表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
  作者: 茂上 桔梗
4/13

●山口雄大、0日目



 偶然だった。

 梅雨が明けて、久しぶりに会った同じサークルの後輩女子に、

「食べ過ぎましたよね?」と指摘されて、少し長距離のロードワークに出たのだった。

 二週間続いた長雨は学生たちに退屈を与え、俺たちに二週連続で焼肉屋へと足を運ばせ、いつもの倍の頻度で飲み会を開かせた。

 いつもより、わずかだが体に重みを感じた。けれど、走るのは心地良かった。

 時間をかけ、テンションの上がる曲を選りすぐったプレイリストが、イヤホンから流れていた。それを聴きながら風を感じるのは、とても気分がいい。

 走り始めて小一時間、軽いランナーズハイのような状態にもなっていた。体の熱が心地よい。

 しかし、その熱は急激に下げられることになる。道路に妙な形で停まっているトラックと、通りにバラバラと転がった人の体によって。

「は?」その光景に、思考は停止した。硬直する体。聴こえなくなる音。

 それに反して心臓が大きく動いているのは感じられた。動かない首と眼が映す景色は映画館の中ほどの列の真ん中で、映画を観ているようだった。

 トラックの中でハンドルを強く握って、下を向いている運転手。震えている、ようにも見えた。

 それが、映画の画面の真ん中。

 そして、劇場でいえば左最前列の席に、小畑がいた。

 文科系サークルだけの球技大会で着ていたときと同じジャージを着て、歩道から少し出た場所でしゃがみ、立ち上がり、そしてすぐそばの脇道へと消えていった。

 他に動いているものがなかった。だから気づけた。おそらく、今は事故が起こった直後だ。

 それから俺は、人として正しい行動と、間違った行動をした、ように思う。

 運転手に駆け寄り、少し落ち着かせて、携帯電話を借りて警察に電話をした。

 そして、ちょっと躊躇ったあと、事故にあった女性―――女性であったものたちを、歩道へと移動させた。『はっきりと固体のもの』だけを移動させた。『液体よりも固体寄り』ぐらいのものには触れなかった。

 俺は原付で移動しているとき、小動物の死骸を道路で見つければ、たいてい道路脇に動かして、それ以上死体を傷つけられないようにする。

 だが今回に限っては、そんな小さな善行を心がける俺の、優しい部分が出たわけではない。

 単純に、死体が見てみたかったのだ。人間は切断されたら、その断面はどんな風に見えるのだろうか。筋肉は、脂肪は、どんな色なのだろうか。

 そんなことも知りたかったし、それ以外のものも見たかった。

 しかし残念ながら、ほとんどのことを覚えていない。

 体だったものと、バッグと携帯、拾うべきであろうものを拾っていった、ことだけ。

 さすがに気が動転していた。ミイラ捕りがミイラになってもおかしくなかっただろう。

 すべてが、普通の大学生には刺激が強すぎたのだった。口の中が気持ちワルイ。ヒドイアジダ。

 女の表情はどんなものだったのか。そもそも女性の顔を俺は見ることができたのか、できなかったのか。いやそもそも、女の頭部は『はっきりと固体』だっただろうか。警察に何を訊かれ、俺はどう答えたのか。運転手がどうなったのか。

 気になることは山ほどあったが、あれから他の車があの道を通ったのかさえも、俺には分からなかった。

 そんな状況でも、分かっていることはいくつかあった。

 帰ろうとして気づいた口の中の不快感から、どうやら俺が吐いたらしいこと。

 警察官の間で聴こえた会話から、女の右腕が見つからなかったらしいこと。

 部品たちが再び轢かれてはいなかったらしいこと。(おそらく車は通らなかったのだろう)

 そして、小畑希望があの場にいたことを、俺が話してはいないことだ。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ