第18話:「比較優位」と「見捨てられた資源(ゴミ)」
アデニア王国は、黒田哲也が『鉄の放棄』を宣言して以来、奇妙な『二重構造』に陥っていた。
表の王都は、「鉄ショック」の『絶望』に包まれていた。
鍛冶屋は「鉄鉱石」が入荷せず店を閉め、商人たちは「北の交易路(赤字の元凶とは知らず)」の『崩壊』を嘆き、王国の『終わり』を噂した。
宰相オーレリアスと騎士団長バルガスも、表向きは「鉄の奪還」を(ポーズとして)叫び続け、城内は『スパイ』の暗躍を(黒田が意図的に)泳がせるための、欺瞞に満ちた『日常』が続いていた。
だが、水面下。
『王室筆頭顧問・黒田哲也』の『直轄』となった区画――『王立工房』と『新ギルド本部』だけは、全く『別』の『熱狂』に包まれていた。
黒田は、『鉄』という『一本足打法』を失ったアデニア王国(この破産企業)を、『多角経営』によって『再生』させるため、『代替戦略』を実行に移すべく、二つの『新プロジェクトチーム』を、同時に『起業』したのだ。
プロジェクトA:「セラミック・プレート」開発チーム
「――話にならん!」
王立工房の『鍛冶場(ティトの縄張り)』で、轟くような『怒声』が響き渡った。
声の主は、騎士団長バルガスだった。
彼の目の前には、黒田が『召集』した『ドリームチーム』が集められていた。
・『高温』を支配する、陶工ヘイデン(元・流れ者)。
・『鋼』を支配する、鍛冶師ティト(元・弟子)。
・そして、バルガスが「王国最強の『防御』の『伝統』だ」と連れてきた、『騎士団・武具甲冑ギルド』の、石頭の『親方』。
黒田が、彼らの前に『設計図』を叩きつける。
「諸君。我々が『鉄』の『代替品』として開発するのは、これだ。『複合装甲』と呼ぶ」
「……こんぽじっと?」
「泥だ」
バルガスが、設計図を吐き捨てるように睨む。
「この『学者様』は、俺たち騎士団に、『鉄』の『鎧』ではなく、『泥』の『皿』を着て戦えと、そう仰るのだ!」
黒田の設計図に描かれていたのは、ティトが作る『鋼』の『フレーム(骨組み)』に、ヘイデンが『高温』で焼いた『粘土』の『板』を、パズルのように『嵌め込む』という、この世界の誰も見たことのない『新型の鎧』だった。
「狂気の沙汰だ!」
バルガスが連れてきた『武具ギルド』の親方が、その『伝統』の『全て』をかけて、黒田の『理論』を否定した。
「教授! 鎧とは『曲面』で『衝撃』を『受け流す』もの! あなたの『板』など、『平面』で『衝撃』を『受け止め』ているだけだ! オークの棍棒が当たれば、粘土は『割れる』! そして『割れた』ら、終わりだ!」
「その通りだ!」バルガスが続く。「『鉄』の鎧なら、『凹む』だけで『命』は助かる! だが『泥』は『割れる』! 割れれば兵士は『死ぬ』! あんたは、また『机上の空論』で、俺の部下を『殺す』気か!」
(……『固定観念』だ)
黒田は、バルガスたちの『合理的』な『反論』を、冷静に『分析』していた。
(彼らの『常識』では、『割れる=脆い=悪』だ。だが、その『常識』こそが、『鉄』という『古いシステム』に『依存』した『呪い』だ)
黒田は、ティトとヘイデン(この工房で、唯一『イノベーション』の『快感』を知ってしまった『若手』たち)に、視線を送った。
「ティト。ヘイデン。君たちの『常識』は?」
「……教授」ティトが、その『鋼』の『専門家』として口を開いた。
「親方の言う通りだ。『鉄』は『粘る』。だが『粘土』は『割れる』。……これじゃ、鎧には……」
「――本当に、そうでしょうか?」
黒田の『講義』が、この『伝統』と『固定観念』に支配された『鍛冶場』で、始まった。
「バルガス団長。あなたは『割れたら、終わりだ』と仰った。
……『割れる』ことこそが、この『鎧』の『本質』です」
「は?」
「団長。あなたは、オークの『棍棒』の『衝撃』で、兵士が『鎧の『内側』で』、内臓を『潰して』死んでいる『現実』から、目をそらしている」
「なっ……!」
バルガスは、軍議で「(兵士の)命を『資源』と呼ぶな!」と激怒した自分を、思い出していた。
「『鉄』は『凹む』だけで、『衝撃』は『貫通』する!
だが、この『粘土』の『板』は!」
黒田は、ヘイデンが試作した『白い板(素焼きの白磁)』を、ティトが作った『黒い鋼』の『フレーム』に嵌め込んだ。
「オークの『棍棒』が、この『板』に『当たった』瞬間!
この『板』は、その『全エネルギー』を『受け止め』、『自らが『粉々(こなごな)』に『割れる』こと』によって、『全ての衝撃』を『ゼロ』にする!」
「(……現代の『戦車』の『複合装甲』、その『基礎理論』だ)」
「『鉄』は『兵士』に『衝撃』を『押し付ける』。
『粘土』は、『鎧』が『衝撃』を『引き受ける』!」
黒田は、バルガスと、武具ギルドの親方に『選択』を突きつけた。
「『凹む』だけで『中身が死ぬ』、あなたの『伝統(鉄)』か。
『割れる』ことで『中身が生き残る』、私の『理論(粘土)』か。
……団長。あなたの『インセンティブ』は、どちらですか?」
バルガスは、何も言えなかった。
彼は、黒田の『理論』と、自らの『愛剣』を『折った』、ティトの『鋼』を、交互に見比べた。
「……ティト。ヘイデン。武具ギルド」
バルガスは、絞り出すように『王命』を下した。
「……この『学者様』の『戯言』に、三日だけ付き合ってやれ。
――三日後、『鋼』より『軽く』、『オークの棍棒』に『一度』でも耐える『泥』が『完成』しなかった場合、黒田教授。あんたを『軍規』違反で『拘束』する」
「(……三日。十分すぎる)」
黒田は、『鋼』と『窯』という『二人の天才』が、この『複合装甲』の『プロトタイプ』を完成させるには、十分すぎる『時間』だと『判断』した。
プロジェクトB:「南の帝国」ブランド戦略チーム
その『同日』。
王城の、最も『豪華』な『応接室』。
宰相オーレリアスは、黒田が『召集』した、もう一つの『ドリームチーム』を前に、苛立ちを隠せずにいた。
「……教授。私は、いつまで、この『豚の『匂い』』に耐えねばならんのだ?」
そこにいたのは、
・『金』にしか興味がない、宰相オーレリアス(重商主義)。
・『王都』の『商人ギルド』の『トップ』たち(オーレリアスの『利権』仲間)。
・そして、『社会実験』で、黒田に『人生』を『デザイン』し直された、南の『エドム村』の『村長』。
……村長の『革袋』からは、『比較優位(ブドウの絞りカス)』で育った、『ブランド豚』の『脂』の匂いが、強烈に漂っていた。
「教授! 『鉄』がダメになった今、我々の『希望』は『白磁』だ! 『金貨100枚』の『夢』だ! それを『焼く』のが、あなたの『仕事』のはずだ!」
オーレリアスは、『鋼』の『フレーム』がなければ『白磁』の『棚』も作れない、という『現実』に、いまだ気づいていなかった(あるいは、気づきたくなかった)。
「宰相閣下。あなたの『白磁(金貨100枚)』の『夢』は、今、『鉄』の『途絶』によって、『凍結』されています」
黒田は、オーレリアスの『欲望』に、『現実』を叩きつける。
「『鉄』ショックは、『工業』だけの『問題』ではない。
『農業』にも『影響』する。『鉄』がなければ、『鍬』も『鋤』も作れない。
このままでは、あなたの『ブドウ』も、農務大臣の『小麦』も、来年は『収穫』できません」
「「な……!」」
オーレリアスと、彼が連れてきた『商人ギルド』のトップたちの顔が、初めて『青く』なった。
(『鉄』が、全ての『産業』の『基礎』だったのだ、と)
「(……敵は、ここまで『計算』していたのか。恐るべき『合理性』だ)」
黒田は、敵の『戦略』の『深さ』に、改めて戦慄した。
「だ、だが、教授!」オーレリアスが、すがるように叫ぶ。「『豚』だ? 『ワイン』だ? そんな『食い物』が、どうやって『鉄』の『代わり』になる! 『南の帝国』の『皇帝』は、『鉄(武器)』は欲しがるが、『豚(食い物)』など、相手にもせんぞ!」
「いいえ、宰相。だから、あなたの『重商主義』は『古い』のです」
黒田は、エドム村の村長が持ってきた『豚の脂』と、ヘイデンが『試作』した『白磁の小皿』を、オーレリアスの『目』の前に、並べた。
「『モノ(豚、ワイン)』を『売る』のではありません」
「『物語』を『売る』のです」
「……ものが、たり?」
「オーレリアス宰相。あなたは『南の帝国』の『皇帝』に、何を『献上』しますか?」
「『鉄』を失った今、我が国の『富(価値)』は、何ですか?」
黒田は、『商人ギルド』の連中にも、問いかける。
「あなた方が、今、売れる『モノ』は、何だ?」
「……『エドム村の奇跡』という『物語』」
黒田は、『白磁の小皿』に、『ラード』を(この世界では、まだ誰も知らない『バター』のように)塗りつけながら、彼らの『固定観念』を『上書き』していく。
「『廃棄物(ブドウの絞りカス)』で育ったという『希少性』」
「そして、この『純白(ヘイデンの白磁)』の『器』に盛り付けられた、『芸術』としての『料理』」
「宰相。我々は『南の帝国』に『武器(鉄)』を売る『死の商人』になるのではない」
「我々は、アデニア王国でしか『体験』できない、『最高級の『食文化』』を『独占的』に『輸出』する、『文化商人』になるのです」
黒田は、『商人ギルド』のトップに、その『白磁の小皿(ラード乗せ)』を、差し出した。
「『鉄の剣(金貨1枚)』と、『この皿』。
……『商人』のあなたなら、どちらに『金貨100枚』の『未来』を感じますか?」
『商人ギルド』のトップは、ゴクリと唾を飲むと、その『ラード(脂)』を、震える指で『舐めた』。
「……甘い」
「(……『利益』の『匂い』が、する……!)」
オーレリアスは、黒田の『戦略』を、完全に『理解』した。
(『鉄』が『死んだ』のなら、『インフラ(鉄)』が『要らない』、『文化』という『軽い』『産業』で『稼ぐ』!)
(この学者……『合理的』な『化物』だ!)
「……教授。その『文化』とやら。いつ『南』に『売れる』?」
オーレリアスの『目』は、もはや『鉄』ではなく、エドム村の『豚』とヘイデンの『白磁』に『釘付け』になっていた。
Cパート:「ゴミ(廃棄物)」の再調査
二つの『新プロジェクト(粘土鎧、ブランド豚)』が、バルガスとオーレリアスという『旧体制』の『欲望』を『燃料』にして、強引に『始動』した日の、夜。
『新ギルド』本部の『データベース室(旧ギルドマスター室)』。
黒田とレオンハルトは、最後の『プロジェクト』に取り掛かっていた。
「レオン。ガノンド。これより、我々が『鉄』という『固定観念』を『捨てて』、『旧ギルド』の『全データベース(五十年分)』を、『再調査』する」
ガノンドら『査定官』たちは、『保険査定』と『新人教育マニュアル』作りの『激務』の合間を縫って、集められていた。
「教授。俺たちは、何を『探せば』いい?」
ガノンドが、その『経験』に裏打ちされた『目』で尋ねる。
「『鉄』の『代わり』になる、『都合のいい』『金属』か?」
「いいえ、ガノンド。違います」
黒田は、黒板に『キーワード』を書き出した。
「我々が『探す』のは、『金属』ではない。
『誰も『価値』を『つけて』いない』、
『アデニア王国『だけ』が『独占』している』、
『見捨てられた『資源』』だ」
『比較優位』と『エフェクチュエーション』の『本質』。
『調査』は、深夜まで続いた。
羊皮紙が、山のように積まれていく。
「……ないな」
「『銅』は、南の帝国の方が『安い』」
「『銀』は、自由都市連合が『独占』している」
「『ミスリル』? そんな『伝説』は、データベース(ここ)にはない」
ベテラン(査定官)たちが、次々と『絶望的』な『報告』を上げる。
「(……焦るな、黒田哲也。必ず『ある』。『合理的』な敵が、『鉄』だけに『注目』しているのなら、奴も『見落としている』、『非合理』な『資源』が……)」
「……教授。すまん」
ガノンドが、古い『ボロボロ』の『調査日誌』を、黒田の前に置いた。
「こいつは『データベース』ですらない。俺が『新人』だった頃(30年前)の『個人的』な『メモ(日記)』だ」
「……?」
「『南部・死の盆地』。……魔物しかおらず、『作物が一切育たない』『呪われた土地』。……当時、俺も『調査』に行ったが、馬が『病気』になって、逃げ帰ったきりだ」
「……続きを」
「……『水』が『腐って』いて、飲めない。『草』も『生えない』。
――だが、『塩』が、『岩』のように、そこら中に『湧き出て』いやがった。……『呪われた塩』だ。誰も『価値』など……」
「『塩』!」
黒田の『目』が、初めて『見開かれた』。
「ガノンド! その『塩』は、今、どうなっている!?」
「どうも、なっていない。誰も『欲しがらん』からな。『呪いの土地』だ」
「(……『独占資源』の『可能性』!)」
その時だった。
「あ、あの……黒田教授?」
『調査』に参加していた『若手』……『王立工房』のヘイデン(陶工)が、おずおずと『別』の『報告書』を差し出した。
「これ、『王立工房』の『資材廃棄』の『台帳』なんスけど……」
「(……黒田教授に『教育』され、彼も『コスト意識』を持つようになっていた)」
「ヘイデン? これは?」
「あの……『石炭』と一緒に『発掘』される、『魔石(エネルギー源)』なんですけど……。
『品質』が悪くて、『熱』にならず、『燃えカス(クズ)』にしかならない『石』がありまして……。
『熱』も『光』も『中途半端』で、窯の『役』に立たないんで、全部『捨てて』ます」
「……『中途半端』な『熱』?」
黒田は、ガノンドの『呪われた塩(岩塩)』と、ヘイデンの『魔石のクズ(廃棄物)』を、その『S+の知性』の中で、『結合』させた。
「(……待て。『塩』。
『岩塩』は、そのままでは『食えない(苦い)』。
だが、『精製』すれば『純白の食塩』になる。
『精製』には、何が『必要』だ?
『水』に『溶かし』、それを『煮詰める』ための、『膨大』な『熱』だ!)」
「(『王立工房』の『コークス炉(高温)』』では『役立たず』だった、『魔石のクズ(中途半端な熱)』……。
だが、『塩水』を『煮詰める』『だけ』の『熱(中低温)』としては……?)」
「(……これだ……!)」
黒田の『目』が、レオンハルトとガノンドを『射抜いた』。
「レオン。ガノンド。見つけました」
「『鉄』に『代わる』、『次』の『産業』を」
「敵が、『鉄(軍需産業)』という『チェス』に『固執』している間に、
我々は、『塩』と『エネルギー(魔石クズ)』という『新しい土俵』で、
この国の『比較優位』を『確立』する」
黒田は、『鉄の放棄』という『絶望』から、わずか『一日』で、『岩塩(という名の、白い金塊)』という『次なる希望』を、『ゴミの山』から『発掘』したのだった。
(一方、その『会議(粘土鎧と豚ブランド)』の『内容』は、城内を通じて、魔王軍の『エコノミスト』の元へと、着実に『報告』されようとしていた――)




