第20話:『二手先』を読む影
アデニア王国は、黒田哲也が仕掛けた『二重戦略』の下、二つの『現実』を同時に進行させていた。
『表』の顔は「絶望」だ。
『王立工房』では、黒田がバルガス団長に約束した「三日間の猶予」の、最終実験が行われようとしていた。
工房の広場には、黒田を『拘束』するために武装した騎士団(バルガスの部下)と、「どうせ『金』にならん」と失望を隠さない宰相オーレリアスが集まっている。
城内へは、「鉄の代替品(粘土鎧)開発は難航。黒田教授、崖っぷち」という『情報』が、黒田の計算通りに流されていた。
そして、水面下。
『裏』の顔は「希望」だった。
黒田哲也の『本体』は、王都のはるか南西、『南部・死の盆地』の、さらに『先』。
ガノンド(元・重戦士)と『新ギルド』の精鋭三十名を率い、アデニア王国の誰も(宰相オーリアスすら)その『実在』を疑っていた、伝説の『竜の背骨山脈』の『深部』に到達していた。
【表の顔:王立工房・『ブラフ(陽動)』の強度実験】
「――時間だ、黒田教授!」
バルガス団長が、陽光を弾く『試作品』を前に、最後の『宣告』を突きつけた。
そこにあるのは、黒田の設計図に基づき、ティト(鍛冶師)とヘイデン(陶工)、そして『武具ギルド』の親方たちが、三日三晩、喧々囂々の議論の末に『妥協』して作り上げた、『複合装甲』の『胸当て』だった。
ティトが作った『鋼』の『フレーム』に、ヘイデンが高温で焼き上げた『白いセラミック・プレート』が、パズルのように嵌め込まれている。
「見た目は、ただの『皿』を貼り付けた『鉄屑』だ」
武具ギルドの親方が、自らの『伝統』に反する『作品』を、忌々しげに吐き捨てる。
宰相オーレリアスも「こんな『割れ物』が『金』になるか。南の帝国(プロジェクトB)の『豚』の方が、よほどマシだ」と、興味を失っていた。
「実験を」黒田は、冷静に命じた。
丸太に固定された『胸当て』の前に、騎士団で最も『腕力』の強い騎士が、オークの『棍棒』を模した、巨大な『鉄槌』を構える。
「もし、この『泥』が『鉄槌』を『防げなかった(=貫通した)』場合、教授。あなたを『王命』の名において『拘束』する!」
バルガスの『最後通牒』を合図に、騎士が『鉄槌』を振り下ろした。
ゴォッ!
凄まじい風切り音と共に、鉄槌が『白いプレート』の中心に『激突』した。
パァァァァンッ!!
会議室が揺れるほどの、甲高い『破壊音』。
黒田の『理論』通り、ヘイデンの『セラミック・プレート』は、その『衝撃』の全てを受け止め、見事に『粉々』に『砕け散った』。
「「……!」」
バルガス、オーレリアス、そして『伝統』の武具ギルドの親方が、息をのむ。
『プレート』は、消し飛んだ。
だが、その『内側』。
プレートが嵌まっていた『鋼』の『フレーム』と、その後ろにある『丸太(兵士の身代わり)』は。
「……む、無傷……?」
ティトが、呆然と呟いた。
『鉄槌』は、プレートが『割れる』と『同時』に、その『衝撃』を『ゼロ』にされ、まるで『綿』を叩いたかのように、力なく『弾かれて』いた。
「(……『衝撃吸収』。理論通りだ)」
黒田は、内心『ガッツポーズ』をしていた。
「お、おお……」
バルガスが、震える手で、無傷の『丸太』に触れた。
「『鉄』の鎧なら、『凹み』、この『丸太(中身)』は『砕けて』いた……。だが、『泥』は、『割れた』のに、中身を『守った』……?」
彼は、黒田の『講義』――『割れることで中身が生き残る』――が、『現実』になったことを『目撃』した。
「(……かかった)」
黒田は、バルガスの『驚愕』を『計算』しつつ、あえて『次』の『ブラフ(陽動)』を打った。
「……ふむ」黒田は、わざと『不満げ』な顔で、首をひねった。
「『衝撃』は防ぎましたが、『割れ方』が『美しくない(非効率だ)』。これでは『コスト』がかかりすぎる。……ティト、ヘイデン。設計を『見直す』」
「えっ!?」ティトたちが驚く。
黒田は、オーレリアスとバルガスに向き直った。
「宰相閣下。団長。ご覧の通り、この『鎧』は、まだ『売り物(実戦)』にはなりません。『鉄槌』一発で『粉々(コスト高)』になる『欠陥品』だ」
「む……確かに。『一発』限りか……」バルガスも、その『経済性』の『問題』に、冷静さを取り戻す。
「だが、可能性は……」
「(オーレリアスが『失望』し、バルガスが『焦れる』。この『時間』こそが、『スパイ』への『最高の偽情報』だ)」
「バルガス団長。約束です」黒田は、頭を垂れた。
「『三日』では、足りませんでした。どうか、この『鉄に代わる『希望(粘土)』』を『完成』させるため、あと『一週間』の『猶予』をください。それまでに『連発』に耐える『改良型』をお見せします」
オーレリアスは「やはり『学者(机上論)』だ。使えん」と『失望』し、工房を去った。
バルガスは「……一週間だ。それ以上は待たんぞ!」と焦れながらも、黒田の『拘束』を『猶予』した。
黒田は、この『王立工房(陽動)』で、最も『価値』のあるもの――『一週間の『時間』』を、稼ぎ出すことに成功した。
【裏の顔:竜の背骨山脈・『比較優位』の交渉】
その『三日目』と『同日』。
黒田哲也の『本体』は、『王立工房』から遥か南西、アデニア王国の『地図』にすら、まともに『記載』されていない『竜の背骨山脈』の『深部』にいた。
ガノンドの『30年前の『日記』』だけを頼りに、『新ギルド』の精鋭(鋼の剣持ち)と共に、獣道なき『崖』を、進んでいた。
「教授! あれを!」
ガノンドが、片目で『崖』の『奥』を指差した。
そこには、明らかに『人工』の『巨大な『石門』』が、岩肌に『同化』するように、そびえ立っていた。
『ドワーフ』の『隠れ里(地下都市)』だ。
『新ギルド』の『鋼の剣』が、ドワーフの『分厚い『戦斧』』に『取り囲まれる』という、緊迫した『ファーストコンタクト』を経て。
黒田は、レオンハルトの『親書』と、交渉の『切り札』である『純白の『精製塩』』、そして『中途半端な熱』を放つ『魔石のクズ』を提示し、なんとか『交渉』の『席』に着くことに成功した。
ドワーフの『長老』『ギムレット』は、アデニア王国(人間)への『不信感』を、その『百戦錬磨』の『顔』に、隠そうともしなかった。
地下都市の『長老の間』。黒田とガノンドは、数十人の『屈強』なドワーフの『戦士』たちに、包囲されていた。
「……『人間』の『学者』、黒田、と申したか」
ギムレット長老は、黒田が提示した『精製塩』の『袋』を、指で『弾いた』。
「見事な『白』だ。我が『ドワーフ』の『鍛冶師』の『目』で見ても、不純物が『ゼロ』に近い」
「そして、この『黒い石(魔石クズ)』。確かに、鍛冶の『本チャン(高温)』には使えんが、『下準備(中低温)』の『燃料』としては、『最高』だ」
「(……かかった)」黒田は、内心『確信』した。
「長老」黒田は『交渉』を『仕掛けた』。
「我々(アデニア)は、この『塩(高品質)』と『燃料(低コスト)』を、『安定的』に、『貴国』に『供給』したい。我々の『比較優位』です」
「ほう。で、『見返り』は?」ギムレットが、その『髭』の奥の『目』を、細めた。
「『鉄』です」
黒田は、単刀直入に『要求』を告げた。
「あなた方の『比較優位(=世界最高の鍛冶技術)』で『精錬』された『鉄鉱石』、あるいは『鋼』。それを、『独占的』に『輸入』したい」
黒田は『切り札』を切った。
「『南の帝国』が、あなた方に『塩』を『法外』な『価格』で『売りつけ』、『搾取』している『現実』は、ガノンド(彼)の『30年前の『日記』』で、存じております」
「!」
「我々は『違う』。『塩』と『燃料』を『適正価格』で『提供』する。『鉄』も『適正価格』で『買う』。
――『搾取』ではなく、『対等』な『パートナーシップ(経済同盟)』を、提案します」
長老ギムレットは、黒田の『合理的』すぎる『提案』に、深く『腕』を組んだ。
『南の帝国』の『塩の搾取』は、ドワーフにとって『百年の『悩み』』だった。
この『学者(黒田)』の『提案』は、その『呪い』を『解く』、唯一の『可能性』に見えた。
「……ガノンド殿」長老は、黒田の『隣』にいる『片目の戦士』を見た。
「あんたは、30年前に『ここ』に来た『若造』だな。……あんたは、この『学者』を『信用』できるか?」
ガノンドは、静かに頷いた。
「長老。俺は『組織』も『伝統』も『失った』。だが、この『教授』は、俺たち『ゴミ(ベテラン)』の『経験』に、『新しい『価値』』をくれた。……俺の『命』は、この『教授』に『賭けて』いる」
「……そうか」
長老ギムレットは、頷くと、『契約書(羊皮紙)』に『サイン』しようと、手を伸ばした。
アデニア王国の『鉄』が、敵の『計算』の『外側』で、再び『繋がる』。
黒田が、その『勝利』を『確信』した、その『瞬間』だった。
「――長老ッ! お待ちくださいッ!」
『長老の間』の『扉』が、乱暴に『開けられた』。
飛び込んできたのは、長老の側近である、若い『ドワーフ』の『戦士長』だった。
「『人間』を、信用してはなりません!」
「どうした、騒々しい」
「長老! この『黒田』と名乗る『学者』が『来る』、わずか『二日前』!」
戦士長は、黒田とガノンドを『憎悪』の『目』で『睨みつけた』。
「『同じ』アデニア王国の、『宰相』の『印章』を持つ『別の』『商人』が、『ここ』に来たのを、お忘れですかッ!」
「「……!!」」
黒田とガノンドの『全身』が、凍りついた。
(『スパイ』は、やはり『宰相』!)
(だが、それ『以上』に、恐るべきは……!)
若手ドワーフは、黒田に『敵意』を剥き出しにする。
「あの『宰相の商人』も、『塩』を売ると、我々に『持ち掛けた』!」
「だが、その『価格』は、今の『南の帝国』と『同じ(法外)』だった!」
「しかも! この『学者(黒田)』が持つような、『便利な『燃料(魔石クズ)』』など、何一つ『持っていなかった』!」
長老ギムレットが、その『百戦錬磨』の『目』で、黒田を『射抜いた』。
「……黒田教授。これは、一体『どういうこと』かな?」
「おたくの国は、『内ゲバ』でもしておるのか?」
「なぜ、同じ『国』の『宰相』と『王室顧問』が、『別々』の『価格(ぼったくり価格と適正価格)』で、同じ『商品』を『売りに来る』?」
「……我々(ドワーフ)を『騙し』に来たのか、人間?」
黒田は、血の気が引く『戦慄』を覚えていた。
(『二手先』を、読まれていた……!)
(敵は、俺の『鉄の放棄』すらも『予測』していた?)
(いや、違う。『思考』を『追え』)
(①敵は、俺が『鉄』の『代替資源』を『探す』と『予測』した)
(②『スパイ(宰相)』を通じて、『城内』の『全資源』を『再調査』させた)
(③その『結果』、宰相が『南部・死の盆地(塩)』の『価値』に『気づいた』。――いや、『気づかせた』のだ、敵が!)
(④そして、敵は、宰相を『動かし』、俺(黒田)より『先』に『ドワーフ』と『契約』させ、『塩の市場』まで『封鎖(独占)』しようとした!)
(……だが、なぜ『失敗』した?……『情報』の『粒度』だ!)
(敵は、『塩』という『マクロ』な『代替資源』には気づいた。だが、俺が『魔石のクズ(廃棄物)』という『ミクロ』な『資源』と『組み合わせる(=セット販売する)』ことまでは、『計算(予測)』できなかった!)
(そして、宰相の『強欲(重商主義)』が、『価格』を『設定』させ、ドワーフの『信用』を『失わせた』!)
黒田は、自らの『S+の知性』が、まだ『見ぬ同業者』に、『情報戦』で『辛うじて』『一歩』勝ったことを確信する。
彼は、この『絶体絶命』の『交渉』の『盤面』を、『ひっくり返す』ために、立ち上がった。
「長老。戦士長殿。それこそが、私が『ここ』に来た『理由』です」
黒田は、ドワーフたちに『真実』を『暴露』する『賭け』に出た。
「『宰相(古いアデニア)』は、あなた方から『搾取』しようとした。『南の帝国』と同じ『やり方(重商主義)』で」
「そして、その『宰相』の『背後』には、我々の『共通』の『敵』……『魔王軍』がおります」
「!」
「私(新しいアデニア)は、あなた方と『共存』したい。『塩』と『燃料(魔石クズ)』を『提供』し、あなた方の『鉄(技術)』を『尊敬』する」
黒田は、長老ギムレットの『目』を、真っ直ぐに『見据えた』。
「――『古いアデニア(搾取とスパイ)』と、『新しいアデニア(共存と理論)』。
あなた方『ドワーフ』が、『戦略的パートナー』として『選ぶ』のは、どちらですかな?」




