第17話:敵の「合理性」と「鉄」の放棄
「――『エコノミスト(経済学者)』、だと?」
王城の大会議室は、『絶望』から一転、黒田哲也が放った『突飛』な一言によって、『嘲笑』と『混乱』に包まれた。
「ハッ……!」
最初に声を上げて『笑った』のは、騎士団長バルガスだった。
「教授! あんた、ついに『狂った』か! 『学者』の『妄想』も、ここまで来ると『喜劇』だな!」
彼は、会議室に集う閣僚たちに、同意を求めるように叫んだ。
「諸君、聞いたか! 敵は『魔王』でも『魔物』でもなく、『経済学者』だそうだ! 腹が捩れるわ!」
宰相オーレリアスも、その『鋼』の剣を奪われた『焦り』から、黒田への『侮蔑』へと舵を切った。
「黒田教授。我々が今、議論しているのは『現実』だ。『鉄』がない。あなたの『工房』が、あなたの『鋼』が、あなたの『白磁』が、作れなくなった。この『現実』だ」
オーレリアスは、黒田を冷ややかに見下す。
「あなたの『知性S+』が、この『危機』から逃避するために、『妄想』の敵を作り出した、というのなら……まことに、見下げ果てた『勇者』様だ」
農務大臣も「だから『土(小麦)』が一番だと……」と、この機に乗じて自説を繰り返す。
黒田の『理論』は、またしても「旧体制」の『固定観念』の壁の前に、『机上の空論』『狂人の戯言』として、打ち砕かれようとしていた。
レオンハルトが「教授……!」と、不安げに黒田を見る。
「(……京堂大学(パラ経)の学生(A君)に、『なぜ』と問うても、『でも就活が』と『現実(の、一部分)』に逃避されたのを思い出す)」
黒田は、この『アレルギー反応』を、完璧に『予測』していた。
彼は、バルガスやオーレリアスという『聞く耳を持たない学生』ではなく、唯一の『聴講者』に向き直り、静かに『反証(講義)』を始めた。
「レオン。彼ら(バルガス、オーレリアス)が『現実』と呼んでいるものは、『現実』の『一部(=鉄がない)』にすぎません」
「私が『敵はエコノミストだ』と『判断』したのには、二つの『合理的』な『論拠』があります」
黒田は、指を一本立てた。
「論拠A:『情報』の『異常な正確性』」
「バルガス団長。あなたは『敵は蛮族だ』と仰る。では、なぜその『蛮族』は、『カラバシュ峠』を『ピンポイント』で狙えたのですか?」
「なっ……!」
「あの『峠』は、宰相の『焦り(=非合理的判断)』によって、『定石』を無視して『秘密裏に』使われた『最短ルート』です」
黒田は、顔面蒼白になるオーレリアスを一瞥した。
「『蛮族』が、偶然その『秘密のルート』が『使われる日』を『知って』いて、なおかつ『オークの大部隊』を『待ち伏せ』させることが、可能ですか?」
会議室が、凍りついた。
『嘲笑』していたバルガスとオーレリアスの顔から、血の気が引いていく。
「……答えは、一つ」黒田は続けた。「宰相が『指示』した、その『輸送計画』という『情報』が、我々の『内部』から、敵に『漏れていた』。それ以外に、この『奇襲』は『論理的』に説明不可能です」
「……スパイ……だと?」
バルガスの声が、震えた。
「そして、論拠B:『コスト意識』の『異常な高さ』」
「スパイがいたとして、それが『エコノミスト』と何の関係がある!」オーレリアスが、動揺を隠すように叫ぶ。
「あります」黒田は、断言した。
「もし、敵が『蛮族(バルガス団長の言う)』なら、もっと『派手』にやる。採掘所そのものを『破壊』し、職人(アデニア国民)を『皆殺し』にするはずだ。そうでしょう? バルガス団長」
「……ああ。それが『戦争』だ」
「だが、彼らは『そうしなかった』」
黒田は、地図の『峠』を、指でトン、と叩いた。
「彼らは、採掘所(=攻略にコストがかかる)を『無視』した。
彼らは、『無駄な殺戮』も『破壊』も(最小限に)しなかった。
彼らは、最も『軍事的コスト』が低く(=少ない兵で封鎖できる)、最も『経済的効果』が高い(=アデニアの産業革命を窒息させる)、『カラバシュ峠の封鎖』という『一点』を、『選択』したのです」
黒田は、バルガスとオーレリアスの『目』を、真っ直ぐに見据えた。
「これは『憎悪』や『武勲』を目的とする『武人』の思考ではない。
『金』しか見えない『古い商人』の思考でもない。
これは、『最小のコスト(軍事力)で、最大のリターン(経済的打撃)を得る』……まさしく、『合理的』な『経営者』の『思考』そのものです」
会議室は、今度こそ『完全な沈黙』に支配された。
黒田の『論証』は、彼らの『固定観念』を、『現実』によって完全に粉砕した。
「……だから、言ったのだ!」
この『沈黙』を、バルガスが『好機』と見て、再び『吠えた』。
「敵が『合理的』だろうが『スパイ』がいようが、関係ない! 現実に『鉄』が止まった! 俺の『鋼』が作れん! 『峠』を封鎖されたなら、力で『奪還』する! それが『軍人』の『合理性』だ!」
オーレリアスも、黒田の『スパイ指摘』の『矛先』をそらすため、バルガスに乗った。
「そうだ! 『鉄』さえ取り返せば、全て解決する! 『奪還』こそが、今、最も『合理的』な『経済政策』だ!」
レオンハルトが、この『主流』になりかけた『空気』に、再び不安な顔で黒田を見た。
(教授、どうする!?)
「――待ってください」
黒田は、その『空気』を、真っ向から『否定』した。
「バルガス団長。オーレリアス宰相。
……あなたの『奪還作戦』こそが、『敵が仕掛けた『罠』そのもの』です」
「「な……!?」」
黒田の『S+の知性』が、敵の『二手先』を『暴露』する。
「『鉄(という名の、エサ)』に釣られ、あなた(バルガス)が『騎士団(虎の子)』を『峠(あの狭い場所)』に進軍させたら、どうなるか?」
「……どうなる、だと? 決まっている! オークどもを『殲滅』する!」
「いいえ」黒田は、首を横に振った。
「『殲滅』は、できません。なぜなら、敵は、あなたが『そうする(奪還に来る)』ことを、『知っている(計算済み)』からです」
「敵の『真の狙い』は、『鉄鉱石』そのものではない。
『峠』で、我々の『騎士団(主力)』と『正面衝突』することです。
『峠』という『狭い』地形で戦えば、我々の『騎士(主力)』の『機動力』は『ゼロ』になる。
敵は、我々を『泥沼の消耗戦』に引きずり込み、我々の『国力(=人的資源、食糧、そしてバルガス(あなた)の『時間』)』を、『峠』という『不毛な一点』で『浪費』させようとしているのです」
黒田は、京堂大学(パラ経)の学生(A君)が『卒論(本質)』から逃げて『インターン(目先の利益)』に走った姿と、今のバルガスを、重ねて見ていた。
(バルガス団長! あなたも『鉄(目先の利益)』に釣られて、『国力(本質)』を失おうとしている!)
「で、では……!」レオンハルトが叫ぶ。「どうすればいいのだ! 戦っても『罠』、戦わなくても『窒息』! まさに『詰み(チェックメイト)』ではないか!」
「いいえ、レオン」
黒田は、この『ゲーム』の『盤面』を、ひっくり返す『一手』を、静かに告げた。
「『詰み』ではありません。
なぜなら、敵も、あなた方(バルガス、オーレリアス)も、『一つの『大きな固定観念』』に囚われているからです」
「それは、『鉄がなければ、この国は戦えない』という『古い常識』です」
黒田は、会議室に集う、全ての『古い頭脳』に、彼の『戦略転換』を宣言した。
「――『奪還』は、しません」
「『鉄』は、捨てます」
「「「な……!?」」」
会議室が、今日一番の『衝撃』に揺れた。
「『鋼』はどうする!」「『白磁』は!」
バルガスとオーレリアスの『絶叫』が、同時に響く。
「(『エフェクチュエーション』……手持ちの資源で戦う)」
黒田は、エドム村で使った『理論』を、今度は『国家レベル』で実行すると決めた。
「敵が、『鉄』を『封鎖』した(=鉄の『調達コスト』を『無限大』に上げてきた)のなら、
我々は、『鉄』を使わない(=鉄の『需要』を『ゼロ』にする)『戦略』に、今この瞬間、切り替える。
それこそが、敵の『華麗なる計算』を、『無価値』に変える、唯一の方法です」
「鉄なしで、どう戦う!」バルガスが、すがるように問う。
「『鉄』に『代わる』ものなど、あるものか!」
「いいえ、団長。『代替品』を探すのではありません」
黒田は、この世界の『常識』を、再び『デザイン』し直す。
「『鉄(という古いシステム)』そのものを『代替』する、『新しい産業』を、今から『起業』するのです」
黒田は、レオンハルトの執務室から『接収』してきた、『旧ギルド』の『データベース』の『束』を、会議室のテーブルに叩きつけた。
「この『ゴミの山』に、我々が『見捨てていた』、『鉄』以外の『全ての資源』が眠っているはずです」
「バルガス団長。『鋼』より『軽く』、オークの棍棒の『衝撃』に『耐える』素材……あなた(騎士団)の『経験』と、『粘土』を『高温(ヘイデンの窯)』で焼けば、何か作れませんか? 『焼成レンガ』が『木』より硬いのなら、『新型の鎧』は?」
「な……『粘土』の『鎧』だと……?」バルガスが、初めて『軍人』の目で、その『可能性』を考え始める。
「宰相。『鉄』がなければ『白磁』も作れん、と嘆くのは、まだ早い」
「『白磁(高級品)』を『北(敵地)』に売る『リスク』より、『王立工房』の『別のもの』を、『南(同盟国)』に『安全』に売る『利益』を、なぜ『計算』しないのですか?」
黒田は、オーレリアスの『重商主義』の『心』を、再び『着火』させる。
「例えば……エドム村の『ワイン』と『オリーブオイル』、そして『豚(ブランド豚)』。あれを『白磁(ヘイデンの器)』で『美しくパッケージング』して、『南の帝国』の『貴族』に売るのです。
『鉄』という『戦争』で稼ぐ『金』と、『文化』で稼ぐ『金』。……あなたの『合理的』な頭脳なら、どちらが『ローリスク・ハイリターン』か、お分かりでしょう?」
「……『文化』で……稼ぐ……?」
オーレリアスの『古い頭脳(重商主義)』が、黒田の『新しい理論』によって、激しく『揺さぶられ』ていた。
「レオン」黒田は、若き王代理に『王命』を促す。
「『奪還作戦(消耗戦)』は『中止』。『スパイ』が誰であれ、敵の『計算』を『無』にします」
「直ちに、『プロジェクトチーム』を編成します」
「ガノンドの『査定官(ベテラン経験)』たちと、『王立工房(ティト、ヘイデンの技術)』、そして『エドム村(ブランド豚)』の『成功事例』……。
――この『手持ちの資源』を『全て』、掛け合わせるのです」
レオンハルトは、黒田の『常軌を逸した』、しかし、あまりにも『合理的』な『代替戦略』に、もはや『疑問』を差し挟む余地はなかった。
彼は、立ち上がり、玉座から『宣言』した。
「――バルガス! 宰相! 聞いたな!」
「黒田教授の『新戦略』を、アデニア王国の『国家戦略』とする!」
「『鉄』は、捨てる! 我々は、我々の『手にあるもの』で、この『経済戦争』に勝利する!」
会議室を出た黒田とレオンハルト。
「教授……本当に『鉄』なしで……?」
「ええ」黒田は、静かに頷いた。
「敵が、『鉄』を『人質』に取っている限り、我々は『別の土俵』で戦わねばなりません。……そして、レオン」
黒田の目が、冷たく光る。
「『鉄』を『諦めた』フリを、我々は続けねばならない」
「……どういうことだ?」
「『スパイ』は、まだ、この城の『中』にいます。
――敵に、『我々が鉄を諦め、別の資源(粘土や豚)に逃げた』と『誤認』させ、その『次の一手』を『計算』させるのです。……その『計算』が『間違って』いるとも知らずにね」




