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守銭奴、迷宮に潜る  作者: きー子
第一部
11/25

11.妖精はとても気難しい

 昼前、ほとんど真上に太陽がのぼる刻限。ギルド前にてつつがなくクロと合流し、鍛冶屋と向かう最中であった。


「そういえば、クロ」

「はい。ウィル、さま」

「昨日は宿、どうしたんだ」

「あ、それが」


 急にクロが頬を赤くする。恥ずかしいことでもあるのだろうか。昨夜にさんざん振り回されたのも相まって珍しいものを見た気になる。


「すっかり、忘れてまして。ギルドのお世話になって、一夜をば」

「……あんたが切れ者なのか馬鹿なのか急激にわからなくなってきた」

「お役には、立ちます、よ?」


 ほとんど馬鹿と言われてるようなものでも、動じた気配さえない。日中もやはり黒い外套に身を包んだ姿のまま、俺を見上げて口元が穏やかに微笑みをえがく。本当に得体が知れないと思う。"魔女"の字句通り。


「まあ、実際、伝手がなきゃ難儀してるところではある」


 そう、武器である。何を先んじても武器がなければ話にならない。そして武器の値段というのも馬鹿にならなさそうだから、それなりのものが欲しい。さらに言うならば、なにを差し置いても頑丈であってほしい。ついに弱い武器を使えという爺さんからの教えを破ることになってしまうが、仕方がない。教えより稼ぎである。金のほうが大事だ。我ながら弟子としていかがなものかなと思う。だが金だ。


「問題はいくらになるか、だな」

「それなりに、張るのは、仕方ないです」

「……具体的には」

「1000ENくらいは覚悟、かと」


 神妙になる。今の手持ちは概算して1400ENといったところ。無理ではないが率直にいって痛い。値切ろうかなと頭によぎるが、なにせ命にかかわる代物だ。あまりケチはつけたくない。涙をのんで頷くほかあるまい。


「ドヴェルグ謹製の、もの、ですから。決して高くはない、ですよ」

「ドヴェルグ、か」


 爺さんから叩きこまれた座学を思い返す。すなわち、この世界にある種族について。ドヴェルグは総じて人間の子どもかそれを下回るほど小柄で、手先が器用であり、にも関わらず人間を遥かに上回るほど力持ちなのだという。人里離れて山中に暮らすものが多く、端的にいって気難しやが多いとか。


 想像してみる。やたらに大仰な兜をかぶり、鼻の下いっぱいに白い髭をたくわえ、むっつりとした面差しで槌を振るう奇矯な爺さん。これはいかにも面倒くさい気がする。俺のような新人では門前払いを食らいかねないのではあるまいか。


「不安、です?」

「多少な」

「大丈夫、です。ウィルさま、なら」

「その信頼はどこから来てるの?」


 無邪気な声にひたすら恐ろしい気持ちを感じながらもやむなく歩み続ける。辿り着いたのは、町外れ。北方の山岳地帯に最も近く打ち立てられた一軒家であった。いかにも厭世的かつ人嫌いの気が漂い始めていた。さすがは"魔女"の伝手というべきだろう。おたがい隠者のようなものであろうことをすっかり失念していた。


「ここ、です」

「こりゃ、ゲルダも知らないわけだ」


 若干途方に暮れる。さてどうしたものか。伝手であるクロを頼るべきだろうか。一秒考える。


「失礼します!」


 ままよ。扉を打って、反応を見る。返事はないのも予想はしていたのでそのまま入り込んだ。


 屋内は薄暗く、灯りは最低限度が点々とあるばかり。机上には槌かあるいは何ともつかぬ工具が整然と並ぶ。壁に打ち付けられた棚やら床に置きっぱなしの大きな缶に、いくつもの得物が無造作に置かれていた。鉄の匂いが色濃くけぶる部屋の奥、主と思しきちいさな姿が見えた。


 少女だった。いかにも幼く見え、矮躯ともいうべき姿が深く座椅子に腰掛けているのだった。


 銀色の髪は引っ詰めて短く。肌は火を浴びたような赤褐色。つなぎめいた服にそのひどくちいさな身体を包んでいた。少女はいかにも憂いを帯びた仕草で咥えた煙草から煙を吹かすと、緩慢に入り口のほうへと向き直る。彼女の碧眼はほとんど半目になって、最早睨まれているような心地さえする。


 少女の姿に、意外と驚きはなかった。むしろ得心がいった。主に女が武装する武器をしつらえているならば、その作り手が女性であっても特に不思議はない。かえって道理であるように思えるくらいだった。


「……"魔女"んとこの娘か」


 その目がクロをとらえて、挨拶もなくうそぶく。ちょっと眼光がただ事ではない。


「はい。──けれどこのたび、お婆様は、お亡くなりに」

「そうか」


 彼女はクロの訃報に頷きもせず、ただそういった。知ってたと言わんばかりであった。天井に向かって煙を吹き出す。果たして彼女がいくらの年月を過ごしてきているのか、その姿からは全く想像がつかない。


「それで、そこのは。小姓かなにかか」

「あ、いえ、このかたは──」

「"魔女"なる方には縁もゆかりもないが紹介に与って来た。ウィルという」


 クロの言葉を途中でさえぎって言う。一歩前に出る。あまり行儀はよろしくないが、かえってその方がいいと思った。というより、クロから果たしてどのように紹介されたものか恐ろしかったというのも大いにある。


 沈黙が数秒。そのまま一分ほど経つ。額に汗がにじんでくる。少女はただ紫煙を吹かし、睨めつけているようにこちらを見ている。これはまずったかな。まずったかもしれない。


 そう思われたとき、不意に少女は立ち上がって辺りをごそごそとやり始めた。鉄の缶に何本も差された長物を手にとって確かめたり、また元あった場所に戻したり。まるで意図の掴めない動きだった。かと思えば、少女は不意に口を開く。


「望みは」

「剣を」


 端的に応じる。その答えに彼女は向き直りさえせず、また辺りを探りまわっていた。暫く、ただ待つ。数分ほどして、ようやく彼女が向き直った。その手にあるのは──棒だった。ただの鉄の棒にしか見えない。


 ひゅん、と不意に風を切る音がした。


 彼女が無拍子に鉄の棒を投げていたのだった。真っすぐ、俺の方に向かって。ぱしん、と音がして咄嗟に受け止める。


「これは」


 全くただの鉄の棒に見える。決して綺麗ではなく、下のほうが妙にへこんでいたりする。長さはちょうど俺の背丈の半分ほど。重さはせいぜい2kg足らず、といったところだろう。目の前にかかげるように構え、握りを合わせる。軽く振る。


「おまえには、これで十分だ」


 煙を吹かし、彼女はそう言い切った。


「──アルディさん、それ、は」

「いや、いい」


 クロが言いかけるところを遮る。なんだか俺は遮ってばっかりだな。しかし名前がわかったのは収穫だ。すまんと会釈して、さらにもう一歩前に出る。


「いくらだ?」


 問う。彼女は答えず、ただじっと視線を返す。真意を探っているような感じだった。こちらの意を測りかねているかのような。首をしゃくって促される。ゆえに頷いて応じた。


「ただの鉄の棒にしか見えなかったが、触れればわかる。まず太さが俺の手にぴったり合う。所々凹凸があるが、これは握りを合わせるためのもんだろう。重心も若干、先端を重めにしてつくっている感じがある」

「それだけか」


 少女が片眉を釣り上げる。俺はほとんどやけくそ気味に笑ってやった。


「俺が使ってた剣よりいくらかマシだ。いや、だいぶマシだ」


 その言葉に、少女がゆっくりと顔を伏せる。黙りこくる。ただ静かに紫煙だけが天井に上っていく。そのちいさな肩が小刻みに揺れている。


 少女は、肩を揺らして笑っていた。こらえ切れないとでも言うかのような所作であった。くくと喉を鳴らしながら腹をおさえ、指の合間に煙草をつまみ上げてゲラゲラと大声をあげて笑った。いかにも野卑ながら呵々大笑とでもいうべき豪快さがあった。俺どころか隣のクロまであっけに取られる。


 笑いすぎなのかほとんど涙を滲ませた目尻を拭うと、真っ直ぐと目を向けられる。彼女の口端は不敵に吊られていた。


「いいぜ。タダで持っていきな」

「いいのか」


 剣といえる程でもないが、実際的にはこれで十分といえるものである。無難な武器を打つよりもかえって手間がかかっているのではあるまいか。問いを気にした風もなく彼女は立ち上がり、またのんびりと煙を吐き出していう。


「明日……いや、明後日にまた来い」

「……?」


 一瞬、理解しかねる。助け舟を求めてクロに視線を向ける。ちょいちょいとちいさな指先が彼女を指し示す。彼女は片手に揚々と槌を担ぎあげていた。彼女の身体に比すれば大きすぎるほどの鉄槌だ。


 彼女は顔だけ振り返る。べえと悪戯げに舌先をのぞかせた。


「このオレが──イ・アルディが腕によりをかけて最高の一振りを寄越してやるっつってんだ。しばらくはそのおもちゃで我慢しな」


 笑って言って、よどみない歩みで階段へと向かう。下り階段──つまり階下であった。地下に向かうものだろう。恐らくはそこが彼女にとっての聖域たる仕事場に違いない。その背はクロより更にちいさいくらいのに、やけに広く見えた。


「恩に着る──金はいくらでも積もう」


 俺から出来る感謝などそんなものである。彼女、アルディはひらひらと手を振るばかりであった。仕事にかかるからとっとと去れと言わんばかりであったのでクロを引いて背を向ける。


 全く何が幸いするかわからないものだと思う。屋内から出て深々とため息を吐く。


「よかった、ですね。ウィル、さま」

「全くだ。何を認めてもらえたのかは分からんけど」

「気に入られた、みたいです、よ?」

「どこが!?」


 可哀想な子がいたものだから気まぐれに一本打ってやろう、というくらいの気持ちであった気がしてならないのだが。めちゃくちゃにぶっきらぼうだったし。あんなに態度の悪い人は久しぶりに見た。


「アルディさんが、打ってくれることって、あんまりないんです」

「なんでそんなところを紹介してくれやがったの?」

「前より、人嫌いなのが、激しくなっているみたいで……」


 以前はあそこまでは荒んでいなかったのだろうか。というか、彼女はいったい本当は何歳なのだろう。あまりにも謎すぎるので考えないことにする。


「まあ、不思議ではないか」


 例えば俺のような探索者が何人も詰めかけてきて、挙句それがものの違いもわからぬ輩であったならば最悪だろう。どんな性格であっても嫌になりそうなものだが、さらに彼女は偏屈で有名なドヴェルグだ。やさぐれてしまっても全くおかしくはない。


「それでも、造っていただけるよう、ですし。さすが、です」

「何が流石なのかって感じだが。当座の得物をもらえたのはありがたいな」

「ウィルさまの、器量がなせる技、です」

「剣士なら誰でも出来るようなことだと思うが」


 十年も剣を振っていれば、元は縁もゆかりもなかった生業ではあれど愛着もわいてくる。ただ武器としてではなく、道具としての使い勝手も意識するようになる。以前の木剣は俺の握りに合わせたというより、血と汗を染み込ませながら使い続けた結果、柄も磨り減って自然と馴染んでしまったような代物だが。


「では、頂いたもの、ですし。試しに、参ります?」

「そうだな。元々それが目的の契約だ」


 さすがに鉄棒は木剣と違って重く、腰からさげるような真似は出来ない。ズボンがずれる。どうしたものかと考えた結果、半ば肩に傾けて担ぐように持ち運ぶことにした。尺はさほどでないから邪魔にもならないし、手に慣らすにはちょうどいい。


 いざ迷宮に突入する段になって、ゲルダが言っていたとおりクロは何の疑いもなく進入を許可された。彼女と同行している俺のほうがかえって訝しまれたくらいであった。ずっとひとりで動いていたツケが回ってきたのかもしれない。解せぬ。

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