149,597,871キロメートル
甘めにしてみました。
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「今週末の金曜日、二十一時に校門集合」
「は、え?」
声に反応して振り返ってみれば、机に向かってお上品に本を読みつつも若干赤面している、今日は二つ結びのおさげで伊達眼鏡という、色々と狙っているのかと問い詰めたくなる少女が居る。
まぁ、彼女が唐突に何かを始めたり、いきなり奇行をしたりするのはある意味で日常茶飯事でもあったりするので、別にそういう意味では驚いたりはしない。
とは言え、クラスでも浮いているらしい彼女と、二人しか居ない天文部部室で、いきなり何かの予定を語られて即座に行動が出来る人間は、絶対に居ないと思う。
「ごめん、もう一度言ってくれる?」
「……」
読んでいた文庫本を閉じ、我ながらヒクついているなと感じつつも軽く笑いつつ、天海静音さんとやらに問い掛ける。
金曜日って明後日なんですけど? 真夜中に学校の校門に集合? と言うか夏休み中ですよ今? まさか侵入でもする気か? ていうかその言い方だと俺にも手伝えと?
様々な疑問や考えが次々と浮かんでくるが、それらをグッと収めてまず話を聞こう。もしかして聞き間違いかもしれない。
そんな思いの自分に対して、彼女は読んでいた本を口元へ持って行き、赤面している顔を隠そうとしつつジト目でこちらを睨んできている。
狙っているのか狙ってないのか判断出来ない行動を取るのが、彼女の天文学的数字ぐらいある問題点の一つだと思う。いや、流石に天文学的数字というのは言い過ぎだけど。
「だから……明日の金曜日、午後九時に福友高校の校門に集合して」
「……」
どうやら聞き間違いの線は消えてしまったようだ。
いや、そもそも可能性は1%もなかったのは分かってた。でも嘘から出た真のほとんどが信じたくない出来事のように、聞き間違いだと信じたい事柄だって沢山あると思う。
と、言うか、天海が言う事は、ほとんどの場合で信じたくない出来事のような気がする。
まぁ、いいさ……どうせいつもの様に何か学校のグラウンドに魔法陣を描きたいから侵入を手伝えとか、土台無理な話だろう。
詳細を聞いて教師にチクってハイ終了。いつものように終わらそう。
「……オーケー、今度は何をするんだ?」
「天体観測」
「……もう一回、なんだって?」
「だから────ペルセウス座流星群の天体観測」
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奇妙奇天烈という言葉がしっくり来るともっぱらの噂が立っている天海静音が、こんな天文部としてまっとうな活動をしようとしているのを始めて見た。
『部員が少なく、隠れ蓑として最適だと思ったから入部した』と天文部部長の俺に言ってきて無理やり入部したという記憶は未だに薄れないし、天文部として何か活動する時に彼女が来た事はなかった気がする。
……いや、そもそも彼女のせいで入部する予定だった後輩や同級生も居なくなったという程の事をしていたから、天海が入ってきたから天文部の活動すらなくなってしまった、というべきなのかもしれない。
まぁ、先生や友人……と言うか、学校全体から彼女のストッパー扱いされている身としては、付いて行かざるを得ない。
とある人物には物好きとまで言われているが……まぁ、物好きだと自分でも思う。
何とか親を説得し、天体観測に必須な道具類を持って、学校まで来た。
珍しく口数の少ない彼女の話によれば、既に顧問には連絡が行っているらしく、後は部長に話を付けるのみとなっていたらしい。そもそも部長の俺に連絡が来るのが最後というのは如何なものかと思う。
そんな事を考えつつも、遂に、我が母校である県立福友高等学校の西校門前まで来てしまった。
校門はうっすらと開いており、通り抜けてみれば生徒玄関口の階段に誰かが座っているのが見えた。まぁ、こんな時間帯に制服の子が居るとしたら、それは不良か又は幽霊だろうと思う。霊とか見た事ないけど。
近付きつつ周りを見ても、他には誰も居ない。学校とはいえこんな時間に入るとなれば、付き添いの先生や警備員の人とかが居ないとダメだろうとは思っていたんだが。
ついでに目の前に来て気付いたが、天海が一昨日と変わらない、おさげ髪と伊達眼鏡のセットだというのは珍しい。まぁ、いつもの学生鞄だけで夜中に学校入口の所で座り込むのはやはりどうかと思うけど。
「おっす。先生は?」
「屋上まで鍵開けておいたから、後適当に、だって」
「先生も先生だなオイ……」
やる気がない顧問だという事を嘆けばいいのか、それとも人柱は俺一人で良いだろと言う顧問の笑顔が予想出来た事を嘆くべきか。
溜息吐きつつ、珍しく宿直室の電気が点いているのはあそこで寝ているからか、とも考えつつ、学生玄関口から入ろうとして……鍵が掛かっていることに気付いた。
「普通こんな時間なら使えるのは教務員用出入口だけじゃない?」
「ハイハイ、ソウデスネ……うーわ、天海に常識を諭されるとか」
「酷いなぁ、珍しくまっとうにイベントこなそうと思ってるのに」
「自覚あるのかないのかはっきりしやがれってんだよ、全く……」
そんなこんなでブツブツ呟きつつ、先導してくれるらしい天海の後を追って、夜の学校へと進入した。侵入ではなく、進入した。
まぁ、それよりもようやくいつも通りに軽口を言い合えるぐらいにはリラックス出来てるようで何よりだ。
普通の女子であるならば夜の学校だなんて怖がって行動出来ないのでは、と思うほどに雰囲気が出ている学校内ではあったが、そんな事が起きる事もなく、この天海静音と書いて電波少女と陰ながら呼ばれる奇想天外な女子は、楽しそうにフロアの電気を点けて行っている。
一つフロアを登る毎に、その階の廊下の電気も全て点けていくものだから、いつもとは違う学校が見えてくる。
どの教室も机や椅子などの物は全て廊下に出されており、入り口には全て鍵が掛けられている。ワックスが塗られているから何も無いのだと予想はできるが、何も入っていない教室というのもまたスゴイ違和感を感じる。
「……なんつーか、すげぇな」
「夜の学校ってスゴイ、ふいんきあるよね」
「『ふんいき』な。その割には怖がってなさそうだけど」
「え?」
「……ああ、いい。分かった。分かったから、その『怖がるって何を? え、何? 怖いの?』みたいなウザい顔やめろ」
「ふふふー、仕方ありませんねぇ? そんなに怖いのなら手を繋いで歩こう? ね? 大丈夫だから、さ?」
「ああ、まず可哀想なものを見る眼やめようか。つーか要らん同情やめろ」
「ほら……私が付いているから。大丈夫」
「あ、その台詞だけで恐怖心が出てきたわ。すっげぇ怖い」
「……あのー、折角怯えている少年を優しく励ますシーンみたいだったのに、私が居るってだけで不安にならないでくれないかなぁ?」
「だから、自覚あるならもうちょい行動抑えてくれないなぁ……?」
そんなくだらない話をしつつ、誰も居らず音もしない校舎の階段を登って四階に着いた。
四階から上の階段には『危険立入禁止』と封鎖するように黄色いテープが張ってあった筈だが、誰がやったのか、俺らが来た時にはもうテープそのものがなくなっていた。
流石にこんな目立つ事をコイツはやらないよな? いやでも前科だけは沢山あるしなぁ、と疑いの視線を天海の背中に送ると、勘が良いのか悪いのか、即座に振り返って反論してきた。
「いや、これは私じゃないよ? 屋上を開放する為に先生が取ったんじゃないかな?」
「だから『これは』って言っている時点で既におかしいと思わないのかね」
「それはそれ、これはこれ」
「そんな詭弁、普通は通用しねぇよ……」
ホコリまみれの階段を登りつつ、最後までくだらない会話をしながら扉の前に立った。
扉の鍵は、本当に外れていた。いや、そもそも掛かっていた状態を見た事がないから外れたのかどうかは分からないけど。
「それじゃあ開けますよ? 準備はよろしいですか?」
「……むしろ今から始まるのは準備だろ。『学校の屋上で天体観測』なんだから」
「それもそだね。んじゃオープン!」
初めて見る母校の屋上の第一印象は、『広くて汚い』だった。
ここ数日間は晴れていた筈なのに水溜りは幾つも出来ているし、転落防止の柵は半分以上朽ちかけているように見える。
田舎の学校でしかも周囲の建物よりかは高い校舎だから、照明は少なくて天体観測にはそれなりに向いているんだろうけど────と、上を向こうとした所で、天海とか言う電波に頭を押さえられた。
「オイ」
「折角なんだし、楽しみは最後に取っておこうじゃん?」
「最後も何も、むしろこれから始まるんだろうに」
「まぁね。それでも一緒に楽しみたいって思うのは、私がジコチューだからかな?」
「そうだな。俺の頭を抑えておいて自分だけ見てる辺りはジコチューだな」
「何故分かった」
「何年お前の相手してると思ってんだ電波」
「最後の単語さえなかったら熱烈なアプローチなのに……」
「だから自覚あるのかないのかハッキリしろっての……」
やれやれ言いつつ、背負っていた大型のショルダーバックから荷物を取り出す。
どうせこんな事だろうとは思っていたし、準備を完璧にしてくるか、何一つ用意しないかのどちらかしか天海はしないのも予想出来ていた。
結果はしてこないだった。天体観測を舐めているのだろうか。
多分舐めているんだろう。何かのイベントだとしか考えてないに違いない。と言うかそういえばイベントと実際に言っていた。何かもう諦めた。
レジャーシートを二枚広げ、小さな方のシートには背負ってきたショルダーバッグや今必要としない荷物を載せておく。
三〜四人は寝転がれる大きなシートには、星座早見表、星図、双眼鏡、懐中電灯、制服の冬服、虫除けグッズ、大きめの水筒と三人分のコップを並べる。中身はそれなりに温かいコーヒーで、とんでもない甘党な誰かさん用の角砂糖の瓶も用意済みだ。
「準備いいねぇ。流石」
「もうツッコまないからな」
「つまんないの」
「……おらよ。準備出来たぞ」
「褒めて使わす」
「何様だオイ」
「ま、ま、今はそんな事、置いといて……さ? ……寝っ転がろうよ」
「……やれやれ」
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分かってる。
分かっては、いたんだ。
これがベッタベタな展開だって。
よくあるストーリーみたいに出来過ぎている物語みたいな状態だって事も、分かってた。
明らかに出来過ぎているから、疑ってしまうぐらいに、おとぎ話になりそうだから。
だって、普通こんな状態になるなんてありえないと思う。
俺が知る部活動は、もっとグダグダとしていたような気がする。
こんなの、あまりにも状況が出来過ぎてて、断れなさすぎて、完成されすぎてて、
「……凄いね」
「……そうだな」
二人してマットに寝そべった。
見上げれば、満天の星空。極稀に流れる、ペルセウス座流星群。
天海静音という、幼稚園からの腐れ縁が天文部に入る前に居た、元部員達とも見た事のある、綺麗な星空だ。
あの時は冬で、少し離れた所にある天文台まで合宿をして、『ふたご座流星群』を観測した。あれが初めての天体観測で、珍しく俺の方から天海に自慢した記憶がある。
時たま近くを通る車の音がする以外には何一つ物音も立たず、二人してただ夜空を見ていた。
1分に1つは流れ星が飛んでいく。天海に言われる前から調べてはいたが、予測通り今年のペルセウス座流星群は豊作の年、らしい。
ただ、互いに何も言わずに星空だけを眺めているのが、どうも居心地が悪かった。
「………………なぁ?」
「……なに?」
「ああ……その、なんだ? 何かあるんじゃないのか?」
「……ん、んー……」
お互いの顔を見ずに、ただ星空だけ見て、意識しないような会話。
仕組まれているような感じがして、ただ嵌ってしまったような感じはしなくて、悪い気分じゃないけど、特段嬉しいという気分でもない、そんなモヤモヤしたのが頭の中にあった。
それは向こうも同じようで、この天体観測を宣言する時のように言葉少なめになっている彼女は、彼女らしからぬ程に言葉を濁している。
けれども、まぁ、どうせと言うか、まぁ、
この天海静音とか言う、型破りを座右の銘としている彼女の、次の行動を予想出来るのはいつだってそばに居る奴の事で、
ああ、分かってる。分かってるさ。
「……なぁんで、そっちは私のことを簡単に分かっちゃうかなー……」
「散々そっちが勝手に振り回してるからだろ……別に簡単でもねぇし」
「こっちはさぁ……それなりに努力してるんだよー?」
「努力の結果が相手に分かっちゃうのも困りもんだな」
「……当事者が何を言ってんだか」
「当事者はお前もだろうがよ……」
「ほら、さっさと言ってまえ」
「む……私がこんなにも緊張してるのに、ずるい」
「……そんな事言われてもな。少なくともリラックスはしてねぇよ」
「ん、なら良し」
「……何処までもジコチューだなオイ」
「ジコチューだもん。だからこうしているんだもん」
だろうな。と、そう言おうとした所で、左手を握られた。
あぁ、ベタな展開。
誰が見ても丸わかりな状況。あまりにも出来過ぎてて気味が悪い程だ。
ま……出来過ぎてるのも、狙っているんだろう。
だから狙ってるのか狙ってないのかハッキリしろと言うんだ。初めからそういう態度ならそういう態度で返すのに。
手を引き寄せられて身体が起き上がり、視界は星空から幼馴染の元へと動いた。
気付けば相手は正座をしていて、俺の左手を持ち上げて両手で握り締めている。
いつの間に解いたのか三つ編みは波打ってすらいないストレートになっていて、
掛けていた筈の伊達眼鏡も何処かへ仕舞い、本当の素顔がこちらへ向いていて、
夜空に慣れてしまっていた眼は、暗闇でも相手の顔の色が分かる位に冴えていて、
「私はあなたの事が、好きです。私の、恋人という意味で、彼氏になってくれませんか?」
「────……」
分かってる。
分かっては、いたんだ。
これがベッタベタな展開だって。
よくあるストーリーみたいに出来過ぎている物語みたいな状態だって事も、分かってた。
明らかに出来過ぎているから、疑ってしまうぐらいに、おとぎ話になりそうだから。
だって、普通こんな状態になるなんてありえないと思う。
少なくとも腐れ縁はどこまでも続くだろうと予想はしていたけど、向こうから来るとは思わなかったから。
俺が知る部活動は、もっとグダグダとしていたような気がする。
在籍していた天文部は、こんなロマンチックなものよりも、もっと青春してない感じの部活だったと思う。
こんなの、あまりにも状況が出来過ぎてて、断れなさすぎて、完成されすぎてて、
予想出来すぎていて、辛くなくて、幸せすぎる。
「……いつからお前と居ると思ってんだっての」
「いでっ」
「こんな奇々怪々なお前について行けるのは俺ぐらいだろうよ」
「……だからと言って顔にデコピンするのは酷い」
「こんな所ででも復讐しないとやってけないからな」
「……」
そうやって笑って、上を見上げれば丁度良く流星群が二つ飛んでいく。
星が流れるっていうのは綺麗だけども言葉にすれば些か不安にならなくもないと、ヒートアップしていた頭を冷やす為にどうでもいい事を考えていると、また手を引っ張られた。
今度は、体ごと。
重力と何気に強い腕力で引っ張られればそのまま天海の上へと倒れる事になってしまい、『なんだこの押し倒してしまったような状況』だとかを考える暇もなく、してやったりと悪戯っ子のように赤く笑う静音の顔が視界に入る。
「きゃー、おしたおされちゃった─」
「……オイ、その棒読みは何だ……?」
「へへ、意趣返し?」
「オメェなぁ……」
「キミもちゃんとした言葉を言ってくれないと、ジコチューな私は満足できないかなーなんて、思ってみたり、言ってみたり」
「………………」
ああ、もう、
カワイイなぁ、こんちくしょう。
「こんな幼馴染で良ければ。いつでも止めるしどこまでも付いて行くよ」
「もう……そこは『黙って俺に付いて来い!』じゃないの?」
「お前の先を行く奴なんてそうそう居ねぇよ……」
「むぅ……じゃあ、彼氏さん」
「はい、何でしょうか」
「この奇妙奇天烈、電波で奇想天外、ジコチューで甘党なお嬢様にキスをしなさい」
「……自覚あるのも困りモノだな」
「直せって言ったのは彼氏さんでしょう?」
「俺は直せとは言ってないぞ? 静音」
「……」
「ガンガンいっちゃう何処までも未来志向でジコチューでお姫様のお前に、何処までも付いて行ってやるよ。って言ってんだ」
「天海静音。あなたの事が好きでした。俺と付き合ってくれませんか?」
「────物好き」
「どっちも、だろ」
私にしては糖分増し増しのような作品。書いたのは大学生最後の夏。
活動報告に色々と裏話でも載せようそうしよう。(ステマ