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不老不死(序論のようなもの)

初めに、人類の歴史においては、文字として記録される以前から、口伝という形で知識や物語が継承されてきた。口伝は単なる娯楽や逸話の伝達にとどまらず、災害への警告や生活上の知恵など、後世に対する重要な意味を持つ内容を含むことが多い。例えば、日本各地に残る「ここより下に家を建てるな」といった石碑や伝承は、過去の津波被害の記憶を後世に伝える役割を果たしてきたと指摘されている(6)。また、民話や伝説の中にも、自然災害や社会的危機を象徴的に表現し、それを回避するための知恵を伝えるものが多く存在する。このような伝承は、単なる虚構としてではなく、何らかの社会的・文化的意図をもって形成され、保存されてきたと考えられる。この観点から見ると、不老不死という主題もまた、単なる空想や願望として片付けることはできない。中国古代においては秦の始皇帝や漢の武帝が不老不死を国家的規模で追求したことが知られており、その行為は歴史的事実として記録されている(1)(2)(3)(4)。一方で、日本の『竹取物語』においても、不老不死の薬が物語の重要な要素として描かれている(5)。すなわち、不老不死は歴史的事実としても、また物語としても繰り返し現れる主題である。しかし、ここで一つの疑問が生じる。なぜ不老不死という観念は、歴史的事実と物語という異なる形態において繰り返し伝承されてきたのであろうか。さらに言えば、なぜそれは単なる願望にとどまらず、時に国家を動かすほどの力を持ち、また一方で物語として後世に残され続けているのであろうか。従来の研究では、不老不死思想は主に道教的信仰や宗教的世界観の中で理解されることが多く、その背景には死への恐怖や超越への憧れがあるとされてきた(3)(4)。しかし、このような説明のみでは、権力者による大規模な追求と、物語としての継続的な伝承という二つの側面を統一的に説明することは困難である。そこで本研究では、不老不死思想を権力構造および文化的伝承の双方から再検討する。特に、始皇帝および武帝による国家的な不老不死の追求と、『竹取物語』に代表される物語的表象とを比較することで、不老不死という観念が単なる願望ではなく、社会において繰り返し生成され、何らかの意味を後世に伝達する機能を持つ可能性について考察することを目的とする。


(1) 司馬遷『史記』中華書局、1959年(原典は前漢)

(2) 吉川忠夫『秦始皇帝』講談社学術文庫、2002年

(3) 福永光司『道教思想』岩波書店、1982年

(4) クリストファー・シッパー(秋月観暎訳)『道教とは何か』平凡社、1993年

(5) 『竹取物語』岩波文庫

(6) 佐藤翔輔『津波の記憶を未来へ―災害伝承の社会学』東北大学出版会、2012年

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