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守銭奴、迷宮に潜る  作者: きー子
第二部
15/25

15.妖精はとても気難しくて面倒くさい

 どうしてこうなったのだろう、と考える。


 メリアさんとクロが相対しているのを神妙に眺めながら考える。言うまでもない。クロとクランを同じくすると決めた時からこれはすでに必定のことであった。同じクランに属していながら宿は別々とか面倒くさすぎる。


「ついに──ついにウィルちゃんにも仲間が出来たのね……!」


 一体俺はどういう位置づけにあったのか。まだこちらに来てたった六日目でしかないのだが。なにやら感激しているメリアさんに静々とクロが頭を下げている。


「今日から、お世話に、なります。クロ・エルヴェイル、です」


 すっぽりと目深にフードを被りこんでいる様を除けば、いかにも育ちの良い娘さんにしか見えないものである。彼女の(さが)というべきものを垣間見ていなければ俺も感心するだろう。かつて過去に相まみえた少女との齟齬を感じることもなかっただろう。


 結局、同じクランであるのだからと財布は分けずに置いた。必要なときに必要なだけ持ち出し、管理は俺がすることと相なった。稼ぐことには執着が大いにあるが、管理は我ながら得手とは言いがたいのが少し悩ましい。ともあれ、俺のものとは別に部屋代として100EN紙幣を受け付けのメリアさんへ差し出す。


「あ、いい、です」


 クロがその手を制した。首を傾げる。


「同じ部屋で、いいと、思います」

「なにもよくねえよ!」


 手を払って金を押し付けておく。面倒事は金で解決するのが一番だ。


「クロちゃん、あいにくうちは防音があまり出来ていないのよ~」

「そう、なのですか」

「代わりに毛布をしっかり敷けば抑えられるわよ」

「やって、みます」

「おい」


 どうにもこの世界の人間は気が早すぎるように思われる。クロからすれば十年越しのことにしても、それにしたって一度切りのことである。なぜだろう。現代よりもずっと死が身近にあるせいだろうか。ならば死ぬよりも先に子をなせと。しかし俺としては親無し子をつくりたいとは全く思わないし、そもそもそれ以前の問題である。理解はできるが承服しかねるところであった。


「じょ、冗談です。はい」

左様(さよ)か」


 がしがしと頭を掻きつつため息。クロが部屋の鍵を受け取っているのを横目に見つつ階段に足をかける。なにせすでに一杯やってきた後だから、夜もかなり深い。そしてすこぶる眠い。消耗自体は減っているはずにも関わらず、不思議なことだと思う。


 その時、ぎぃと入り口の扉が軋みを上げて開いた。見れば新たな客ではなく、見知った顔。『ライラック』の四人組であった。ばったりと会ってしまった。軽く掌をあげて会釈する。


「おかえり。珍しいな、この時間に」

「あー、ウィルはん。ちょうどお休みんとこやった? すまんねぇ、邪魔してもうて」


 軽く手を振り返してアカネが応じる。独特のなまりになんともいえない落ち着きを覚える。そそくさとフィリアがフラウの影に隠れ、視線だけを覗かせてこちらをうかがっていた。せわしなさすぎる。


「────あっ」


 そしてその隠れていたちいさな姿こそが、驚いたような声をあげた。フラウのブロンドからはみ出るみたいに肩から顔を出し、見ている。視線の先には俺の手があった。


「あ、ウィルくん、それぇ」

「……なんかあったか」


 フラウまでもがフィリアにつられるようにして見る先。手のひらを返して目を向ける。思わずあ、と声が漏れる。──そこには紋章があった。剣とも十字ともつかぬ、血塗れめいた朱い紋様。自分ですっかり忘れていた。


 どうも目立って仕方がない。それ以外に特別隠す理由も見当たらないが、手袋でもしておくべきだろうか。『ライラック』の彼女らは掌なんてわかりやすい場所にあるわけではなさそうだし、どうしているものやら。


「紋章か。どこの誰と組んだのだ。ウィルの腕前に匹敵するものなら興味もある」

「俺の腕っても、分からんだろうに」

「一人であれだけやれるなら、十二分だ」


 わずかばかり憮然としたところがあるが、そういうアオイの目は興味津々のふうであった。ちょいちょいと親指で指し示す。クロとメリアさんがちょっと俺にはついていけそうにない会話を繰り広げていたところ。はたと気づいたようにクロが振り返った。身につけた袖の長さがためにその手の紋章は半ば隠れていたが、そこには確かに朱い穂先が見え隠れしている。


 四人の視線が集中する。クロがちょっと小さくなって俺の袖を引く。知らんがな。そうしているとわずかばかりフィリアに似ているようなところがある気もするが、俺はちょっとそれには頷けそうにない。


「クロ、クロ・エルヴェイル、です──クラン、『クルセイド』の片方(かたえ)として、補佐をつとめて、ます」


 掌をかかげると、袖が半ばまくれ上がる。あらわになる紋章は、俺と同一のそれだ。


 つっかえつっかえに言葉をつむぐ様を見ると、多くの人には慣れていないのかもしれない。ギルドではそういう様子はとんとなかったのだが。なんだかんだでゲルダは慣れ親しんだ人物であったからだろうか。


「そういうわけで、旗揚げした。よろしく頼む。なんせ俺は女が生活する上でなにがいるかとかよくわからん」


 つまるところ、どの程度がクロの出費として要するかわからないということだった。やっぱり財布を分けたほうがいいのではないか。色々と把握、理解する手間が金に勝ってしまいそうな気がする。あるいはそれを理解させようとする魔女の罠か。いや、考えすぎである。落ち着け。


「ウィル」

「なんだ」

「おまえは性倒錯者なのか」

「なんでそうなる」

「いや、噂を鵜呑みにするつもりはないが……あまりにも……」

「そういうところで相方を選ばねえよ!」


 あと噂の方はどうなってるんだ! なんだか俺の方であずかり知らないところで飛び火している気がしてならない。失策である。ギルドの姉ちゃんには火消しまで含んで言っておくべきだった。なんで俺は得意気にあんなことを頼んだんだろう。もしかして馬鹿じゃないだろうか。いまだ大火にはなっていないことに期待しつつ、アオイの様子を見る。得心した風。


「そうだな。確かにそうだ。すまない」

「わかってくれたか」


 こういうところ、素直に聞いてもらえるのでありがたい。フラウよりかはずいぶんありがたい。


「ウィル、さま。この方々……は?」

「『ライラック』だ。四人で全員。俺らの他じゃ唯一の客でもある」


 各々に紹介するうち、ふと視線を感じた。アカネがどこか物思わしげに腕組みしている。


「ウィルはん、その呼び方はどないやろ……」

「私も少しいかがなものかと思う」

「俺もどうかと思うよ!」


 様と呼ばれるのを流し続けていたせいで気付かなかった。今思えば、放っておいたのは明らかに失敗である。言われて改めて気づくことであった。


「これには、深いわけが、ありまして」

「いいんだよ! なんか思わせぶりもやめろ!」


 恥ずかしげにおさげをいじっているクロをさえぎる。そのまま云年前の身の上話まで遡られても困る。大いに困る。


 こうなったら、意地でも改めさせるしかない。神妙に思った。


「ふ、む。せなら、うちらの部屋来や。色々聞いてみたいわ」

「そうねぇ。今まで見たことのない顔だもの。私も気になるわぁ」

「はい、はい。是非に、です」


 こくこくと頷くクロを見る。女は馴染むのが早いなあと思わずにはいられない。同性なんだからそんなものなのだろうかと考える。無いな。男にはまずない。


 ともあれ、難儀し続けるよりかは気安いほうが余程いい。俺も楽ができるというものだった。


「んなら俺は寝る。おやすみ」

「ウィル、さま」

「さまはやめて。なんだ」

「あとで、お部屋、まいりますね」

「やめろ! 寝るっていってるだろ!」


 階段を駆け上がる。敵前逃亡であった。メリアさんに微笑ましげな視線で見送られる。しっかりと鍵をして扉を閉める。倒れこむようによく眠った。


 そしてひとつだけわかったことがあった。どうやらクロに鍵は有効でないらしい、ということだった。新たな錠前を増設することを考えねばならない朝だった。



 六日目。そして『クルセイド』結成後の初日でもあるこの日の探索は、この上なく順調に進んだ。先日の収入2000ENが望外に大きなものであったため、そのまま地下一階層の最深部まで足を向けることにしたのだった。


 その結果は俺にとっては都合のいいことであったが、どちらかといえば拍子抜けと言わざるを得ないだろう。この階層には迷宮の主──すなわちボスモンスターとでも称すべき大型の魔物が存在しなかったのだ。後にゲルダの談で明らかになったことだが、正確にはかつて一度討ち取られてから、それっきり復活したことが無いのだという。これといった試練もなく階下──地下二階層へと続く階段を見つけたときには思わずこけそうになった。しかし多くの探索者がすでに二階層へ駒を進めていることを考えれば、むべなるかなとでも言うべきか、十分に予想し得た事態であったのかもしれない。率直にいって大したことのなかったドーソンらのようなクランでも二層には辿り着いていた様子だったから、なおさらのことである。


 そのまま下層へ挑むのもやぶさかではなかったが、クロと話し合って一端引き返すことにした。クロは魔物個々の生態こそ偏執的なまでに仔細に記憶しているが、迷宮内の環境や生態系まではその限りではない。明日がアルディに来るよう言われていた日でもあったから、一旦は万全を期すべきという状況判断である。


 ────かくして次の日、俺とクロはふたりして再び町外れの一軒家にいた。まずはと例によってノックを試みる。入れ、とひどくぶっきらぼうな言葉が返ってくる。相変わらずの様子とも思われたが、迎える言葉を頂いただけでもとてつもない進歩であるような気がしてならない。


「ウィル、さま」

「うん。あと様はやめるようにってこれ何回目だっけ」

「歓迎、されていますね。十二回目です」

「聞いてるなら改めろ!」


 覚えてんじゃねえ。


「無視なんて、失礼は、いけないです」


 ならばその呼称には失礼以上に譲れないところがあるのだろうか。おかしなところで頑固だと思う。そのうちとくと膝を突き合わせて話し合わなければなるまい。ともあれ、今は置いておく。歓迎。歓迎か。


「前も向きすぎるとこけるぞ」

「前のめり、ですね」

「一番痛いやつだな」


 いや、阿呆なことを言い合っている場合ではなかった。改めて扉を押し開くと、イ・アルディがひらひらと小さな手を振って俺たちふたりを出迎えた。座椅子に腰を沈めた以前と変わらぬ姿であったが、つなぎの肩紐が外れて足元まで垂れ下がってかなりあられもない様子である。年の頃は知ったことではないが、ほとんど少女といってもいい見た目の彼女がそんな格好をしているのはちょっといかがかと思わないでもない。


 彼女は改めてゆっくりと向き直る。半目の吊り上がった碧眼がこちらを見つめる。


「悪いな」


 そう言われて首をかしげる。彼女はいかにも暑そうにぱたぱたと手を振って、窓から入りこむ風を少しでもと浴びるように煽っていた。見れば赤褐色の肌には端々に珠のような汗が浮かんでいる。ひょっとしたら、ほんの先ほどまで地下の工房にこもっていたのかもしれない。そのはしたない格好にしてもどうやら承知の上らしかった。


「いいや。元より俺の言い出した話だ」


 しかたのないことである。頷くだけで応じる。金のほうもしっかりと持参してきた。今の全財産はおおよそ概算して4000ENと少し──その半分ほどをまるまる持ってきたかたちである。


 ふと、アルディの瞳がクロをじっと見すえる。その目付きの悪辣なことはちょっとしたごろつきなどひと睨みで退散させてしまいそうなほどだ。クロのほうはといえば動じた様子でもなく、フードを被ったまま不思議そうに首をかしげている。


 思うに、彼女は特に睨んでいるようなつもりはないのだと思う。なかば瞳を閉ざすような半目も、おそらくは生得的な特徴であるのだろう。人の悪意というものに敏かったクロの反応や、彼女の振る舞いに見る敵意のなさからしても明らかだった。


「そこの娘とは、組んでいるんだな」

「ああ」

「できれば、末永く。どうか、なさいました?」

「いいや」


 アルディが目を向ける先は、俺とクロの手の甲にあった。同じクランの間柄であることを象徴する、同形の朱い剣十字。それでおおよそは悟ったのかもしれない。彼女はふいに扇ぐ手を止めると一息ついたように煙草に火をつけ、咥える。派手に煙を吹かした後、指の間につまみ上げて口を開いた。


「ほんの娘っ子だったやつが、"魔女(もの)"になってる。オレも年を食うわけだ」

「いくつなんだ」


 聞くなら今しかないと思った。


「さあな。数えちゃいねえ」


 見事に撃沈した。かたわらのクロから咎めるような目で見上げられる始末だった。そうされて当然だった。なんで聞いちゃったんだろう。好奇心のせいだろうな。なにより、聞くだけならタダだ。


「ウィル、さま」

「ああ」

「女性にお年をうかがうのは、よくないです」

「俺もそう思ったんだが止められなかった」

「私は、十七、です」

「聞いてねえ」


 聞いてしまう前にという牽制だろうか。しかも地味に衝撃的だった。気持ちの上でだけは二十五のままなのだが俺はこの世界で数えて十五になるから、彼女のほうが年上ということになる。俺よりもはるかに小柄であるにも関わらず、である。下手をしたら幼いくらいで、十二、三かそこらだといってもおかしくない。


 その時、いきなりアルディがケラケラと笑っていた。呵責のない、いかにもあけすけな笑い声だが豪快でもある。なぜ笑われているのかわからなかった。特に面白いことをいった覚えはない。怒らせかねない真似はたった今やったばかりであったが。


「退屈しないな、おまえらは」

「大変お恥ずかしい」

「全くだ」


 すっぱー、と盛大に紫煙が天井に向かって吹き上げられる。アルディはしきりに銀色の髪をがしがしと掻きむしっている。


「女扱いなんざ、ひさしい話さ」


 そっちか。確かにちょっと女性を見いだせる姿ではないが。どれだけ子どもであれ老齢であれ女性には違いないと思っている。


 アルディは大様に座椅子から立ち上がり、待ってなと一言残して階下へ。ゆっくりと確かに戻ってきたその手には、彼女の身体と比べてかなり大きな剣がある。半ば腕の中に抱くようでもある手つきで、それをごとりと机上にのせる。いかにも偏屈者な彼女だが、こういうところばかりは流石に子供じみているなと失礼なことを考える。


「抜いてみな」


 頷いて歩みより、手に取り上げる。黒い柄を握り、一息に抜き放った。


 露わになる銀色の刃。刃渡りはおよそ70㎝、全長にして1mといったところか。刃は幅広で4㎝ほどもあり、頑健さを優先して鍛え上げられたことがうかがえる。刀身の根本は太く、剣先に近づくにつれて少しずつ鋭さを増していくつくり。握りは俺の掌にぴったりと合っていて、滑り止めかすっぽ抜けるのを防ぐためか、柄尻はまるで魚の尾っぽのような形をしている。鍔は両端が二叉に広がっていて、それはさながら十字架の左右を見立てるようでもあった。重みは2kgを上回るだろう、少し重めといっていい。


 試しに構えるともなく宙にかざしてみる。片手で持つのも造作なく、両手で扱うにも申し分ない質感と重量感がそなわっている。軽く振るい、振り切ることなくしっかりと止める。無言で、さらにもう一度──空を切る。驚くほどに、"しっくり"ときた。剣のほうが手に吸い付くようでさえあった。


 手で触れる鞘の感触は毛皮のこしらえ。かといって決してごわごわとしたものではなく、なめらかな感じのする手ざわりだ。そのかたわら、一揃えにするように鞘と同色のベルトがあった。比べ見てみれば剣のほうはベルトに吊るすのに適した形をしていて、携行性にも長けたものであると知れる。


「そいつは、おまけ。持ってきな」

「銘は?」

「おまえが、つけろ。剣はオレのものじゃない」


 頷く。正直名付けの類は『クルセイド』の例からもわかるように全くもって得意ではないのだが、彼女がそういうのだから仕方ないと飲み込む。なにより、仕事のほうが抜群なのだから文句があるわけもなかった。懐に手を差し入れ、ざっと紙幣を引き出す。


「────あ?」


 ぎろり、とアルディの瞳が俺を睨みつけた。元よりそういう目だから、というわけではない。明らかにそれと分かる瞳で、刺すような視線がこちらへと向けられていた。


「出すものは、出す。それだけだ」

「タダで持っていきな──そういったはずだぜ」


 一瞬ばかり困惑したが、しかし迷わず言い返す。目はそらさない。そしてそのまま彼女が示唆した通りに、前回のことを回想してみる──確かに言っていたような覚えがあった、が。


「それはあの鉄棒のことだろう」

「そういうつもりじゃねえ」


 咥えられた煙草がぎりっと噛み締められている。ちいさな手が机上を突き、ほとんど身体ごと乗り出さんばかりになっていた。


「オレは、おまえをしかるべき使い手だと見たッ! だからそいつを打った! 無心するような真似をした覚えはねえッ」

「出費は抑えたいのはやまやまだが、仕事には相応の対価があるべきだ。こいつをただで頂いたとありゃ道理に合わない」

「んな紙っ切れで、代価にしようってのが、ぬるいってんだ!」

「俺から出せるもんなんざ、これくらいのもんだよ!」


 歯を食いしばるあまりに煙草が噛みちぎられてしまっている。真っ向から怒気とともに睨めつける瞳を叩きつけられる。偏屈者とは聞いていたが、なるほど、ここまでとは考えていなかった。相手が価値を認めなければ金にも意味が無いとは承知の上であったが──。


 剣幕に気圧されそうになるが、しかしこの手のことは一度退いたら負けだ。絶対に折れることになる。こちらも彼女に向かい一歩踏み出す。机越しに向き合うような間合いになる。真っ直ぐと、絶対に目をそらさない。しばらく無言を守り、見合ったままでいる。


「……オレは、受け取るつもりはない」

「置いていくといったら」

「ちり紙にでもしてやらあ」


 ──とはいえ、このままでは埓が開かないところではある。妥協点を探すべきであった。そう考えたとき。


 不意に、ぱんっと掌を打ち合わせる音がした。クロが俺とアルディを引き剥がすように間に入り、掌でずずいっと押しやられる。


「……どーいうつもりだ、"魔女"の」

「提案、です」


 フードの影から、クロがひそりと視線をかかげて口を開く。なんだろう、と思うが好機といっていい助け舟ではあった。頷いてうながす。アルディにしてもおとなしくしていたクロの介入に困惑が隠しきれていない様子だった。


「ウィルさまの求めは、しかるべき対価を出したいこと。対するアルディさんは、それをお金で受け取るのは御免、ということ。ここまでは、いいですか」


 向き合って頷き合う。アルディの瞳からほのかに険が取れているようにも見える。


「なれば、ウィルさまが、お金以外で払えば、いいのです。むろん、それが何であるかが、悩ましいですが」

「……オレは、そういうのは」

「ない、ですか?」


 アルディが口を一文字に引き結ぶ。何を口にしたものか、あるいは単に何かを口にしかねているようでもあった。


「少なくとも、金以外で今すぐ出せるようなもんは俺にはないが」

「はい。ゆえに、確かな代価があるまでは、担保としてお渡しする、とすれば」

「俺は問題ないな」


 担保であるならば、相手が預ける物の価値を認める必要はそんなにない。いや、金などを借りるのならばもちろん認められる必要が大ありなのだが、この場合は事情が違った。そう考えた、が。


「……それはいい、ってんだろ。だいたい、おまえらが二階層で稼ぎ回ったらそのうち大した額面じゃなくなる」


 アルディの様子はたいそうばつが悪そうではある。興奮がさめてきたかの様子で、新しく煙草を取り出して、そのまま手の中で弄んでいる。火をつけるのもいささか躊躇われるような感じであった。


 実際、その言葉もそれなりに理にかなってはいた。一階層以上の稼ぎが期待出来るとするならば、過信というほどでもないか。どうだろう。


「……だから、ただ持ってけ。それでいいっつってんだ」

「俺の気がすまない」


 再びアルディの突き刺さるような視線を食らってしまう。だが、先程までのような激情はもうないように思う。銀髪を垂らし、その面差しを伏せがちにして、彼女はいう。


「…………末永く、大事に、使ってやって、くれ。それで、いい」


 なぜだか大層恥ずかしそう。目があらぬ方向に逸れている。


「そんなことか、当たり前だろ。素直に言ってくれりゃいいのに」


 なんて面倒くさい人なんだと思った。


 失敬。


「……オレの手ずからのものだろうと、扱いにまで口出しできっか。そもそも剣は消耗品だってのに、それに気づかって腕前を出しきれなきゃ世話ねえ」

「まあな」


 それでも頑丈であることを求めるのは、つまるところ乱暴な扱いにならざるを得ないからだ。にしても盛大にこじらせてるなあと思う。苦虫を噛み潰すような表情だった。誇りともなんともつかぬものが内側でせめぎ合っている感じがあった。ドヴェルグは皆こんな感じなのだろうか。酒でも呑んで細かなことはガハハと笑い飛ばせるようなイメージが無いでもないのだが。いずれ酒の席に誘ってみようと心に決める。


 我ながら場違いな考えをしているなとは思った。ともあれ、おおかた話はまとまったところである。一言ことわって剣のほうをしかと受け取り、腰に帯びた。クロもこくりと頷き、楚々として俺とアルディの間から外れるように離れる。


「……すまねえ」


 銀のひっつめ髪を垂れるようにして言い、そのままアルディは背を向けて煙草を咥える。表情もうかがえないものだから、どうしたものかと少し悩む。そして三秒で迷っても仕方がないと結論、言いたいことだけ言っておくことにした。


「また来る。金で払えなかったぶん、せいぜい大物でも獲るさ」

「──つまんねえ気つかってんじゃない」

「なにせろくな剣を使ってなかったからな。手入れは素人なんだよ。見てもらえなきゃそれなりに困る」


 行くか、とクロに声をかけてそのままこっちも背を向ける。──あんがと、と秘めやかに聞こえたのは単なる俺の願望ではなかったと思いたい。なにせ、ちゃんとした剣の手入れを真っ当にやったことがないのは全くの事実なのだから。日を置いて教えてもらうとしよう。

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