入学式(4)
⑧ 入学式(4)
「今のあなたは、あなたが語ってる過去のあなたとは随分別人のように見えるけど」
女刑事が俺をしげしげと眺めて言う。
「隠すのが上手くなっただけさ。内心は刑事さん二人に囲まれてビビってる。でも、ビビってるのがバレたら舐めてかかられるから、こうしてふてぶてしくやってるんだ」
「なぜ、怯える必要がある。何か疾しいことでもあるのか」
若い刑事がニヤリと釘を差す。
「別に。ただ内面はあの頃の俺と変わらないから、あんたがいじめっこみたいに揚げ足取りするたびに、ほら。手が汗でびっちょりになる」
「っ」
若い刑事がムッとする。
パイプ椅子が俄かに後ろにキィッと下がって、すかさず女刑事が背もたれを抑えた。
結構、単純な言動で勘が触れるらしい。
覚えとこう。
「悪い。君に話を聞いているのは――」
「警視総監賞を授与するため、だろ。杉宮健也にもその権利はあると思うぜ。なんせ、俺たちと一緒にVISや智章界治と戦った、八人のうちの一人だったんだからな」
杉宮健也の特技は情報収集。
いや、特技というより権化と言った方がいいかな。
手広い交友関係やデジタルツールを使った地道な収集活動はもちろん、物に触れることで過去それを使っていた人間の当時の心象とか感情を読み取ることもできた。
いわゆる呪術の一種だ。
後で詳しく説明することになると思うが呪術は魔法科の専攻科目のひとつだ。
遠く太古の昔、呪術師が死者との対話と称して物から思念を読み取り、語る技。
実際には死者と話してるのではなく、死者が生きていたころの思念と繋がって、情報を拾い上げているだけなんだが、この異能の技は『情報収集』の権化である杉宮の最大の武器になった。
もちろん学園に入りたての杉宮はまだ力を自覚的には使えなかった。
俺と同じだ。
そういう素質があるらしいって知ってるだけだ。
でも、自分の単純な癖とか趣味が異能の素質に繋がってるってだけで、何者でもない高校生にとっては十分だった。
「杉宮健也。今は大手ニュースウェブサイトで記者をやってるそうだ。先々月、大物政治家の閣僚入りを発表前にスクープして、大活躍だったそうだぞ」
それに加えてお前は……。
とでも言いたげに若い刑事がほくそ笑む。
初耳の俺は眉を上げて、
「へえ、そりゃすごい」
「結婚して、子どももいるらしい」
「高校出てからは連絡も取ってなかったからな……へぇ、そりゃすごいな」
「SNSで近況くらいは知ってるだろ」
「フレンド・ギャラクシーがオワコンになってからは新手のサイトに三年間ちょっと登録してただけだ。それを辞めてからはやってない。あんなところ、承認欲求にあぶれた連中の吹き溜まりだ。自分の人生がいかに充実してるか、虚実交えて喧伝しちゃ、閲覧した過去の知り合い……自分よりきっと惨めな人生を送っているであろう同級生の負け犬たちに承認ボタンを強要する。そういう悪趣味なサイトなんか。痛々しくて見てられないね」
刑事二人が呆れた様子で顔を見合わせた。
言いたいことはわかる。
俺を憐れに思ってるんだろう。
他人に自慢すべき日常のサプライズのひとつもない、バイトと執筆と睡眠のルーティンワークに溺れるこの俺を。
お前ら公僕も似たようなもんだろうが。