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拝啓、我が息子よ  作者: イボヤギ
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拝啓、我が息子よ (父より)

拝啓、我が息子よ


 今朝のニュースで、今日が立春だと知った。だが、あくまでも暦の上だけの話だ。当然ながら寒いに決まっている。天気予報も見たが、そちらの東京も同じ様なものらしい。本来ならば、ここで、風邪などは引いておらぬかと息子を気遣うのが父親という者であろう。だが如何せん、身体どころか、生きているのかさえ不明な人間に対しては、気遣う事すらできないのだ。

 社会人一年目とは至極大変なものである事くらい、人生の先輩である故、十分に理解しているつもりだ。だが、電話一本よこしてくる時間も取れない事はなかろう。そこが、父は理解しかねているのだ。

 そちらへは何度も電話したが、一度たりとも通じたためしがない。ここで嘘など言う気は毛頭ない。確かに今は便利な世の中であるから、家の電話の料金が未納でも、父は少しも驚きはしない。しかし、いくらボケが始まっておろうとも、おまえの携帯電話の番号など聞かされた記憶はない。これだけは断言できる。無論、職場に私事如きで電話するような恥ずかしい真似なんぞも、さらさらする気もない。従って、このように手紙をしたためている次第だ。まさかこの歳で、息子宛に筆を取るとは心底思わなんだ。

 おまえの会社が、来月決算を迎える事くらいは知っておる。息子が勤める会社は、とかく気になるものだ。昨年の世界的規模の不況以来、急激に株価が下がっている事も確認済みだ。三百二十七円、これがおまえのところの、本日の株価だ。これでは、当然ながら営業であるおまえが日々発破をかけられているのは、想像するに容易い。この辺りは、たとえ老いぼれでも把握くらいはできている。実に、世知辛い世の中になってきたものだ。まあ、文句を言っても始まらぬが。

 

 ぐだぐだと文句ばかり書き綴ってしまったが、兎にも角にも、七年前に母さんが逝ってからは、この世で二人きりの親子のはずだ。こんな女々しい台詞なんぞを書く身にもなって欲しい。

 少しでも、この父に情愛を感じるならば返信願う。今更、電話での言い訳なんぞ聞きたくもない。礼には礼をもって返す、これこそがいくら新入りとは言え社会人たるものだ。


 思わぬ長文になってしまった。これにて筆を置くとする。くれぐれも、身体には注意されたし。

                                             敬具

 平成二十一年二月四日         

                            父




 とある独身寮の一室。眉をひそめた一人の青年が、スーツのままベッドに腰掛けている。そしてその手には、今日届いたばかりの便箋が握られていた。封書の表を一目見た時から、差出人ぐらいはすぐにわかっている。これまで飽きるほど見てきた筆文字だ。

 片手に缶ビールを持ったまま、それにひととおり目を通した後、青年はネクタイを緩めながら傍らの目覚まし時計に目をやった。時は、すでに翌日へと移動している。それを確認し、大きく二、三度首を回した彼は、着ているものをその辺に脱ぎ捨て、そのままベッドへと潜り込んだ。

 その時、便箋が本人の気持ち同様、揺れながら床へと落ちていった。


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