戦国編・第十話:「プレハブ工法」と木材のサプライチェーン
1.失敗の歴史と、サルの立候補
永禄九年(1566年)、初夏。
梅雨入り前の湿った空気が、清洲城の大広間に充満していた。
評定(会議)の空気は最悪だった。
「……また失敗したか」
織田信長の声は低く、不機嫌の極みにあった。
議題は、美濃攻略のための前線基地、 「墨俣」 への築城計画である。
墨俣は、長良川と犀川が合流する交通の要衝だが、敵国・美濃の領土内にある。
これまで、織田家の重臣である佐久間信盛、そして猛将・柴田勝家が挑んだが、いずれも建設中に斎藤軍の奇襲を受け、杭一本残らず焼き払われて敗走していた。
「敵地で城を建てるなど、土台無理な話だ」
柴田勝家が、包帯を巻いた腕をさすりながら悔しげに言った。
「材木を運び、穴を掘り、柱を立てる……。どんなに急いでも一ヶ月はかかる。
その間、敵が指をくわえて見ているはずがない」
重臣たちが沈黙する中、末席にいた木下藤吉郎(秀吉)が、泥だらけの手を挙げた。
「あのう……。俺にやらせてくれませんか?」
「サルか」
信長は鼻で笑った。
「勝家でも無理だったのだ。貴様に何ができる」
「俺なら、七日……いや、三日で建ててみせます」
広間が爆笑に包まれた。
「三日だと? 小屋でも建てる気か?」
「大風呂敷もいい加減にしろ」
だが、信長だけは笑わなかった。蛇のような目で藤吉郎を射抜いた。
「……貴様、今の言葉、取り消せぬぞ。
もし出来なければ、その首、人柱として埋めるからな」
「ひっ……! しょ、承知いたしましたァ!」
藤吉郎は震え上がりながらも、額を畳に擦り付けた。
2.現場作業を「ゼロ」にする
評定の後。
藤吉郎は、城の回廊で黒田哲也にすがりついていた。
「銭奉行様ぁ~! 助けてくだせえ!
つい勢いで言っちまいましたが、三日で城なんて建つわけがねえ!
俺の首が飛んじまう!」
黒田は、泣きつくサルを冷ややかに見下ろし、持っていた設計図を丸めてポカリと頭を叩いた。
「泣くな。勝算はあるから、お前を推薦したんだ」
「え? あるんですか?」
「藤吉郎。なぜ築城に時間がかかると思う?」
黒田は歩きながら問いかけた。
「そりゃあ……現場で木を切って、皮を剥いで、ノコギリで長さを合わせて、それから組むからで……」
「そうだ。それを 『現場施工』 と言う」
黒田は立ち止まった。
「敵地(現場)で加工をするから、木屑が出るし、音も出る。敵に見つかるし、時間がかかる。
だから、発想を変えるんだ」
黒田は、設計図を広げた。
そこには、城の絵ではなく、無数の「部品」の絵が描かれていた。
「現場での作業時間を極限まで減らす。
そのために、安全な後方(尾張の山奥)で、あらかじめ全ての木材を加工し、組み立てる直前の状態にしておく。
現場でやるのは『大工仕事』じゃない。 『組み立て(アッセンブリー)』 だ」
現代の 「プレハブ工法」 である。
あらかじめ工場で部材を生産し、現場ではプラモデルのように組むだけにする。これなら工期を十分の一以下に短縮できる。
「お前がやるべきは、大工の棟梁になることじゃない。
『工場長』 になることだ」
3.職人のプライドと「規格化」の壁
数日後。
尾張北部の山中にある木材加工場。
ここでは、数百人の大工が集められ、墨俣砦のための木材を切り出していた。
だが、現場は混乱していた。
「おい! この柱、長さが違うぞ!」
「うるせえ! 俺の勘ではこれが一番丈夫なんだよ!」
職人たちはそれぞれ流派も違えば、使う物差しも微妙に違う。
「一尺」と言っても、大工によって数ミリのズレがあるのだ。これでは、現場で組み立てる際に噛み合わない。
「……非効率だ」
視察に来た黒田は、眉をひそめた。
彼は、老齢の棟梁を呼びつけた。
「棟梁。なぜ図面通りに切らない?」
「へん、お奉行様。木は生き物でさぁ」
棟梁は悪びれずに言った。
「節の位置も違えば、曲がり具合も違う。一本一本、その木のクセを見て加工するのが職人の技ってもんで……」
「その『技』が邪魔なんだ」
黒田は冷徹に言い放った。
「今回必要なのは、芸術品ではない。誰が組んでも同じになる 『工業製品』 だ」
黒田は、懐から焼印を取り出した。
そこには「イ」「ロ」「ハ」の文字と、番号が刻まれている。
「全ての大工道具(物差し)を、私が持ってきた『織田規格』に統一しろ。
そして、全ての柱と板に、この番付を焼印しろ。
『イの一』の柱には、『イの一』の穴が開いた土台が必ずハマるようにだ」
「そんなことをしたら、木の個性が……」
「個性を殺せ」
黒田は、加工場の奥に積まれた木材の山を指差した。
「三日で城を建てるには、現場で『考える時間』をゼロにしなければならない。
字が読めない足軽でも、番号を合わせれば組めるようにするんだ。
……文句があるなら帰れ。代わりの職人はいくらでもいる」
棟梁は、黒田の気迫と、その背後にある冷徹な論理に圧倒された。
「……へい。分かりやした。やってみまさぁ」
その日から、加工場は「工房」から「工場」へと変貌した。
カンナをかける音、ノミを振るう音が、一定のリズムで響き渡る。
出来上がった部材は、次々と規格チェックを受け、合格したものだけが川へ運ばれていく。
4.川は天然のベルトコンベア
加工された数千本の木材は、木曽川の上流へと運ばれた。
そこで待っていたのは、蜂須賀小六率いる「川並衆」だ。
「すげえ量だな……。山を丸ごと運ぶ気か?」
小六は、河原に積み上げられた資材の山を見て呆れた。
「これを一晩で墨俣まで運ぶ。できるか?」
藤吉郎が尋ねると、小六はニヤリと笑った。
「任せな。川は俺たちの庭だ。
だがよ、バラバラに流したら回収が大変だぞ?」
「ああ。だから、こうする」
黒田が指示を出した。
「木材を組み合わせて、 『筏』 にするんだ。
それも、ただの筏じゃない。
現場に着いたら、解体すればそのまま『城壁』や『床板』になるように組んでおく」
これは、輸送コストをゼロにするための工夫だった。
運搬船に木材を積むのではなく、木材そのものを船(筏)にする。
さらに、川の流れを使えば、燃料費もかからない。
木曽川は、上流の工場から下流の現場へ直結する、天然の 「ベルトコンベア」 なのだ。
5.出撃前夜の静寂
決行の前夜。
上流の河原には、無数の筏が係留されていた。
闇に紛れて、二千人の野伏たちが息を潜めている。
藤吉郎は、川面を見つめながら震えていた。
「……いよいよだ。失敗したら、釜茹でだ」
黒田は、その隣で握り飯をかじっていた。
「心配するな。 『段取り八分』 だ。
仕事の8割は、もう終わっている」
黒田は、闇に浮かぶ筏の群れを指した。
「材料は完璧だ。物流も確保した。
あとは、現場でプラモデルを組み立てるだけだ。
……歴史が変わるぞ、藤吉郎」
「へへっ、違いねえ」
藤吉郎は、自分の太ももを叩いて震えを止めた。
「よし! 野郎ども、準備はいいか!」
小六の声が響く。
「おう!!」
「綱を解け! 墨俣へ向けて、出荷だ!!」
ザザザッ……という水音と共に、巨大な木材の群れが、漆黒の川面へと滑り出していく。
それは、戦国時代の常識を覆す、一夜限りの大魔術の始まりだった。
下流の墨俣では、何も知らない斎藤軍が、静かな夜を過ごしていた。
翌朝、彼らが目にするのは、湿地帯に突如出現した「白木の要塞」である。
(第十一話へ続く)




