○小畑と山口●
作業は終わった。手を洗って、冷蔵庫を閉じた。
彼女の死体をビニール袋に包んだものを、さらにゴミ袋に包んだ。それを黒のバッグに入れた。
わかったことがある。死は、腐敗は、その結果だけ見ると醜いものだった。しかし、過程と死を超えたものを含めれば、全体として美しいものだ。
思い返すと、前兆はあった。一日一日、一刻一刻と、彼女は腐敗へ、死へ向かっていたのだ。
それは意識には到達しなかったから、記憶としては残っていない。しかし、一日に何百枚と撮った写真に、記録としては残っているのだ。刻もう。あの日と同じ服装の僕は、彼女の死体が入ったバッグを、肩にかけた。
さぁ、出かけよう。玄関を開けて、鍵をしっかりと閉める。階段を降りる。
階段を降りていると――、山口と、志田と鉢合わせた。
*
山口「よう……」
小畑「よう。志田。何ばしよっと?」
少しうわずる。
志田「こんばんは。今日は、雄大さんの家にいました」
志田はちらっ、と山口の方を見る。
竹下「そっか。じゃあまたな」
小畑は通り過ぎようとするが、阻まれる。
小畑「山口、通行の邪魔ばい」
山口「やっと返事したな」
小畑「何ば笑っとっとや。邪魔っつったらどけさ」
山口「和解しに来た。時間、くれよ」
小畑「はぁ? 何ば言いよっとや。そいだけはせんってことだけが、おいとわいの共通しとぅ考えやろうが」
志田「あの……」
志田「わたしからの、お願いなんです。というより二人以外の部員、全員の……」
小畑「そがんと、知ったこっちゃなか」
志田「せっかくの、同じ学年、同じアパートじゃないですか」
黙って二人に背を向ける小畑。他の階段に向かう。
山口「お前の秘密を知ってる、って言ったら、どうする」
追いかけるような声で。
小畑「・・・・・・」
首だけで振り返るが、表情に反応は見せない。
山口「お前が拾ったのを見てたって言ってんだよ」途中から語気を荒げる。
無表情のまま、驚愕する小畑
小畑「そんじゃあ、わいは何がしたかとな」二人に背を向けたまま。
山口「俺と、二人で話しをしろ」
小畑「断れんごたいやな」
体ごと振り向いて。
*
なんていうことは、なかった。ありえたのかもしれない。やれば多分、あいつも乗っただろう。しかしそれは、俺がやるかどうかだ。俺は、やらない。
普通に恵理と俺が半身になって道をゆずった。その真ん中を小畑が通っただけだ。
「よう。志田」と右手を上げる小畑。「こんばんは。小畑さん」笑顔で答える恵理。
これでよかった。俺は、今までどおり、今まで以上に小畑とは関わらない。
腕のことも、どうでもいい。多分、俺の勘違いなんだろう。
タッタッタッタッタッタッ、タッタッタッタッタッタッ。
小畑が、階段を降りていく。軽快に? 焦って? 自然に? 何も考えずに? 俺にはわからなかった。どうでもよかった。
小畑が通った空間を、俺の左手と恵理の右手が埋めた。目が合い、微笑みあう。
恵理は、かわいい。




