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同類の影

登場人物

《2030年パート》

森高護(28)……本編の主人公。学生時代、異能持ちの仲間とともに世界を救ったことがあるが、今は中古レコード店の店長代行。警視総監賞授与のための事実確認と称して、二人の刑事から学生時代のとある事件について聴取を受けている。


女刑事……三十半ばとみられる刑事。森高から12年前に起きたVISヴィズと呼ばれるテロ組織の起こした事件と、異能学生連続殺人事件について詳しい話を聞こうとしている。


若年刑事……何かと非正規でちゃらんぽらんな森高をバカにし、敵視するエリート街道まっしぐらの嫌味な刑事。挑発には乗りやすい。


《2018年パート》

森高護(15)……関西から上京してきた私立緑桜大学付属高校魔法科の一年生。異能学生の焼死体に遭遇したことから、異能学生連続殺人事件とその延長線上で起こったVISのテロ事件に巻き込まれていく。


杉宮健也……森高の同級生。情報収集を趣味とする三枚目。後に森高たちとともにVISと戦うことになる。魔法科では呪術を専攻する。


阿古川由紀……緑桜付属魔法科の二年生で風紀委員長。ツインテールのヴァイオレンスなちびっこ。入学式のころは生徒会長を信奉していたが……。


智章界治……緑桜付属魔法科の三年生で生徒会長。後にVISを率いてテロを主導することになるが入学当初はまだ一学生にすぎない。


瑞帆花楓……緑桜付属魔法科の一年生。入学式の早朝に銀杏の木から落ちてきた謎の少女。

⑭ 同類の影


「おう! 森高、一緒に帰ろうぜ!」

「え、あ、な、なに?」


 SHR後の教室で俺がハンカチを見つめて溜息をついていると杉宮が俺の机に鞄をどんと乗せて現れた。

 式の間は森高「くん」だったのに。

 距離の詰め方の早いやつだ。

 俺は慌ててハンカチを机に仕舞った。

 なんで机の中かと言えば、椅子に座ったまま白いハンカチをポケットに仕舞う動作はどうしたって目立つからだ。

 見つかればハンカチの主について問いただされるに決まってる。

 自分のものだと言って押し切れればいいが、生憎ハンカチの角には可愛らしいウサギの刺繍が入っていた。


「え、ぼ、僕と?」

「おう。あいつらも一緒だし、せっかくなんだから交友を深めようぜ!」


 首根っこに腕を回してぐわんぐわんと揺さぶる。

 杉宮の示す方を見ると同じクラスの男子と女子が二人ずついた。

 SHRの自己紹介でなんとなく名前は覚えてたが、今となったら……。

 顔は浮かんでも苗字まではって感じだ。

 なんせ一年のときしか付き合いがなかったし、友人というよりも『杉宮の友人』が集まってる感の方が強かったから、一人一人と喋った記憶もない。

 悪い奴らじゃなかったことは確かだ。

 俺みたいに厄介な劣等感もなければ、怨念もない。

 毎日を楽しく過ごせればそれでOK。

 ついでに彼女をゲットして、童貞を捨てられればなお最高。

 みたいな奴らだったからな。

 高校以上の付き合いにならなかったのはそれゆえとも言えるかもしれない。


「いいよ、僕は」

「遠慮すんなって。あれか、クラスに好みの女の子がいなかったからがっくり来てんのか!」

「えっ?」


 図星だった。

 俺のメガネの端には杉宮の調達してきたクラス分けの一覧表が表示されていた。

 瑞帆花楓は一年六組。

 一方、俺は一年十組。

 隣のクラスですらなかった。

 しかも、八組から後のクラスは教室が二階で階層も違う。

 これが本当に運命の出会いだったらなら、俺と彼女は同じクラスでしかも頭文字から言って前後の席になれたというのに。

 神様に弄ばれた気分でがっくりしているのを杉宮に見透かされても、俺の気分は一向に愉快にならなかった。


「心配すんなって! 部活でも合コンでも出会いはいくらでもある!」

「ちょ、ちょっと待ってよ。僕はべつに」

「変わりたいんだろ」


 ぼそっと杉宮が耳打ちした。


「俺も同じだ。皆スタートラインは一緒なんだ。乗り遅れたら後悔するぜ」


 悪いやつじゃなさそうだ。

 同調圧力とかお節介な強制は苦手だったが、杉宮の誘いはなんの悪意も感じず受け取ることができた。

 こいつみたいなやつが中学にもいたら。

 そう思わずにはいられなかった。

 俺を含む男子四人と女子二人は寮につくまでの短い間を一緒に歩いた。

 生徒玄関に着くころには一旦寮に帰ってから、外に遊びに行こうって話が出来あがってた。

 女の子うち一人はノリがいいタイプで気遣い屋でもあった。

 俺が口下手と見るや、俺を相槌要員にしてくれた。

 女子にはあまり慣れてないから、そういう軽い扱いは助かった。

 まぁ、本当は俺たちの中に好みの男子がいて、女垂らしで手の早そうなそいつをからかうために、俺を男子の好例として利用しただけなのかもしれないけどな。

 よくいるだろ。

「誰々は何々くんと違って、手当たり次第女の子を口説いたりしないもんねぇ」

 なんつって煽てておいて、でも実は馬鹿にしてる相手の方が気になってるってやつ。

 煽てられてその気になってると痛い目を見るパターンだ。

 幸い俺は引っかからないで済んだ。


 生徒玄関を出る間際。

 並木道の外れで友達と立ち話をしていた瑞帆花楓が俺のことを見つけて、小さく手を振ってくれたからだ。

 俺は思わず辺りを見回した。

 勘違いで振り返したりしたら恥ずかしいからな。

 でも、誰も応えてるやつはいなかった。

 彼女は俺に手を振ってた。

 杉宮が女子たちと談笑してる間に、俺はそっと彼女に手を振り返した。

 彼女は笑顔でまた振り返して、友達と人ごみの中に消えてった。

 同じクラスになれなかった不幸が一瞬で吹き飛んだ。


 しばらく杉宮たちの後ろで歩いてた。

 ちっぽけな幸せを噛みしめるように手を揉みこんでると気遣い屋じゃない、もう一人の女子が俺に声をかけてきた。


「彼女と友達なの?」

「えっ」


 彼女は俺とは別メーカーのモニター兼用メガネをかけていた。

 後ろで髪を結わえ、ほっそりとした首筋が際立つ文学少女といった感じだ。

だが、俺と違うのは社交性がそこそこあったことだ。

 杉宮たちとの談笑では空気を読んで脇に徹し、隣ではしゃぐ女友達のボケに冷静なツッコミを入れていた。

 その彼女が突然、自分から話題を切り出した。

 しかも、俺のあまり弄られてほしくなかった場面のことについて。

 目ざとく見つけて容赦なく斬りこんできた。

 案の定、杉宮は即座に飛びついた。


「おいおい、なんだよなんだよ! やっぱりいたんじゃねぇか! どの子だよ。あの子、その子、あっちの子?」

「え、あ、いや、なんのことだか……さっぱり」


 狼狽する俺を逃がすまいとメガネの彼女がぐいと言葉で迫った。


「さっき、彼女の方から手を振ってきて、それに応えていたでしょう。彼女、六組の子でしょう。入学式で新入生代表の挨拶をしていたわ。もう他のクラスの子と仲良くなるなんて、あなたもなかなかやるのね」

「え! っつうと例の瑞帆花楓ちゃんか!」


 その名前を聞いて、傍にいた男子たちは顔を見合わせた。

 そして、次の瞬間、茶目っ気たっぷりに「このヤロウ」と俺を取り囲んでやいのいやいの小突いてきた。

 そういうじゃれ合いにあまり慣れてない俺はたどたどしくも全力で無実を訴えた。


「いや、た、多分。間違いだよ! 僕に振ってる気がしたから振り返しただけで……本当は別の誰かに振ってたのかも……いやぁ、は恥ずかしいな……そんなところ見られてたなんて。もう、ちょ、やめてよ!」

「でも、辺りに誰かいないか確かめてでしょう。間違いでないかどうか」

「ぐっ」

「その上であなたは手を振り返した」

「……うう」


 なんでこの女はここまでしつこく切り込むんだ。

 俺にはメガネの女が俺と瑞帆花楓の話題に執着する理由がわからなかった。

 男女の色恋沙汰に黄色い声を上げる横の女子と違って、彼女のメガネの奥にはその手の輝きが感じられなかった。

 もっと静かで冷たい、獲物を罠にはめるような目。

 ただし、不思議と敵意は感じなかった。

 俺がこの話題をどう切り抜けるか。その反応ひとつで俺が何者であるかを見定めようとする――いや、それは結果論だな。

 彼女が俺を試していたのは本当だ。

 だが、あのときの俺は彼女から得体のしれない脅威にしか感じることができなかった。


「今朝、ここに来る前に道の角でぶつっかって。それだけだよ」

「なんだ、その漫画みたいなのっ」


 杉宮がぷぷっと吹き出す。

 そこからクラスメイトたちが口々に俺の証言を面白おかしく弄り始めた。


「なぁなぁ、ひょっとしてパンとか齧ってたわけ?」

「アンパンか食パンか、そこが問題だな」

「いや、絶対違うっしょ! そこはマーガリンか、苺ジャムか」

「初恋はマーマレードの味だろ。甘くて苦いマーマレイだ・け・ど!」

「古っ! つうかあたしたち生まれてないし! つうか生まれてないのになんであたしも知ってるし!」

「…………あ、あのう」


 こいつら本当に俺と同じ新入生か。

 今日はじめて会ったばかりなのに、なんでこんなに打ち解けてはしゃぎ合えるのか。

 俺は不思議でしょうがなかった。

 今思えば、みんな上京したてて緊張して張り詰めていた糸がぷつんと切れて、単にハイになっていただけなんだろうと思うがそういう感覚は俺にはなかった。

 どうして俺はこうじゃないんだろうって、思った。


「角でぶつかったかどうかは置いといて、いい出会いだったみたいだな。困ったときにはいつでも俺を頼ってくれていいからな」


 俺の肩を抱きながら杉宮は言った。

 面白がっている様子が引っかかるがそれ以上は話題を広げることもなく杉宮はトリオ漫才と化した友人たちの輪の中に戻った。


「小さな嘘が下手ね」


 メガネの彼女がぼそりと言った。


「大きな嘘の方はどうかしら」

「……え」


 隣に並び立った彼女は俺を見つめて、細い首をこくりと傾げた。


「つきつづけられるといいわね」


 意味深に言って、彼女は杉宮たちの輪の中に戻って行った。

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