呪いじゃなくて体質でした。毎朝、全ステータスが「タコ」になる令嬢の成り上がり
短めなので気軽に読んでくれたら幸いです。
公爵令嬢セシリア・ローウェンは、今朝も窓の外の鳩に中指を立てていた。
そこへ婚約者である王太子ルドルフが部屋に入ってくる。
「おはようございますルドルフ様」
目の前のルドルフは、心底うんざりした顔で契約書を押し付ける。原因は明白だ。昨夜のパーティーでセシリアが披露したタコダンスである。
「セシリア。貴女の『呪い』は、もう限界だ。人前でそのような奇行を繰り返されては、王家の沽券に関わる」
「ああ、あれですか。ご心配なく、あれは呪いではございません」
セシリアはティーカップに口をつけ、優雅に微笑んだ。
「あれはただの体質でございます」
全ステータス:タコ
セシリアがこの体質に気づいたのは、五歳の夏だった。朝目覚めると、全身がヌルヌルと水分を帯び、腕は八本に、肌は保護色で変色し、知能指数も急降下していた。要するに、タコになっていたのだ。
しかし、太陽が昇り、気温が上がって乾燥し始めると、元の人間の姿に戻る。ステータス画面を確認した執事の報告によれば、タコ状態の彼女のステータスは全てこう表示されていた。
STR/VIT/DEX/INT/LUCK→タコ
つまり、彼女の体質は「毎朝、一時的に全ステータスがタコに置き換わる」という、まったくもって無意味で、公爵令嬢としては致命的なものだった。
その事実は秘密にされ、「原因不明の呪い」として王家と公爵家にのみ共有されていた。だが神の悪戯か、朝以外にもランダムに人とタコの中間状態になってしまう時があった。それが昨夜の「タコダンス」騒動の原因だった。
タコ化が始まった彼女を侍女が見つけ、慌てて布で覆い隠そうとしたとき、セシリアは完全にタコの知能になっており、反射的に威嚇のダンスを踊りながら全力で逃走したのだ。その最中にパーティー会場に乱入したというわけだ。
◇ ◇ ◇
婚約破棄を言い渡され、公爵家を追放されたセシリアは、寂れた港町にある古びた灯台へと移り住んだ。
王都では「呪われた悪女」として噂されたが、ここは海辺。早朝にタコに変身しても、誰も気にしない。
ある朝。セシリアは朝日が差し込む灯台の寝室で、気持ちよく目覚めた。全身ヌルヌルだ。
「……気持ちいい」
海辺には、かつて幾度もセシリア(タコ)を餌と間違えて突いてきた、憎き天敵の鳩もいない。
彼女はタコ状態で、窓の外の岩場に張り付いた。潮風が心地よい。タコの知能しかないので、人間の頃の悩みは一切ない。
この「悩みがない」という状態が、かえって彼女に最高の閃きをもたらした。
タコのセシリアは、岩場で周囲をぼんやり観察していた。人間の視点から見るとただの岩の隙間に、新鮮で美味しい高級なアワビが大量に張り付いているのを発見したのだ。タコは隠れた獲物を見つけるのが得意なのだ。
セシリア(タコ)はそれを獲物と認識し、八本の腕を駆使して驚くべき速さで岩から剥がし取った。そして、朝の太陽が昇り、身体が乾き始める前に、灯台の貯水槽にそれらを放り込んだ。タコの知能による本能的な行動だった。
◇ ◇ ◇
昼。完全に人間の姿に戻ったセシリアは、貯水槽に満たされたアワビの山を見て呆然とした。
「あら。これは一体、どういう……?」
しかし、アワビは高級食材だ。セシリアはさっそく、漁師たちに声をかけた。
「わたくし、ローウェン公爵令嬢セシリアと申します。毎朝、わたくしがこの岩場で獲った超新鮮な高級食材を、秘密裏に買い取ってはいただけませんこと?」
漁師たちは怪訝な顔をしたが、見せられたアワビの質と量に目を見張った。
こうして、セシリアの「タコ成り上がり生活」が始まった。
毎朝、セシリアはタコに変身し、岩場を舐め尽くすように魚介類を探索する。カニ、ロブスター、そして最高のウニ。タコのセシリアは、完璧な保護色と俊敏な動きで、どんな熟練の漁師でも見つけられない隠れ家から獲物を確保し続けた。
そして昼。人間の姿に戻ったセシリアは、貴族の娘として培った商才を炸裂させる。鮮度を保つための流通システムを構築し、獲れたての高級魚介類を王都の高級レストランへ直接卸す事業を始めたのだ。
「公爵令嬢が港で商売? しかも品物の質が異常だぞ!」と、王都の貴族たちはざわめいた。
◇ ◇ ◇
商売が軌道に乗って半年後。セシリアは港町一の豪商となり、古い灯台を瀟洒な海の屋敷へと改築していた。
ある日、屋敷に一人の客が訪れた。追放したはずの王太子、ルドルフだ。
「セシリア! 貴女がこのような成功を収めていたとは……いや、それはどうでもいい!」
ルドルフは顔を青ざめさせ、セシリアの前にひざまずいた。
「実は、最近どうにも様子がおかしいのだ。朝起きると、手が八本に、肌がヌルヌルと……」
ルドルフは震える声で告白した。
「わ、私……呪われたのだ! 毎朝、タコになってしまう!」
セシリアは優雅に紅茶を傾けた。
「ルドルフ様。それは呪いではございません。『タコのお裾分け』でございます」
追放の腹いせに、タコ化が始まった直後にルドルフと握手したのが効いたようだ。
絶望したルドルフにセシリアは笑顔で言い放った。
「安心なさいませ。その体質、使い方次第で金脈になりますわ。さあ、最高の『漁師見習い』として、わたくしの海のビジネスを手伝ってもらいましょうか」
こうして、かつての王太子は、セシリアが運営する「公爵令嬢とタコたち」水産商会の、早朝専門の素潜り部門チーフとして、毎日タコ状態で海に潜る羽目になったのだった。
それからというもの、セシリア(タコ)とルドルフ(タコ)の二匹は、毎朝岩場で威嚇し合いながら、一番美味しいウニの取り合いをしている。
そして後に、セシリアは素晴らしい海の仲間たちと出会い、世界を救う英雄になったりするのだが、それはまた別のお話――
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