表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

62/71

戦国編・第二話:「関所撤廃」とサブスクリプション


織田信長の「銭奉行」となった黒田哲也。

彼の考案した「三段階レート制」によって、織田領内の通貨の混乱は収まりつつあった。

鐚銭びたせんでも納税ができるという安心感は、領民の信長への「信用」を生み出し、市場には活気が戻り始めていた。

だが、信長の欲望は止まらない。

「黒田! 鉄砲だ!

銭の巡りは良くなったが、まだ鉄砲五百丁を買うカネが足らん!」

清洲城の評定の間。

信長は、種子島から取り寄せた一丁の火縄銃を撫で回しながら、黒田を怒鳴りつけた。

「今川義元は四万の大軍だ。対してうちは四千。

まともにぶつかれば負ける。この『鉄砲』を揃える以外に勝ち目はないのだ!」

黒田は、そろばんを弾きながら冷静に答えた。

「殿。鉄砲一丁、金五十両。五百丁なら二万五千両。

今の織田家の年貢収入だけでは、到底足りません」

「ならばどうする! 増税か?」

「いいえ。農民からこれ以上搾り取れば、一揆が起きて終わりです」

黒田は、一枚の地図を広げた。尾張周辺の街道図だ。

そこには、無数の「×印」が書き込まれていた。

「殿。カネがないなら、外から呼び込めばいい。

ですが、今の尾張には、カネの流れをせき止める『血栓』が多すぎます」

「血栓?」

「 『関所せきしょ』 です」

当時、街道の要所には、地元の豪族や寺社が勝手に「関所」を設け、通行する商人から「関銭(通行料)」を巻き上げていた。

尾張から京都へ行くだけで、数十箇所の関所を通らねばならず、そのたびに銭を取られる。

これが物流コストを跳ね上げ、経済を停滞させていた。

黒田は、指で×印を叩いた。

「殿。領内にある全ての関所を、 『即時撤廃』 してください」

その場にいた家老たちが色めき立った。

「馬鹿な! 関銭は我ら家臣の貴重な収入源だぞ!」

「それをなくせば、我らは何を食って生きればよいのだ!」

林秀貞や佐久間信盛といった重臣たちが猛反発する。彼らにとって関所は既得権益そのものだ。

だが、黒田は動じない。

「皆さんは、目の前の『小銭』を拾うために、背後の『大金』を捨てている」

「なんだと!?」

黒田は信長に向き直った。

「殿。経済学には 『取引コスト(トランザクション・コスト)』 という言葉があります。

関所があるせいで、商人は尾張を通りたがらない。商品は高くつき、流通量は減る。

関所をなくせば、他国の商人は『尾張を通ればタダで速く行ける』と知り、雪崩を打って押し寄せます」

「人が集まれば、いちが立つ。市が立てば、宿が潤う。

その莫大な経済効果から税を取る方が、ちまちまと通行料を取るより、はるかに儲かるのです」

信長は、ぎらりと目を光らせた。

「……なるほど。

『楽市楽座』の前段階か。だが黒田よ、関所をなくせば、家臣どもの不満はどうする?

それに、ただ通すだけでは、織田家の直接の収入にはならんぞ」

「そこで、新しい『集金システム』を導入します」

黒田は、懐から木札を取り出した。

表面には織田家の家紋「木瓜紋もっこうもん」が焼印されている。

「 『織田プレミアム・パス(定額会員証)』 です」

「……ぱす?」

「はい。関所は撤廃しますが、代わりに商人にこの『木札』を買わせます。

価格は月額・一貫文(高額)。

これを持っている商人は、以下の特権を得ます」

関所フリー: 尾張国内および、今後織田家が征服する全ての領土での通行料を「永久免除」。

優先通行権: 混雑した街道や渡し船を、並ばずに最優先で通れる。

用心棒サービス: 道中で山賊に襲われた場合、織田家の巡回兵が無料で護衛する。

「つまり、 『サブスクリプション(定額課金)』 です」

黒田はニヤリと笑った。

「商人は『都度払い』の手間とコストを嫌います。

最初に一度払えば、あとは使い放題。しかも『織田家の威光』で安全が買えるとなれば、大商人は喜んでこの木札を買うでしょう。

これで、家臣たちの失った関銭以上の現金が、毎月安定して殿の蔵に入ります」

信長は、木札を手に取り、高笑いした。

「ガハハハハ! 面白い!

関所を壊して商人を呼び込み、その商人から『安全』という名目でごっそり頂くか!

貴様、やはり悪党だな!」

信長は、青ざめる家老たちを一喝した。

「聞いたか! 明日より領内の関所をすべて焼き払え!

文句のある奴は、この黒田の『木札』の売り上げから補填してやる!

その代わり、商人を一人でも殺してみろ。その首、関所の代わりに晒してやるぞ!」


翌日。

尾張国内で、凄まじい音が響き渡った。

長年、街道を塞いでいた関所の柵が、信長の兵によって次々と打ち壊され、燃やされていく。

「おい、本当にタダで通っていいのか!?」

「ああ! 織田様のお触れだ!」

噂は瞬く間に広まった。

「尾張に行けば、関銭を取られないらしいぞ!」

伊勢、美濃、三河。周辺諸国の商人が、荷馬車を連ねて尾張へ殺到した。

そして、津島の湊では――。

「その『木札』をくれ! 一貫文だな! 安いもんだ!」

「俺もだ! これがあれば、山賊も怖くない!」

黒田が用意した「プレミアム・パス」は、飛ぶように売れた。

商人にとって「時は金なり」。移動時間が短縮され、安全が保証されるなら、月額課金など安い投資だったのだ。

清洲城の蔵には、うなるほどの銭が積み上がった。

「黒田。見ろ」

信長は、蔵の中で銭の山に腰掛け、上機嫌だった。

「これなら鉄砲五百丁どころか、千丁買えるぞ!」

「ええ。流動性フローを高めれば、富は集まるのです」

黒田は、帳簿を閉じながら言った。

「ですが殿。これで満足してはいけません。

鉄砲を買うだけでは、今川には勝てない。

次は、その鉄砲を使う『兵』のコストパフォーマンスを改善せねばなりません」

「兵だと? 農民を徴兵すればよかろう」

「いいえ。農民兵は弱く、農繁期には帰ってしまう。

我々が目指すべきは、 『兵農分離』 による、24時間戦えるプロの戦闘集団です」

黒田の目は、すでに「桶狭間」の先にある天下を見据えていた。

戦国経済革命、次なる手は「雇用制度改革」である。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ