二話 目覚めし力
一週間ぶりに登校すると中庭の石碑は元通りになっており、ドエモン先輩は体を痛め休学となっていた
俺の傷はたいしたことはなかったもののオドの大半を使い切り、数日間寝込み、セシルは石碑の地下での出来事を覚えてはいなかった
「おはよう」
久しぶりの俺の声に誰か反応するかと思ったが、いつも通り対したリアクションはなかった
「……体…大丈夫か?」
席に着くとカイが声をかけてきた
「ああ、もう大丈夫だ」
「…運がないな
新学期……早々に風邪とは」
「…だな」
今回の事件はなかったことになった
表向きでは俺は風邪、石碑の地下などは存在しなかった
それが学園としての方針になった
唯一の問題はセシルの親だった
セシルの父親は王室護衛局長である
末娘が危険に曝されたということで学園長に直談判に来たらしい
…だが、ドエモンが持っていたアーティファクトにて状況が一変した
そのアーティファクトは、王室護衛局の王財管理部が管理していたのだが、先日何者かに強奪されていた
もともと、王財管理部は公表されていない機関であり、調査は愚か事件の公表すらできない
もし、学園での事件が知れ渡れば、王財管理部の失態も露見し、王室護衛局の信頼を失うことになると学園長が提案したという
セシルの父親もそれは望むところではなく、アーティファクトを引き渡すということで一件落着したのだった
「……それはなんだ?」
カイの目線が俺の手元に置かれた一本の剣に向けられた
「ああ、これは…」
それは刃なき柄だけのアーティファクト
正しい使い方もどういう効果なのかなのも名前すらもわからない
学園長に聞いても…
「今はただ持っておけ」
と言われるだけだった
「お守りみたいなもんかな」
「……そうか」
カイは深く追求しなかった
その日の午後…
昼飯後の最初の授業は無詠唱魔法の実技だった
60秒の制限時間で100個の的を無詠唱魔法で幾つ破壊できるかを計測する
無詠唱魔法は自身のオドを消費する
そのため、起動は早いが規模は小さく、長時間の連射には向かない
ちなみにこのクラスのトップはレオナの84個であり、学園内でも未だにパーフェクトを達成したものはいない
順番はくじ引きで決まる
俺にしてみれば、60秒間立っているだけの出来事だった
………今までは
「……げ」
運悪くレオナの前になってしまった
順番がみるみる進み、俺の番になる
レオナは自分の番に備えて神経を研ぎ澄まさせる
「アレン・ガーランド、測定開始」
講師の合図で右手を突き出し、イメージする
オドを火へと変換し、その火を火球へと形成、それを一発一発的に当てるイメージ
しかし、今回は違った
この間の命懸けの戦いでインスピレーションが体を貫いた
!
脳内で的すべてを飲み込む規模の爆炎がイメージされた
フォォォォ…………ポンッ!
「………」
そんなイメージとはかけ離れた小さい火球がゆっくりと的の中心に進む
で、でた?
それは生まれて初めて生み出した魔法だった
クラスメイトもその光景に目を奪われた
そして、次の出来事に心を鷲掴みにされる
……………ゴゴゴゴゴゴッッッ!!!!
火球は中心にたどり着くと周囲の空気を食い尽くし、一気に拡大した
爆風と言って差し支えない突風が俺の視界を塞ぎ、それが収まると的が跡形もなく消し飛んでいた
「…………!」
その光景に講師は時計を確認するのをしばらく忘れていた
「ア、アレン・ガーランド、記録…15秒」
その噂は高等部を超え学園全域に広がっていた
「………はぁ」
その実技以降、決闘の申し込みはなくなった
しかし、学園にいる間は鋭い視線が常に向けられている
それは、なぜ魔法が使えるようになったのかという疑惑の視線
何年も知識と武術だけで乗り切っていた男がいきなり魔法を使えば、その理由を知りたくなる
そして、その理由らしきものは本人が最近持ち始めたアーティファクトにあると誰もが思っていた
疑惑の視線から遠ざかるように俺は益々周囲と疎遠になった
俺は放課後、1人で無詠唱魔法の鍛錬を積んでいた
魔法を使えるようになったことはプラスだが、コントロールできない上にあんな威力があっては迷惑千万だ
だが、そのコントロールをする明確なイメージが出来なかった
魔法とは常に前へ進むもの
自らその力を落とすようなことをしてはならない
その固定観念が知識とはいえ染み付いているアレンにとって最大のスランプだった
「くそ………どうすれば………」
「………」
それを遠くからひっそりと監視していた視線にはアレンは気づかなかった
学園長室
コンコン
「………どうぞ」
そこに現れたのはセシルだった
「失礼します」
「おや、マクダウェルさん
いかがしましたかな?」
「学園長先生、なぜアレン君を導いてあげないのですか」
それは唐突かつ断定的な言葉で何処か普段のセシルとは違う雰囲気を出していた
「はて、どういう意味ですかな?」
「とぼけないでください
今、彼が悩んでいることはそこらへんの魔法使いでは解決できないこと
あなたはその力も知識もあるのになぜ導かないのですか」
「………」
その言葉に何かを感じた学園長はセシルに背を向けた
「…それは見解の相違……いえ、託された意思の違いでしょう
私はあの子の父親と親しかった
そう……長い付き合いだった、無二の友と断言出来ましょう
そんな彼が旅立つ前にこの子を私の元へ預けたのです
「友よ、どうかこの子を見守って欲しい
この子が目指すものが見えた時にすべてを話して欲しい」と故に貴女がいかなる存在であってもその要求には応じることはありません」
「…それでも、シグナスに地の賢者有りと謳われた者ですか
遥か昔、天空の龍と互角に戦いその牙をしまわせ、かの大戦では闇の軍勢からこの国を護った者ですか」
「………貴女には幸運と人を見る目があるようだ
貴方の魂の欠片は、並の才能では受け止めきれないでしょう」
「!?」
「少し告白しましょう
あの場所にあれを封印したのは私です
様々な思惑が絡み合ったものだともあの子にとって必要なものだとも友は言いました
故に私は待っているのです
あの子が選択し、自分の進むべき方向を決めるのを」
「………」
セシルはそのまま部屋から出て行った
無詠唱魔法で威力や精度をあげるために必要な技法として固定化というものがある
これは自分の魔法に形を与え、魔法を押し固めることで魔力効率を上昇させることが出来る
セシルがアレンの監視に戻ると屋上にもう1人の姿があった
「本当に才能ないわね、まだこんなことも出来てないの」
「…なんのようだよ」
レオナだった
「はぁ…お爺様も最近お帰りが遅いし、あんたも中々帰ってこないし
いい加減1人でご飯食べるのにも飽きたのよ」
レオナはそういうと無詠唱魔法を発動する
「イメージを魔法にするのは第一段階、第二段階は逆
魔法をイメージに変える
自分に属性を従えることで固定化ができるの…ほら、早くやってみなさい」
レオナの手のひらに生まれた水は、弓の形状をなしてその姿をとどめた
「あのな、それができたら苦労してないって…」
「本当に気付いてないの?
あんたは今までは何で生き残ってきたわけ?
武術?知識?違うでしょ
あなたが今まで意識的に使ってきたものって、何よ」
俺が今まで使ってきたもの
それは属性の恩恵
それを認識した時、俺のオドが熱に変わり、全身を駆け巡った
「固定化には武器化と加護がある
両方できる人もいるけど稀で、だいたい武器化になる
それは恩恵だけで魔法使いと戦うような人が極めて稀だからよ
あんたは実技とかに出てないからこういう知識に疎いんでしょうね
…これに懲りたら、真面目に授業に出なさいね」
レオナはそう言って屋上から去って行った
「属性の加護…」
ズキンッ…
頭痛が走る
それは見たこともない場所だった
見渡す限り、白い羽を生やした人間と異形の生物が地面に切り伏せられていた
死骸の平地を歩きながら、誰かを探しているようだった
ズキンッ…
「はっ………何なんだ今のは……」
それが何を意味するのか俺にはわからなかった