戦国編・第三話:「常備軍」という名の正社員雇用
天文二十一年(1552年)。
清洲城下の練兵場は、やる気のない空気で満たされていた。
「あー、腹減った……」
「おい、そろそろ田植えの時期だぞ。帰らねえと親父に怒鳴られる」
「戦なんてやってられっかよ」
集められた足軽たちは、槍を鍬のように持ち、地面に座り込んであくびをしている。
彼らは本来、農民だ。
領主の命令で「徴兵」されているだけで、本業は農業。戦へのモチベーションなど皆無である。
これを 「農兵」 という。
「……酷い有様だな」
織田信長は、床几に座り、苛立ちで扇子をバキバキと折り曲げていた。
「これでは今川軍と戦う前に、隊列を組むだけで日が暮れるわ!」
「当然です、殿」
黒田哲也は、冷やした麦茶(これも黒田が教えた)を差し出した。
「彼らにとって、戦は『無償の残業』です。
報酬もなく、怪我をすれば本業(農業)に響く。サボるのが経済的に『合理的』な行動なのです」
「ならばどうする! 鞭で叩いて走らせるか?」
「いいえ。鞭ではなく『餌(給料)』を与え、彼らを農地から切り離します」
黒田は、一枚の求人票を掲げた。
「殿。農民を雇うのはやめましょう。
これからは、 『兵士』という職業 を雇うのです」
黒田が提案したのは、当時の常識を覆す 「兵農分離」 の早期導入だった。
当時の戦争は「農閑期(農作業がない時期)」に行うのが常識だった。
だが、黒田はこう説いた。
「敵が田植えをしている間に攻め込み、敵が稲刈りをしている間に焼き討ちにする。
それができるのは、農業をしない『専業兵士』だけです」
「だが黒田。専業にするということは、彼らの食い扶持を一年中、織田家が面倒を見るということだぞ?
莫大な『固定費』がかかる」
「ご安心を。『プレミアム・パス(関所撤廃)』で儲けたカネがあります」
黒田は、不敵に笑った。
「それに、狙い目は『次男・三男』です」
戦国の世、長男は家督と田畑を継げるが、次男以下には何もない。彼らは村の厄介者であり、食い詰め者だった。
「彼らは『失うもの』がない。そして『野心』がある。
彼らに『飯』と『銭』、そして『出世のチャンス』を与えれば、彼らは悪魔のように戦います」
翌日、清洲城下に立て札が立った。
【織田家・足軽募集中】
身分不問: 農家の次男坊、浪人、喧嘩自慢、歓迎。
完全給与制: 戦がなくても、毎月「銭」と「米」を支給。
福利厚生: 一日三食(白米あり)、武具貸与。
成果報酬: 敵の首一つにつき、特別ボーナス支給。
「おい、マジかよ! 飯が食えて、銭がもらえるのか!」
「畑仕事しなくていいのか!?」
効果は劇的だった。
近隣の村々から、親に疎まれていた次男坊や、腕に覚えのある荒くれ者たちが殺到した。
中には、どこぞの村から逃げてきた、猿のような顔をした小男(後の豊臣秀吉)の姿もあったかもしれない。
黒田は、集まった千人の荒くれ者たちを前に、宣言した。
「今日から君たちは、織田株式会社の 『正社員』 だ。
農業は忘しろ。君たちの仕事は『殺人』と『訓練』のみ。
その代わり、生活は殿が保障する」
「うおおおお!! 織田様万歳!!」
地響きのような歓声が上がった。
彼らはもう、嫌々戦う農民ではない。生活と出世をかけた「職業軍人」となったのだ。
だが、黒田の改革は「雇用」だけでは終わらなかった。
「殿。プロを雇ったら、次は『設備投資』です」
黒田は、信長を武器庫へ案内した。
そこには、異常に長い槍が山積みになっていた。
「なんだこれは。長すぎるぞ」
通常の槍は二間半(約4.5メートル)。
だが、黒田が用意させたのは、 三間半(約6.3メートル) もの長槍だった。
「重くて扱いにくいわ! こんなもの、乱戦で使えるか!」
「乱戦にするから負けるのです」
黒田は、兵士たちに長槍を持たせ、整列させた。
「いいですか。個人の武勇に頼る『英雄』の時代は終わりました。
これからは『集団戦法』です」
黒田が号令をかける。
「構え!」
ドッ!
千人の兵士が、一斉に長槍を振り下ろす。
それはまるで、巨大な針鼠の壁だった。
6メートル先の敵を、一方的に突き刺すことができる「槍の襖」。
「敵が刀を振り上げる前に、こちらの槍が届く。
これを 『リーチの優位性』 と言います」
黒田は解説した。
「この長槍部隊を運用するには、高度な『規律』と『訓練』が必要です。
農作業の合間に訓練する農民兵には、絶対に扱えません。
ですが、毎日訓練できる我々の『正社員』なら、手足のように扱える」
「……見事だ」
信長は、整然と動く長槍部隊を見て、身震いした。
「これなら、騎馬武者が突っ込んできても、串刺しにできるな」
「はい。今川義元の軍は四万ですが、その大半は『農兵』です。
対して、我々の軍は少数ですが、全員が『プロ』で、装備も『最新鋭』。
――質が、量を凌駕する瞬間をお見せしましょう」
弘治元年(1555年)などが過ぎ、運命の 永禄三年(1560年) が迫っていた。
織田家の財政は潤沢、兵士は精強。
歴史上の「無謀な戦い」と言われた桶狭間への準備は、経済学という裏付けによって、着々と「勝てる勝負」へと書き換えられつつあった。
だが、黒田には一つだけ懸念があった。
「(カネと兵は揃った。だが……『情報』が足りない)」
今川軍四万が、いつ、どのルートで来るのか。
そして、総大将の義元がどこにいるのか。
その「インサイダー情報」を得るために、黒田はまたしても「金」を使った汚い手を打とうとしていた。
「さて。次は『情報戦』に投資といこうか」
黒田は、忍びの頭領への接待費として、永楽銭の束を懐にねじ込んだ。
戦国経済記、次なる舞台は「桶狭間の雨」である。




