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  作者: 茂上 桔梗
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●山口雄大、遭遇した夜



 帰り道。警官が送っていこうか、と申し出てくれたが、断った。パトカーに乗るというのも、初の体験で魅力的だったけど。冷たい空気を歩いていたかった。

 見てきたもののショックで走りだせずにいた俺は、歩いて帰っていた。

 色々と、考えてしまう。

 事故に遭った彼女はかわいそうだったな。服やバッグから、二十代半ばといったところだろう。

 彼女の家族には、もう連絡が入っただろうな。娘があんな体で戻ってきたのを見たとき、両親は……。弟があんな体で戻ってくれば、俺は事故の相手をどうするだろうか。

 トラックの運転手は、これからどうなるのだろうか。携帯が開いた画面のまま転がっていたということは、よそ見の飛び出しだった可能性もある。警察でどんな事故だったか、調べればわかるのだろう。

 顔を見ただけでわかるわけはないが、そんなに悪い人ではなさそうだった。これで人生が終わってしまうのであれば、人生を完全に奪ってしまったとはいえ、彼もかわいそうではあるかもしれない。

 今頃、二十数年で蜘蛛の巣のように張り巡らされた、彼女の人間関係を追って電話が鳴っているのだろうか。

 悲しむ人は多いだろうか。喜ぶ人もいるのだろうか。

 でも俺は、死んで嬉しいような知りあいは一人もいないぞ。例えそれが嫌いなやつでも。

 うん、例え小畑でも、死ねば、やはり俺は少しは悲しむはずだ。同情するはずだ。

 普段ならば、別に死んでも何も思わない、なんて思うはずだった。しかし、今見てきた光景が俺にリアルに想像させる。自分の周りの人間が死んだときの衝撃を。涙が出てきた。また、吐いた。口の中の不快感を、口の中から追い出そうと苦心して、頭と口の中から追い出すことに腐心していると、少しの間考えないようにしていたことが、頭をよぎる。

 小畑といえば。腕だ。

 間違いないだろう。あいつが腕を持ち出している。しゃがんで何をしていたのかはわからなかったが、腕がないとなれば、確信できた。あいつは腕を拾っていた。あの事故は、俺が通りかかる直前にあったのだから、そもそもあいつ以外に拾うのは不可能だろう。

「いい度胸してるじゃないの」そう、つぶやく。

 俺でも持って帰ったと思う。実際、持って帰りたいと思った。彼女をかき集めているときにも、そういう思いはあったのだ。

 しかし、あのタイミングであった。ポケットに入るサイズのものはなかった(と思う)し、どこかに隠すにしろ、警察が早く来るか運転手が見ている可能性、リスクもあまりにも高かった。

 実際、ドップラー効果とともに、かなり早くにパトカーが現れた。

 運転手はその音に動揺していた。俺がいなければ、変な気を起こしてしまいそうなくらいに。俺も、さらに変な気を起こすことは避けられた。彼にとっても俺にとっても、警察の早い到着は喜ばしいことだっただろう。おかげで俺も、犯罪者にならずに済んだ。

 しかし、これから俺は、どうすべきだろうか。

 別に小畑は嫌いなだけであって、恨みはない。だから復讐しようとか、通報して何らかの処分をさせようなんて気持ちはない。むしろ、どうしても思い出せない死体が気になる。死体の一部、あれがゆっくりと見たかった。

 亡くなった女性やその家族、常識を考えれば警察に言っておくべきなのだろうが、別に構わない。死人に口も心もあるまい。家族にも、より強烈な思い出として残る。

 あいつを脅すなりなんなりしても、腕をじっくりと見たい。

 月曜は、あいつも俺も取っていた授業があった。腕にも興味があるが、腕を持ち去った人間にも興味があった。



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