とある非正規の聴取記録(1)
海外テレビドラマ『トゥルーディテクティブ』を見ていて思いついたお話です。
学園異能バトルもののテンプレな青春を送った元ヒーローの主人公(28歳)が高校時代に遭遇したある事件と、現在進行形で起きている模倣事件を交互に語りながら、なんだかんだでまたまた世界を救うことになる……みたいな話です。
週2更新で頑張りたいと思います。
①とある非正規の聴取記録(1)
魔法科卒。
履歴書にそう書かなくなってもう三年になる。
今の職場の面接を受けたときも高校の学科は普通科って書いた。
普通科卒が魔法科卒を偽るより、魔法科卒が普通科卒を偽る方が簡単だった。
普通科の授業内容は知ってたし、だいたい高校の普通科で習った古文や世界史や微分積分が社会で問われることはまずない。
いくらでも誤魔化しは効いた。
学歴を活かした職業でもなけりゃ、誰がどこの高校の何学科を卒業してようと採用の有無には関係ない。
たとえば営業職とか、小売業とか、アルバイトとか。
そこで求められてるのは学校で何を勉強したかじゃなく、黙って会社や店のために働いてくれるかどうかだ。
でも履歴書に『魔法科卒』って書かなくなった一番の理由は別にあった。
時代が必要しなくなったからだ。
今から二十六年前。
俺が二歳のころのことだ。
それまで世界の裏側でひっそりと息づいていた魔法とか錬金術とか精霊召喚なんかのいわゆる『古の異能の秘術』が国の『重要無形文化財』のひとつに加えられ、文化財保護政策の対象になった。
『無形文化』とはうまいことを言ったもんだ。
要するに魔法や錬金術っていう技術やそれを使う魔法使い、錬金術師は雅楽や浄瑠璃の演じ手や、備前焼なんかの伝統工芸品を作る職人並に価値があって、保護する対象に当たると国が認めたわけだ。
なぜ、二十一世紀にもなって政府が異能の技を認める気になったのか。
きっかけはごく単純。
アメリカやヨーロッパ諸国がこれと似たような政策を始めていたからだ。
いつもの手さ。
自分たちのはじめたことがいつも文明の先を行っていて、これに乗り遅れるような国は時代遅れで野蛮な後進国だってな。
国際的同調圧力。いつの時代も嫌なもんだ。
が、理由はそれだけじゃなかった。
後継者不足の問題だ。
どこもかしこも少子化と合理化の影響をもろに食らって、術師の数は年々減っていた。
無理もない話だ。
この五〇年で人類の科学力は異能の技をもってしか成し遂げられないとされてきた偉業の数々を安々と更新してしまった。
魔法の箒なんかなくたって空は飛べるし、面倒な呪文を唱えなくてたって金属のダイヤルを弾けば火は起こせる。
大気中の水蒸気を冷やして作った氷の室より、冷蔵庫の方が安定した温度で食いものを保存できる。
精神がぶっ壊れるリスクを侵してまで何万冊もの古書の情報を頭に刷り込むより、手のひらの薄っぺらい箱に何万もの映画や音楽や小説を入れて持ち運ぶ方がずっと便利で健康的だ。
だいたい異能の技には制限が多すぎる。
『人の目には決して触れてはいけない』とか
『無暗やたらに使ってはならない』とか
『私利私欲のために乱用してはならない』とか。
インターネットで手軽に世界中の人間と繋がったり、ホームページや無料の動画サイトを使って目立ちたがり屋の願望を簡単に叶えられるこの時代に、そんな『ないない』ずくしで覚えるだけ損な技をいったいどこの誰が好き好んで会得しようなんて思う?
それも一族の使命とか、宿命を背負ってまで。
断言できる。
誰もいやしない。
血と涙と汗を垂れ流してでも習得する価値とか、希少性とか特権性なんてものは異能持ち一族が自分たちのことを神様かなんかだと勘違いして人の目を忍んでいるうちに終わった。
あとに残されたのはお家の取り潰しを迫られた気の毒な跡継ぎたちだ。
その筋じゃ名の知れた名家でも、異能の存在を知らない世間からしたらただの奇術を餌にしたカルト教団だ。
どこかでっかい組織なり行政が異能に太鼓判を押してやる必要があった。
でなきゃ、連中だけで余所から生徒を引っ張ってくる術はもとより、世間の信頼を得る術もない。
そこへきて『重要無形文化財』への登録はまさに渡りに船だった。
国の保護政策は呪術や陰陽術などによって過去の歴史で行われた犯罪やテロ行為は、時代を遡って一切罰しない、とした上で高等教育もしくは大学での学部設立とその運営に特別補助金を出すと謳った。
要するに過去にお前らが不思議な力であれこれやったことは闇に葬ってやるから、国の金でその力を学問化しないか、っていう甘い甘いお誘いというわけだ。
ひょっとしたらこの特権待遇の裏には過去に政府が異能を要人の暗殺とか、対テロ対策に利用してた事実をこの機会にまとめて有耶無耶にしちゃおうって魂胆があったのかもしれないが……まぁ、だとしても俺には関係ない話だ。
教え子不足で困ってんのは異能持ちの一族ばかりじゃなかった。
公立私立を問わずあちこちの高校や大学で新入生の奪い合いが深刻化してた。特に大学じゃ毎年のように特異な学科が新設されて、実績も定かじゃないメディア学科とか漫画学科が人生計画に無頓着な学生を次々と飲み込んでは就職率確保のために地方のスーパーや飲食店の正社員枠に吐き出してた。
国の保護政策はそんなトンデモ学科新設に奔走する学校経営者と異能持ち一族の両者を救いつつ、特異な能力を持った少年少女を育成し、国際人としての競争力を高めるという一石二鳥。
いや、一石三鳥くらいのうま味をもたらした。
政府は政策をより確実に、強固に推し進めるために元財閥でキリスト伝来より以前からつづくとされる魔術師の大家である小津グループを広告塔として採用した。
小津グループは自身が経営する私立緑桜大学とその付属高校に日本初の魔術学科を創設。同時に全国で魔術を含めた異能文化浸透の一大キャンペーンを展開し、付属高校の魔術学科に三〇〇〇人、大学の魔術科に一万人の受験生を呼び込むことに成功した。
もちろん異能学科は単なる客寄せパンダじゃない。
小津グループは傘下にある重工や化学、薬事系の企業に新たに魔術の応用研究部門を設置し、魔術の習得が雇用に繋がることを強くアピールした。
全寮制の魔法学科は開校するや日本中の話題を攫った。
異能文化保護の先進国であるアメリカからショービジネス化された魔術師集団が来日したことも相まって、日本中で魔術ブームが起こった。
受験生の数は翌年以降も増え続け、フランチャイズ的に全国の私立大学や高校に小津式の魔術学科が造られた。
成功例ができれば後は簡単だ。
一〇〇〇年や二〇〇〇年、竹藪の奥とか洞窟の底、古びた洋館や高層ビルの七階と八階の間でひっそりと生き続けていた異能の家々は小津に続けとばかりに歴史の表舞台に次々と姿を現した。
召喚術や陰陽術に錬金、死霊術。歴史や言い伝えに絡めた多種多様な学部の設立は二〇一〇年、ピークに達した。




