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守銭奴、迷宮に潜る  作者: きー子
第二部
16/25

16.剣と小竜

「ウィル、さま」

「様はやめろと……あと、仲裁ありがとうな」


 外に出たところでクロに改めて礼をいっておく。実際のところ俺が思いつかない考えではなかったが、それにしても自分から言い出すのはかなり難しかったと思う。助かったというのが正直なところ。


「いえ。……それに、意外、でした」

「どっちが?」

「ウィルさまのほう、です」


 実際問題、予定されていた多額の出費が無かったことになったのをありがたがる下劣な気持ちがないわけでもない。その結果は金の価値が認められなかったがゆえのものでもあるので、複雑な気持ちであったが。


 金は惜しまれるものだが、使うときは使うべきである。出ていったぶんよりも多く、稼げばいいのだ。


「強情でした、から」

「おまえほどじゃない」

「そ、そんなこと……」


 クロがなにやら照れくさそうに、フードの裾から覗くおさげ髪をいじり回している。


 褒めてねえからな。


「こいつをタダで貰ったら、自分で金の価値をすり減らすようなもんだ。それだけ」


 とはいえ、ああまで偏屈者の彼女と張り合わないでもよかったような気はする。少し反省。わざわざ町外れに居を構える彼女なのだから、ああいう反応は予想出来たはずだった。


 実際、然るべき対価を出したいというのは真意以外のなにものでもない。それが敬意を払うということだと思っている。後悔はなかった。


「……でも、悪いこと、ばかりでも、ないです」

「そうか?」

「お気持ち、お聞きできましたから」


 ──なるほど、と納得する。確かにアルディは、ちょっとやそっとでは素直になってくれなさそうだ。だからこそ反発を受けたのだろう。素直に言ってくれと口走った手前でいかがなものかとも思うが。


 頷いたそのとき、クロの視線が俺の腰のほうに落ちている。吊り下がった剣だ。重みは否応なく感じるが、安定感があってとてもいい。ふと、薄桃色の口唇がささやくように開かれる。


「銘、いかがいたします?」

「そうだな……」


 剣の名前といっても、まるでピンと来ない。伝説じみた由来があるわけではないから、仰々しい武器の名前を借りるのも妙だ。我が祖国ではどうだったろう。草薙剣やらいかにも胡散臭いものは置いておいても、村正だかは刀工の名前を拝借していたような気がする。なにせうろ覚えだが確かなはずだ。これで行くか。


「『E/RD(イー・アールディ)』。Eは永遠(ETRNITY)の頭を。RDは(SWORD)の尾を」


 身もふたもなくいえば、永遠の剣。うそぶいてから、十分すぎるほどに仰々しいと思った。しかし鍛ち手の心はくみ取れたのではないかと思う。


「なれば、その名にふさわしく、ありますよう」

「行くか」


 頷いて、笑いあった。向かうは迷宮、地下二階層──いまだ見ぬ地に、狩るべき魔物を求めるべく。




 町の中心地、迷宮の入り口たる階段を慎重に下りていく。その後ろをゆっくりとクロが続く。最初に見えたのは足元の渇ききった岩肌であった。ただそれだけでも、地下一階層とは決定的に異なる世界であることがうかがい知れる。


「──山、ですね」

「相当、様子が違うらしいな」


 探索の一歩目を踏み出す。隣にクロが袖を引くように並んだ。今立っている地面は平坦な荒野であったが、真っ直ぐと進んでいけばすぐにごつごつとした斜面にぶち当たるようだ。坂道か山道かはちょっとわからない。


 迷宮の構造そのものも以前のそれとはかなり違っていた。地下一階層はいくつもの広間とそれらを繋ぐ小道で形成されていたのに対し、この階層には明確な境目というものが存在しない。たったひとつの茫漠とした広間に峻険な自然の脅威を詰め込んだような、そんな印象を受ける。一言で身もふたもなくいえば、未開の地である。


 地下一階層との共通点といえば、空に燦々とかがやく白輪に囲われた黒い太陽──"逆陽(さかび)"。そして大気中に間断なく渦巻く、濃厚な外界魔力(マナ)くらいのものだった。


 瞳を細めて彼方を見上げれば剣が峰、すなわち頂きが霞の向こう側に垣間見える。時おり空には灰色の煙や赤い火が吹き上げているにも見えた。活火山、というやつなのだろう。そういえば以前『ライラック』から聞いた話では"彷徨う火蜥蜴"なる魔物がいるという。ともすれば、全体的に火に類する魔物が多いのかもしれなかった。


「どちらから、向かいます?」


 クロが指示す先は、山奥か麓か。選択肢としてあげるならば妥当な二択であろう。地下一階層のときはおおよそ道なりに進んでいけば問題なかったが、今回はいきなり放り出された感じがすごい。もっとも、迷宮という名前からすればこちらのほうがふさわしくはあるだろう。俺はちょっとだけ考えて、頷く。


「まずは裾野をぐるりと回る。そこからは、螺旋状にゆっくりと未探索地を埋めていく。時間はかかるだろうが」

「前準備、ですね」

「そういうこと」

「行くか」

「はい」


 そういうことになった。いつも通りにランプに火をつけ、ふたりして荒地を進んでいく。足元が硬いものだから、どうしても第一階層と比べて歩みは緩慢なものになる。道合に溶岩溜まりを化している地形もしばしばあって、かなり危ない。慎重を期する必要があった。が、周囲の風景と地理をきちんと把握しながら行くにはかえって好都合でもあった。


 歩みだして程なく、物陰から飛び出してくる何か。それは上方から宙を真っ直ぐに走り、迷うことなく落ちるようにこちらへと飛び込んでくる。その姿を見切る。火の玉のような炎に身体を包まれた鳥類──大きさは(わし)ほどもあるだろう。


「──ひゅっ」


 鞘走らせて抜剣とともに切り捨てる。飛来する軌跡をなぞるように断ち切って、脳天からまっぷたつになった鳥が左右に落ちた。


 初仕事を果たしてくれた剣をかかげ、血を払う。幅広の刃ながら、切れ味も極めて鋭いものである。心中でアルディに礼をいっておく。是非もなく末永く使ってやりたいところであった。


 そして改めて、鳥の死骸を見下ろす。それはぴくぴくと痙攣して、よく焼けた臓物と肉の断面を露わにしてしまっている。


「……焼けてないか?」

「はい。"ヒノトリ"、ですね。生ずる時から、死ぬまで、燃え続けます」

「なにやらおいしそうなんだが」

「食べられます、よ?」


 クロが不思議そうに首をかしげる。少しでなく驚いた。魔物が食べられるとはとてもではないが思っていなかった。


 なんでも濃厚な外界魔力(マナ)に起因して生ずるといわれる魔物は、その内側に体内魔力(オド)というものを持っていて、普通に取り入れると身体を壊す可能性がある。ただし魔力は外部の刺激によって拡散する性質があるから、迷宮の外にさえ持ち出せば当たり前に食することも出来るのだという。味も問題ないのだとか。しかし魔物の肉であることに変わりはないので、市場価格はとてつもなく安いとも。


「ギルドとかで出てくるのはこういう肉が多いわけか」

「お安いです、から……」


 仮に体内に取り入れたとしても時間経過で全く排出されてしまうから、人体に害がおよぶことはまずありえないらしい。短期間のうちに大量で摂取するならば話は別だが、それをする前に食い過ぎで倒れてしまうだろうとはクロの談である。


 多少は取り置いておけばメリアさんに差し入れとして提供出来るだろうかと思いつつ、金にはならないので程々にする。"ヒノトリ"の目当てはずばりその羽毛で、これを使えば通常では考えられないほどの耐火性を実現し得るという。これはアミエーラさんにいつかまた頼むべきだろう。服を燃やされたら泣くに泣けない。


 そのまま何度か戦闘を重ねる。それと分かるほど手強くなったという感触はないが、クロいわく剣のおかげもあって一撃の威力が高まり、俺自身の精気効率が改善された結果であるという。剣の力については自分でもよくわかったが、実力そのものはなかなか意識できないところだった。ゆえにクロが相対的にこっちの力量を算出してくれるのは非常に重宝する。ありがたいことこの上ない。


 遭遇する敵は巨大な猪に、豚面の獣人、甲殻を纏った犀などかなり力強い獣が多い。その一方で堰き止められて池になっている溶岩の海から這い出てきた蠍に蟹など、かなり奇妙な生態の魔物もいた。それだけに特異な性質を持った部位も刈り取れるということでもある。つまり、金になる。クロのオペレーションのおかげもあって、例え初見の魔物であってもよどみなく狩り続けていく。もちろん部位も戦利品としてあまさず回収。


 道行きでたまに別のクランと思しき探索者に出会うこともあった。とはいえ特に話しこんだり協力したりすることはなく、会釈する程度にとどめて行き違うばかりがほとんどだ。一撃離脱するにしても他のクランが狙っていないかを前もって確認し、苦戦しているところを見かけても了解をとって横槍を入れるにとどめる。些細なことだが、それでも少しはわずらわしい。稼ぎの単価は上がりそうだが、一概に地下一階層より稼ぎやすいかは判断しにくい。アルディは俺をちょっと買いかぶり過ぎだな。


「に、しても……」


 ────暑い。地下一階層に比べれば、段違いの暑さだった。同じ逆陽にしか見えないのだが、不思議なことだ。瑞々しく湿り涼し気な風の通り抜ける樹海だったのが、今度は火の吹き上がる渇ききった山岳地帯である。水の消耗も以前より激しい。今回の探索はランプを一周にとどめて戻るべきかもしれない──端的にいって準備不足だ。特にクロの体力が懸念される。んく、と喉を鳴らして水筒を傾けるクロを横目に見ながら考える。その肌には否応なく汗が浮いて、長い黒髪が額に張り付いてしまっている。


「今日は早めに引き上げるか」

「わ、わたしは」

「倒れるのが、一番面倒だ」

「……はい」


 目を伏せ、神妙に頷いている。流石に疲弊している自覚はあるのだろう。探索時間は短いが、時間単位での金銭効率はむしろ高まっているはずなので俺にしても文句はない。裾野も一周して見まわることが出来たから、下調べとしてはまずまずだ。


 実際に探索して、わかったこと。この地下二階層には四つの上り階段があり、それぞれがふもとの東西南北にひとつずつ配置されている。すなわち全てが出入口で、それらは空間のねじれから地下一階層にも繋がっているものだ。だが、下りのものはまだひとつも見つかっていない。となれば下り階段が配置されているのは、山の頂きだろうか。最も高いところから下りるというのも妙な話だが。


「……ここ、は、暑いです」

「ならくっつくな」

「どう、しましょう」


 足元がおぼつかないという様子でもないが、やや肌が熱を持っているような感じ。これ以上の長居は無用であるかもしれない。袖を引くクロを制していう。


「それ脱げ」

「ここで、ですか」

「どこまで脱ぐ気だ!」


 恥じらいに赤くなっておさげにした髪を弄んでいる。そうしているときのこの女はろくなことを考えていない。言うまでもなく、無闇に暑苦しそうなローブのことを言ったつもりだった。しかし、それにしてもクロの髪は黒色だ。烏の濡れ羽色だ。否が応でも光をもろに吸ってしまうことだろう。帽子を仕立てるべきだな。俺の方もコートのままというのはさすがになんとかしたい。


 ともあれ、踵を返そうとしたその時だった。向かいに垣間見える溶岩の池を何かが漂っている。泳いでいるようにも見えたが、全く魚らしくない姿であった。あえて似ているものをあげろというのならば、爬虫類かタツノオトシゴといったところ。


「あれは?」

「"彷徨う火蜥蜴"、です。ああ見えて、小型の"竜種"に分類されて。飛んだりも、出来るんです」

「あれがか」


 以前に聞いた、まさにその魔物の名であった。図体はそれなりに大きく、俺の腰の上辺りまではあるだろう。その時は沸くほどいると聞いたものだが、今は一頭しか見えていない。下手をすれば溶岩の池に飛び込む羽目にもなりかねないので、無視して通り過ぎることにする。


 その時だった。不意に溶岩の表面が煮え立ち、湧き上がり、何かが顔を出した。"彷徨う火蜥蜴"────それがあわせて四匹。真っ赤な飛沫を吹き上げながら飛び上がった。目を剥く。


「クロ、退け!」

「腹に"中撃"を、十分に一撃で討てますッ」


 一歩下がりながらのクロの声に頷く。"中撃"は即ち俺の剣撃の分類である。精気を用いない一撃を"弱撃"、最適量の精気をのせる一撃を"強撃"、この中間に位置する一撃を"中撃"と定めたのだ。これをもってクロの指揮を円滑に受け取ることを可能とする。


 ひれとも翼ともつかぬものを羽ばたかせながら、一匹がその顎を開く。そこから何かが吹き出るよりも早く抜剣──引き絞るようにして突き出す。刃が"彷徨う火蜥蜴"の腹を貫きその向こう側まで突き抜け、背面の硬い鱗をあっさりと断裂する。脆い。


 そのまま刃を払う。魔物の半身があらぬ方に吹き飛んでいく。しかし残された"彷徨う火蜥蜴"は戦列をまるで乱していない。それぞれが開かせた口腔から、一斉に炎の渦が放射される。さながら三方から俺を包囲するよう。まともに受け止められるそれではないが、幸い迅速ではない──クロの矮躯を引っ掴んで射線から退避。すかさず脇合いから一匹を狙う。強靭な鱗の鎧が垣間見える。腹と指定されたのだからおそらく"中撃"では足らぬだろう。"強撃"にて一閃。


「────キィッッ」


 甲高い呻き声。袈裟懸けにまっぷたつにする。あまり竜らしからぬ鳴き声だな。考えつつ、クロを置いて踏み出す。残りは二匹だが、態勢を立て直せていない。振り返り様にまたも腹を狙って呆気無く仕留める。


 最後の一匹が振り返った。なにせ距離が近い──炎を吐き出しさえせず、牙を剥いて噛み付きにかかってくる。理にかなっているが予想通りだった。一歩避けて、刃を横に滑らせる。腹から上下に"彷徨う火蜥蜴"をわかつ。即死だった。


 戦闘は終えたが、また次から湧いてこられたらたまらない。次からは溶岩地帯の近くでは油断禁物だろう。いい教訓になった。迅速に"彷徨う火蜥蜴"の部位──翼膜と体内の火袋を切り取って戦利品へ。そのままクロの手を引く。


「大丈夫か?」

「──は、い」


 こくん、と頷いてされるがままに立ち上がる。なんだか呆気に取られたような様子だった。髪にかげる瞳をぱちくりと瞬かせている。腰でも抜けたのだろうかと見る。


「……今の、"彷徨う火蜥蜴"」

「うん?」

「脆かった、です。私の知るもの、より」

「ふ、む」


 どうやら魔物に対して違和感があったらしい。彼女に何かの覚え違いがあった、とは考えない。その程度には信頼している。だが、確かに俺の感じた手応えは指揮から想定していたそれよりずいぶんと柔かった。二匹目に仕留めたやつは"中撃"でも十分であったかもしれない。


「──ウィル、さまが、強くなった?」

「そんなに急には強くなれんだろう」


 ちょっと困って笑う。クロの俺に対する戦力評価は極めて正確だが、たまに過大な感想を口にするところがある。あくまで感想に過ぎないで問題はないが、ちょっと面映(おもはゆ)い。なので困る。


 歩み出す道すがら、何度か遭遇した魔物を仕留める。だが、先ほどの"彷徨う火蜥蜴"の時のようなことはなかった。疲弊が祟ってクロが誤ったとは考えられないし、俺が突然強くなったわけでももちろん無かった。


「新種とか、突然変異種とか。環境に影響されて質が変わったとか、どうだろう」

「……わからない、です。けど、今後"彷徨う火蜥蜴"と戦うときは、先の一戦を、基準値にします」

「了解」


 その後"彷徨う火蜥蜴"一匹を見かけたので相手取ったが、今度は問題がなかった。理由はよくわからないが、滞りがないなら差支えはない。クロが一心不乱に頬を紅潮させながら羊皮紙片に向かい何かを書きつけている様を見て、不覚にも可愛らしいと思ったのでつとめて護衛に集中することにした。


「見て、ましたか」

「ないよ」

「見てて、いいですよ」

「ないよ。全然ないよ」


 その日の稼ぎはおよそ1200EN。短時間での報酬としてはありがたいことに中々のものであった。帽子を買おうと思った。

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