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第15話:『保険(インシュアランス)』の価格


王都に激震が走った。

『王立リスクマネジメント組合(新ギルド)』が、その設立からわずか数日で、『保険適用事例・第一号』を出したという『噂』は、熱病のように王都を駆け巡っていた。

東部街道で、新人ルーキーがオークの矢を受け、瀕死ひんしの重傷を負った――。

旧ギルドに残っていた者たちは「ほら見たことか、学者の『夢物語』に乗るからだ」と嘲笑あざわらい、新ギルドに移籍した者たちの家族は「話が違う」と、王城に詰め寄る勢いだった。

この『危機』は、黒田哲也が『起業』した王立ベンチャーにとって、最初の、そして最大の『試練ストレステスト』だった。

この『保険』という『システム』が、黒田の『机上の空論』なのか、それともアデニア王国を救う『本物の道具』なのか。

王都の全ての『市場マーケット』が、その『答え』に注目していた。


『新ギルド』王都本部。

旧ギルドの向かいに急造された『臨時執務室』は、野戦病院と化していた。

「血が止まらん!」

「『王室手形』はまだか! 治療費はどうなるんだ!」

「カイルを、カイルを見殺しにする気か!」

負傷した新人剣士『カイル』の仲間たちが、搬送されたベッドを取り囲み、王室から派遣された医務官に詰め寄っている。医務官は「金貨(治療費)の『保証』がなければ、これ以上高価な『ポーション』は使えん」と、官僚的な態度で手をこまねいていた。

新人たちの『熱狂』は、『仲間』の『血』を前に、あっという間に『疑念』と『恐怖』に変わっていた。

「(……これが、『合理的エコノミック』アニマル、人間の『本性』だ)」

黒田哲也は、その『混沌カオス』の中心に、静かに立っていた。

彼は、パニックに陥る新人たちではなく、その後ろで『腕を組んで』成り行きを見守る、十数名の『男たち』に注目していた。

昨日、黒田が『保険査定官リスク・アセッサー』として『買収スカウト』した、『引退ベテラン』たちだ。

彼らの目は死んでいた。

(どうせ、こうなると思っていた)

(学者の『理想』など、所詮は『血』の前にもろく崩れる)

彼らは、この『新ギルド』の『破綻』を、冷ややかに『観察』していた。

「――静かにしろ」

その場を、一人の男の『声』が制圧した。

『元・重戦士』。かつてAランクパーティで『片目のグレイ』と双璧をなし、片足を失って『引退』した男、『ガノンド』だった。

彼は、黒田から『査定官』に任命された、ベテランたちの『筆頭』だった。

ガノンドは、黒田から渡された『査定官』の腕章(黒田がデザインした、天秤てんびんのマーク入りだ)を、ゆっくりと巻いた。

彼は、黒田を振り返った。

「……黒田教授。あんたが、俺に『最初の仕事』だと言ったな」

「はい。ガノンド査定官」黒田は、初めて彼を『役職』で呼んだ。

「あんたの『システム』とやらが、俺たちの『経験(クソみてえな現実)』に勝てるか、試させてもらう」

ガノンドは、足を引きずりながら、血まみれのカイルのベッドの前に立った。

集まった新人たちが、ゴクリと唾をのむ。

ガノンドは、医務官に「治療を中断しろ」と命じると、カイルの『装備』と『傷口』を、『査定』し始めた。

「……装備ハード:王立工房製『はがねの剣』、革鎧レザーアーマー。異常なし」

「負傷箇所:左上腕部。アローによる『貫通』」

ガノンドは、床に落ちていた『矢』を拾い上げ、その『やじり』の『形状』を見た。

「……『ゴブリン』の『粗悪な矢』ではない。『オーク』が使う、『鉄製』の『ブロードヘッド』。……なぜ、新人ルーキーが、こんな『重装備オーク』の斥候と『正面から』接触した?」

ガリガリ、と。

ガノンドの背後で、別の『査定官(元・弓使い)』が、黒板に『データ』を書き殴っていく。

(リスク分析:『ゴブリン(Dランク)』の索敵任務に、『オーク(Bランク)』が『混在』していた可能性)

ガノンドは、カイルに同行し、恐怖で震えている『新人(証人)』の胸ぐらを掴んだ。

「何があった。グレイ教官長マスターの『報告書』と、お前の『証言』を照合する。……嘘を言えば、お前も『規約違反』で『破門』だ」

「ひっ……!」

新人は、全てを白状した。

「……教官長グレイは、『三本目の樫の木』で『待機』を命じました! 『物音』がしても『絶対に出るな』と!」

「……だが、カイルが……『手柄』を焦って、『鋼のこれ』があればゴブリンくらい一人でやれるって……『飛び出した』んです!」

「そしたら、ゴブリンじゃなくて、『オーク』が……!」

『命令無視』。

『過失』。

その言葉が、執務室に重く響いた。

ガノンドは、黒田と、集まった全員に向き直り、彼の『査定アセスメント』を、冷徹に『宣告』した。

「――査定結果、出たぞ」

「負傷の原因は、対象者カイルの『重大なる命令無視』、および『単独行動(チームプレイ違反)』によるものと『断定』する」

ガノンドは、黒田が作成した『補償規定ルールブック』の、小さな『ただし書き』の箇所を、指差した。

「よって、王立リスクマネジメント組合・補償規定、第7条ノ2、『故意マタハ重大ナル過失ニヨル負傷ハ、補償ノ対象外トス』……」

ガノンドは、カイルの仲間たち(新人たち)を、その死んだような目で、見渡した。

「――結論。『保険金(治療費)』は、『不支給ゼロ』。これが、俺たち『査定官ベテラン』の『判断』だ」

「「な……!?」」

新人たちが、一斉に激昂した。

「ふざけるな!」

「カイルを見殺しにする気か!」

「話が違う! 『保険』で守ってくれるんじゃなかったのかよ!」

「『鋼の剣』も『ウソ』だ! 『保険』も『ウソ』だ! こんなギルド、辞めてやる!」

『新ギルド』は、設立からわずか数日で、『信用クレジット』が『ゼロ』になり、崩壊の『危機』に直面した。

ガノンドら『査定官ベテラン』たちは、「(ほら、言わんこっちゃない)」と、冷ややかにその『崩壊』を眺めている。


「――お待ちを」

その『混沌』を、黒田哲也の『声』が、再び『デザイン』する。

黒田は、カイルの仲間たち(パニック状態)と、ガノンド(固定観念)の間に、静かに立った。

「まず、第一に」

黒田は、ガノンドに向き直った。

「ガノンド査定官。あなたの『査定アセスメント』は、『完璧』です。事実ファクトに基づき、規定ルールのっとった、非の打ちどころのない『合理的』な判断だ。……あなた方を『スカウト』して、心から正解だったと思います」

「……!」

ガノンドら『ベテラン』たちの『目』が、わずかに揺れた。

黒田は、彼らの『経験データ』を、王都の『全員』の前で『公認』したのだ。

「だが、第二に」

黒田は、今度は『新人』たちに向き直った。

「カイルの『命令無視』は、事実だ。彼の『過失』は、許されるものではない」

「じゃあ、やっぱり見殺しかよ!」

「だからこそ、第三だ」

黒田は、医務官に『王室手形(小麦担保)』の『束』を、叩きつけるように渡した。

「――医務官! 続けられる『最高』の治療を、今すぐカイルに施しなさい。『治療費』は、『王室レオンハルト』が『全額負担』する」

「「え……!?」」

今度は、新人たちと、ガノンド(ベテラン)たちの両方が、同時に混乱した。

「きょ、教授!?」レオンハルトが慌てる。「『不支給』では……?」

「ガノンド査定官!」カイルの仲間が叫ぶ。「あんたの『査定』は、デタラメだったのか!」

「どちらも、違う!」

黒田の『講義』が、この『新ギルド』の『システム』の『本質』を、全員に叩き込む。

「ガノンド査定官の『査定(不支給)』は、正しい!

だが、私(黒田)の『判断(全額支給)』も、正しい!」

「(……矛盾パラドックス? いいや、これが『経営マネジメント』だ)」

黒田は、黒板の前に立ち、二つの『会計』を書き分けた。

「ガノンド査定官は、『保険会計ルール』の話をしている。

私は、『経営会計(戦略)』の話をしている!」

黒田は、ガノンドに告げた。

「あなたの『査定』通り、カイルの『保険金インシュアランス』は『ゼロ』です。彼の『口座レコード』には、『重大な過失ペナルティ』が『記録』される」

「だが!」と黒田は続ける。

「彼の『治療費』は、『保険会計』から出すのではない!

これは、我々『新ギルド(経営陣)』が、『システム(教育)』の『欠陥』を『修正』するために支払う、『必要経費コスト』です!」

黒田は、新人たちを睨みつけた。

「カイルが『命令無視』をしたのは、なぜだ? 『恐怖パニック』と『手柄(功名心)』に、彼が『合理的』な判断を『失った』からだ」

「(……『プロスペクト理論』。人は『損失(死)』を『極端に恐れる』と、『非合理的』な行動(突出)を取る)」

黒田は、ガノンドら『査定官ベテラン』たちに、彼らの『本当の仕事』を『再定義』した。

「ガノンド査定官! あなた方『ベテラン』の『本当の仕事』は、『過去(事故)』を『断罪(不支給)』にすることではない!」

「あなた方の『経験データ』を使い、『二度と同じ事故(損失)が起きないための『マニュアル』を『更新』すること』だ!」

「(……!)」

ガノンドの片目が、カッと見開かれた。

(……俺の『経験』は、『ゴミ』じゃなかった? 『未来』を『救う』ための……『道具』だと?)

黒田は、最後の『裁定』を、全員に下した。

「カイルの『治療費』は、『教育コスト』として『王室』が負担する!」

「だが、カイルは『治療後』、ペナルティとして『鋼の剣』を『一時没収』! そして、ガノンド査定官たちが『作成』した『新しい安全マニュアル(ゴブリンとオークの識別法)』の『座学(講義)』を、『100時間』受講することを『命じる』!」

「温情(治療)」と「厳罰ペナルティ」。

黒田の『システム』は、『アメ』と『ムチ』の両方で、この『新ギルド』を『デザイン』したのだ。

新人たちは、自分たちの『仲間カイル』が『見捨てられなかった』ことに安堵し、同時に『規約ルール』の『厳しさ』を学んだ。

ガノンドら『査定官ベテラン』たちは、自分たちの『経験(過去)』が、『断罪』のためではなく、『未来(教育)』のために『必要』とされる『最高の資産』であることを知り、その『死んでいた目』に、初めて『教官マスター』としての『誇り』の『光』が宿った。


その日の夕刻。

『新ギルド』が、『保険適用第一号』を『見事に』処理し、『負傷者カイル』を『手厚く』治療した、という『噂』が、王都を駆け巡っていた。

それは、黒田が『意図的に』流させた『情報プロパガンダ』だった。

「おい、聞いたか! 『新ギルド』は、マジで『タダ』で治してくれるぞ!」

「『鋼の剣』も本物だ!」

「しかも、あの『グレイ』様と、『ガノンド』様が、直々に『マニュアル』を作ってくれるらしい!」

『旧ギルド』本部の、がらんとした酒場。

ギルドマスター・ヴァリス(あの蛇野郎)の前で、最後まで彼についていた『中堅(Bランク)』の冒険者たちが、次々と『脱会届』を叩きつけていた。

「ま、待て! お前ら! 『ギルド法(破門)』が……!」

「うるせえ! ヴァリス!」

中堅冒険者のリーダーが、ヴァリスの胸ぐらを掴んだ。

「俺たちは、『保険』と『鋼』がある『新ギルド』に移籍する! あんたの『手数料ピンハネ』に、これ以上『命』を払うのは、ごめんだ!」

「ひ……」

ヴァリスは、誰もいなくなったギルドホールで、崩れ落ちた。

黒田哲也の『経済理論システム』の前に、『命のカルテル』は、一滴の血も流れず、完全に『崩壊』したのだ。

レオンハルトの執務室。

「教授……」レオンハルトは、畏怖いふの目で黒田を見た。

「これで、『旧ギルド』は、もはや『空っぽ(破産)』です。あの『建物(資産)』と、彼らが『独占』していた『モンスターの生息データベース(情報)』は、どうしますか?」

黒田は、冷徹な『CEO』の顔で、メガネを押し上げた。

「決まっています。あの『破産企業』が持つ『資産データベース』を、我々(王室)が『ゼロ円』で『買収(M&A)』するのです」

「――『経済学』では、これを『市場しじょうの、正常な『新陳代謝』』と呼びますよ」



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