古い景色
登場人物
《2030年パート》
森高護(28)……本編の主人公。学生時代、異能持ちの仲間とともに世界を救ったことがあるが、今は中古レコード店の店長代行。警視総監賞授与のための事実確認と称して、二人の刑事から学生時代のとある事件について聴取を受けている。
女刑事……三十半ばとみられる刑事。森高から12年前に起きたVISと呼ばれるテロ組織の起こした事件と、異能学生連続殺人事件について詳しい話を聞こうとしている。
若年刑事……何かと非正規でちゃらんぽらんな森高をバカにし、敵視するエリート街道まっしぐらの嫌味な刑事。挑発には乗りやすい。
《2018年パート》
森高護(15)……関西から上京してきた私立緑桜大学付属高校魔法科の一年生。異能学生の焼死体に遭遇したことから、異能学生連続殺人事件とその延長線上で起こったVISのテロ事件に巻き込まれていく。
杉宮健也……森高の同級生。情報収集を趣味とする三枚目。後に森高たちとともにVISと戦うことになる。魔法科では呪術を専攻する。
阿古川由紀……緑桜付属魔法科の二年生で風紀委員長。ツインテールのヴァイオレンスなちびっこ。入学式のころは生徒会長を信奉していたが……。
智章界治……緑桜付属魔法科の三年生で生徒会長。後にVISを率いてテロを主導することになるが入学当初はまだ一学生にすぎない。
瑞帆花楓……緑桜付属魔法科の一年生。入学式の早朝に銀杏の木から落ちてきた謎の少女。
⑮ 古い景色
それから俺たちは予定通り寮に荷物を置いて、午後は近くの街に出て過ごした。
はじめて友人らしきものと連れだって遊びにいった。
街一番のショッピングモールは大通り風の通路から四階の天井まで吹き抜けになっていて、何故かティラノサウルスが走るにはちょうどいいだろうな、とかおかしなことを思ったもんだ。
多分、前の日に見た『ジュラシックパーク』の影響だ。
食料品から衣料品、生活必需品はもちろん薬局から大型書店、CDやDVDのショップ、飲食店街やゲームセンターに全十一シアターある映画館まで。
街が生活に必要とするものすべてが巨大な箱の中に入ってる。
ここに来ればすべての用事が片付く。
ネットショッピングの方がもっと楽だが、現実じゃこれに勝てない。
夕暮れ前に俺たちはモールを出て、コンビニでコロッケとから揚げ棒を買った。
商店街を通ると肉屋のシャッターに『揚げたてコロッケあります』と書かれたビラが干からびて風になびいてた。
それを無視して、ほくほくのジャガイモに舌つづみを打つ。
商店街は来年には解体され、高層マンションが建つらしい。
古い街並みはただ古いというだけで路地も狭いし、暗くて、俺みたいな鴨が夜中一人で歩いてたら死角に連れ込まれて何をされるかわかったもんじゃない。
街の景色は日々、更新されていく。
古いことが素晴らしいのは親に守られて楽しい子ども時代を送った連中だけだ。子どもにとって古いことは常に不安で不便で不要なものでしかない。
「おかしいだろ。お前のいた魔法科こそ、古いことの代表格じゃないか」
また若い刑事だ。このパターンにも慣れてきた。
俺は宥めるように喋った。
「俺が言ってるのはノスタルジックを伴う古さのことだ。魔法はそういうのとは違う。杖から火花が出たり、魔女が空を飛んでるのを見てガキの頃のあんたは懐かしさを感じたか。古臭いと思ったのか。俺は感じなかったね。そもそも当時はまだ古さや懐かしさを感じられるほど世間の風に触れちゃいなかった。魔法はいつも誇張されたフィクションの中の存在だった。存在しない存在だったんだ。例えばだ。タコみたいな火星人が本当にいたとして、実物のそれを見て懐かしさを感じるか? バーニアを吹かして空を飛ぶ巨大ロボットを目の当たりにして、古めかしさを感じるか? 感じるわけがない。それまで存在してなかったんだからな。俺たちにとっての魔法もそうさ。魔法は新しかった」
「でも」と言葉を一度切ってから、女刑事は言った。
「今はもう懐かしいんじゃないの」
「…………」
ハンカチを忘れたことに気付いたのは寮に戻ってからだった。
はじめてだらけのことですっかり気疲れしていた俺だったがハンカチのことを思い出すなりいてもたってもいられなくなった。
時刻は六時前。
俺は急いで学校に戻った。
夕暮れどきの校舎は不気味だった。
人がいないと特にな。
完全下校時間はとっくに過ぎてた。なのに運がいいことに門は開いてた。
そのときは別に妙に思わなかった。
どうせ、教員がいるから開いてるだけだろうって。当然のようにそう思ってた。
でも、教員が出入りするのは裏口からだ。
正門は生徒がいなくなったらばったり閉じるもんだ。
開いてるってことはまだ中に生徒がいたんだ。




