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第16話:魔王軍の「合理的な」経済封鎖

「――以上」

黒田哲也は、羊皮紙ようひしの束を机に置き、玉座のレオンハルトに報告を終えた。

「旧冒険者ギルドマスター、ヴァリスの『背任行為』および『王命妨害』の罪状をもって、ギルドの『王室認可チャーター』を剥奪。その全『資産』を、王室が『接収』しました」

『旧ギルド』本部の、あるじを失ったギルドマスター執務室。

そこは、数日前までの『命のカルテル』の拠点ではなく、『王立リスクマネジメント組合(新ギルド)』の『戦利品アセット』を査定する、臨時の執務室と化していた。

酒瓶や、無意味に豪華な調度品が散らかる中、黒田、レオンハルト、そして『新ギルド』の『査定官アセッサー』筆頭となった『ガノンド(元・重戦士)』が、真の『宝』をあらためていた。

「これが……」

レオンハルトが、ほこりまみれの棚から引きずり出された、分厚い『台帳』の束に息をのんだ。

「ヴァリス(あの蛇野郎)が、五十年かけて『独占』してきた、『情報データ』です」

ガノンドが、その台帳を憎々しげに、しかし『専門家』の目でめくっていく。

「教授の言う通りだった。ヴァリスは、『カネ』しか見ていなかったが、本当の『資産』はこいつだった」

ガノンドが指差したのは、およそ『カネ』には見えない、手書きの『地図』と『報告書』の山だった。

「『アデニア王国全土・モンスター生息データベース』」

「『東部街道・ゴブリン斥候せっこう出現パターン分析(ヴァリス秘蔵)』」

「『北部山脈・ワイバーン飛来ルートと天候の相関性』……」

それは、旧ギルドの冒険者たちが、五十年分の『血』と『命』を代償に書き溜めてきた、『リスク』の『データベース』そのものだった。

ヴァリスは、この『情報』を『独占』することで、新人ルーキーにわざと『危険な道』を行かせ、自分ベテランだけが『安全な道』を行く、という『情報の非対称性』によって『カルテル』を維持していたのだ。

「ひどい……」レオンハルトが絶句する。

「ええ、ひどい『非効率』です」黒田は、学者として冷徹に分析した。

「ですが、レオン。この『データベース』は、今この瞬間から、我々『新ギルド』の『最強の武器』になります」

黒田は、ガノンドら『査定官ベテラン』たちに向き直った。

「ガノンド査定官。あなた方『ベテラン』の『経験(暗黙知)』と、この『データベース(形式知)』を『クロスリファレンス(相互参照)』させる」

「(……パラ経の学生どもが、一番苦手な『地道な作業データマイニング』だ)」

「これにより、我々は王国全土の『リスク』を、ほぼ『完璧』に『数値化』できる」

黒田は、この『M&A(合併買収)』の『真の価値』を、レオンハルトに説いた。

「我々の『保険インシュアランス』は、もはや『博打ばくち』ではありません。

『ゴブリンの巣(Dランク)』の討伐任務は、保険料3%。

『オークの斥候(Bランク)』は、保険料15%。

『ワイバーンの巣(Sランク)』は、保険料40%。

……我々は、『リスク』そのものに『価格』をつける、この国で『唯一』の『組織』になるのです」

レオンハルトは、黒田がやろうとしている『国家デザイン』の、その途方もないスケールに戦慄せんりつしていた。

『命のカルテル』を『経済理論』で解体し、その『資産データベース』で、今度は『保険ファイナンス』という『新しい市場』を『創造』する。

黒田哲也は、この異世界で、たった一人で『近代経済』を『起業』していた。

「教授……君は、一体……」

レオンハルトが、黒田の『知性S+』の底知れなさに、改めて畏怖いふを抱いた、まさにその瞬間だった。

ドンドンドン!

執務室の扉が、壊れんばかりに叩かれた。

「緊急事態! レオンハルト若! バルガス団長が、至急『軍議』を、と!」

血相を変えた騎士団の伝令兵が、転がり込んできた。

「何があった?」

「『北部』です! 『北部山脈』の『鉄鉱石』採掘所が……魔王軍に『占領』されました!」

「……!」

「今朝、王都へ向かっていた『鉄鉱石』の輸送部隊が『全滅』! 『王立工房』への『鉄』の供給が、完全に『停止』しました!」


一時間後。王城の大会議室。

そこは「古い理論(重商主義・重農主義)」がぶつかり合った時とは、比べ物にならない『絶望』と『焦燥』に包まれていた。

「言わんこっちゃない!!」

玉座のレオンハルトと、その隣に座る黒田を、騎士団長バルガスが、怒りの形相でにらみつけていた。

「黒田教授! あんたが『ギルド』だの『保険』だの、悠長ゆうちょうな『お遊び』にうつつを抜かしている間に、魔王軍は『本気』を出してきたぞ!」

バルガスの『焦り』は、尋常ではなかった。

彼は黒田がティトに作らせた『はがね』に、自らの『愛剣』を折られている。彼は、誰よりも『鋼』の『価値』を、その『必要性』を、骨身にみて理解していた。

「あの『鋼』は、木炭いままでの『十倍』の『鉄』を食う! せっかくティトが『三千本』の『鋼の剣』の量産体制ぶんぎょうに入ろうとした、この『矢先』に!」

「『原料(鉄鉱石)』が、止まったのだぞ!」

宰相オーレリアスも、顔面蒼白だった。

彼の『欲望』の源泉は『白磁はくじ』だが、それと同時に『鋼の剣』を北の自由都市に『輸出』して『きん』を儲ける『重商主義』の『夢』も見ていた。

「災厄だ……! これでは『王立工房』は、ティトもヘイデンも、ただの『置物』だ! 『きん』を生む『にわとり』が、腹を裂かれたも同然!」

農務大臣も「だから『土(小麦)』が一番だと……」と、今や誰も聞かない『古い理論』をつぶやいている。

「レオンハルト若!」バルガスが、玉座に迫る。

「『道』が塞がれたのなら、『道』を奪い返すまで! 理由は明白! 答えも明白!」

「『新ギルド』の連中グレイたちも、騎士団の『指揮下』に入れろ! 我が国の『総力』を挙げ、『北部山脈』の『鉄鉱石』採掘所を、魔王軍から『奪還』する!」

「そうだ!」「奪還しかない!」

バルガスの『精神論(軍事行動)』が、初めて『経済的理由(宰相の欲望)』と『合致』し、会議室の『総意』になろうとしていた。

レオンハルトが、助けを求めるように黒田を見た。

(教授、どうする!? バルガス団長の言う通り、今回は『武力』しかないのか!?)

黒田は、ただ一人、冷静だった。

彼は、伝令兵が持ってきた『軍事地図』の『一点』を、指でなぞっていた。

「……伝令兵」黒田は、静かに尋ねた。「報告を、もっと『正確』に」

「は、はい!」

「魔王軍が『占領』したのは、『鉄鉱石』の『採掘所』か? それとも、採掘所から王都へ続く『街道』か?」

「え? あ……」伝令兵は、その『違い』がわからず、戸惑った。

「報告書によれば、『北部山脈』の『カラバシュ峠』が、オークの『大部隊』によって『封鎖』された、と……。輸送部隊は、その『峠』で……」

「……『採掘所』ではなく、『峠』、か」

黒田は、立ち上がると、会議室の巨大な『王国全土地図』の前に立った。

バルガスが、苛立たしげに叫ぶ。

「学者殿! 『峠』だろうが『採掘所』だろうが、同じことだ! 『鉄』が来ないことに変わりはない!」

「いいえ、団長。全く違います」

黒田の『講義』モードが、再び始まった。

その『S+の知性』が、バルガスやオーレリアスには『見えない』、この『襲撃』の『本質』を、暴き始めていた。

「(……おかしい)」

黒田は、地図を睨みながら、分析する。

「(この『カラバシュ峠』……確かに、王都と採掘所を結ぶ『最短ルート』だ。だが、それは『夏』の話だ)」

「(今は『初冬』。あの峠は、雪で『使えない』はずだ。北からの輸送は、本来、雪のない『西の迂回うかいルート』を使うのが『定石じょうせき』のはず……)」

黒田は、宰相オーリアスが管理する『貿易台帳』の『記憶』を、脳内で『検索』する。

「……宰相閣下」

「な、なんだ、教授」

「なぜ、この『時期(初冬)』に、わざわざ『最短ルート(カラバシュ峠)』で『鉄鉱石』を輸送させたのですか?」

「……!」

オーレリアスの顔が、一瞬、こわばった。

「そ、それは……『王立工房』の『はがね』の需要が、あまりに『急』だったからだ! バルガス団長が『三千本』などと、無茶を言うから! 『西の迂回ルート』では、到着が『三週間』も遅れる! だから、俺は……『多少の危険』は承知で、『最短ルート』を通るよう、輸送部隊に『指示』したのだ!」

バルガスが「何!?」とオーレリアスを睨む。

「宰相! 貴様、俺の『鋼』のために、兵(輸送部隊)を『危険』にさらしたのか!」

「ええい、黙れ! 『効率』のためだ!」

「(……そういうことか)」

黒田は、全ての『ピース』がはまるのを、感じていた。

『非効率(宰相の焦り)』と、『非効率(魔王軍の奇襲)』が、一点で『衝突』した。

だが、

「……いや、違う」

黒田は、首を横に振った。

「(魔王軍の『奇襲』は、『非効率』ではない)」

「(宰相が『最短ルート』を使うことを、『知っていた』かのようだ)」

「(もし、敵が『西の迂回ルート(定石)』が『本命』だと考えていれば、そちらを『封鎖』するはずだ)」

「(だが、敵は、この『時期(初冬)』に『誰も使わない』はずの『カラバシュ峠』を、『ピンポイント』で『占拠』した)」

「(まるで、宰相の『思考(焦り)』を、『読んでいた』かのように……)」

黒田の背筋に、冷たい汗が流れた。

京堂大学(パラ経)の、生ぬるい『ゼミ』ではない。

これは、『戦争ゲーム』だ。

「レオン」

黒田は、玉座のレオンハルトにだけ、聞こえる声で告げた。

「バルガス団長の『奪還作戦』は、許可できません」

「なっ……! 教授!」バルガスが聞き咎める。

「これは『軍事的な襲撃』ではありません」

黒田は、会議室に集う『旧体制オールド・タイプ』の全員に、彼らが『最も』聞きたくなかった『現実』を、突きつけた。

「これは、『合理的』な『経済封鎖エコノミック・ブロッケード』です」

「我々が『王立工房』という『産業革命エンジン』を手に入れたことを、敵は『知っている』」

「そして、その『エンジン』の『燃料(鉄鉱石)』が何かを、『正確』に『分析』している」

「彼らは、『採掘所』という『面倒コスト』な場所を『占領』するのではなく、最も『効率的』な『一点(峠)』を『封鎖』することで、我々の『経済』そのものを『窒息』させようとしているのです」

黒田は、地図の、遥か『北』……魔王軍の本拠地がある方向を、睨みつけた。

「(……京堂大学うちの学生より、よほど『優秀』な奴がいる)」

「――バルガス団長。あなた(武力)の『敵』は、オークやゴブリンではない」

「我々の『本当の敵』は、魔王軍の『中』にいる……

私と『同じ思考ロジック』を持つ、『エコノミスト(経済学者)』です」


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