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第三十八話:「貿易赤字」と逆襲のガラス


「通貨統合」という名の植民地化を、黒田哲也の機転(通貨スワップへの書き換え)で回避したアデニア王国。 だが、敵である「Eエコノミスト」の攻撃は、息つく暇もなく「第二波」となって押し寄せていた。

作戦室。黒田は、財務担当官が持ってきた「貿易統計(これも黒田が作らせた)」を見て、渋い顔をしていた。

「……赤字だ」 「赤字? 銀行は儲かっているはずだが」レオンハルトが尋ねる。

「いえ、国の『国際収支(貿易収支)』の話です」 黒田は、黒板に天秤の図を描いた。 「好景気のおかげで、国民の生活は豊かになりました。その結果、人々は国内で作れない『贅沢品(絹織物や香辛料)』を求め、それらは魔王軍の支配地域(経済圏)から輸入されています」

黒田は、天秤の「輸入」側を重く書き込んだ。 「一方で、我が国の輸出は、ドワーフ向けの『塩』と、少量の『小麦』のみ。 輸入が輸出を上回れば、我が国の『資産(金や外貨)』は国外へ流出し続け、いずれ『銀行券』の価値は暴落します」

そこへ、新ギルドの調査員が飛び込んできた。 「報告! 国境付近の市場で、異変が起きています! 魔王軍側から、大量の『安価な織物』や『鉄鍋』が流れ込んでいます!」 「なんだと?」バルガスが眉をひそめる。「鉄鍋なら、我が国の『新型溶鉱炉』で作っているだろう」

「それが……敵の製品は、こちらの『半値』なのです!」

「半値だと!?」 バルガスが激昂した。「ダンピング(不当廉売)か! 卑怯な! 我が国の鍛冶屋や織物職人を潰す気だ! 教授、すぐに国境を閉鎖し、魔王軍製品の『輸入禁止』を!」

「ダメです」 黒田は、即座に却下した。 「輸入を禁止すれば、安くて良いものを買いたい『国民(消費者)』の利益を損ない、不満が高まります。それに、守られた国内産業は競争力を失い、衰退する」

「では、指をくわえて見ていろと!?」

「いいえ」 黒田は、メガネの奥の瞳を鋭く光らせた。 「敵が『安さ(価格競争)』で来るなら、我々は『質(付加価値)』で殴り返す。 ――レオンハルト殿。『産業廃棄物』の山へ案内してください」


黒田たちが向かったのは、王城の裏手にある、かつて「召喚の儀式」で使い捨てられた「魔石の残骸」が捨てられている廃棄場だった。 そこには、光を失い、白く濁った石屑いしくずが山のように積まれている。

「教授、こんなゴミをどうするんだ?」 「ゴミではありません。これは『未利用資源』です」

黒田は、銀行の融資先リストから、ある「工房」の名前を呼び出した。 「先日、融資を申請してきた『ガラス細工師』のギルド長を呼んでください。 彼らの技術と、ドワーフの『高温炉』、そしてこの『魔石のゴミ』を組み合わせます」

数日後。 王立ガラス工房(旧・廃棄場)から、試作品第一号が上がってきた。

それは、ただのガラスではなかった。 魔石の粉末を混ぜて焼き上げられたそのガラスは、微弱な魔力にも反応し、内側から淡く、美しい光を放っていた。

「おお……!」 レオンハルトが息を飲む。「美しい。まるで宝石だ。しかも、魔力を通しやすく、丈夫だ」

「名付けて『アデニア・グラス(魔導ガラス)』です」 黒田は、その輝きに満足げに頷いた。 「魔王軍の支配地域は、効率重視の軍事経済。生活必需品は安くて豊富ですが、こうした『嗜好品ラグジュアリー』や『高度な工芸品』は不足しているはずです」

黒田は、戦略を決定した。 「この『アデニア・グラス』を、魔王軍の経済圏へ『輸出』します。 ターゲットは、敵の『上流階級(貴族や将軍)』です。彼らは『見栄』のために、金を惜しまない」


反撃は、鮮やかだった。 国境の市場では、魔王軍の商人が持ち込んだ「安い鍋」の横で、アデニアの商人が「光るガラス食器」や「魔導ランプ」を並べた。

「なんだ、この美しい器は!」 「魔力を込めると光るのか!?」 魔王軍側の貴族や富裕商人たちが、その美しさに魅了され、我先にと買い求めた。 彼らが支払うのは、魔王軍の「通貨」や「きん」だ。

結果、どうなったか。 魔王軍は「安い鍋」を売って、わずかなアデニア紙幣を得たが、それ以上の額を「ガラス」を買うために吐き出した。 アデニアへの「金の流出」が止まり、逆に魔王軍側からアデニアへ、猛烈な勢いで「富」が逆流し始めたのだ。

「貿易黒字、達成です」 作戦室で、黒田は報告書を見ながら、ニヤリと笑った。 「敵(E)は、安売りで我々の産業を潰すつもりが、逆に我々の『高付加価値商品』の上客カモになってくれた」

「痛快だ!」バルガスが膝を叩く。「武器ではなく、ガラスで敵の金を奪うとは!」


「アデニア・グラス」の輸出は成功したが、すぐに新たな問題が発生した。 増産のために多くの工房でガラスを作らせた結果、「品質のバラつき」が出始めたのだ。 「A工房のガラスはよく光るが、B工房のは暗い」 「C工房のランプは、口金が合わなくて使えない」 市場からクレームが入り、ブランド価値が下がる危機に直面した。

「職人の『勘』に頼っているからです」 黒田は、現場の親方たちを集め、またしても「嫌な顔」をされながら、新しいルールを持ち込んだ。

「今日から、全ての工房で『レシピ』と『寸法』を統一する」 黒田が提示したのは、「工業規格スタンダード」の概念だった。

「魔石の配合率は『3.5%』。焼き上げ温度は『1200度』。ランプの口径は『5センチ』。 これを守れない製品は、一切『アデニア・グラス』とは認めないし、輸出もさせない」

職人たちは反発した。 「俺たちには俺たちのやり方がある!」 「画一的なものなんて、芸術じゃねえ!」

「芸術を作りたいなら、趣味でやれ」 黒田は切り捨てた。 「我々が作っているのは『工業製品』だ。 魔王軍の客が求めているのは、『誰が作ったか』ではなく、『いつ買っても同じ品質で光る』という『安心(信頼)』だ」

黒田は、厳格な「品質検査(QC)」を導入し、規格外品を容赦なく廃棄させた。 最初は恨まれたが、結果として「アデニア・グラス=高品質」という国際的な評価が定着。 クレームは消え、輸出量はさらに倍増した。

「『規格スタンダード』を制する者が、市場を制する」 黒田は、光り輝くガラスの山を見ながら、次なる一手を考えていた。 「さて、カネは稼いだ。次は、このカネを使って、敵の『足元』を崩しに行こうか」



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