拝啓、父上様 (再び息子より)
いつものようにベッドに腰掛けたまま、たった今便箋を読み終えた青年。今宵も、今日と明日の端境期である。そしてその顔といえは、口元を片方だけ上げて笑っている。この内容のどこが面白いのか、前回同様、とにかく笑っているのだ。
「はははは、今更になるやも知れぬ? 今更、に決まってるだろう!」
今夜は酒も煙草も口にする事もなく、彼は少しだけ目をつむった後に机へと向った。そして、これはいつもどおりだが、まずは母親の写真に目をやったのである。
拝啓、父上様
この手紙を書くべきかどうか、本当に迷いました。まずは、この事を言わせてもらいます。
早速、本題に入らせていただきます。
さすがに父さんですね。すべてお見通しです。
仰せのとおり同期の三名につきましては、その名前は元より、逸話に至るそれら全てが、古き時代の探偵小説からの抜粋でも何でもなく、実際のところは私の創作の賜物でした。良い思いつきだと自惚れていたのが、何だか気恥ずかしくなります。お忙しい中を、それら全てに関して裏まで取っていただき、心より恐縮している次第です。それと差し出がましいようですが、探偵小説なる言葉は、現代においては全く使用されなくなった所謂死語ですので、あしからず。
さて、文面を拝見させていただくかぎり、かなりのご立腹のようですが、その前にお聞きしたい点もあります。
何故、息子がここまでして実しやかな嘘を並べたのか、おわかりですか?
聡明なる父さん故、ご理解していると思いきや、どうやら買いかぶりした模様ですね。ここが不思議でなりません。どうぞ、胸に手を当てられて思い返してみてください。私が知らないとでも思われたのでしょうが、これでも父さんの息子です。数年前までは、親子三人同じ屋根の下で暮らしていたはずです。もちろん全部とは言いませんが、おおよそはわかっているつもりです。
母さんを長きに渡って裏切り続け、よくも他の女性とお付き合いをされたものです。いや、今も現在進行形かもしれませんが。こちらだって、おかげ様でもう立派な大人です。裏ぐらいは取れます。そして、それによる心労が重なって、母さんの病が進行したものと私は確信しています。その辛い姿も何度となく、この目で見てきました……そうです。あなたは、私の一番の宝物を奪ったに他なりません。私は、母さんのことが、今でもこの世で一番好きです。本人はすでにあの世でも、です。名前の一部を譲り受けたから? いえいえ、そのような薄っぺらな感情では断じてありません。仮に、あなたの名前を譲り受けていたとしても、私にはそこまでの思いは持たないでしょう。いや、持つはずもありません。
それにしましても、久しぶりに馬鹿笑いをさせていただきました。今でも、思い出すたびに腹の皮がよじれてくる思いです……元々が真面目にできているおまえのことだから、女なんぞに現を抜かしているわけでもなかろう……原文のままです。有難うございます。そのとおり、幸いにも誰かさんの血を引いておらず、ホッと胸を撫で下ろしている次第です。
多少理屈っぽくなりました分、予想を超えて長くなりました。ここに、お詫び申し上げます。要は、顔を見たり、声を聞いたり、一切それらをしたくないくらい、あなたのことを恨んでいる、という事に他なりません。
四月の母さんの七回忌ですか。どうぞ、そちらにお任せします。形だけのもので天国の母さんが喜ぶわけがない、こう自負しております。ですから、どうぞ私のことは気にされることなく、七回忌の法要を心ゆくまで催してくださいませ。朝晩毎日、私なりに、こちらで心を込めて供養いたしておりますので。
それから、目の黒い内は戻ってくるな、ですか。どうぞ、これまたご心配なく。たとえ、目が白くなろうとも、金輪際そちらへ戻る気なんぞございませんから。
では、これにて失礼します。くれぐれも、お風邪なぞを召されませんよう。
敬具
二月二十二日
幸雄
追伸
そうそう、申し訳ありません。一つだけお願いがありました。もはや私のことを息子だ、などと思わないでくださいませ。こちらも父親だ、とは思っておりませんので。
了