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8/11 0:03:00

 光の粒子が終息するように形どり、それが一人の男の姿を作った。

 目を開けて東吾は確認する。

 風の感触も草木の匂いも感じられる大地のフィールドに、彼は今立っていた。


「これが仮想現実世界だなんて、信じられないな」


 東吾にとっては初めて体験するVR世界。

 軽く手足を動かしてみたが、現実世界と何ら変わらない。

 服装が先ほどまで来ていたTシャツではなく、異世界の住人らしい服装になっていた。


『どうだ、そちらの状況は』


 文人からの通信が意識に直接入る。

 慣れない感覚だったが、東吾が返答する。


「今のところ、問題ない」

『そうか。いきなりでなんだが、悪い知らせがある』

「悪い知らせ?」

『ああ。警察の突入部隊が失敗した。テロリストに返り討ちにあったようだ。連中、やはり一筋縄じゃいかない相手だ』


 警察の突入部隊には、『ソードアポカリプス』の有力なプレイヤーも参加していたという。

 そんなチームを、簡単に一蹴したのだ。


『これで警察も動きがとりづらくなった。逆に言えば、捜査指揮権がまもなくウチに移る』

「情報庁の主導になるのか?」

『ああ。ただし大っぴらにはならんがな』


 それともう一つ、と文人が付け加える。


『連中、ペナルティと称してフィールドデータを書き換えたらしい。Mobのレベルがカンストしてる』

「もぶ?」

『Moving objectの事で、オンラインゲームだとフィールドに出現する雑魚モンスターを指す単語だ』

「ああ、スライムみたいな」


 あまりゲームをしない東吾だが、それくらいの認識はあった。


『本来は単なる雑魚だがレベルが書き換えられていてカンストしてる。つまりレベルが俺たちと同じくマックスに上がってるって事だ。気を付けろよ』


 その時、ふっと影が差した。

 振り返ると巨大なモンスターが東吾を覆うように立ちはだかっている。

 三つ首のモンスター。

 竜や獅子といった顔を持ち、さらに何本も手足を持った異様な姿。


「……なるほど、強そうだ」

『こちらでも確認した。そいつはアシュラキマイラだ。本来、通常フィールドには登場しないイベントボスだ』

「つまり?」

『かなりの強敵のはず、戦えるか?』


 控えめな文人の言葉に、東吾が鼻で笑う。

 戦えるかどうかなど、知った事ではない。

 自分たちはこう教わったはずだ。

 戦え、と。


「戦闘の仕方を教えてくれ」

『分かった。そう難しいもんじゃない。『ソードアポカリプス』は基本攻撃とスキル攻撃の二種類を組み合わせる戦闘だ。お前のジョブは『ウォーマスター』という、装備に縛りがなく、スキルも豊富だが使い分けが重要だ』

「なるほど」


 とは言ったものの、よく分かっていない。

 分かった事があるとすれば、目の前の敵は今にも襲い掛かってきそうというくらいだ。

 アシュラキマイラが腕を振り下ろす。

 咄嗟に飛び、攻撃を回避。

 逃げた先に竜の首から炎が吐き出される。

 回避は無理と判断し、東吾は防御の姿勢を取る。

 炎が東吾の全身を覆うが、その表情は変わらなかった。


「……あんまり熱くはないな」

『まあ相手のレベルがいくら上がろうが、お前も能力フルカンストだからな。武器を装備しろ。今のお前は素手だから、大した攻撃力じゃない』

「武器?」


 きょろきょろと周囲を見渡したが、使えそうな武器はない。

 精々、木の枝か石程度だろう。


『装備画面を開け。分かるか?』

「分からん」

『だと思ったよ』


 会話を続けている間にも敵の攻撃は続いている。

 東吾は避けたり捌いたりしながら、会話をする。


「これ、一時停止とか出来ないのか? 昔やったゲームだとトイレ行く時とかに停止出来たぞ」

『オンラインゲームで停止とかされたら困るからな。リアルタイムバトルってやつよ』

「ちっ、鬱陶しい」


 東吾は舌打ち一つし、アシュラキマイラを睨みつける。


「面倒だ。素手で倒す」

『いやいや、ちょっと待て』


 文人の制止も聞かず、東吾は意識を集中する。

 ゲーム世界だと言うのに、体はまるで自分のもののように軽やかだ。

 ふぅと息を吐くやいなや、東吾が矢のように飛び出した。

 単なる正拳突き。

 だが、東吾の一撃はアシュラキマイラの三つ首の一つを文字通り吹き飛ばした。


「ふむ、確かに攻撃力というのは上がってるらしい」

『さすがだな。ワンキルとは恐れ入る』


 倒れたアシュラキマイラが塵となって消滅し、数秒後には影も形もなくなる。

 モンスターが倒れていた場所に何やらカードのようなものが落ちていた。


「なんだこれ」

『ドロップアイテムだな。通常はモンスターを倒してアイテムを集めるっていうゲームだから』

「なるほど」


 よく分からないが、これを集めると良い事があるらしい。

 拾い上げたカードには『アシュラスケール』と書かれていた。

 そのまま手の中でカードが消える。


「消えた?」

『データはアイテムボックスの中に入ってる。それも含めて説明せんとな。アイテムインベントリを開いてみろ……って言っても分からんか』


 東吾にとってはゲーム用語など未知の他言語に等しい。


『まず自分のステータス画面を開いてみろ。適当に頭の中でステータスとイメージすればいい』

「分かった」


 言われたまま、目を閉じてステータスと呟く。

 別に言葉に出さなくてもいいぞ、と文人から突っ込みが入る。

 ゆっくりと瞼を開けると、目の前に何やらリストのようなものが宙に浮いていた。



トーゴ

LV:60

種族:テラン

クラス:ウォーマスター


STR:2600

TEC:2780

MAG:1940

VIT:3600

AGI:2050

LUK:2000


右手:なし

左手:なし

頭:冒険者の帽子

胴:冒険者の服

脚:冒険者の靴

手:冒険者の小手

装飾:なし




「これがステータスか?」

『ああそうだ。ちゃんと見えてるか』

「……トーゴってのは俺の名前か?」


 ざっと見た感じ、ゲームに疎い東吾でもそれくらいは理解出来た。逆に言うと、それしか理解出来なかった、という事でもある。


『ああ。お前のキャラネーム。ゲーム内だとCNとか略したりするから覚えておけ。面倒なんで適当に付けさせてもらった』

「構わん」


 実名プレイだと拒否感を示す人間も多いが、東吾はあまり気にしてはいなかった。


『次にLVってのがレベルだが、さっきも言った通り、お前のレベルはカンストしている。数字上は256だな』

「でもレベルは60になってるぞ」

『それは見た目上そう設定してるだけだ。現在、『ソードアポカリプス』のレベルキャップは75だから、キャップを超えてるとさすがにマズい。ステータスは他の人からも見えるし、レベルはすぐに確認出来るからな』

「レベルキャップ?」

『この手のオンラインゲームってのはレベルの上限が設定されているんだ。それがレベルキャップと言われている。ゲームのサービス期間が進んでいくとレベルキャップが引き上げられていくシステムなんだ』

「なんでそんな面倒な事を。最初から100とか200じゃ駄目なのか?」


 東吾の質問に、分かってないな、という感じで文人が答える。


『ゲームを長く遊んでもらう為の小細工みたいなもんだ。こうすれば定期的にアップデートする事で、ゲームを辞めた連中も帰って来やすいし、また新しく始める人との差を少なくする為でもある』

「よく分からんが、まあそういうもんだと理解した」

『それでいい。覚えておいてほしいのは、お前の見た目上のレベルは60という事だ。これは現在のレベルキャップである75よりは低いが、それなりにやり込んでるプレイヤーのレベルと言える』


 自分のような素人がやり込んでいるレベルでも大丈夫なのか不安だったが、文人は先を続ける。


『次に種族とクラスだが……種族は人間にしておいた』

「ちょっと待て。人間以外に何があるんだ? テランってのは人間の事なのか?」

『このゲームの種族は五種類あり、テラン、ハイエルフ、オーガン、ミーア、グレンデルだ。それぞれの違いはいずれ説明するが、テランは人間みたいなもんで、特徴が無いのが特徴ってキャラだな』

「……覚えられん」

『安心しろ。89式小銃の取扱いよりも覚える事は少ない』


 防大時代に銃の扱いに長けていた東吾の事を覚えていたらしい。


『クラスってのは職業みたいなもんで、クラスによって出来る事も違うし装備する武器も違ってくる。クラスに関してはさすがに全部説明すると長くなるから省略するが、お前のクラスはウォーマスターだ。さっきも言った通り、あらゆる武器を装備可能で、状況に合わせて役割を変える万能タイプだな』

「なるほど、便利そうだ」

『まあ後で説明するが、タンクとDPS、両方こなせる反面、中途半端な部分もある。まあ今のお前はステータスが上がってるから関係ないがな』


 タンク、と言われて10式戦車を思い浮かべたが、おそらく別の意味があるのだろうと思い、口に出すのは控えた。


『続いて各能力値の話だが、分かるのはあるか?』

「分からんな。TECが多分、テクニックの事じゃないか、くらいだ」

『その通り。じゃあ上から言うが、まずSTR。これは物理攻撃力を意味する。ストレングスの事だな』

「2600となってるな」

『これらの数値も見た目上そう表示してるだけで、実際はフルカンストしてる。9999だったかな』

「なるほど」

『次がTEC。お前の言う通り、テクニックの事で、攻撃の命中率や射撃武器の威力に関わってくる』

「射撃武器?」

『弓とか銃とかだよ。お前には理解しにくいかもしれないが、TECが高いほど銃も威力が上がるんだ』


 狙いが良くなるから威力も上がるのか、と考えて東吾は納得した。


『その下のMAGはマジックだな。魔法威力なんかに関わってくる数字だ』

「俺も魔法使えるのか?」

『ウォーマスターも最低ランクの魔法は使えるはずだがな。その辺は後で説明する。次がVITでバイタリティを意味する。つまり耐久力、打たれ強さって事だ』

「これが高いほど、守備力が上がるという事か」

『そうだ。ウォーマスターは元々VITは高めなんだな、タンクも想定してるから』


 確かにVITだけは他の数値よりも高めだった。


『まあ実際は全部カンストしてるから見た目の話でしかないんだが。次のがAGIで回避力とか抵抗力に関わってくる』

「回避力ってどういう事だ?」


 そもそも攻撃は自分で避けるのではないのか。そんな疑問が東吾の中に浮かんだ。


『当たった時に攻撃が外れる時があるんだよ。さっきのTECも関わってくるんだが、それに必要な数値だ。まあ攻撃は全部自分で避けるってヤツには死にステータスかもしれんが』

「勝手に避けるんなら便利な話だ」

『お前の場合だとこのゲームの正規プレイヤーの攻撃はほとんど当たらんだろうさ。最後がLUK、運だな』

「運まで数値化されるのか」

『運はすべてのステータスに関わり、さらにアイテムドロップ率にも関わってくる重要な数値なんだぜ。さっき倒したモンスターがアイテム落としただろ。あれだって運が高いから落ちたんだ』

「なるほど」


 なんとなくだがパラメータの数値の意味は理解出来た。

 実際はカンストしているとは言え、ゲームをプレイしていく上ではある覚えていく必要がある。


『その下が装備だな。手には武器や盾が装備出来て、その下は防具が装備出来る。今のお前は初期装備のままだな』

「武器は無いのか?」

『あるはずだ。装備画面開けるか? ステータスの時みたくイメージするだけでいい』


 言われた通り、同じように意識を集中する。

 だが――


「……何も出てこないな」

『おかしいな。ちょっと待ってろ』


 そう言って一瞬通信が途切れる。現実世界の部屋で調べものをしているようだ。

 しばらくの後、再び文人との通信が繋がる。


『すまん、見落としていた。装備変更はクエストを消化しないと解除されないシステムみたいだ』

「……どういう事だ?」

『つまりだな。初心者向けのクエスト――任務があって、それを受注しないと装備変更が出来ないんだよ。レベルが上がれば問答無用で出来ると思ったんだが、システム回りは弄れなかったみたいだ』


 申し訳なさそうに文人は言うが、東吾には事の重大性が分からなかった。


「そのクエストというのはどうすれば受けられるんだ?」

『通常、初心者は『旅立ちの街』と呼ばれるところからスタートするんだ。そこでこの世界の基本的なシステムを学んでいく。装備変更のクエストもその街にある』

「じゃあそこに行こう」

『ところがその街はここから遠い。移動用のアイテムや転移ポータルもテロリストの連中が改竄して使用不可になっている。徒歩だと結構掛かるな』

「じゃあ素手のままか」


 東吾は自分の拳に視線を落とす。

 幼い頃から空手などの格闘技を学んでいた東吾にとって、拳は最も信頼出来る武器の一つだ。


「問題はない」

『……まあステータス上は大丈夫なんだが、問題は耐久力の方だな。確かに今のお前にダメージを与えられるヤツはほとんどいないだろう。だがゼロという訳じゃないんだ』

「どういう事だ?」

『一部の希少性の高い武器や防具は現在のステータス限界を突破する機能がある。それを持つヤツならお前にもダメージを与えられるし、倒す事だって出来るだろう。防具ならお前の攻撃を防がれるかもしれない』

「なるほど、装備は重要という訳か」

『出回っている数が少ないからそこまで心配する必要は無いかもしれないが、今のお前は一度でも死ねばデータがロストされる状態だ。万全を期す意味でも装備は整えるべきだったんだが……』


 悔しそうに言う文人に、しかし東吾は声色を変えずに続ける。


「今更どうしようもないなら仕方ない。ある装備で戦うのが兵士だろ」

『……そうだな。お前の言う通りだ、すまん』

「気にするな。機を見て旅立ちの街とやらに向かうとしよう」


 そう言いながら、東吾はステータス画面を閉じる。

 なんとなく、システムの使い方にも慣れてきたようで、適当に画面を開いたり閉じたりしていた。


「これがアイテムインベントリか。さっき拾ったアシュラスケールとやらもあるな」

『それは合成用の素材だな。モンスターから手に入れた素材をくっ付けて、武器や防具が作れるんだ』

「なるほど」

『アシュラスケールはレア素材だから売ればそれなりに金が手に入るぜ』

「質屋にでも売るのか?」

『違う違う。他のプレイヤーに売るんだよ。街なんかの拠点だと他のプレイヤーと取引が出来るんだ。基本的に金はそうやって稼ぐ』

「所持金も改竄してるのか?」


 そう思ったが、しかしアイテムインベントリの下の方には『金:0枚』としか書かれていなかった。


『金は不正防止の為か、別のデータなんだ。だからこっち側で調整出来なかった。今のお前は無一文だ』

「ゲーム内でも億万長者とはいかない訳か」

『まあそう言うな。別に金を使う事も少ないだろうしな』


 それもそうだな、と東吾が同意したその時だった。


「きゃぁぁぁああああああ!」


 遠くから悲鳴が聞こえたのだった。




◆ウォーマスター

ファイター → コマンダー → ウォーマスター


ファイターから派生する最上級職。

全ての武器を装備する事が出来、覚えるスキルやマジックの数も多い。

ステータスは全体的に高く、ゲーム実装初期は人気の高いクラスでもあった。

しかしステータスにクラス補正が掛からず、総合的な能力でいくと、アタッカーやディフェンダーとしては専門職に劣り、使える魔法も最低ランクのものしか使えない為、使いづらいという評判が高まった。

結果、器用貧乏の称号が与えられ、最近はあまり人気のない職の一つとなっている。

ただし、武器制限がないという長所を生かし、様々なクエストをこなす上で便利という事もあり、ギルドに一人は欲しい存在とも言われ、ギルドの勧誘は多い。


略称はウオマス、魚増、WM。

単に魚と略すと、ウォーロックの事を指すので注意が必要。

ゲームアップデートで実装当初から唯一、クラス調整がされていない為、プレイヤーの間では、「開発から嫌われているのではないか」とか「逆にお気に入りだからコンセプトがずっと変わっていないのではないか」などの憶測が飛び交っている。

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