入学式(3)
⑦入学式(3)
杉宮の特技は情報収集だった。
「なにしてるの?」
理事長の長ったらしい挨拶に飽きて、俺は杉宮に聞いた。
「種を撒いといたんだ。式の間にどんだけ巨大になるかなっと思って」
「種って何?」
「そのメガネ、使えるか?」
頷く代わりに俺はメガネの右側にある小さいスイッチを押した。
ポケットに仕舞っているスマートフォンのメニュー画面が無線通信でメガネの両レンズに表示される。
プライバシー保護の仕様で、外からは視認できないようになってる。
列の両脇で刑務官のように立っている教員共にはまず気付かれない。
画面が立ち上がると早速杉宮は俺の左手を軽く叩いて情報を移した。
ブレインフォンが一般化する前から人間の身体を使って情報のやりとりをする技術はあった。
メールアドレスや電話番号も軽く手を触れあうだけで交換できる。
もちろん、互いにその機能を起動してるときだけだ。
杉宮のように社交的な人間にとっては女子と距離を詰める際の格好のシステムだろうが、俺には無縁の長物だった。
「フレンド・ギャラクシーだ。知ってるだろ」
レンズ上に銀河を模した渦上のアイコンがでてきた。
そこに視線を合わせて二回瞬きする。
フレンド・ギャラクシーっていうのは要するに全人類の人物相関図みたいなもんだ。
基本は他のSNSと変わらないが、決定的な違いは登録されている友人同士の繋がりやコミュニティーをコンピューターが解析し、人物相関図を自動生成することだ。
はじめのうちはひとりぼっちの星だが友人が増えるにつれ、太陽系のようなシステムを作って、やがて人類という超巨大な銀河の一部に取り込まれていく。
実名登録が条件で、相関図の中には有名芸能人が多数いたりする。
友人の友人の親戚の友人が、っていうように相関図を辿っていけば自分の好きな有名人がだいたい何人分の相関関係の先にいるのかがわかったりする。
関係の密度によって所属するコミュニティーや銀河も変化する。
例えば最初は同じ高校のコミュニティーにいた友人が、なかなか友達もできないで塾のクラスメイトとばかりメールや電話をしているうちに、所属するコミュニティーまで次第にそちらへシフトしていくようになる。
要するにリアルが充実してるやつはよりその有様が明白になるし、古い面子とばかり付きあってるやつは陰口を叩かれる筋合いもないのに『友達ができないやつ』とか『銀河の小さいやつ』とか言われて蔑まされることになる。
いったいそんな面倒くさいツールに何の意味があるのかと問われば、おそらく『孤独を感じないため』だろう。
自分が誰と誰の輪の中にいるか。
誰と密に繋がってて、光り輝いているのか。
それを己で知り、何よりも他人に知らせたい。
人間は銀河の中の地球みたいにちっぽけで孤独な存在だから、それを紛らわすでっかい光を感じていたいんだ。
「合格発表の後に『緑桜魔学一四期生』の名前でコミュニティーを作っといたんだ。制服採寸とか寮で知り合いになった何人かに声をかけて、それぞれのクラスでも同じようにして増やすよう宣伝しといたんだ。もう結構な大きさになってるぞ」
合格発表の後と聞いて俺は呆れた。
念願の魔法学科に受かって最初にやることがそれか、ってね。
いかにも杉宮という男らしい行動だ。
こいつの人となりを掴むのにそう時間はかからなかった。
杉宮は交友関係を広げるためならどんな手間も惜しまないリア充タイプだ。
実際、すでに何人かの女子とメアドを交換し終わってるみたいで起立の礼の後、他クラスの女子グループと小さく手を振りあっていた。
「誰、同じ中学の子?」
「いいや。今朝、あったばっか。ここの女子のことで知りたいことがあったら何でも聞いてくれ。一日くれれば紹介するし、三日くれれば、パンツの色まで調べてやる」
「……君、本当に同じ新入生?」
「誰にでもできることじゃないのは確かだ。だから手数料は貰う」
「いくら?」
「なんだ、早速気になる子でもいるのか」
「い、いないよ」
列の横で担任教諭が咳払いをして、俺は顔を真っ赤にして縮こまった。
入学式でえらい恥をかかされたもんだ。
杉宮は初対面の人間と距離を詰めるのが上手かった。
とても同じ人間とは思えないくらいに。
キャラクターの違いって言うのか。
たとえ俺が合格発表の後の二か月間で意識的にキャラ改造を試みたとしても、ああはなれない。
人間の内面は髪型や服装を変えるようには変われない。
臆病で内気な内面はそいつが出来あがったら最後、しつこい焦げ跡みたいに両手にこびり付いて人生の舵取りを邪魔する。
その証拠に、今の俺の手にはびっちり焦げが残ってる。
臆病者の汗と軟弱者の涙。
そして、人殺しの真っ赤な血の跡が……。