間話3 マシュマロと王城の午後
――アルノルト視点――
午後の王城行政局は、いつもどおり静まりかえっていた。
書類の山とペンの音、窓から入り込む薄い光。
その中で、アルノルトは机の端に置いた小さな紙袋を
ちらりと見やった。
袋の口を結ぶ淡いリボン。
中には、妹が手づくりした真っ白な菓子——マシュマロ。
「仕事の合間に甘いものでもどうぞ」と笑って渡してくれた、
あの柔らかな声が思い出される。
指でつまんで口に運ぶと、
ふわりと甘さが広がる。
空気を含んだその味は、
冷えた頭の中までゆっくり溶かしていくようだった。
「——それ、なんです?」
書類の束を抱えて戻ってきた声に、
アルノルトは少し肩を跳ねさせた。
振り向けば、同僚のレオン・ハートウェル。
年上で、いつも軽やかに仕事をこなす青年だ。
「おや、珍しいものを食べてるじゃないですか」
「……ただの甘菓子だ」
「へえ、ちょっと見せてもらっても?」
レオンはにやりと笑い、
アルノルトが止める間もなく、
指で一つ、白いマシュマロをつまみあげた。
「おい、レオン!」
「いただきます——」
口に入れた瞬間、レオンの表情が変わった。
「……なにこれ。溶ける」
その驚きを隠さない声音に、
アルノルトは少し頬をかいた。
「妹の……手作りだ」
「妹さんが? 公爵家の令嬢が?」
「前世で……じゃなかった、妙な魔法の応用をするのが好きでな」
「ふうん……面白い方ですね」
レオンは小さく笑い、
残りのマシュマロ袋を眺めながら呟いた。
「この味、王都の菓子職人にも出せませんよ。
あなたの妹さん、ただ者じゃない」
その言葉に、アルノルトは少し胸を張りかけたが、
すぐに表情を戻し、
机の上の書類へと目を落とした。
レオンが立ち去ったあとも、
執務室には甘い香りがかすかに残っていた。
アルノルトは小さく息をつき、
残りのマシュマロを一つ口に運ぶ。
——ああ、これだから。
妹の作るものは、どれも敵わない。
窓の外では、午後の陽光がゆっくりと傾いていた。




