智章界治の挨拶（１）
登場人物
《2030年パート》
森高護（２８）……本編の主人公。学生時代、異能持ちの仲間とともに世界を救ったことがあるが、今は中古レコード店の店長代行。警視総監賞授与のための事実確認と称して、二人の刑事から学生時代のとある事件について聴取を受けている。
女刑事……三十半ばとみられる刑事。森高から12年前に起きたＶＩＳと呼ばれるテロ組織の起こした事件と、異能学生連続殺人事件について詳しい話を聞こうとしている。
若年刑事……何かと非正規でちゃらんぽらんな森高をバカにし、敵視するエリート街道まっしぐらの嫌味な刑事。挑発には乗りやすい。
《2018年パート》
森高護（15）……関西から上京してきた私立緑桜大学付属高校魔法科の一年生。異能学生の焼死体に遭遇したことから、異能学生連続殺人事件とその延長線上で起こったＶＩＳのテロ事件に巻き込まれていく。
杉宮健也……森高の同級生。情報収集を趣味とする三枚目。後に森高たちとともにＶＩＳと戦うことになる。魔法科では呪術を専攻する。
阿古川由紀……緑桜付属魔法科の二年生で風紀委員長。ツインテールのヴァイオレンスなちびっこ。入学式のころは生徒会長を信奉していたが……。
智章界治……緑桜付属魔法科の三年生で生徒会長。後にＶＩＳを率いてテロを主導することになるが入学当初はまだ一学生にすぎない。
瑞帆花楓……緑桜付属魔法科の一年生。入学式の早朝に銀杏の木から落ちてきた謎の少女。
⑪智章界治の挨拶（１）
「魔法使いは元来、人々に忌み嫌われてきた。
魔法という存在、魔法使いという存在によって中世ヨーロッパでは多くの罪なき人々が疫病や飢饉や戦争犯罪のスケープゴートに仕立て上げられ、時代の犠牲者となった。
科学の時代になって、ようやく人々は合理的なものの見方を手に入れ、魔法に対しても他の合理的な技術と同じものとして捉えられるようになった。
だが、それでも魔法に対する負のイメージは国の方策や世界的なポジティブキャンペーンを持ってしても拭いさることはできない。
なぜ、この時代になって世界は人々の誤解の目と戦うリスクを犯してまで、魔法や錬金術や死霊術の――いわゆる異能の秘術を世に解き放つ決断をしたのか。
その問いについて、私の見解を話そう。
まず魔法について考えよう。
魔法とはなにか。
この二十一世紀の現代に息を吹き返してまで根付かせる価値のあるものなのか。
魔法とは何か、という問いに対して私はいつもまずその歴史を語る。
魔法とは人の切望の歴史だ。
何に対する切望か。
それは、決して抗えぬものへの切望だ。
例えば火の魔法。
教科書には野蛮な夜を切り裂き、身を守るために生まれた、とある。
しかし、私は想像する。
火は果たしていつも光としての役割のみを負ったのか。
違う。
火は光を発する一方で、メラメラと燃え続け、大気を煙という毒で侵し、触れれば命を奪う自然の猛威だ。
乾燥した空気の中で木々の枝がこすれ合い、一度火を起こせば、それはたちまち森を焼き、山を黒煙で覆う。
いつ治まるとも知れない災厄を前に人は何を思うか。
この火の勢いを止められたら、意のままにできたら。そう思うのではないだろうか。
もしくは雨を降らせることができたら、風を止めることができたら。
燃え広がる炎を前にして人はそれが空しいとわかっていながらも、人ならざる力を夢想せずにはいられない。
災厄は火だけではない。
地震や津波、台風や寒波、落雷、疫病、命の恵みを与える太陽でさえも、熱く照り続ければ大地を砕き、飢饉を招く。
君たちがこの学園で学ぶ八つの属性はいずれもそうした自然の猛威に立ち向かった祖先たちの切実な思いから生まれている。
切望は魔法だけを生んだのではない。
陰陽術は先行きの見えない平安時代にあって、天皇や公家がよりよき治世を都に齎すために生まれた。
呪術は亡き家族や恋人との対話を果たすため。
召喚術は天を差す頂きを越え、荒れ狂う海を渡る翼を手に入れるために。
錬金術は不完全で脆弱な肉体に完全を与えるため、古代アレキサンドリアで拓かれた。
いずれも自然の猛威に打ち勝ち、約束された楽園を手に入れるために生まれた。
いわゆる異能文化の歴史は人類の切望の歴史でもある。
私はここで文化という言葉をあえて使う。
文化とは何か。
文化とは人が動物を越え、新たな定義の生命として自立するための靴だ。
文化によって人は二本の足で立ち、天災にも屈せず、種を撒き、育て、収穫し、実りある生を謳歌することを可能にしてきた。
文化は時代とともに更新され、古の技も同じように受け継がれ、進化してきた。
しかし、二十一世紀の我々が享受している文化というのはどうか。
その根は切望を通りこし、我欲の赴くままの、願望から発しているのではないか。
我々は果たして偉大なる祖先たちが古の技を使ったように、現代の技を使えているだろうか。
否、使われているのではないか。
現代の技に正しい指南書はない。
教えを乞う師もいなければ、教えるべき弟子もいない。
教訓も、高みに到達するための忍耐も必要とせず、資格も素質も必要としない。
相手が誰であっても分け隔てなく与えられ、すべては平たく拓かれている。
これが魔術だったらどうだろうか。
一国を滅ぼす力を万人が何の制約もなく手に入られるとしたら。そんな世界は刃物の上に立っているのと一緒だ。
行き過ぎた自由と平等は、調和とはかけ離れた場所にある。
それは進歩とは違う。
ただの自殺行為だ。
老いを早め、人類を死に導く愚行だ。
あらゆる力と技は、その素質をもつものにのみ触れる資格を許さなければいけない。
目の前にいる君たちのように。
世界が異能の技を受容し、広く教育の機会を設けたのは、世界が異能に新たな時代の先導を望んだからだ。
行き過ぎた文明を調整し、自然と人との健やかで調和のとれた社会を実現するために魔術師は再び必要とされている。
昨今、古の技を偏見と浅い差別心から憎悪し、攻撃するものたちがいる。
しかし、それらの憎しみの声に耳を傾ける必要はない。
諸君は選ばれたのだ。
選ばれたものは時代の重責を背負うやもしれない。が、我々の成すことは必ずや世界を変える大いなる偉業に繋がる。
世界を救う導き手となる。
君たちにはその誇りをもって、勉学に勤しんでほしい」
長い長い演説だった。
理事長のより全然長かった。
だけど、聞いた当時は演説の長さよりもその中身に胸が躍った。
奴はこう言いたかったのさ。
魔法使いは世界に必要とされている。
すなわちここに来た俺たちも世界に必要とされている。
誰に何を言われようとも成すべきことを成し、それが誇りとなることを忘れるなってね。
未来の自分が今の自分以上の存在になれると保障された瞬間だった。
