彼女との出会い(2)
④彼女との出会い(2)
次の日、同じ時間に公園に行くとまた彼女に会った。
彼女が雛の様子を見に来たっていうから、俺も同じことを言った。
それから早朝の公園で彼女と会ったのは四日のうち三回。一日だけわざと行かなかったのはそれもやっぱり照れ隠しだった。
巣にいた雛だけじゃなくて他の鳥のことについても調べた。
さも自分が大の鳥好きで観察するために来てるように小細工までしてな。
そうまでしときながら、いざ彼女に会うとどぎまぎして……頭に叩きこんだ知識の半分も披露できなかった。
お互いのことについても話した。
ほんの少しだけど出身地とか、子どもの頃に好きだったアニメの話とか、受験のときの話や魔法について。今の寮生活はどうかとか。
でも、そういう充実した朝はいつまでも続かなかった。
「……ひどい」
入学式から一週間後。
惨状を前にして彼女は呟いた。
思わずどれのことを言ってるのか、聞き返しそうになった。
燃えた大木のことなのか。
黒焦げの男のことなのか。
それとも空を飛べず焼け死んだであろうあの雛たちのことなのか。
どちらにせよ。
一番酷かったのは、雛が死んだせいで彼女と喋る口実を失ったと肩を落とした当時の俺の方だ。
なにしろ俺は彼女と同じクラスでもなければ教室は一階と二階で離れてた。
彼女に目をつける男子の噂話は方々で聞こえたし、上級生の中にも狙っている人がいるらしくて、とても俺が名乗りをあげられるような相手じゃなかった。
高校生になれば誰でも恋ができて、彼女ができて、主人公の一人になれる。
そんな風に考えてた俺は早くも残酷な事実を知ったんだ。
俺は特別なんかじゃない。
確かに世界を救ったことで俺は特別な存在になったかもしれないけど、誰かの特別になることに比べたら、そいつは一時の寂しさを紛らわす幻覚剤でしかない。
もし本当に警視総監賞が貰えたとしても、そいつもやっぱりただのまやかしだ。
手に入るのはいつだって望んだものと違う形をしてる。
望んだままのものが手に入る人間はほんの一握りだ。
それでもその一握りを自分だけは手に入れられると錯覚しちまうんだから人間ってのは、どうしようもない生き物だよな。
「殺されたのはあなたと同じ魔法科の生徒だと、そのときは気付いていたの?」
女刑事の質問で俺は追憶から離れる。
瑞帆花楓に関する話はこいつらには一切してない。
彼女のことを語るのは本当に信頼できる奴にだけだ。
つまり、あんたみたいな奴にだけだ。
「警察の事情聴取を受けたときに聞かされた。相手は二年生で、緑桜付属の生徒会執行委員の一人だったってな」
「梶本雄介。図書委員長ね」
「面識はない。寮も違ったし、入学したばかりだから当然といえば当然だけど」
「腕時計、のことについては?」
その段になってはじめて女刑事は手元の電子ペーパーに目を落とした。
俺は若年刑事の様子にも注意して答えた。
「覚えてるよ。黒焦げの死体にピッカピカの時計が巻き付けてあったんだからな」
「時刻は六時三十分を差していた、と当時の報告書には買いてあるけど」
「らしいね。それも警察に聞いた。なんせ俺はただの学生だ。遺体に近づく気にはなれなかった。当初は犯行時刻のことじゃないかって言われてたけど、俺があの場所に行ったのは七時半のことだ。遺体は露に濡れてたから、たった一時間前ってことはない。警察は犯人が意図的に時刻を弄って、被害者の腕に巻き付けたんじゃないかって言ってた」
「それをどう思った」
「どうもなにも。遺体は逆向きに腕時計をしてたんだろう。遺体自身じゃなくてそれを発見した連中にわかるように。なんらかの意図がありそうだってのは、ミステリー小説好きじゃなくてもわかりそうなもんだ」
「意図というのは」
わざとらしく女刑事が問う。
まったく。
下手な誘導尋問だ。
その意図こそ俺に教えてほしいもんだぜ。
「とっくに知ってるだろ」
当時の警察は、魔法科学生を狙った異能狩りの線で捜査をはじめた。
このころ巷では異能持ちに対するヘイトスピーチが俄かに休日の街道を騒がしつつあった。
一度は市民権を得たと思われた異能の力だったが、たった十年で人間の認識が塗り替わるわけがなかった。
長引く不況と相次ぐ大企業の倒産。
増税。
依然として進む少子高齢化。
そういう負のスパイラルの中で異能持ちの一族だけが国の保護政策の恩恵にあずかってれば、反感を持つ市民だって出てくる。
異能持ちの一族が過去に介入したあらゆる歴史上の事件ついては、保護登録下に入ることを条件に不問に付す。
そういう特別措置も市民の反感に拍車をかけた。
反異能持ち主義者の台頭はほんの一部だったけど、学生にとっては脅威だ。
「知ってて魔法科に入ったんだろ。非難を浴びても自業自得じゃないか」
若年刑事がドヤ顔で言う。
こういうむかつく奴の対処法はただひとつ。
そいつが望むものはしかめ面のひとつだって与えないことだ。
俺は無心の表情で本心を述べた。
「その通り。入れ墨を入れるのと一緒さ。俺は家系のことや、親のこと、世の中のことなんてどうでもいいと思って故郷を飛び出してきたんだ。それがいざ魔法科に入ったあとでやっぱり助けてほしいなんて喚くのは筋が違う。そんなこと俺だってわかってた。わかってたことと現実を目の当たりにして脅威を感じることは別物だ。覚悟はあってもかかる重さを想定しきれなかった。俺はそういう話をしてるんだ」
覚悟はしてた。
魔法使いになれるのなら。
自分以上の存在になれるならどんな困難だって立ち向かってみせる。
そう思ってた。
魔法の才能があると知ったとき、俺は自分が神に選ばれてると思った。
今思うとおかしな話さ。
緑桜だけで魔法科の生徒は年に二百人。
全国で四千人以上はいたっていうのに、自分だけが神様に愛されてるような気でいたんだからな。
入学式の日に大勢の新入生の存在を目の当たりにしても、俺のおめでたい夢見心地は醒めるどころか、深化した。
直前にあんな可愛い子と知り合ったりしたんだから、無理もないよな。