戦国編・第二話:「関所撤廃」とサブスクリプション
織田信長の「銭奉行」となった黒田哲也。
彼の考案した「三段階レート制」によって、織田領内の通貨の混乱は収まりつつあった。
鐚銭でも納税ができるという安心感は、領民の信長への「信用」を生み出し、市場には活気が戻り始めていた。
だが、信長の欲望は止まらない。
「黒田! 鉄砲だ!
銭の巡りは良くなったが、まだ鉄砲五百丁を買うカネが足らん!」
清洲城の評定の間。
信長は、種子島から取り寄せた一丁の火縄銃を撫で回しながら、黒田を怒鳴りつけた。
「今川義元は四万の大軍だ。対してうちは四千。
まともにぶつかれば負ける。この『鉄砲』を揃える以外に勝ち目はないのだ!」
黒田は、そろばんを弾きながら冷静に答えた。
「殿。鉄砲一丁、金五十両。五百丁なら二万五千両。
今の織田家の年貢収入だけでは、到底足りません」
「ならばどうする! 増税か?」
「いいえ。農民からこれ以上搾り取れば、一揆が起きて終わりです」
黒田は、一枚の地図を広げた。尾張周辺の街道図だ。
そこには、無数の「×印」が書き込まれていた。
「殿。カネがないなら、外から呼び込めばいい。
ですが、今の尾張には、カネの流れをせき止める『血栓』が多すぎます」
「血栓?」
「 『関所』 です」
当時、街道の要所には、地元の豪族や寺社が勝手に「関所」を設け、通行する商人から「関銭(通行料)」を巻き上げていた。
尾張から京都へ行くだけで、数十箇所の関所を通らねばならず、そのたびに銭を取られる。
これが物流コストを跳ね上げ、経済を停滞させていた。
黒田は、指で×印を叩いた。
「殿。領内にある全ての関所を、 『即時撤廃』 してください」
その場にいた家老たちが色めき立った。
「馬鹿な! 関銭は我ら家臣の貴重な収入源だぞ!」
「それをなくせば、我らは何を食って生きればよいのだ!」
林秀貞や佐久間信盛といった重臣たちが猛反発する。彼らにとって関所は既得権益そのものだ。
だが、黒田は動じない。
「皆さんは、目の前の『小銭』を拾うために、背後の『大金』を捨てている」
「なんだと!?」
黒田は信長に向き直った。
「殿。経済学には 『取引コスト(トランザクション・コスト)』 という言葉があります。
関所があるせいで、商人は尾張を通りたがらない。商品は高くつき、流通量は減る。
関所をなくせば、他国の商人は『尾張を通ればタダで速く行ける』と知り、雪崩を打って押し寄せます」
「人が集まれば、市が立つ。市が立てば、宿が潤う。
その莫大な経済効果から税を取る方が、ちまちまと通行料を取るより、はるかに儲かるのです」
信長は、ぎらりと目を光らせた。
「……なるほど。
『楽市楽座』の前段階か。だが黒田よ、関所をなくせば、家臣どもの不満はどうする?
それに、ただ通すだけでは、織田家の直接の収入にはならんぞ」
「そこで、新しい『集金システム』を導入します」
黒田は、懐から木札を取り出した。
表面には織田家の家紋「木瓜紋」が焼印されている。
「 『織田プレミアム・パス(定額会員証)』 です」
「……ぱす?」
「はい。関所は撤廃しますが、代わりに商人にこの『木札』を買わせます。
価格は月額・一貫文(高額)。
これを持っている商人は、以下の特権を得ます」
関所フリー: 尾張国内および、今後織田家が征服する全ての領土での通行料を「永久免除」。
優先通行権: 混雑した街道や渡し船を、並ばずに最優先で通れる。
用心棒サービス: 道中で山賊に襲われた場合、織田家の巡回兵が無料で護衛する。
「つまり、 『サブスクリプション(定額課金)』 です」
黒田はニヤリと笑った。
「商人は『都度払い』の手間とコストを嫌います。
最初に一度払えば、あとは使い放題。しかも『織田家の威光』で安全が買えるとなれば、大商人は喜んでこの木札を買うでしょう。
これで、家臣たちの失った関銭以上の現金が、毎月安定して殿の蔵に入ります」
信長は、木札を手に取り、高笑いした。
「ガハハハハ! 面白い!
関所を壊して商人を呼び込み、その商人から『安全』という名目でごっそり頂くか!
貴様、やはり悪党だな!」
信長は、青ざめる家老たちを一喝した。
「聞いたか! 明日より領内の関所をすべて焼き払え!
文句のある奴は、この黒田の『木札』の売り上げから補填してやる!
その代わり、商人を一人でも殺してみろ。その首、関所の代わりに晒してやるぞ!」
翌日。
尾張国内で、凄まじい音が響き渡った。
長年、街道を塞いでいた関所の柵が、信長の兵によって次々と打ち壊され、燃やされていく。
「おい、本当にタダで通っていいのか!?」
「ああ! 織田様のお触れだ!」
噂は瞬く間に広まった。
「尾張に行けば、関銭を取られないらしいぞ!」
伊勢、美濃、三河。周辺諸国の商人が、荷馬車を連ねて尾張へ殺到した。
そして、津島の湊では――。
「その『木札』をくれ! 一貫文だな! 安いもんだ!」
「俺もだ! これがあれば、山賊も怖くない!」
黒田が用意した「プレミアム・パス」は、飛ぶように売れた。
商人にとって「時は金なり」。移動時間が短縮され、安全が保証されるなら、月額課金など安い投資だったのだ。
清洲城の蔵には、うなるほどの銭が積み上がった。
「黒田。見ろ」
信長は、蔵の中で銭の山に腰掛け、上機嫌だった。
「これなら鉄砲五百丁どころか、千丁買えるぞ!」
「ええ。流動性を高めれば、富は集まるのです」
黒田は、帳簿を閉じながら言った。
「ですが殿。これで満足してはいけません。
鉄砲を買うだけでは、今川には勝てない。
次は、その鉄砲を使う『兵』のコストパフォーマンスを改善せねばなりません」
「兵だと? 農民を徴兵すればよかろう」
「いいえ。農民兵は弱く、農繁期には帰ってしまう。
我々が目指すべきは、 『兵農分離』 による、24時間戦えるプロの戦闘集団です」
黒田の目は、すでに「桶狭間」の先にある天下を見据えていた。
戦国経済革命、次なる手は「雇用制度改革」である。




