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とある非正規の聴取記録(2)

②とある非正規の聴取記録(2)


 俺が魔法に目覚めたのちょうどそのくらいの時期だった。

 七つか、八つのころだ。

 高校は絶対、魔法学科のある学校を受験するって決めてた。魔法学科の生徒になって、一人前の魔法使いになる。

 そう願ってたし、信じてた。

 で、実際そうなった。

 そうなったんだが、そうなってみて五年もしないうちにわかることがある。

 学校が入学案内に書く『就職率120パーセント』なんて数字は鵜呑みにするもんじゃないってことだ。 

 ちょっと考えればわかるだろうけど、就職率ってのは別に魔法業界だけに限って集計されてるわけじゃない。

 コンビニの店長になったってそいつは魔法科を卒業した生徒の就職率としてカウントされる。

 確かに優秀な生徒の中には小津グループの後追いで各企業に乱立した異能を応用した商品開発部門の研究員だとか、異能競技の選手やショービジネスの術師になって、おおいに活躍してるやつもいる。でも全部じゃない。

 例えばこうしてグダグダ喋ってる俺だってそうさ。

 三〇手前でティーン向けの小説を書きながら、生活費の大半はアルバイトで賄ってる。

 魔法なんて微塵も関係ない中古レコード店の雇われ店長としてな。

 トドめはブレインフォンとマンアプリの登場だ。

 あれが普及したおかげで異能は誰でも気軽に使えるツールになっちまった。

 じゃ、いったい何のために異能学科なんてもんがあったんだ。

 俺たちは何のために貴重な青春を使い物にならない能力のために捧げたんだ。

 もし人生にやり直しが効くなら中学時代の無思慮な俺に言ってやりたいね。

 『そいつは後数年で誰でも使えるようになるんだから、お前はもっと普遍的なことを学ぶべきだ』ってね。

 だいたい俺が我慢できないのは――。


「実に興味深い話だけど、私たちが聞きたいのは『VISヴィズの反乱』についてなの。いい加減本題に入ってくれるかしら?」


 しびれをきらして、女刑事が言った。

 ここは警視庁本部の一角にある手狭な会議室。

 折りたたみ式の簡単な長机を挟んで、俺は三十過ぎの女性刑事と、彼女に顎で使われてそうな華奢で小柄な男性刑事を相手に学生時代の話をしていた。

 知り合いでもなけりゃ、窃盗とか殺人とかそういう系統の容疑者として事情聴取を受けてるわけでもない。

 何かの事件の参考人として招致されたわけでも、魔法科卒の経歴を買われて警察の助言役としてスカウトされたわけでもない。

 つい三日前のことだ。

 突然勤務中の中古レコード店に――あ、俺な。都内に何店舗かあるこじんまりとした中古レコード店の店長代行をやってんだ――刑事がやってきて、『都合のいい日でいいから出頭してきてほしい』と言われた。

 最初は無視しようかとも思ったが俺の方でも警察の様子を伺いたいある案件が発生したので止む無くこうして来ることになった。

 彼女たちは俺が学生時代。つまりは小津グループ経営の私立緑桜学園の魔法科の生徒だったときに起ったある事件について、改めて話を聞かせてほしいと言った。


もう十二年も前の話だ。

 俺は高校時代の記憶に思いを馳せる。

 憧れていた魔法学科への入学。

 個性的なクラスメイトたちとの出会い。

 誤解。

 衝突。

 ありきたりの友情。そして、あの事件……。

 追想は苦じゃなかった。

 何せ俺は店長代行をやる傍らティーン向け小説を書く一端の売れない作家だ。

 仕事上学生の頃の思い出に振り返る機会はたくさんあったし、脚色して語ることも多かった。

 だがいつもみんなが聞きたがるのは俺についての話じゃない。

 目の前の女刑事が求めてるのもそういうことだ。


「……わかってる。『VISヴィズ』のことだろ」


VISヴィズ』とはVENDETTA IN SEPTEMBER――九月の復讐の略。

 十二年前に世界を相手に無謀な戦いを挑んだ過激派異能学生たちの、結社の名前だ。


「皆、俺よりアイツらのことを聞きたがる。特に首謀者のことをな。確かにアイツは俺よりも頭が良くて、ハンサムで、人望があって、魔法使いとしても優れてた。そんでもって誰よりも世界の行く末を憂いでた。だからこそ、さっきまでの話はそいつを語る上で欠かせない……重要なプロローグみたいなもんなんだ」

「プロローグは読み飛ばす主義よ」

「本当に? まぁ、俺もビジネス新書ならスルーするけど、小説なら結構大事だぜ。テーマに係る問題だし、これから聞く話の本質がどういうものなのかを知る助けにもなる。だいたい物書きが一番苦心するのがプロローグであって――」

「御託はいいから、先に進め」


 俺より年下の若年刑事が乱暴に割って入った。

 蔑むような目をしてやがる。

 俺みたいな異能学科卒のフリーターは将来設計のなってない駄目人間で社会のクズとでも思ってるんだろう。

 まったくその通りだ。

 その通りだから、わざわざ俺にそいつを教えようとしてくれるな。

 もう充分わかってんだからよ。


「ほら、せっかくのアイスコーヒーがぬるくなってるわよ」


 女刑事はそう言って身を乗り出すと俺の手元にあるグラスにちょんと人差し指を触れた。

 スーツの胸元からのぞく谷間に不覚にも目を取られている間に、グラスの表面に霜が浮いて、ストローの周囲に氷の膜ができた。

 魔法じゃない。

 彼女のブレインフォン――スマートフォンの電脳版――に実装されているであろうマンアプリの効果だ。


 二〇三〇年。

 脳に打ち込んだナノマシンで人とネットを繋ぐ新時代のモバイル『ブレインフォン』は、人間の特技を手軽に習得可能なツール『マンアプリ』の人気を起爆剤に、日本の総人口の九十パーセントにまで普及していた。

 マンアプリは自動車の運転や編み物、サッカーのリフティングなどこれまで長い習得期間をもってしか取得しえなかった技能とか特技とかいうのを習得者の脳を解析することでプログラム化し、誰でも利用可能にした夢のアプリケーションのことだ。

 こいつを使えば幼稚園児でも二か国語以上の言語が喋れるようになるし、筋肉痛や捻挫を考慮しなければまったくの初心者でもたった数分でフィギュアスケートの一回転ジャンプができるようになる。

 マンアプリの登場はおよそ世界にあるスポーツや芸能や職能の技術の希少性、特異性をぶち殺した。

 もちろん、異能も例外じゃなかった。

 ありとあらゆる古の技は解析しつくされ、手軽に利用可能な百円均一感覚の便利能力にまで貶められた。

 そんな世の中で『異能系学科卒』の肩書が何の役に立つだろうか。

 クソの役にも立ちゃしない。

 学生時代は気温調整と状態変化の魔法習得に三か月もかかってたっていうのに、今じゃネットで『ワンタッチ冷温』をダウンロードして実行するだけ。

 たった一二〇円と一分で冷蔵庫と電子レンジの一台二役を習得できるのだ。

 こんなことになるなら、もっとまともな学部に進んでいたのに。

 あの魔法習得に対する熱意と集中力があったら、目の前にいるクソ生意気な若年刑事は無理でも、週休二日の地方公務員くらいにはなれたはずだ。


「おい、聞こえてるのか。森高護モリタカ マモルくん」


 俺は名前を呼ばれて我に返る。

 目の前で女刑事が指をパチパチ鳴らした。

 海外映画じゃよく見る仕草だが、同じ日本人がやってるのを見るとなんだか白ける。


「ああ……聞こえてる。聞こえてますよ」

「緊張して、話の整理がつかないのはわかる。だがこれは取り調べじゃない。もっとリラックスして、ことの経緯だけを話してくれればいい。かつての君の働きが警視総監賞の授与に値するのかどうか。要点の確認さえ取れればいい」

「警視総監賞ねぇ……」


 多分、嘘だ。

 連中が俺を呼んだのには他にわけがあるはずだ。

 その答えはおそらく女刑事の手元にある二つ折り電子ペーパーの中にある。

 当時の事件資料なら紙媒体のはずだし、要点の確認という割には、一度も俺の前でそいつを開いていない。

 おかしなことは他にもある。

 俺が通された席の位置。

 縦長の会議室の一番奥。刑事二人は扉を背にして俺を追いこむように座ってる。

 警戒心の顕れだ。

 そして、何よりもその口実。

 上手いことを言って騙したつもりだろうが、上の連中が俺に警視総監賞なんかくれるわけがない。

 そもそもあの事件の顛末が白日の下に晒されること事態、絶対にありえない。

 同じ学校に通ってた人間として『VISヴィズ』がどんな組織だったのか。

 その首謀者がどういう人間だったのかを聞かれることはあっても、それを鎮圧したのが世間的に対異能犯罪の特殊部隊だったということになっている以上、俺たちに武勇伝を語る場はない。

 それでも不平不満は言わなかった。

 解決して素直に称えられるような事件じゃなかったし、大人たちが隠すままに従った。

 政府や警察が事実を隠蔽したのは大人たちにとって都合の悪い事実が事件の裏に隠れていたからだが、VISを壊滅させた俺たちに他の何かと戦う余力は残っちゃいなかった。

 あれから十二年。

 真実を隠すために大人たちがどれだけの犠牲を払い、醜い嘘をついてきたのか。

 俺はそれを全部見てきた。

 だから断言できる。

 国がひっくり返ったって、奴らが事件の全容を公表するわけはない。

 

 私立緑桜大学付属高校。

 二〇一八年の冬。

 魔法学科に通う生徒たちが世界的なテロを起こそうとした。  

 首謀者の名前は智章界治トモアキ カイジ

 奴は自身の思想を元にした理想の社会を実現するために『VISヴィズ』なる秘密結社を作り、世界中に数千数万の信奉者を生み出した。

 拡大する新派に大人たちは手を拱き、急遽決議された異能者の取り締まり政策は異能持ちとそうでない人間たちとの間に無用な溝を作った。

 それが『VISの反乱』と呼ばれる世界的革命運動の手助けをすることになるとも知らないで。

 智章のテロ計画が最終局面に入ったとき、奴の野望を阻止するために八人の異能学生が立ち上がった。


 炎を統べるツインテールのツンデレ女魔術師。

 貿易会社の令嬢で珍獣・猛獣を飼い慣らすワガママ召喚術師。

 手に触れた物から死者や生者の思念を読み取る情報屋のリア充呪術師。

 裏社会と深い繋がりを持つメガネ美人の陰陽術師。

 死者を統べる若干五歳の幼女死霊術師。

 幼女の保護者にして、人工で生み出された冷徹な電子仕掛けの万能術師。

 それらを束ねる知将の女錬金術師。

 そして、落ちこぼれの魔術師。


 つまり、当時の俺だ。


 普段は学科の違いや学校の違いで争ってばかりの俺たちだったが、智章の計画を阻止するというただそれだけのために結束し、孤立無援の中を戦った。

 犠牲もあったが、俺たちは戦い抜いた。

 智章を倒し、世界を救った。

 異能を持たない大人たちは指を咥えて見ているだけだった。

 奴らにできたのは事件が公にならないよう秘密裏に事態を収拾して、手柄を横取りすることだけだった。 

 当時の自分たちの体たらくぶりを明るみに出してまで、連中があの戦いを評価するはずがない。

 ましてや社会の落伍者でしかないフリーターのこの俺を世界の救世主として崇め奉って表彰するなど、あるわけがない。

 それでも俺は話をはじめる。

 二人の刑事が何故十二年前の事件を掘り返そうとするのか。

 その理由を探るために。


 そして、昨日の夜。

 俺の前に降ってきた謎の美少女と彼女を狙う組織の正体を探るために……。

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