤な鬼面がこちらに向かって走っている。
今日は厄日かもしれない。
もっと面白く書きたい〜。感想随時お待ちしています。