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罪と罰と罰と罰と


 私には『融解』と呼ばれる特殊な魔法特性があった。

 基本的な特性は火、水、土、風、光、闇の六つ。魔法使いのほぼ十割はこの六つの特性のうちからひとつ、あるいは複数の特性を生まれながらに持ち、その魔法を極めるために日々研鑽を重ねる。

 しかし、そのほぼ十割に含まれない魔法使いも存在し、そのうちのひとりが私だった。先ほどの六つに含まれない魔法特性、そのまま『異端』と呼ばれる存在だ。


 『融解』は目にしたものを全て、自分が念じるままに融かすことができる魔法である。頑丈な建物から小さな紙切れ、高い樹木から可愛らしい小花、恐ろしい猛獣から細かな虫、そして人間。目に見えているものなら全て、液状に融かしやがて蒸発させ、跡形もなく消すことができる。

 もし私が平民であったなら、その特性が明らかになった時点で、危険な特性だと身柄を拘束されていただろう。『異端』は基本的に、魔法学院の研究機関に『保護』されるという話だ。私もその例に洩れなかったに違いない。


 しかし私は平民ではなく、公爵の位を持つエルバスティンス家の令嬢として生まれた。

 私の特性は物心つく前に発覚したようだが、さすがに公爵の娘を『保護』することはできなかったらしい。誰かと会う時には必ず目隠しをされたが、他の『異端』に比べれば、おそらくまともな生活をしていただろう。


 ただ、そんな特性を両親や兄妹、使用人たちは恐ろしく思ったのか、私にあまり近づいては来なかった。外を見て何か危害を与えては困ると、自室も窓一つもないものだった。兄妹たちにはついていた家庭教師もおらず、ただただ本ばかり読み、大方のことは独学で学んだ。屋敷で暮らしている中では、外出することさえ一度もなかった。


 だから私は寂しかった。当たり前のように寂しかった。誰かと目を見て普通に話をしたり、楽しく外出したりしてみたかった。家族に避けられることなく過ごしたかった。


 そんなことばかり考えていた私に、十五歳の夏の頃、ある人物が訪ねてきた。

 それは私と同い年ほどの少年だった。彼は両親が魔術学院の研究機関の職員であり、私の特性を聞いていてもたってもいられず訪ねてきたのだと言った。


『こんなに凄い特性があるのに、自分でそれを学ばないなんてもったいないよ!』


 彼の希望によって目隠しもしていなかった私に、彼の碧眼が宝石のようにキラキラと輝いて見えた。変な人だと思った。けれど、私は誰かと話をすることさえ久しぶりだった。だからつい、彼の話に聞き入ってしまったのだ。

 私は魔法学院に入学して、自分の特性を研究し極めるべきだと彼は言った。確かに魔法特性を持つ人間は十六歳になる年に、学院へ入学することになっていたが、私には望むべくもない話だと思っていた。


『きみは自分で力を制御できるんだよね。それなら、学院に入っちゃいけない理由なんてないさ。僕はきみと一緒に魔法の勉強をしたり、たくさん話をしてみたいな』


 そうにこにこと楽しげに話す彼に、勝手な人だと思った。しかし、そんなことを言ってもらったのは初めてだった。自分と何かを一緒にしたいだなんて、誰にも言われたことがなかった。それどころか笑顔を向けられたことさえ記憶にない。そう考えると胸がひどくドキドキとして、私は時間だからと部屋を追い出された彼の言葉をずっと覚えて考えた。


 もう一度、彼と話がしてみたい。こんな私にも何かをしてみようと持ちかけてくれた、彼の言葉の通りにしてみたい。あの笑顔を目の開いた私に向けてほしい。


 考え出すと止まらなかった。なにか明確に具体的に『これがしたい』と、こんなにも強く思ったことはなかった。

 だから私は両親を半ば脅すようにして学院に入学した。なぜって、真正面から懇願しても、聞き入れられないことはこれまでの人生でよく知っていたから。


 ただ、入学するためには魔封じの石を身体中に埋め込む必要があると言われ、私は言われるがままにそれをした。他の生徒になにかあっては困るという方針だったのだろうが、私は別に構わなかった。多少授業に支障をきたしたとしても、私の目的はそこにない。


 入学した先で、私は彼と再会した。彼は本当にそれを喜んでくれて、私はなにをするにも彼と一緒にいた。私が『融解』の『異端』であることに他の人は話しかけてもこなかったが、私はそれでもよかった。たったひとりでも私に笑いかけてくれる人がいるなら、それはこれまでの人生すべてが報われたようなものだった。


 それなのに、彼は私から離れて行った。いや、別に彼が私に冷たくなったわけではない。変わらず私の傍にいてくれたが、そんな私たちの間に入ってくる人間がいた。


 私と同じ『異端』の少女だった。すべての魔法を無効化させる『無』の特性をもつ人間だった。

 その無害性ゆえに自分が魔法使いであることさえ知らなかったらしく、彼女は入学式から二か月遅れて学院に入って来た。魔封じの石も埋め込まれておらず、『無』の特性以外にも風と光の特性を持つ彼女に、彼は興味を抱いたようだった。


 彼はやがて彼女とふたりきりになりたがった。人の感情が興味から恋心に変わっていく様子を私は初めて見た。


 許せなかった。他の生徒たちとも楽しげに言葉を交わす彼女が許せなかった。

 私はなにをしても距離を置かれてしまうのに、そんなものまで手に入れて、彼さえも奪って行った彼女。私になくて欲しいものを全て持っている彼女。こんなにも嫉妬している私にさえ優しげに声をかける彼女。どうして。どうして。どうして。もういいじゃない、あなたはそれだけのものを持っているのに。これ以上どうして手に入れようとするの。私は必死になって手に入れたのに、どうしてそれを容易く奪い取っていくの――?


 そう頭の中では思いながらも、私は二年間それを押し殺した。少しずつ変わっていく彼と彼女によって変わっていく周囲を傍目に、私は何も変わらないままじっと耐えた。ここで何か騒ぎを起こせば、私は今度こそ一生外に出られなくなってしまう。彼の顔さえ見られなくなってしまう。

 それだけを言い聞かせて我慢して我慢して我慢して。私は三年生に上がったその春、ふたりが結ばれたことを知った。


 その時から私の周囲はおかしくなり始めた。ひとりでいても何をしていても彼と彼女の楽しげな声が頭に響いてくる。私を嘲るような笑い声が聞こえてくる。ふたりだけではない、他の生徒たちや教員までが私と彼女を比べる様なことばかり口にしている。吐き気がした。涙が止まらなくなった。自分がなぜここにいるのかもわからなくなった。


 どうしてこんなことになったのか。

 そう考えた時に出てきたのは、彼女が初めて私の目の前に現れた時のことだった。

 

 ああ、彼女がいなければこんなことにはならなかったのに。私はこんな思いをしなかったのに。どうして彼女は私と違うのだろう。私と何が違うのだろう。そんなにも何もかもが違うのだろうか。私と同じ思いをすれば、少しは彼女に私も近づけるのではないか。


 そう考え辿りついて、彼女に近づくために行動し始めた。

 

 もう細かなことは記憶が混同して思い出せない。けれど、結末は決まって同じだ。

 私は彼女の友人や知人を全て融かした。身体中の石を力付くで取り出し、目に入った彼女に関わる人間を殺した。彼女はどうしたって『無』の特性で殺せない。だから私と同じ目に遭えばいいと思った。周囲には誰もいない気持ちを知って欲しかった。


 それなのに、彼女は彼と一緒に逃げ回った。私の一番欲しかったものは手放さないまま、私の目の前を彼女は走って行った。

 その光景を引き裂きたい思いのまま、私は途中で意識を失った。そこで何が起こっていたのか、私は未だ知らないままだ。けれど、次に気が付いた時には、私の視界には何もかもがなくなっていた。何かで覆われている暗闇ではなく、それを認識するもの自体がなくなっている暗闇だった。

 今でも確信はないままだが、おそらく両目を奪われたのだろう。あれだけ怖かったことが現実になり、私は自分の手足が動かないことに気が付く。そうして誰に話しかけられることもなく、延々と続く暗闇の中をしばらく生きた。その間も生きるための世話はされていたが、ある期間を経て私は再び意識を失う。


 眠りに落ちるように、そこで私の人生は終わった。


 ――ひどく長いお話だったが、これが私の中にある初めの記憶だ。

 本当にこれは、単なる始まりでしかなかったのだが。

 

 終わったはずの一度目の人生を思い出したのは、両目を失って再び意識を失う寸前だった。前にも同じようなことがあったと、微かな違和感を覚えてその時は終わった。

 次に思い出したのは誰とも知らない相手に世話をされている時のことだった。前回よりも少しばかり鮮明な記憶の中で、私は自分の殺した人間と彼と彼女の背中を思い出して終わった。

 その次も、その次も、その次も。少しずつ既視感を覚える時期が早まっていき、やがて自分が同じ時間を繰り返しているのではないかと考えるようになった。そしてその時だけ、自分のことを冷静に考えられるようになった。


 確かに私は嫌な思いをした。おそらく初恋だっただろう恋も叶わず、これまでの境遇も相まって追い詰められていた。

 けれど、そこで人を大勢殺すことは正解だったのだろうか。聞えた嘲笑は言葉は姿は、全部追い詰められた私の幻聴幻覚だというのに。周囲に誰もいてくれなかったのは、私が近寄れなかったからだというのに。ましてや彼女に対する復讐のために関係のない人間を殺すことは、誰の目から見ても。


 私は間違えたのだと、その時になっていつも気が付く。

 あまりにも遅すぎる後悔は、最後になって独り言として口に継いだ。聞いている人間がいようがいまいが関係なかった。再び意識を失う時まで、私がただただ謝罪を繰り返した。


 しかし、その気づきの瞬間が少しずつ早まり、私は人を殺している最中にそれを思い出すようになった。人を殺す前にそれを思い出すようになった。ふたりが結ばれる前に思い出すようになった。さまざまな出来事の前に思い出すようになった。


 けれど、いくら念じても私の身体や気持ちは止まらないのだ。間違いだと知っているのに、嫉妬や殺意が収まらない。手足や口も思うように動かせない。まるで人形にでもなったように、滅茶苦茶になってしまった頭の中で止まれと願いながらいつも同じ人間を殺した。そして両目を失った中でだけ、自由に口が利けるようになる。また次も同じことが始まると思いながら、ひとりでたくさんの言葉を零した。


 やがて彼女がやって来る前に思い出すようになった。そこでひとつ変化があった。自分意志で身体を動かせるようになったのだ。これで誰も殺さずに済むと思ったが、彼女が来ればまた同じことが始まった。次はまたその少し前に思い出した。今度は学院を抜け出して彼女と顔を合わせないようにした。あれを繰り返すくらいなら屋敷に戻った方がいいと、両親を言いくるめて戻ったと言うのに、彼女が学院にやって来る日になるとまた身体も心も言うことをきかなくなった。どうしても彼の顔が頭から離れず、なにもかも止まらなくなった。


 そんなことを別の回避の方法を試しながら何度も繰り返し、自分はどうあっても同じ運命を辿るのだと考え付いた。

 その時から、私は彼女が学園にやって来る前に自分で命を絶つことにした。もうなにもかも疲れていて、それ以外に方法が思い浮かばなかった。ただ同じことを繰り返したくないと、刃物を手に取った。『融解』はどうしても私自身に効力がないようで、鏡で見た自分を融かそうとしたができなかったのだ。


 さすがに刃物で死ぬことはできたのか、次に意識を取り戻した時には、また少し時間を遡っていた。

 私は安心した。これでようやく誰も殺さずに済むと。それでこれまで繰り返してきたことは消えないが、少なくともこれ以上のことは避けられる。それがわかってからは、同じ対策を繰り返した。そろそろ何のために生きているのかもわからなくなり、生への執着も失せて、躊躇もなくなった。 


 そんな意味のわからない繰り返しの中で、私は次の変化を迎えた。


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