妖しいスピリッチャー眼鏡 6
今回はちょっとシリアスです。
本当はもう少し長い話だったのですが、七万字超えそうなので二つに分けました。次回7は続きです。
全体で15ぐらいになると思います。
1
社会人はお盆休み。
七不思議の騒動もあったけど、我が家は平静を取り戻した。
ミユキの魂を探して奔走したあの日、うちに帰って来て元気なミユキを見たらホッとして気が抜けたのか、シャワーを浴びる前に気が遠くなって倒れてしまった。
私にとっては毎度のことなので大して気にしていないけれど、ミユキは泣きながら「低体温で死ぬ人も居るんだよ!」と私に怒った。そう言われても自分でどうこう出来ないので困る。せいぜい無理をしない程度しか対策はない。正人のやつが「筋トレすれば?」とか言うけど、のめり込んでムキムキ女になりそうで逆に気が進まない。
父もお盆休み。ばあちゃんの墓参りに行った。
心美は来ない。例によって優利に会いに行っている。別に嫉妬は感じていない。男が欲しいと思っていない。
久々に会った父母に近況報告するのがなかなかうざい。ドギマギする。
ばあちゃんの墓は都内の墓地にある。
ミユキが「墓地でその眼鏡はやめた方がいいよ」という。「他のお墓にも霊がいっぱいいるから、目が合うと憑いて来ちゃうよ」だそうだ。ミユキに「ミユキは見えてるんでしょ?」と訊くと「私も無視するのが大変なの」と言う。苦労しているらしい。眼鏡はばあちゃんの墓の前だけでかける事にした。
心美の眼鏡で見たばあちゃんはニコニコして上から降りて来た。
普段はそこには居ないそうだ。『今は天国で茶ァ飲んどった』と言っていた。ばあちゃんによると『墓は霊との交信の場所』だそうで、墓で祈れば大体伝わるそうだ。でも『墓に住んでいるような、天国を知らん霊もたくさんいるので他人の墓には祈るなよ』と言っていた。 ばあちゃんも『悪口の罪でーヶ月地獄に堕ちた』というので、死後の裁きは結構シビアだ。でも『ミユキが色々反省させてくれたのでその程度で済んだ』という。
こんな事を墓前でミユキと私とで手を合わせて心の声でばあちゃんと話していたら、父母が「長いな」と首を捻っていた。正人は訳が分かっているので、すんとしていた。
ばあちゃんの霊は『実家の雪絵たちも元気だよ』と言う。
父は聞こえたわけでもあるまいに、急に「実家の方にも行くか」と言い出した。
この前、私たちが行ったので、どうなったか気になったらしい。
父は相続の話で七〜八年前に行って以来だと言う。
私も行ったらしいがその記憶はほぼない。何かのトラウマのせいで小学校時代の記憶は私の中では戦時中のモノクロ記録映像のようなイメージ映像でしかない。
家族で山梨。家族旅行も久々。
電車では話すことも無くなったので本を読む。涼子がくれた小説。
正人とミユキは他愛のない話をしている。
正人は大体アニメの話。たまにミユキがかわいい説教をしていた。
正人「ファーストGンダムのMクロスへの影響が面白くてさ、三徹しちゃったよ。」
ミユキ「でもさ、正人くんは現実逃避が過ぎるんじゃなくて?将来とかちゃんと考えてるの?」
正人「・・・うぐ」
父と母はその大人びた言い方に引いたが、それは私も言いたかった。代わりに言ってくれた。可愛い可愛い。
実家では、雪絵さんたちは確かに元気そうにしていた。
あの時、後で雑談の時、涼子が稲荷神の使いの狐さんの言葉を伝えた。その『人の住めない土地』という言葉が気になったそうで、信用できる霊能者を呼んで視てもらったところ、山から川へのラインを避ければ住めるそうなので、近々、代々の母屋を潰して休耕田のところに家を建てるそうだ。さすが豪農の家なので土地だけは沢山ある。
父さんたちは前の相談の時にトラブルを恐れて相続を放棄したそうなので、雪絵さんたちの死後は、世話に来てくれている近所の気のいい中年夫婦に土地を任せるそうだ。無欲なことだ。
心美の眼鏡で見たご先祖たちも『まあそれで良い。狭い村なのであれも親戚筋にあたる。それにわしらは地上の土地などに執着はない。普通の先祖霊たちは土地や墓に執着するもんじゃが、わしらの家系は霊格が高いでな。むはは!』と、こちらも無欲で、霊的トラブルもなさそうだった。
お盆休みも終わり、夏休みも終盤。
心美は、あの「芹沢さん」を探す動画を上げた。
「元祖オカルト研究会の延長戦なのだ!」と威勢よく、のたまっていた。
しかし、今までオカ研の動画はもっぱら心美がカメラマンで猪瀬のチャンネルで上げていたのに、今回は猪瀬が色々な部活の大会出場やら、その録画編集とかで忙しくてやってくれないとかで、めんどくさくて自分のチャンネルで上げてしまった。心美はネットアイドルなのに、急にシリアスな方向に舵を切ったのでファンが大混乱してプチ炎上した。その後、芹沢さんはすぐに見つかった。
涼子は本人が言った通り、お盆は来なかった。でもお盆が過ぎてもしばらくうちに来ていない。
涼子の予言では、私が『落ち込んで家に閉じこもって死ぬ』という話だった。電話で「いつ頃なの?」と聞いたら、『私のイメージだと、莉子さんの家で部屋に西日がさしている時期だから冬だと思う』などとやけにリアルなことを言う。
しかし部屋で一人で死ぬと言うが、心美も正人もミユキもいるのでそれは考えにくい。倒れても助けてくれるし。涼子にそう言うと「未来が変わりつつあるのかも。でもまだ危ないから油断しないで。真面目にコツコツ努力していれば道は開けるからね。あなたのために祈っています」などと、ありがたいような厚かましいようなことを言っていた。
自分としては、気持ちはいつも前向きだし、好きでやっている読書だが真面目に教養を深めようと思っている。その結果、思いつきが頭から溢れるような時は文章にしてパソコンに入れてある。小説も書いたが誰にも見せる気はない。でも笑顔でキャッキャ言っていないと明るいと思ってもらえないのは残念だ。
涼子があまり来なくなったのは、松井レイラに会いたくないのもあるのかもしれない。
アイツをたまにうちの近くで見かけるようになった。今まで気づかなかったが前も居たのかもしれない。でも、あのデカくて手足が長くてガタイのいい体つきに、バーバリアンというか野蛮人のような「くせ毛」の女。あれは一度見たら忘れられない。それに、いつも同じバトミントン部の大きめジャージ。心美も猪瀬も制服姿は見たことがないと言っている。
猪瀬は「でも涼子の自宅突撃はしないんだよね。そのへんは紳士協定をストーカー仲間達で守ってるらしいよ。でも違反者がいないかを遠くから交代で見張ってるらしいから、変な部活みたいね。」などとまた怖いことを言っていた。私なんかより涼子の方がよほど心配だ。猪瀬は「お姫様の前世もあるみたいだから、そいつらみんな前世は御家来衆なのかもね」などと、また有りそうな無さそうなへんなことを言っていた。
優利くんとは芹沢さんの一件以来会っていないが、心美がしょっちゅう会っている。
この前、心美が猪瀬ばりのフォーマルスーツでキメて出かけようとしていたので「バイトの面接?」と聞いたら「スーツの優利さんと二人でデート。」と言う。「同僚かよ。おかしいだろ」と言うと「うるさい。デートの前半は政治の勉強会なのだ。」と気取っていた。はいはい。
正人も小綺麗にして何度か出かけたので薫子とうまくやっているのだろう。
竜二は「全国でベスト8に入った」と聞いたが、柔道だか剣道だかそれ以外だかは聞きそびれた。正人がいる時にはこの事は思い出さない。調べる?あいつごときにそんな労力を使いたくない。某ダンスユニットのイケメンくんの映画とライブ映像をあと三本観ないといけないのに。
ミユキは「そんなの時間の無駄よ」と相変わらず説教臭いが、自分は私が中三の時にハマっていたGンダムシリーズのDVDを見ている。正人のせいだ。でも夏休み中も飽きずに書斎で勉強したり読書したりしているのは感心する。それ以外の時は私と遊ぶ。
ミユキに言われて気づいたが、私は父に本を読まされすぎたせいか、ネット動画にもある程度の見識があって、一時期何かに病的にハマることは多いと思っていたが、横で見ていると悪いものにそんなにのめり込んだりはしていないらしい。確かに中毒性があるような、あまり見すぎると影響されて頭がおかしくなるようなものは、途中で作り手の裏の意図が見えて嫌になるので観ていられない。父も「いじめ風なやつや犯罪ぽいのは見るなよ」と言う。聞いていてやけに具体的なので結構観ている人の意見だと思うけど、それは言えない。
また、ラノベかと思って読んでいたらミユキが「それは地獄的だからやめなよ」とか言ったので首を捻っていたら後半の内容が『エログロ』だったのでゴミ箱に捨てたことがあった。ミユキに「なんで分かるの?」と聞いたら「色」と言っていた。心美の眼鏡で本を見てみると、確かに黒っぽい灰色のようなドスピンク色だった。再びゴミ箱に捨てた。
父は宗教に関しても「邪教があるということは知った上で知性を働かせて真贋を判断しなさい」と難しいことを言うけど、基本的には宗教を肯定的に考えているらしい。
夏休みも終わりに近づき、涼子から『うちに来ない?』とメッセがあった。
涼子の地元は横須賀。遠い。
元々出歩く人間ではないし、行けば勧誘される恐れもある。
渋っていると
『バカねえ。横須賀はミリオタの聖地よ。空母見に来なよ。』などと。バカとは何だ。
でも確かにDVDや動画でミリタリー関係も一通り見たが、実物はたまに飛んでいる陸自のヘリぐらいしか見たことはない。興味に負けた。
ミユキと地下鉄で品川方面へ。品川乗り換えで横須賀に行く。
隣の車両にでかい女が乗っているのに気づいた。
松井レイラ。乱れたくせ髪。でも天然パーマと言うほどではない。立って吊り革につかまっている。
白地に大きな紺色のストライプの入った大きめジャージ。バトミントン部のジャージだと、この前気づいた。
建物の影に隠れていた松井に同じジャージの後輩らしき子が「先輩、練習出てよ。まだ先輩に勝ってないんだから」と話しかけ「お前じゃ永遠に勝てねえよ」と男みたいに言ってるのを尻目に地下鉄に逃げたことがあった。
百九十を超える日本女性なんて滅多に見ない。しかも隣の車両とはいえ五メートルも離れていない。
チラチラ見てくる。普通に見ても目立つ女なのに・・・下手な尾行だ。
なんだかムカついてきた。どうせやるんなら分かんないように付いてこいよ。
品川から横須賀方面の電車に乗り換え。
電車は空いている。席に座った。
ミユキ「ねえ。大きい女の人がこっちを見てる。」
「知ってる。隣の車両でしょ?」
あいつも空いた席に座ったのが見えた。
このまま涼子に会いに行くわけにはいかない。
撒くか、それとも説得して帰ってもらうか。何でそんな事しなきゃいけないんだ。面倒な奴・・・
松井は猪瀬の話では性格が子供だから扱いは簡単だそうだ。
でも猪瀬は他校の部活の対戦相手にも友達が沢山いて、千葉の『小熊先輩』と友達になって『クマっち』と呼んでいるぐらいの、コミュ達人・コミュツヨ人間だ。コミュニケーション弱者の私に出来るだろうか。
いや、でもレイラのやつの生き霊が首を絞めてくるぐらいに嫌われているんだ。うまくやる必要はない。
大体、涼子が私にしつこくしているのに。私を「救う」と称して付きまとっているのに。
あたしのせいじゃない。二人ともいい迷惑なんだ。一言も二言も言ってやりたい。
嫌われているんなら、なんとでも言える。別になんとでも言える。
中ーの時から、こう思えばどんな行動も取れた。
萎縮してしまうのは良く思われたいから。好かれようと思うと自信がなくなるから。たぶん。
嫌われてるなら本音が出せる。よくクラスの嫌な男子に、勝手に女子を代表して苦言を言った。
私は中学でもみんなより一個上で病弱キャラだったので、大した反撃もされず、いじめに発展することもなかった。
一言、言い返す。一言、謝る。それさえすれば、後でベッドの上でのたうち回らないで済む。
とにかく、後で後悔するのは嫌なのだ。
最悪でも、松井レイラの空手キックで死ぬだけだ。
まあそれはそれで良い。私という迷惑な女が消えるだけだ。
ミユキ「ねえ、そういう考え方やめなよ。莉子ちゃんも『仏子』。仏の子なのよ。宇宙の創造主である根源の仏に魂を生み出されて愛されている存在なのよ。それにね、迷惑な女のまま死んだら迷惑な霊ができるだけよ。だから、」
「ミユキ、私の思ってること読んで説教してる場合じゃない。行くよ。」
「え?」
駅に着いてみんな降りていく中、席を立って隣の車両に突撃する。
松井は私を見て、その切れ長のツリ目を大きく開いた。
近かったので逃げる暇がなくて座ったままたじろいでいるところに、その真横に座った。
松井を挟んだ反対側にミユキも座った。
ミユキは何か腹を決めたように眉尻を上げてぎゅっと目を閉じている。腕をきゅっと伸ばして手は膝の上で握っている。
ごめんミユキ。一緒に来てくれて嬉しいぞ。
松井は立ち上がった。すごい目をして私を見下ろす。
びっくりさせてやった。むふ。
でも心臓が急に速く鼓動を打ち始めた。
やば。この前の『塚』の時と同じだ。
息苦しい。
この光景は見覚えがあるんだ。大人の女性に上から見下ろされる。
驚いたし、怖かったし、悲しい・・・
黒髪の女性が立っている。黒いスカート。白いブラウス。首にかけた青いヒモの身分証。
教員証と書いてある。
だめだ。息が・・・
「ねえ、もう行っちゃったよ。」
ミユキの声に目を覚ます。
「あれ?・・・松井は?」
「居なくなっちゃった。」
「そう。」
「大丈夫?」
そっと立ち上がった。めまいはしない。
「イケそう」
2
九月に入って授業も始まった。
放課後。
帰りしな、例の喫茶店で話す。店内は空いている。
メンバーは私と心美と猪瀬。コの字になったボックス席。
「二学期は体育祭に文化祭、修学旅行と行事が目白押しだね。」
隣の心美が言う。
「何よメジロオシって。古文を語るな。」
「ええ?古文じゃないよ。ニュースでよく言ってるじゃん」
「女子アナ目指すんかーい」
正面は猪瀬。
「てゆうか莉子ピ、涼子のうちに行ったって?」
「そうよ。まーったく最後にやっぱり勧誘されちゃった。支部に連れて行かれてお茶して帰ったけど、緊張するっての。やめてって涼子に言っといて。」
猪瀬「・・・むふ。そっかあ。それは残念。悲しいわあ。」
「また本もらった。」
心美はこの店特製の大きめマドレーヌを二本爪のフォークでつつきながら言う。
「莉子は本読むのが速すぎるよ。私も優利さんに本もらうけど難しくって。」
「教養の差よ。あたしはたくさん読んでるからね。」
猪瀬「でも機嫌は悪くなさそうね。」
「横須賀行ってよかったけどね。」
心美「楽しかった?」
「ミユキと涼子と三人で戦艦三笠を見てから遊覧船で横須賀港を一周。」
隣のボックス席から不意に声が聞こえた。
「いいなあ」
みんなバッと見た。右のボックス席!
くせ毛のでかい人が前屈みで小さくなって後ろを向いて座っていた。
「げっ!」
猪瀬「レイラぁ!なんだよ!」
振り返った松井。ニカっとしたフルスマイルを見せた。コイツの笑顔初めて見た。
「猪瀬知ってた?そこなら来るの見えたでしょ?」
猪瀬「いやあ?急に居たよね?まさか?ほふく前進で来たの?」
松井レイラが言う。
「莉子ちゃんはさあ。涼子ちゃんと仲良しじゃない?なんで?」
猪瀬「あたしの質問に答えねえし。」
気さくな松井。印象違う。
でも莉子ちゃん?だと?
まだ三度目。まともに話すのは初めてなのに。チャン付けとはどういうことだ!ぐらい言いたい。
でも言えない。また睨まれると怖い。倒れちゃう。
心美「あああ。また莉子がちっちゃくなっちゃった。松井ちゃんはさあ、ほぼ初対面でしょ?真理凛とは別の種類の「距離感ない女」なのね。莉子はそういうの気にするのよ。人見知りなの。」
松井「人見知り?じゃあ、私とおんなじだ。」
猪瀬「嘘つけ!」
松井「大勢の前だと緊張して顔がひきつっちゃうの。笑顔はマリリンに言われて最近練習したんだよ。」
心美「莉子はあんまり追い詰めると気絶しちゃうよ。」
松井「でも、この前尾行してたら隣に座ってきたよ?」
猪瀬「にゃはは!尾行って当然みたく言うし。でも莉子ピもすごいじゃん。頑張ったねえ。」
心美「たまにヤケクソになるの。松井ちゃんが尾行なんてするから怖かったんじゃないの?」
心美の腕を肘で突いた。
「友達なの?」
心美「ん〜ん。話すの初めて。」
そうだった。コイツは怖いものがないんだった。
松井「ココミちゃんも松井なんて呼んじゃヤダ!レイラちゃんって呼んで。」
ちゃんじゃない。体の大きさと自己認識が合ってない。
猪瀬「にゃははっは。この子こんなワイルドなくせにこうなの。」
さりげなく心を読む猪瀬。そうだった。こいつも心を読むんだった。厄介。
猪瀬「あっそうだ。かわいくしてあげるね。」
猪瀬はカバンからヘアゴムを取り出して、隣の席まで乗り出して腕を伸ばし、松井の荒ぶるくせ髪をツインテールにした。
でも私はツインテールが可愛いとは思わない。昔、中二の時、下校時に電車が揺れてツインテールの一年生にぶつかったら「謝って」とやり込められたので、それ以来ツインテールは好きじゃないのだ。
松井は首を伸ばして大人しくツインテールにされてから席を回ってきて猪瀬の隣の空席に尻を押し込んだ。
猪瀬「何しにきたの?」
松井「莉子ちゃんが横に急に来たからびっくりして立ち上がったら急に寝ちゃったじゃない?寝不足?」
猪瀬「また答えねーし。レイラは基本、話聞いてないのよね」
「わたし気を失ったの。」
心美「やだ、またあ?無理するからよ。」
松井「わたし、寝たふりするな!って怒ったの。そしたら隣の子がね」
ミユキ「やめて!あなたはそんなに怒って暴力振るってたら死後は地獄行きよ!あなたは嫉妬深いわ!嫉妬の相手はあなたの理想なのよ!理想を破壊したら悪い女になるだけよ!」
松井「なんて、涼子ちゃんみたいなこと言うから・・・帰っちゃった。」
心美「ミユキちゃん・・・たまにすごいこと言うのよね。」
ミユキ・・・私が気を失っている間に・・・追い払ってくれたんだ。そういうのは私がしなきゃいけないのに。
でも、松井レイラと涼子の接点ってなんだ?
「松井はさ、涼子のとこの宗教に入ってるの?」
松井「てない。」
心美「大体何で涼子ちゃんを追っかけてるの?何で?いつから?」
そう。心美。それが聞きたかった。さすが。質問がうまい。いや、普通の質問か。
でも私はそういう言葉がとっさに浮かんでこない。文章なら心美よりもスラスラかけるので話すのと文章を書くのとでは脳の使う場所が違うらしい。
猪瀬「そ!私も聞きたかった!」
松井は笑って目を閉じてなぜか自慢げに言う。
「むふふん。あんな綺麗でカワイイ子みんな追っかけたくなるに決まってるじゃない。」
心美「えー?やっぱり女の子が好きなの?ビアン?」
松井「なによ。そんなのいっぱいいるじゃない。見た目なら莉子ちゃんの方がよっぽどそれっぽいよ。」
「あん?何つったあんた!あたしノーマルだって言ったし!」
松井「わたしそれ聞いてないし」
こいつう・・・冷静なツッコミといい、嫌味攻撃といい、猪瀬よりも苦手かも。
心美「莉子は私服センスが悪いもん。女の子っぽい服着ないもん。」
「仕方ないでしょ。ガリガリ骨骨なんだから。」
猪瀬「スレンダーだから何着てもかっこいいと思うけど?」
「あたしが嫌なの!」
松井「あのね、莉子ちゃんを初めて見た時ね、涼子ちゃんに男ができたと思ったのよ。」
「何だと?あたしの方が涼子より背が小さいんだぞ。せめて弟だろが、ってあたし女の子だっての!」
心美「あはは!いつのまにかノリツッコミになってるよ。」
松井「女性でも男性脳の人がたまにいるって言うよ。」
「う〜ん・・・まあ、でも本の読み過ぎで理論的に考えすぎる所はある。」
松井「あ、認めた。」
「認めてない!」
猪瀬「にゃはは!でも今教育がそうだもんね。莉子ピみたいなどっちつかずの人は自信がなくなって別の性になっちゃうよね?」
「何ィ?誰がどっちつかずなんだよ〜もう!こんなかわいい女を捕まえて!」
心美「ひゃっひゃっひゃ!でも真理凛だって部活人間だから男の子だって言っても通用するかもよ。」
猪瀬「あっは!でも私は女の子の自分を楽しもうと思ってるもん。前世が男でも女でも関係なし。」
松井がやや不機嫌そうに顔を傾けて言う。
「あ〜の、あたし話の途中だったんだけど」
猪瀬「あっはは!おまえ人の話は聞かないくせに!で、ごめん、何?」
松井「涼子ちゃんの彼ならさ、わたし祝福しようと思ってたの。」
「へえ。」
心美「なんかいい子じゃん。」
松井「でも女の子だったから、立場同じでしょ?えへへ。ぶっ殺そうかと思った。」
心美「ひど!」
「おまえ!笑いながら殺すとか言うな!」
松井「だってマリリンが、おまえ怖いから笑いながら話せって言うから・・」
猪瀬「にゃっはっは!え、でもさ、単に好きになったからついて回ってるわけじゃないよね?」
「ん〜?」
松井「わたしね、涼子ちゃんを探してたの。五年前かな。うちに来てくれたの。」
猪瀬「ああ、やっぱりだ。」
松井「中一の七月。夏休みに入ったくらいだった。私の北品川のマンションに。」
心美「あれ、確か一人暮らしだよね?モデル雑誌の自己紹介記事で答えてたよね?」
「いいとこ住んでるのね。」
松井「パパはね。銀行員だったの。マンションは昔、分譲で買って、貯金もたくさんあって、学費も積み立ててあったから一人でも困ってないの。」
心美「え?下宿じゃないの?父さんのマンションで一人?」
猪瀬「松井の家族は十三年前に交通事故で死んじゃったのよ。」
松井は目を伏せて口だけ笑った。そして話し始めた。
「パパにママ。あと十個上のお兄ちゃんが居た。私は五歳だったから叔父さんのうちに引き取られたの。初めは良かった。叔父さん夫婦にも私と同い年の女の子がいて楽しかった。でも、中学になる頃に、夜に二人が話してるの聞いちゃって。生活費が足りなくなるって。でね、私が持っているパパの貯金を使うか、まだパパ名義だったマンションを売るかって聞いたんだけど、二人ともいい人だからどっちも手をつけないって、心配するなって言って、それで私、みんなに悪いから一人暮らしにしたの。」
心美「ええ?叔父さん達いい人。」
猪瀬「レイラもね。」
松井「うふ。でも私、まだ背も小ちゃかったし、あんまりしゃべれるほうでもなかったし、勉強もできなかったから、中学生になったらすごくいじめられたの。」
まだ背は低かった。
気の強そうな女子たちのグループでお弁当を食べていた。
隣の子はキツい目をしたショートカットの子。
その子のおかずはワカサギのフライ。それを見てうんざりしている。
その子は隣の子に何かを耳打ちしてから、フライのしっぽを持って持ち上げた。
「じゃあ松井。私、一口でどこまで食べられるかな。指差して。」
「え、じゃあこのへん?」
その子はフライを揺らした。指がフライについた。
「触んじゃねえ!」
女の子にグーで殴られた。あまりのことに唖然として何も考えられない。
その子はそれを床に落とした。
「見ろ!落としちゃったじゃねえか!そんなの食えるか!土下座しろ!」
「え、」
「しろー!お前ら押さえつけろ!」
女子二人が私の両腕を持って押さえつけて、フライに顔を押し付けられた。その顔を動画に撮られた。
そのくらいのことが何度も何度も、一ヶ月は続いた。
放課後
ショートカットの子が取り巻きの子三人と近づいてくる。
こういう時、こういう人たちが黒く見える。
逃げたけれど、廊下の隅に追い詰められた。
女子「何で逃げるんだよう」
脇や胸を指で突いてくる。私が身をよじるのが面白いらしい。
「やめて!」
パッと手を払ったらその子は倒れた。
「きゃあ。松井にやられた。助けてえ。」
男子二人がニヤニヤしながら近づいてきた。
「おめえ何だよ!」
顔に二発。お腹を一発殴られた。その場に倒れた。息ができない。横向きにうずくまった。
男子に殴られた?女の子扱いされていない自分にがっかりした。
男子はボクシングのような構えをして、左右にフットワークして、シュウシュウ言いながら空中にパンチして気取っている。
「おれ、ボクシングとマーシャルアーツやってんだ。今度は蹴りの練習な!立てよ!」
立てなかった。でもスカートがまくれている事に気づいて直した。
男子が止まった。
「やっちゃおうぜ。お前、コイツの手足押さえろ!」
もう一人の男子が頭の側から私の両腕を掴んだ。殴った男子が服を脱がせにかかった。
あの女子はスマホ片手に動画を撮り続けている。
「こら!何やってんの!やめなさい!」
先生が来た。
マンションに帰る。
自動ドアが開き、制服の女性コンシェルジュが一礼した。
顔が腫れている事には気づかれなかった。いや、顔など見ていないんだと思った。
エレベーターで上がり千百号室のドアを鍵で開けた。
玄関で靴を脱ぎ廊下に倒れ込んだ。そのまま動けず眠った。
そのまま不登校。夏休みに入ったはず。
何日経ったか分からない。
ある日、めったに鳴らない家の電話が鳴った。
家の電話は出ることはないけど、身内の大事な電話があると困るので留守電・スピーカー設定になっている。私のスマホはイタ電が続いて怖くて出られない。家の電話番号はあいつらは知らないと思うけど。
『八重子です。レイちゃん元気?レイちゃんの事、ある人に見てもらったの。今から二人で行くからね。』
八重子は同い年のいとこ。私を引き取ってくれた叔父さんの娘。この前も電話をくれた。
昔から名前が古臭いのを気にしている。彼女はおばあちゃんの命日に生まれたので名前をもらった。
しばらくしてインターホンが鳴った。八重子が下に来たのかも知れないけど怖いから出ない。
万一の時のため叔父さんはここの鍵を持っている。本当に八重子なら鍵を持っているはず。
ぼうっとしていた。動きたくない。
しばらくしてドアのチャイムが鳴った。廊下のインターホンから声が。
『八重子よ!開けるからね!』
鍵が開く音がした。廊下に踵が当たるドスドスという音が近づいてくる。
私は奥のリビングに居た。ソファーでゴミに埋もれるように座っていた。
八重子を見た。
長いストレートの黒髪。私に似ているが気の強そうな顔。前髪は作らずおでこを出している。頭が良さそうな広いおでこ。実際、いい学校に通っている。服装は白いミニスカートに青のタンクトップ。薄黄色のシャツを羽織っている。
制服じゃない。普段着。今日が何曜日かも分からない。
隣には金髪ポニーテールの子がいた。グレーのセーラー服。八重子より小さい。顔は外国人風で肌が白い。
でも目にはクマができている。首筋にモワモワした黒いものがいる。一目見て「やばい子」と分かる。
二人は驚いた顔で私を凝視していたが、二人とも眉をひそめた。
八重子「はあ〜もう!服ぐらい着なよ!」
八重子は近くの兄の部屋のクローゼットを開けて兄の緑の皮ジャンを投げた。
「めんどうなの。」と答えながら死んだ兄のジャンパーを着た。
「全裸死体かと思った。ニキータさんにヤバイ女と思われるじゃないの!」
「誰よ。」
「中学生悪霊祓い師のニキータさんよ。」
金髪の子は具合が悪そうで、立ったままうつらうつらして寝ているようだった。
八重子「お願いします。」
金髪「ふうぅぅ。」
呼吸を吐き出してから、その子は汚くしていたソファーにそのまま座った。
八重子「ああごめんなさい。その前に、レイちゃんをいじめていた子は携帯の動画が見つかって暴行で警察介入になったよ。いま、保護観察中。殴った子たちもね。余罪がたくさんあるみたい。父さんたちは転校してもいいって。レイちゃんさえ良ければすぐ手続きしてくれるよ。」
知らない。考えたくない。何も考えたくない。
金髪の子が言った。
「いい?」
見ると別人だった。さっきの子と同じ人とは思えないすごく強い目で私を見据えている。
この子に光が差しているように見える。肩や首筋の黒いモワモワは居なくなった。
金髪「松井レイラさんね。あなた呪われてる。怨霊が部屋にいくつもいる。」
・・・確かに部屋のあちこちに黒い影がいると思っていた。黒いのに目のところだけが光っていて怖い。
金髪「あなたのお父さん・・・銀行員ね。不景気の時に支店長に言われて小さな会社に貸したお金を、無理やり回収している。その人の会社は倒産。一家離散。・・・その人は・・・宗教?をやっていた。悪い教え。呪いの儀式をしている。」
彼女は急に立ち上がって周りを見回した。
そしてパパの部屋に入った。
その子を八重子と追いかけて見てみると、パパの部屋のタンスの引き出しを抜いて、中身を全部床にぶちまけていた。
何か黒っぽい封筒があった。
その子はしゃがんでそれをつまんで中身を見た。彼女の指が黒くなってゆくように見えた。
八重子「何それ。普通の手紙じゃん。」
八重子が手を伸ばしたが彼女は渡さなかった。
金髪「触っちゃダメ。」
彼女は学生カバンから金属の浅いボウルを取り出して床に置き、そこに手紙を細かく破り捨てながら言う。
「一見手紙と記念写真だけど、手紙にはところどころ呪いの文字が書いてあるし、写真には呪物が写っている。この一家を呪うために送られた手紙。送り主は・・この人も呪いの反作用でもう死んでいるわ。地上にいる不成仏霊ではなく、呪いの悪魔に地獄に引きづり込まれて怨霊になっている。」
破る手がますます黒く汚染されてゆく。
「ねえ、それ、良くないんじゃない?」
彼女は答えない。何かぶつぶつ祈ってからオイルライターのオイルをかけて安いライターで火をつけた。
煙が上がった。
八重子が慌てた。
「ちょっと!何やってんの!火災報知器なっちゃうでしょ!」
八重子が窓を全開にした。
でも、煙は流れながらも人のような形になっている。ひと?
背中に翼のある人間の形をした煙?
キイン!と耳鳴りがした。
金髪の子が叫ぶ!
「脅しても無駄!問答無用ォ!悪霊撃退っ!えええいっ!!」
耳を塞ぎたくなるような大声!彼女は煙に手を向けた。
しばらく彼女は止まったままだった。
煙がふっと形をなくして窓から外に流れて行った。
部屋が明るくなったような気がした。
彼女は目を閉じて何かボソボソ祈ってから、こっちに振り向いて言った。
「あなたはよくお詫びしてください。仕事とはいえ、人を苦しめたのは事実です。それにあなたも、いつまでも人を憎んでその子孫まで憎むのはもうやめなさい。そのままではあなたは苦しいままです。諦め、許し、忘れなさい。」
彼女は誰かに言っている。私には見えない。でも人がいるような感じはする。
窓から差す逆光に照らされている以上に、彼女の頭の後ろに後光が差して輝いているように見えた。
その光がスッと引くように消えた。
彼女はのけぞって、ダン!と床に膝をついて、がっくりと両手をついた。
そして、ハッハッと速い息をして辛そうにしていた。
「大丈夫?」
金髪の彼女は手をついたまま私を見て息を吐き出してから、怒ったような声で言った。
「ふううう。あなたも恨んでばかりいて怨霊の波長に合ってしまうからひどい目に遭うのよ。あなたはグズグズと思い悩むのをやめなさい。そして人を恨まず、出会う人を褒めてあげなさい。そして感謝しなさい。自分が一番不幸なんだという考え方を捨てなさい。」
彼女はゆらっと立ち上がった。
「中心の悪い霊は祓ったからもう来ない。でも、今の私にはご家族の霊たちを根気よく導いて成仏させることや、お父様を恨んでいる霊たちを全て祓うことはできない。あなた自身が正しい心を持って頑張るしかない。あなたが地獄からはい出た怨霊の波長と合わなくなれば霊はロープを切られたように地獄に落ちるわ。」
息も絶え絶えなのに、上から目線で言う彼女に少し言いたかった。ちょっとした抵抗をしたかった。
「ダメよ私なんて。だって」
彼女は怒ったような顔をした。そして私の言葉をさえぎって大声で言った。
「しっかりしなさい!!」
彼女がまた光ったように見えた。
胸がカッと熱くなって涙が出た。
彼女が強い声で言う。
「あなたのお兄さんは、あなたを守ると言っている。空手を習いなさい。そう言っている。お父様とお母様は、心根は優しい人たちだから、もう少しで天国に上がれるでしょう。みんなあなたを応援してるの!みんなを心配させるような事はしないで!」
すごく強い声。
動揺して震える喉で返事をした。
「はい。」
「あなたのママの霊が話したいって。今、私に入ります。」
彼女の顔がママに見えた。
「・・・ママぁ!うあああああ!」
彼女に抱きついて泣いた。
彼女は膝をついた私の頭をキュッと抱いて、優しくなぜてくれた。
3
ツインテールの松井は語る。
「あの時は本当にママが来てくれたと思ったの。私が泣き止むまで涼子ちゃんは私の頭をなぜてくれたわ。私が泣き止んで手を離したら、フラフラっとすぐに帰っちゃったけどね。」
「なぜて、じゃなくて、撫でて、だよね?」
心美「どっちでもいいじゃん。」
猪瀬がテーブルに置いていたスマホを取って話した。
「涼子これ覚えてる?」
『さあ?』
スピーカー設定になっていて声がみんなに聞こえた。
松井は「ヒュ」と息を吸い込んだ。
心美「えー?真理凛いつの間に電話かけたの?」
猪瀬「涼子ぉ?七月だってよ?記録取ってないの?」
『取らないよ。中学生だもん。SNSは削除しちゃったし。』
松井はでかい両手をイエスに祈るかのように合わせて「わあ」と感情的な可愛いぶった声をあげた。
猪瀬は携帯をみんなが聞きやすようにテーブルの真ん中に置いた。
そして首を突き出すようにして言った。
「八重子って人だってよ?」
『うううんん・・・知らない。覚えてない。だって、あの頃は毎日何件もそんな事しててフラフラだったし。悪霊がたくさん追いかけて来てたし。七月の終わりに龍神さんに会いに行って、それが最後。』
心美「ねえ、レイラちゃんって霊感あるの?そんな話だったじゃん」
松井「・・・・」
猪瀬「ちょっとあるっぽいんだけど、本人あんまり気づいてないみたい。てゆうか気にしてないの。たまに白いとか黒いとかへんな事ばっかり言うのよ。」
「猪瀬あんたも霊感あるんでしょ?」
猪瀬「私はこれが普通じゃないって知ってるから言わないよ。」
黙っていた松井が涙ぐんで言った。
「涼子ちゃん。涼子ちゃんにとってはたくさんの中の一つで覚えてない事でも、わたしにとっては一生で一回の忘れられない事なんだよ。」
『・・・・』
「でも、よく今の黒髪の涼子が分かったね。」
松井「見た目は全然違ってたけど、涼子ちゃんはね、ふわっとした雰囲気がするの。あの時は黒いものがモワモワ来てて分かりにくかったけど、抱きしめられたから知ってるの。」
猪瀬「いいなあ。」
『ちょっとマリリンやめて。抱きしめたのは私じゃないし。』
猪瀬「にゃはは、ごめんごめん。じゃあさ、レイラが涼子に気づいたのって、それいつ?」
松井「高校二年生の一学期。マリリンと一緒に街にいた涼子ちゃんを見て、絶対そうだと思った。追いかけて確認したの。でも声はかけられなかった。二人の会話聞いてたら、涼子ちゃんあの頃のことは覚えていないって言ってるし、ニキータって言うと嫌そうな顔してたから、わたし嫌われたくないから言い出さないで見てたの。」
「めちゃめちゃ盗み聞きしてんじゃん。」
松井「でもこの前、会っちゃったから・・・わたしを嫌いにならないで」
後半はほぼ泣き声だった。
『・・・』
涼子は無言。
猪瀬「ごめん涼子。あの時はよく遊んだよね。」
『そうだったね。』
松井は羨ましそうにしてから、泣きそうに眉根を寄せて言った。
「涼子ちゃん私、感謝してる。私はあの時、死のうとしていたの。生きてて良かった。私の命は涼子ちゃんに拾われたの。私、涼子ちゃんのためなら何だってする。何だってできる。涼子ちゃんにしつこくするやつは、ぶん殴る。」
『・・・う〜ん、やめて欲しい。覚えてないし。あなたはあなたの人生を生きるべきよ。』
涼子冷たい。でもよく言った。はっきり言ってやるべきだ。
それに無欲だ。たぶん松井は涼子が「私の宗教に入れ」と言えばその日のうちに嬉々として入るだろう。でも、そんな病的な奴が入会したら向こうも迷惑するかも知れないが。
涼子が言った。
『それよりも、あなたとても凶暴みたいね。お兄さんの霊?すごく影響している。そのまま性格が男性化していくと、他にも男性霊が常時憑依するようになって、性的不適合に悩むようになるわ。』
レイラは動きを止めた。顔色がサッと青くなった。
涼子はよせばいいのに続けた。
『今のままだと高校を卒業してから性適合手術を受けるわね。その時付き合ってる彼女に言われて。お兄さんの霊が悲しんでる。でも、それ私じゃないわ。短いポニーテールの子。そのあとフラれる。あなたは傷ついて死んじゃう。自殺するわ。』
涼子・・・予知か?相変わらずなんて事言うんだ。私にも死ぬって言ったし。
宗教の勧誘で「死ぬ」なんて脅すと問題になるって前にも言ったよね?
ま、でも勧誘じゃないのか。ただ助けようってことか?でも危ない奴。
『誤解してほしくないのは、性適合手術で落ち着いて楽になる人がいるのは知ってる。でもあなたの場合は女の子であることにこだわりがあるみたいだから、男性になったら後悔する。』
レイラ「女の子が好きでもいいじゃん。人間が人間を好きなんだから。」
『前世が男性で今世は女性をやっている人もいる。前世が女性の男性もいる。それはあの世で納得の上でそういう人生を選択している。でも、悩んで悩んで死にたくなるのは憑依霊の影響が多いの。異性の霊が憑依してないか、振り返って考えてほしい。急に感情のブレが大きくなったとか、急に考え方が変わった時がないか、急に食べ物の好みが変わったとか、そういうことを振り返ってみてほしい。』
心美「納得って言うけど、私は男になんて生まれたくないな。」
猪瀬「まあね。」
『だから、たとえば極端な話だけど、たとえば前世は男尊女卑の国で、女性を何十人もいじめ抜いて死後は地獄に堕ちて、数百年して反省が終わって、また地上に生まれる時に『今回は償いのために女性として生まれて苦労します』っていう場合もあるから、そういう人が若い時から男性になっちゃったら罪が償えないわけよ。』
「ああそれは仏教で言う『宿業』ってやつだね。前世の罪だね。」
『逆に今回は男に生まれて自由に生きて冒険するんだっていう女性霊もいる。そういう男の人は性格を振り返れば当然女っぽいでしょ?それが女性になっちゃったら男性に生まれた甲斐がないでしょう?』
レイラ「う〜ん。よく分かんない。」
「でも松井のは男性化というより凶暴化だわ。」
心美「ふふ。竜二蹴ってたし。」
猪瀬「レイラは中一の二学期に、そいつらやっつけてから、いじめの無い学校に転校したんだよね?」
ショートの女子たちが笑いながらやって来た。
「松井ぃ!よく学校来れたねえ!私ら中学生だし、私の親、国会議員だから大した罪にならねえんだよ!」
偉そうなので引っぱたいてやった。
八月は、毎日道場に通って、叩いたり蹴ったりに抵抗がなくなった。
ショートの女子はびっくりした顔で自分の頬を押さえて、必死に言った。
「ちょっと!言ってるでしょ!私の親って」
面倒なので、腹を前蹴りでガスッと蹴って倒してやった。
ショートは尻から倒れて転がって「きゅうう」と変な声をあげて、横向きに寝たまま脱力した。
その背中を軽くバシッと蹴ってやった。いい気味だ。
周りの女子たちは青い顔で立ちすくんでいた。
私を殴った男子が来た。
「お前!何やってんだよ!」
殴りかかってくるところを前回し蹴りでアゴを打って仕留めた。
男子は頭をクワンと振ってバッタリ倒れた。
「へっ、弱え。」
何度か蹴ってやった。
「あっはっはっは!あっはっはっは!」
蹴ってたら視線を感じた。周りの怯える取り巻きの生徒たちを見て言った。
「ふふ。土下座しようか?」
みんなバッと逃げていった。
松井「わたし、何とも思ってなかったけど、思い出したら笑ってたのよね。いま思い出した。」
「こわあ。」
心美「怖あ。」
松井「でも後で道場の先生にちゃんと怒られたんだよ。『空手に先手なしだぞ』って。」
猪瀬「そのあと、いじめがないっていう女子中学に転校して、中二の時に空手で全国優勝したんだよね?」
松井「ちょうど選挙前だったし、マスコミに伏せられてた娘のいじめが騒がれると困るって学校に連絡があってね。私の転校で済まされる事になったの。」
「松井コワあ」
猪瀬「松井コワラだね。」
心美「コアラならかわいいじゃん?」
「くだらね。」
松井「ねえ松井なんてヤダあ。レイラちゃんって呼んで。」
「それ脅迫よね?」
松井「それに優勝したのは背が伸びたからだよ。」
「それだけじゃないよね?格闘センスだよね?こわあ。」
松井「怖くないもん。女子中学からは凶暴なことしないで女の子っぽくしようとしてたもん。高校でもテニス部とかバトミントン部とかに入ったのよ。」
猪瀬「両方とも誘った先輩が美人だったからじゃん。」
松井は「でへへ」と頭を掻いた。
猪瀬「女子中ではすごくモテたって?」
松井「ああそれ言っちゃダメぇ」
涼子の声がスマホから。
『とにかく、その昔の私かも知れない人が言ったことは正しいわ。今もまだ恨みの霊がいるから、謙虚に感謝。あとは人をよく褒めてね。でないと、その霊たちと波長が合ってしまって不幸に引き込まれる。』
松井「ありがとう涼子ちゃん。わたし謙虚にする。ほんとに声もキレイね涼子ちゃん!」
スマホが急に、猪瀬の横ピース画面になった。17:00の時刻が出ている。待ち受け画面。切られた。
心美「アハハ!切られた!」
猪瀬「にゃははははは!」
松井「もお〜涼子ちゃんのばかぁ。」
「あ〜あ。」
涼子だけじゃなくて私もうんざりなので帰りたくなった。
「じゃあもう五時だし、帰ろうか。」
心美も「そうね。」と自分のスマホを確認した。
二人とも席から立ち上がったが、猪瀬が座ったまま何か考えている。
心美「マリリンどした?」
猪瀬はバッと笑顔になって言った。
「これからレイラんち行こか!」
4
北品川のマンション。三十階ぐらいありそう。
松井は学生カバンの中を探して銀色の小さいテディベアのキーホルダーが付いた鍵を出した。
ガラスの自動ドアの前の数字ボタンがある台の鍵穴に松井は鍵を刺した。
自動ドアが開く。正面にカウンターがあって、制服の女性コンシェルジュ二人が一礼した。
松井「ただいま。櫻井さん、徳永さん、ありがとう。お友達を連れて来たわ。」
その女性二人はニコッとした。
猪瀬「レイラ、ちゃんと挨拶できるじゃん。」
松井「当然でしょ?高三だもん。」
松井は「いこ。」と言って奥へ。みんな付き従う。
心美「こんにちはー!」
猪瀬「こんばんはー。」
心美「あ、間違えた。」
私は会釈して通り過ぎる。
エレベーターで二十階へ。まだ上層階がある。
松井「マリリンは前に来たよねー。」
松井は言いながら学生カバンの中に手を突っ込んで鍵を探している。
心美「ええ?さっき持ってたじゃん?」
松井「知らないうちに放り込んじゃうの。」
カバンを探る松井を横目に猪瀬は心美に言う。
猪瀬「心美ん、あのメガネで部屋の中見て。私は調子がいい時しか見えないから。」
心美は眼鏡を出し、それをかけた。
「猪瀬、それってどういう事なの?」
松井はしゃがんで床に教科書やノートを出して探している。
猪瀬「教団の静かな施設で反省したり瞑想したりすると、また見えるようになるの。みんながそうなのかは知らない。私だけかも知んないけど、でも霊の声やみんなの心の声はいつも聞こえるよ。」
松井「あったー!」
松井は銀色の小さいクマのキーホルダーがついた鍵を出してドアを開けた。
松井「さあーどうぞー。」
松井が先に入ってゆく。
玄関に入ると廊下があって左にバス・トイレ。右に六畳部屋。進んで左にキッチン。右はまた六畳部屋が二つ。奥にリビング。3LDK。
猪瀬「どう?」
心美「ちょっと暗いけど、まだ霊は見えない。」
猪瀬「前来たときリビングで話してたら部屋の方でずっと話し声がしてた。」
「こわ。」
キッチンはゴミの包みがいくつか置いてある程度で散らかったり汚れたりはしていない。
奥のリビングもゴミ部屋化しているわけではない。というか物がない。
「物がないね。」
松井「わたし片付けが出来ないから何でも捨てちゃうの。パパやママやお兄ちゃんの私物も半分は捨てた。」
心美「三部屋にリビングね。良いとこじゃん。」
松井「狭いけど、十歳上のお兄ちゃんが独立したら私の部屋になるって言ってたの。」
「狭くはないんじゃないの?全部六畳部屋だし。」
松井「莉子ちゃんとこに比べたら狭いよ。」
ぬ・・・わたしのマンションの中を知っている。こいつは恐ろしい女だ。
猪瀬「にゃはは。レイラの体には狭いよね。」
猪瀬は笑って私をチラリと見た。気にすんなって?気にするわ。
リビングには三人がけのソファーが一つしかない。床は板。
「ソファー足りなくない?床もカーペットぐらい敷いたら?」
松井「何回もカップ麺こぼして汚れたから捨てた。クッションと毛布があるから大丈夫。」
「テーブルはぁ?」
「割れたから捨てた。」
「え、テーブルって割れるの?」
途中みんなで買ってきたマクドを床に置いた。牛脂の匂いが食欲をそそる。
猪瀬「ははっ。莉子ピは『マクド派』か。」
「ん?また心読むし。だって『マック』なんて気取ってるじゃん?」
心美「気取って言ってやしないよ。」
猪瀬「心美ん?霊は?」
心美「あそっか。」
心美はズレた眼鏡を手で直して周りを見る。
松井「あれ?いつ眼鏡したの?目ぇ悪いの?」
松井はいつものジャージの上を脱いで白いTシャツ姿になった。
腕は男みたいに筋肉質だが胸はあってスタイルは良い。
猪瀬「全部脱ぐなよ。」
松井「え?ダメぇ?」
前に猪瀬が『裸族』と言っていたのは本当らしい。体型も私の首を絞めに現れた生き霊に似ている。
こいつの生き霊はあの一回以来、来ていない。
心美は松井をじっと見ている。
「はは〜ん。お兄ちゃんねえ・・・」
猪瀬「ココミン早く説明して。」
松井「何なの?」
心美「お兄ちゃんってレイラちゃんに似てる?」
松井「?写真あるよ。」
松井はキャビネットの上に立てかけてあったハガキサイズの写真立てを持ってきた。
「私が五歳の時の。」
家族四人の写真。一家よく似ている。
猪瀬「この写真のレイラちっちゃくてカワイイよね?」
心美「ご両親より背が高い人がお兄ちゃんね?」
松井「うん。中三ぐらいの時に百八十超えてたと思う。高校一年で百九十だったと思う。」
「わあ、今のレイラによく似てるわ。」
猪瀬「うん。」
松井「いつも鏡で見てもそっくりだなあって思ってるの。」
心美「いま後ろにいるわ。高校生ぐらいかな。写真みたいに学ラン着て。結構強そう。」
松井「え?心美ちゃんって霊が見えるの?」
心美「いや、このメガネが見える眼鏡なのね。」
松井「すごーい!貸して!」
心美は眼鏡を外してレイラに渡した。
レイラはかけようとするが、顔の幅があって眼鏡のツルが入らない。
松井「やだ、ダメだ。壊れちゃう。ダメ。ヤダ私って顔でかい?やだあ。」
ちょっと涙ぐんで松井は眼鏡を心美に返した。
「まあ百九十センチ越えの女なんて少ないし」
松井「やだ、莉子ちゃん慰めてくれるの?ありがとう!」
「いや。そこまでの気持ちはない。」
松井「なぁによ。感謝は受けるべきよ。素直じゃない子ね。」
ストーカーに説教される私。
猪瀬「にゃははは!」
「笑うな。」
心美は眼鏡をまたかけて言う。
「あら、お兄ちゃんも笑ってるよ。」
松井は嬉しそうに言う。
「お兄ちゃんはね、事故の前に空手の県大会で高一で優勝したの。全国大会に出るはずだったんだよ。どのスポーツも上手くて。スポーツ万能だったの。私もテニスとかバドとかどのスポーツやってもうまくいくけど、それはお兄ちゃんのおかげだと思ってるの。」
心美「お兄ちゃんは、それはレイラ自身の才能だって言ってる。お兄ちゃんは色々な悪霊と戦って守ってるって。でも限界があるって。」
レイラは人差し指で目尻を拭いた。
猪瀬「ねえ心美ん?他に霊はいないの?」
心美「う〜ん、居ないねえ。涼子ちゃんの言ってた『恨みの霊』は?」
「私に聞くな。」
猪瀬「あっちの部屋は?並びの真ん中。」
松井「そっちはパパの部屋だよ。昔、涼子ちゃんが来た時に言われたからパパの手紙とかは全部捨てちゃったから大丈夫のはずだよ。」
心美がドアを開けてみた。
こ「をっ!」
心美はぴょんと後ろに一歩下がった。
私も部屋を覗くと、暗い部屋でしかない。
心美はすぐに眼鏡を外した。
こ「うわ。でも外してもしばらく見えるの厄介だわ。」
心美は目を逸らし、ドアの前から離れた。
「何?何が見えた?」
渡された眼鏡をかけてみた。中を見る。
床の真ん中に黒い箱が置いてあり、そこから黒い腕がニョキッと伸びていた。
「うお!」
思わず眼鏡を外した。
猪瀬「何なに?何が見えた?」
心美「ヤダ。言うと来そう。」
外しても見える。腕はゆっくり曲がって箱の横に手をついた。
松井「な〜に?何にもないよお。」
「その箱は何!真っ黒い箱!」
松井「ダンボールだよお。黒くないよ。部屋が暗いせいだよお。」
松井は普通に部屋に入って電気をつけた。
電気をつけても暗い部屋。
松井はしゃがみ込んで箱を見て言う。
「私への手紙がたくさん入っているだけだよ。」
松井はなぜか悲しそうな目をした。
黒い腕は松井の肩に手をかけた。そしてずるずると箱から長い髪の女が上がってきた。
「うわうわ」
真っ黒いがセーラー服を着ている。
女は松井の背に乗っかって、その首に腕を回した。
心美「だだだだ大丈夫?」
松井「中身は手紙だよお。ほらあ。」
松井は黒い箱に手を突っ込んで炭のように真っ黒い手紙を見せた。ハガキも封書も真っ黒。
「ま、松井はさあ、良いものと嫌なものとか分かるんでしょ?黒いとか白いとか、」
松井「ん〜?知らない。よく分かんない。」
猪瀬が部屋に入って箱を覗き込んだ。
松井の背中の女がでっかく見開いた目で猪瀬をじっと見た。ヤバい、ヤバいよ。
猪瀬「ああ。手紙だ。でも、誰から?」
松井「キラって子。女子中の時の後輩。私のこと好きなんだって。」
嬉しそうに笑う松井。
猪瀬「これ全部?」
松井「うん。」
猪瀬「切手が貼ってないじゃん。」
松井「え、でもポストに入ってるよ。」
猪瀬「なはははは!お前がストーカーされてんじゃん。そいつポストまで来てるじゃん。」
松井「ええ?そういうもんじゃないの?」
黒い女の霊はギュウウと両腕を松井の首に絡めている。
心美「あのあの、レイラちゃんさあ苦しくないの?」
松井は少し笑って言う。
「心苦しいかな。こんなに想ってもらっても、私は一人しかいないじゃん?」
「そうじゃなくてさあ!」
見ていたら箱からもう一本腕が出てきた。筋肉質の男の腕!
ヤバイ!振り返ってお兄ちゃんの霊を見た。戦って!守って!
『ダメダメ。二人をこっちに戻せ。こっちと玄関には八重子のやつが置いて行ったでかいお守りがあるから廊下が結界になっていてその部屋からは出てこない。』
言われてみればキャビネットの上には、某神社の大きな厄除けのお守りが立てかけてあった。木製で白い紙で巻かれている。長さは三十センチ超えている。玄関にあったかは覚えてない。お守りは確かに少し光っている。でも、その光の量はミユキの持っている小さい紙製のお守り一個分くらいだ。
猪瀬は松井の手を取って引っ張って立たせて部屋の外に引っ張り出した。
松井「なに?何よお。」
猪瀬「お兄ちゃんが部屋から出せってさ。」
女の霊はしばらく立っていた。
でも、箱に足を入れて床に座ってから下に降りるかのように、もそもそ箱へ消えて行った。
心美がドアをバン!と閉めた。
「・・・次々に際限なく出てくる感じだった。何だあれ。」
お兄ちゃんが言う。
『地獄霊だろうな。あるいは不成仏の霊か、』
お兄ちゃん?あなたは違うの?
『俺、一旦成仏したんだけど、レイラが心配で地上に戻ってきたんだ。不成仏の霊が悪霊を祓ったりはできないからな。そういうのをあの世で少し勉強してから戻ってきた。もうどうやって成仏するか忘れちまったけどな。』
猪瀬「手紙の内容は?」
松井「見れば?」
部屋に戻ろうとする松井を三人がかりで引き留める。
「ダメダメ!」
松井「なぁんなの?キラの近況報告だけよ。」
猪瀬「う〜ん。」
心美「あれ捨てた方がいいかな。」
「霊的にヤバイ。」
松井は首を傾げ、不服そうに言う。
「そうかなあ。でも私を好きな子がくれた物だから捨てたくない。」
「黒く見えないの?」
松井「確かに黒っぽいけど、読めないほどじゃないし。」
心美と顔を見合わせた。
猪瀬「レイラさあ・・・アレ、あんたも悪い物だって分かってんでしょ。」
レイラは一瞬目を見開いたが顔をしかめて駄々っ子のように叫んだ。
松井「うう・・・分かんないっ!考えたくないっ!」
外はもう暗い。電車で帰る。
松井が「泊まってって泊まってって」とすごく引き留めて聞かないので、猪瀬が「今度涼子を連れてくる」と約束して、やっと逃れることができた。さすがにあの「お化け」を見ては誰も泊まれない。
乗り換え駅で猪瀬のスマホが鳴った。
テレビ通話。みんなで見る。
『まりりん?れいらちゃんで〜す。シャワー浴びました。私みたいにみんなに置いて行かれた冷えたポテトとバーガーを泣きながら食べてま〜す。うふふ。』
確かに泣きながらバーガーを頬張っている。
「嫌味だな」
猪瀬「レンチンしろよ。」
ソファーで白パンツにキャミソール姿。キャミはグレーだけどサテン地のギラギラしたやつ。
腕とか肩は男みたいにムクムクに筋肉質だが胸もあって、やっぱりスタイルは良い。
眼鏡をかけると後ろにはお兄ちゃんの霊がいる。むすっと無表情で怖い。
『ねえ〜マリリン、ほんとに涼子ちゃん来るの?来なかったらマリリンの埼玉のうちまで行くからね?泊まってっちゃうからね?』
猪瀬「まあ〜来てもいいけど?狭いよ。」
お兄ちゃんの声がする。
『ごめんな猪瀬。あの手紙はおかしい。あとな、呪物の写った写真もあった。親父の時と手法が同じなんだ。霊的に強すぎて俺じゃどうにもできない。やるなら調べてからかかった方がいいぞ。あの涼子って子でも危ないかもしれない。』
猪瀬「まあ、今は大丈夫だよ。前は天使が呼べなかったし。前はヘロヘロだったらしいよ。」
レイラ「ねえ、変な答え方しないで。ちゃんと聞いてるの?」
猪瀬は何も無かったかのように言い返した。
「条件がある。あの箱捨てて。捨てたら連れて行く。」
松井『ええ〜やだああ』
スマホの背景がぐるっと動いた。ソファーに寝転んだらしい。
猪瀬「あんただって悪いモノと分かってるからあの部屋に置いてたんでしょ?捨てなきゃ連れて行かない。」
松井『うう、ずるいよマリリン。うううん』
目からポロポロ涙が出ている。顔は悪くないし、かわいいと言えなくもないが、感情的すぎる。あんまり関わりたくないタイプ。でも学校では無表情だから昼の顔と夜の顔が違う。
でも、わたしも母から、女の子なのに『内弁慶』とか言われて言い争いになったことがある。
猪瀬「ずるいのはそっちでしょ?あんたねえ、あの涼子と、そのキラって子と二股する気?」
松井「二股じゃないもん!そんなんじゃないもん!涼子ちゃんは好きなの!キラは好きって言ってくれるの!」
猪瀬「バカ!それが二股なんだよ!」
『しょうがないじゃん!優しくされたら好きになっちゃうんだもん!』
心美「はは。かわいい。」
「チョロいわ。チョロすぎ。」
猪瀬「どっち?どっちがいいの?涼子と、そのキラって子と!そっちを取るなら二度と涼子に近づかないで!」
『えええ?やだあ!もー!んん、もー!じゃいいよぉ!捨てるとこ生中継するから!今からマンションのゴミ捨て場に捨てに行きま〜す。』
心美「ブチギレてる。」
「ええ?即決なんだ。ほんとに好きなんだ。」
画面が動く。
猪瀬「服を着ろよ。服を」
『着てるし!』
松井は自撮りしながら、あの部屋のドアを開けて黒い段ボール箱を小脇に抱えて玄関から出てエレベーターに乗った。服はキャミとパンツのまま。
箱から黒い手が出てきて霊がまた抱きついてきた。一体二体三体。見ていてキモい。松井の顔も黒く見え始めた。
松井『はあい。マンションの玄関から出ま〜す。夜のコンシェルジュは牟田さんで〜す。』
松井がスマホを振って白髪混じりの男性コンシェルジュを映した。その人は唖然としている。
外のゴミ捨て場に松井は段ボール箱を置いた。
『キラごめん。』
松井は怒った顔で泣きながら『これでいい?!』と言った。でも顔は黒くなくなった。
猪瀬は気押されて小さく「うん」と答えた。
「個人情報が・・・まあいいか。」
松井に霊は憑いていない。捨てたら取れた?松井・・・なんだかんだ強いな。
歩き出す松井。
お兄ちゃんが答えた。
『悪霊は今、俺が取った。あれぐらいならその場で一時的に取るぐらいはできるんだ。俺もレイラも霊力は全国レベルだからな。でも、来ないようにはできなかった。あの箱があるとキリがないから困ってたんだ。でも、もっとデカいやつが来る場合があって、その時は何とかレイラを逃してたんだが、』
レイラの声がお兄ちゃんの声をさえぎった。
『ほんとに涼子ちゃん連れてきてよ!約束だかんね!』
その時、画面がガアンという音と共に揺れた。
心美「何?」
「霊障?」
レイラ『牟田さん!開けて!鍵忘れた!』
自動ドアのガラスにぶつかったらしい。
駅で三人爆笑した。
5
九月初旬の大きな行事は体育祭。夏休み明け一週間で体育祭である。
体育祭の練習みたいなものは我が農電大附属高ではやらない。昔のように大勢で合わせるマスゲームのような練習が要る種目は、十数年前に『先制国家みたいだから』という理由で廃止された。クラス単位で「リレーに勝ちたい」とかいう場合にはグループで自主練だけど、部活優先の生徒が多いので、やっぱり大した練習はしない。
私は病弱を理由にサボろうかと思っていたら、本当に風邪をひいて休んだ。
二日して学校に行ったら、クラスメイトの美人風の舞ちゃんは「サボりだ。風邪なんて絶対嘘だ」と信じないが、三年間一緒のクラスの太め女子むっちゃんは「いや、莉子なら自由に風邪を引く能力がある」と人聞きの悪い冗談を言う。
猪瀬は色々な種目に出場して大活躍だったらしいし、その上、教師公認でスマホに記録映像を撮りまくっていたらしい。
その猪瀬が倒れた。体育の授業中に意識を失って救急車で入院した。
翌日は土曜日だったので、涼子と待ち合わせて都内の病院にお見舞いに行った。
ベッドの猪瀬が言う。
「たぶん貧血だってさ。点滴して今日退院。」
涼子「もう。驚かさないでよね。」
猪瀬「私さあ。配信始めてから調子悪くてさ。肩も凝って痛いし、腰も痛いし頭も痛いし目もかすむし、たぶん生き霊だと思う。鏡見ると背後に人影が見えるの。」
寝ないで編集とかやってるからだろ。自業自得だと思う。
猪瀬は私に指をさして言う。
「そ!寝不足もあるの!」
「また心読みやがって。許さん。オタクは心なんか読まれたくないんだよ。」
特にお前みたいな軽薄コミュつよ女には。
「にゃははは!ケーハクこみつよ女って!莉子ピは心の言葉がきついわ。」
「だから思うだけで言葉にしなかったのに。」
「鬼だよ鬼。鬼女伝説だわ。」
誰が鬼だ。かわいいのに。
涼子「あはは!」
ウケた。二人して心を読むな。
持論なので何度でも繰り返すが、オタクだからって無口で大人しいと思ったら大間違いだからな。
言葉は武器だ。中学の反抗期の母との口論が役に立つとは思っていなかったが、窮地で何度も救われた。
私の口の悪さは母譲り。母は大学ではディベート部。中一から中二の頃は、何でもすぐ言い返してくる母に散々悪口を言った。でも母は、わたしが小五小六と今は記憶がない頃の私を『死にそうに落ち込んでいた』と言っている。その私が「元気になってくれて嬉しい」と、口論の時に涙するので、二人して泣いたりして恥ずかしい思いもした。今はもう仲は悪くない。
二人が優しく微笑んで私を見ている。読まれてる。まあ、余計なこと思ったな。はず。
涼子「莉子さん。何で口が悪いか分かる?それは愛して欲しいのよ。莉子さんは愛されたいのよ。」
「何それ。ちょっと恥ずいんだけど・・・あでも、女はみんな愛されたいものよ。当然じゃん。」
猪瀬「にゃはは。なに『いい女風』なこと言ってんのよ。愛されるより愛する方が尊いのよ。」
「もう、うるさい」
涼子「でも死んだら心だけになるんだから、悪口もみんなに筒抜けよ。」
「こわ!そんな恐ろしい宗教をやってるの?よく笑ってられるね。」
猪瀬「え、勝手に私たちが信じてる絵空事じゃなくって、世界の真理だよ。それに、死んだら一生を映画みたいにみんなの前で上映されるんだって。家族や友達を集めて。」
「ぎゃひ!死ぬ!」
涼子「大丈夫よ、莉子さん。過去の事と毎日のことを反省すればいいのよ。」
「ああ、前にそういう本もらったね。仏教の八正道とか?ははん。そういうことか。」
涼子は求めていたリアクションを得たみたいに、にこっとした。
空いたドアの向こうでナースがカートを押して廊下を通り過ぎたのが見えた。
涼子「で、マリリン。確かに生き霊いるわね。一、二、三、四?」
「こら。四で私を見るな。」
涼子「ウフフ。でも細かいのは無数に来てるわ。」
猪瀬「やだなあ。病気になっちゃう。」
「よくアイドルが病気になるのもそれなのかなあ。動画の他にも猪瀬の生配信て毎回視聴者は万人単位だもんね。少ない時でも横アリ並みじゃん。言い間違いしただけでも大変なんじゃね?特に猪瀬のうちなんて金持ちギラギラなんだろうし、みんな嫉妬もするっての。」
猪瀬「はあ?そんなの配信してないし。莉子ピ見てないのね?それに前に言ったじゃん。私ん家、極貧母子家庭なんすけど。」
「ええ?へっへ。嘘だあ。高っかそうなスーツ着てさ。それに前は渋谷で遊び歩いてたって言うし、」
猪瀬「渋谷はバイトだし。配信でお金入るまで大変だったぁ。」
「そうなの?」
猪瀬「中学は父さんの養育費があったから進学校に行けたけど、高校はすっごくレベル下げて農電大附属受けたんだよ?奨学金狙いよ。」
「すっごくレベル下げたってのは失礼だわ。でも、進学校は嘘だあ。入学式のあとヤンキーの友達が十人ぐらい来てたでしょ?有名よ。」
「にゃはは!見てたぁ?あれはお姉ちゃんの友達。みんなでお祝いしてくれたよ。楽しかったあ。」
「その環境で学年一位とか信じらんないんだけど?」
「莉子ピは疑り深いなあ。う〜ん、中二ぐらいかな。お姉ちゃんの友達がタバコ吸ってたから一本貰おうとしたらさ、」
茶髪姉「やめろお!」
姉はバッとタバコを奪い、おでこをツンと押した。
おでこを両手で押さえて姉を見る。
姉「おめえら、妹に悪い事一切教えんなよ。ぶっ殺すかんな!」
金髪パーマの友人「そんな怒る?アホか。」
姉「バカバカ。マリリンにはいい大学に入ってもらって社長になってもらうんだ。そんで、あたしたちは雇ってもらうんだ。な?」
「な?って言われても・・でもいい目標かも。」
友人「フゥ〜!」
猪瀬「だから勉強にはみんな協力してくれたのよ。姉ちゃんノーデン大附属入るって言ったらキレてたけどね。「んなダセエとこ行くな!」って。でも大学が一応総合大学だし、成績トップ三人は奨学金も出るって言ったら許してくれた。」
「そうなの?猪瀬っていちいち意外なんだけど。」
涼子「あの、話戻すけど、体調不良の原因は嫉妬ね。集合想念よ。メディアって怖いね。」
猪瀬「ああ。じゃーあ解決策浮かんだ。」
数日後。
猪瀬の配信番組を見る。『マリリンのjkチャンネル』という安直なタイトル。解決策とやらを見たい。
今や当然だが、スマホで個人的に生放送ができる。放送基準など無いに等しいので、ろくでも無いものも多い。でも自由で面白いとも言える。まだ開拓期にある分野なのだろう。
私はもっと安全が確立してトラブルがなくならないうちはやらない。
いや、そもそも人前になんて出たくない。
『はいっ!マリリンですっ!』
ウインクと横ピースがムカつく。真っ黄色のスーツも。
「金曜の夜、いかがお過ごしでしょうか。今日は私の自宅を紹介しまーす。」
猪瀬は安アパートのドアを開けて玄関右の四畳半の部屋を見せた。
『はぁい。ここがいつも配信やってる部屋デェス。背景見せたことがないから意外でしょ?意外でしょ?』
なぜ二回言う。心美の眼鏡をかけてまたスマホを見た。
部屋は霊的な光が強い。黄色がかった白い光でややハレーション気味。
布をかぶせた家具から黄金の光が出ている。何だろあれ。
『次はリビングでぇす。てゆうか居間?』
狭い六畳部屋。タンスなどが並んでせせこましい。
カメラが固定されて家族の紹介。
『はい。右から母ちゃんの真理。姉ちゃんの真理杏。そして私、マリリンでーす。』
猪瀬は手を振る。母ちゃんはうちわで顔の下半分を隠して手を振っている。姉ちゃんは茶髪。マスクして両手を振った。二人とも憑依霊は居ない。
でも落ち着いてしっかり見ると、猪瀬の首や腰に画面越しにも、何か赤黒いような緑色のようなモワモワした半透明の人間型のものがしがみついているのが見える。ちょっときもい。
この眼鏡なら、じっと見ていれば生き霊本体がはっきり見えてくるのだろうけど、そこまで見たくない。半透明以上見たくない。
猪瀬『母ちゃんは八年前に旦那が女作って逃げましたー。』
母ちゃんが立ち上がって強目に猪瀬の頭をはたき、パシッといい音がした。
「イテ、はい怒られましたー。姉ちゃんは元ヤンでーす。今、中古車販売修理の会社で受付やってまーす。」
茶髪マスクのお姉ちゃんが、笑った目で両手を振る。
次に猪瀬は視聴者のコメントを読み上げた。
『「おお意外に質素」そうなの。「きったねえアパート」うるせえ。「貧乏人め」うるせえ。「いつも格好つけてるのに意外。」そうかなあ。あと、ああ、スーツね。「高そうなスーツ。毎回違うの着てるし、上級アピかと思った。」前からこの意見多かったんですよねー。』
猪瀬はスマホを移動させて、その隣の部屋のミシンを見せた。
『母ちゃんがパートで長いことテーラーに勤めてて。古着を仕立て直して、こういういいスーツを作ってくれるのよ。』
またコメントを読む猪瀬。
『「似たようなの買うと八万するよ」だって、母ちゃん!売れっ!』
それでも高くはない。高級スーツにはいくらでも高いのがある。
昔のTV番組で二百万円のスーツを買わされたタレントが居たが、その後そのスーツが何着も売れたらしい。マッチングがうまくいっただけなのかも知れないが、私には八万のスーツと二百万のスーツの違いがわからないから、メディアの広告力というか気味の悪い洗脳力を感じる。
猪瀬『ねえ!「スーツ作って!」だって!』
その時、いくつかの赤黒い人影がバサッと猪瀬から飛び立って消えた。
猪瀬のやつイメージ違うな。
色々思ってたけど、それは嫉妬に基づく「決めつけ」だった。かわいそうなことをした。今度会ったら謝る。
そう思ったら、猪瀬から緑色の人影が飛び去った。え?やっぱりあたしか?
『ええ?金髪?このぐらいは許してよ。そんなに高くねーし。あ、きっかけ?中ーの時に私を助けてくれた人が金髪だったの。憧れがあるの。高校は髪色自由だから絶対金髪にしようと思ってたのよ。』
猪瀬は三十分間流暢に話して生配信は終わった。
ボロアパートには似つかわしくない調和したような光が出ていた。幸せそうな雰囲気が出ていた。
しばらくして涼子から電話が来た。
『配信見た?さっきマリリンとTV通話で話したよ。生霊取れたみたい。体、楽になったって。』
「ああそう。呪いが解けたか。」
涼子も私と同じで電話は苦手だ。TV通話などもってのほか。たぶん相手が猪瀬だから渋々出たのだろう。
『でも実際に見て欲しいんだって。莉子さんて明日空いてる?』
「何よ。」
『明日私のうちに来たいんだって。莉子さん一回来たじゃん?案内してあげてよ。』
「ヤダよー猪瀬なんか。でも、あいつ一回も涼子のうちに来たことないの?」
『ごめん。彼女忙しいし埼玉だし。私たち都内で遊ぶ感じだったから。』
「そうなんだ。意外。」
『何かお返しするから。ねっ?』
「そんなん要らないけどさ」
涼子も私も電話は早く切りたい。でも、お返ししますって?笑っちゃう。
「あっそうだ、心美も連れてっていい?あいつが居れば道中猪瀬と話すのが少なくて済むし」
『ねえ〜そういうとこ直そうよ』
土曜日。
午前中の空いた電車。猪瀬と心美と座っている。真ん中が私。心美が真ん中の方が良かった。
猪瀬「昨日、元気になっちゃったから食欲出ちゃって食べすぎてゲーリーよ。一晩ゲーリー。薬飲んだら治ったけど。今は大丈夫。」
心美「女の子がゲーリーとか言わないの。」
猪瀬は今日もプライベートな話を大声で開け透けに語る。
すいているとは言え、ドア二つ向こうの席にはサラリーマンが座っている。チラッとこっちを見たから聞こえたはず。猪瀬ェ・・・精神的ストリッパーなのか?男の反応を見て楽しんでるのか?
猪瀬「にゃはは!莉子ピのツッコミ面白い」
「うるさい。お前の方が面白い。」
猪瀬「へっへっへ!でも、神様に隠せることなんて一つもないんだから。」
「ん、あ?」
さりげなく『信仰と教え』が。急にシリアスなこと言うから切り替えが追いつかない。
心美は頬杖をついたまま私を見てニヤッと歯を見せた。
心美はこういう時に限って喋らない。あたしが猪瀬に翻弄されるのを見て楽しんでいる。嫌な奴だね全く。
でも猪瀬に今まで嫉妬の炎を燃やしていた事は謝っておきたい。
「あそうだ。猪瀬ごめん。」
「え、急に何?」
「今まで相当キツイこと思ってた。金持ちで嫌な奴だって決めつけてた。ごめん。」
「・・・」
猪瀬の沈黙。表情はない。心美もじっと見守っている。
猪瀬「エモ!フゥー!男前!」
「あああ?男じゃねえし!エモとかビジュとか言う奴嫌い。何がフーだ。軽薄なところは大っ嫌い。」
心美は私の答えに手を叩いて声もなく笑った。遅れて「カハハ」と普段聞かないような笑い方。相当ウケたみたい。そんなに面白い事は言ってないっ。
猪瀬「にゃははっはは!ねえ〜心美ん、莉子ピがいじめるよー!あははは!」
また上を向いて大笑い。電車の中!無神経だが、執われがないとも言える。好かれる人物ではあるだろう。
猪瀬は私の目を見てニッと笑った。
読まれた。思う事が伝わるとはまったく厄介な女だ。涼子はさらにもっと輪をかけて厄介だけど。
涼子の家に着いた。
正確には涼子のばあちゃんの家。一戸建て。二階もある。築四十年というところか。ばあちゃんは六十代前半で、仕事と宗教活動に忙しく前回も会っていない。
ベルを押して待つ。
童顔金髪男子がドアを開けた。優利だ。
「おう、岩見沢。来たな。」
「ああ、優利くん。居たんだ。」
「居ちゃ悪いか。そっちの金髪は?」
「猪瀬真理凛ですっ!よろしくぅ」
「涼子の兄のロバート優利だ。どっちで呼んでもいいよ。」
心美が不満げに口をとんがらせた。
優利「ほっといてごめんな心美」
心美は笑顔になった。嬉しそうに言う。
「いいえ。」
涼子が来て二階の部屋に通された。
典型的なガーリーな部屋。でも本棚が二つもあって本の量が半端ない。五百冊はある。
前も来たが、ほとんどが、あの教団の本。これ全部読んだんだろうか。
心美の眼鏡で見てみると光っている。本が光っている。
その上、観音像みたく光を帯びた涼子が言う。
「パパがいた部屋には全部の本があるよ。ばあちゃんのだけど。」
光がすごくて引く。毎回見るたびに引く。普通のこと言ってるのに神の言葉みたく感じる。
「・・・本まだあんの?すげえ。ああ、あっちも光ってる。」
仏壇・・・にしては白い家具が置いてある。黄金の光があからさまに出ている。
これ・・猪瀬の部屋のやつだ。同じ光。
涼子「莉子さん前に来た時は興味なかったよね?それは御本尊。毎日祈るの。」
「ゴホンゾン?」
言葉の響きがすげえ重たい。やっぱ涼子は、同じ空間に居ながら違う世界線を生きている女なのだ。
あまり触れたくない。御本尊のうんちくは聞きたくない。猪瀬に話をふる。
「じゃあ、猪瀬の部屋にもあるんだ。」
猪瀬「あるよ。涼子これ。お礼のお菓子」
包まれた箱の菓子折りを渡す猪瀬。女神の印のチョコレート。
涼子「わあ!ありがとう!」
涼子は菓子折りを抱きしめる。
リアクションに思わずニヤけてしまう。猪瀬も心美も笑顔になった。
「猪瀬ェ、菓子折りってオバチャンかよ。」
涼子「莉子さんにもお礼しなきゃね。」
「あたしはいいよ。」
目をそらしたら窓の外に女子中学生。え、二階だけど。黒っぽい紺色のセーラー服。
ああ、いつも心美の後ろにいるお姉ちゃんの霊だ。久々に見た。まだ居たんか。
うつむいていて前髪で目元が見えない。じっとそこに居る。怖えっての。
家には入って来れないんだろうか。涼子の家も明るい光に満たされてるからな。
涼子も私の思いが聞こえているはずだが、ノーリアクションで猪瀬に言う。
「真理凛、大丈夫。何も憑いていないよ。」
猪瀬「よかったあ。」
心美もニコッとした。明るいオーラが出ている。お姉ちゃんがいないせいか?
涼子の話だと明るい人には霊は憑かないらしいが、心美の話では明るいお姉ちゃんだったみたいで、なんで不成仏なのか分からないという。捜索届を出して九年。今も行方不明のまま。心美のは憑依というより、霊が横についてきているだけなんだろうけど、霊が喋ってくれないので涼子もどうしようもないという。
お姉ちゃんの話をするべきだろうか。どうせ心美に眼鏡を返したらまた逃げてしまって見えないんだろうけど。
猪瀬「でも涼子のお兄ちゃん?心美の新しい彼氏?ああいうのが好みだったの?」
心美「ああいうのとは何よ。」
猪瀬「でもオーラすごいよね?涼子並みだけど背が低いから余計大きく感じる。」
涼子「マリリン今日は見える日なのね。」
猪瀬「生き霊取れたし。今日は霊視が効くわ。」
心美「でも優利さん可愛いでしょ?美しい・・・好きい。それでいて中身は男前なのよ。」
「うっせえわ。」
涼子「お兄ちゃんの背が低いのは父似なの。」
その優利がコーラとコップとポテチの袋を持ってきた。
「男のくせに美しいとか可愛いとか言われて喜んでるようじゃ死ななきゃいけねえよな。」
猪瀬「お?」
涼子「使っちゃってごめん。ありがとう。」
優利「コーラしかなかったわ。みんなが来るなら言えよ。ついでになんか買ってきたのに。」
「マメだな。正人みたい。」
心美「優しいの。」
涼子「みんなでマリリンのチョコレートも頂きましょう。」
猪瀬「チョコとポテチは合うよね?」
「油。胃への暴力だわ。」
でも優利くんは確かにオーラがすごい。仏像の光背みたい。仏像というものは霊視した写実だったのか。
オレンジより赤みがかったオーラ。後頭部にはお盆のような後光。久々に見たら少し大きくなっている。
涼子並みにビカビカだ。なにこの兄妹。
猪瀬が「プッ」と吹いた。
優利くんは私たちの視線を気にせず去っていった。
猪瀬「涼子、あの人やたら男アピールして来ない?あれあたしに言ってんの?」
心美「ああ〜?」
「心美怖いよ。」
猪瀬「でもあの人カッコつけてない?女の前だと態度違うでしょ?」
心美「ねえ悪口やめて。」
涼子「いやあ?あんな人だよいつも。」
猪瀬「ウッソだあ。変だよ。」
むくれる心美をよそに涼子は言う。
「ばあちゃんの教育のせい。男は男らしく。女は女らしく。ばあちゃんの指導の賜物よ。」
言い終わる時、涼子は少し笑い声になった。兄が得異なキャラだという認識はあるみたいだ。
男女かくあるべし。まあ、嫌いじゃない。昭和っぽいが、今のようにあんまり自由だと、どうしていいか分からなくなってしまう。その結果、涼子が言うような地獄行きなら。割に合わない。それなら行くべき方向を教えてもらった方がいい。
心美が訊いた。
「ね、おばあちゃんの教えって?具体的には?」
涼子「ん?男は仕事と責任。女は優しさと慎ましさ。」
「ああ、あたしは優しくも慎ましくもないや。猪瀬もね。」
猪瀬「あたしは惚れた男には尽くすよ。プフ。」
心美「でも優利さんは優しいよ。」
「うっせえって。」
猪瀬「おのろけヤメれ。」
涼子「私もお兄ちゃんが心美さんと付き合うだなんて考えられなかった。」
「優利くんは『男の中の男』だって言ってたね?」
涼子「お兄ちゃんは特攻隊みたいな人だから、国とか神様のために死ぬことしか考えてなかったから。」
猪瀬「げへ。」
「そりゃすげえけど、でも自分から心美に付き合ってって言ってたよ。」
涼子「私たちの前でふるのはかわいそうだからだと思った。」
「あの時涼子も、フラれなきゃいいけどって言ってたね。」
猪瀬「え、面白くなってきた。なに?自分から付き合ってって言って振るような奴なの?」
涼子「言わないけど、でもパターンだから。大体女の人が嫌になって去ってくの。そしてその人は妹の私を避けたり冷たくしたりするの。心美さんもそうなると思ってた。」
猪瀬「にゃははっ!涼子それちょっと面白いよ。」
心美「まあ、フラれようとしていた節はあるけど、あたしにそんなの通じないから。」
「を?」
心美は立ち上がって部屋を出ていった。
猪瀬「ココミンってよく来るの?」
涼子「うん。」
猪瀬「のぞきに行こうか?」
涼子「ダメよ。清い交際してるんだから。邪魔しないの。」
「ええ?二人って清い交際なの?」
涼子「お兄ちゃんは「学生の仕事は勉強だろ?」ぐらいのこと言ってるから、心美さんを大事に思ってるんじゃないかな。私は二人の交際の実態なんて知りたくない。」
「優利くんて意外に堅物だね。」
猪瀬「じゃあ卒業してからだね。」
「何が?」
猪瀬と二人でニヤついてしまった。
涼子「やあね。でもお兄ちゃんも転職してまだ二年目だから大変なんじゃない?また「仕事ができなきゃ男じゃない」とか言ってるし。心美さんは「私が支えます」とか言ってるし。」
猪瀬「二人の会話聞いてんじゃん。」
「すげえ心美。すぐそこまで思い込める性格すごい。」
猪瀬「莉子ピはウブだねえ。惚れたら命懸けよ。」
「ええ?猪瀬だって男いないじゃん。なにを語ってんだか。」
涼子「お兄ちゃんは「仕事は命がけ」だし「信仰も命がけ」「恋人にも命がけ」「家族できたら命懸けで守る」とか言ってるから、命いくつあっても足りないよ。」
「あはっ!」
猪瀬「にゃはははは!すげえー」
「でもその切迫感はただ事じゃないよ。涼子はお兄さんの未来とか見えないの?早死にするとか?」
涼子「う〜ん。お兄ちゃんの未来の話はしない約束になってるの。知ってるから言うなって。」
「早いのかなあ。まあ人生長く生きればいいってもんじゃないけどね。」
猪瀬「・・・莉子ピらしい答え。しんみりしちゃう。」
涼子「でも、お兄ちゃん前視たとき、三十五歳で死ぬはずだったんだけど、心美さんと会ってからその未来見えなくなったの。だから長生きするのかも。」
「へえ、そんなことあるんだ。」
涼子「うん。だから莉子さんも。」
「あ、はいはい。」
涼子は私の答えに微笑みを見せてから話を続けた。
「お兄ちゃんはね、だいたい女の子に対して『男論』を始めるの。やめてって言ってるんだけど。」
「なーに男論って?」
涼子「覚えちゃった「全ての責任を背負って一人立つ。男は公のために生き、公のために死ぬ。家族を持つと決めたら家族のために死ぬ。そういうもんだろ?」って」
「はっは。すっげえ。」
猪瀬「昭和ぁ。かっけえ。」
涼子「『しかし、公のためなら家族も捨てる。こういう日本を変えるためなら何でもやる。邪魔になるような関係はいらない』って、結局女の子をふるの。」
「あは。やだねえ。」
猪瀬「ふふ〜。かっけえ。」
「へっへ。見てるだけならその考えは好きだね。ちゃんと断るのは偉いな。でも当事者にはなりたくない。」
涼子「心美さんはね「私は邪魔になりません!お手伝いさせて!」って引かないの。」
「すげえ心美。鉄の女かよ。」
猪瀬「涼子もよく聞いてるじゃん。」
涼子「聞こえちゃうんだもん。」
「まあ涼子には霊能力もあるしね。」
優利と心美が部屋に戻ってきた。
ゆ「うるせえおめえら。この家狭くて古いからみんな聞こえるんだよ。」
「あはは!ごめんなさい。」
優利「俺の前世が特攻隊なんだよ。十九歳で死んでる。」
「あれ?幕末じゃないの?この前、幕末の武士の守護霊さんが来たよね?」
優利「幕末は前々世だな。特攻隊で駆逐艦に突っ込んで死んだあと、俺は成仏できて、早死にしたものだから、すぐに転生できた。でも横須賀に引っ越してきてから前世の同期の戦友たちの霊に会ったんだ。みんなまだ成仏してなかった。戦友の一人は「負けたとはいえ、こんな弱い日本にするために死んだんじゃない」って泣くんだ。」
「そっか。優利くんこっちの話強いからね。芹沢さんの時は助かったわ。」
優利「うん。でも、まだそんな奴たくさんいるんだ。だから俺は、あいつらのために死ぬ気でがんばるつもりなんだ。日本を変えるために命懸けでやる気だ。」
「それはすごいけどさ。偉いけどさ。」
優利「だから、心美に俺「早死にするかも知れない」「あんまり相手にできないかも」って言ったんだ。」
「何よ。自分で「俺と付き合って」って言ってたじゃん。嘘なの?卑怯だよ。」
優利「うん。でもよく考えたら悪いし、」
「まったく。デリカシーがないよね。『男に二言は無い!』とか言えないの?決めたら余計なこと言うなよ」
猪瀬が私に「男前」とつぶやいた。やめれ。
優利は申し訳なさそうな目をして息を吸い込んだ。
その時、優利より早く心美が言った。
「優利さん」
心美は両眼からダーッと涙を流している。ちょっと引いた。
心美は言う。
「もし、あなたが死んだら、あなたの骨を拾います。あなたについて行かせて下さい。」
心美は泣きながら眉をハの字にしたままニコッとした。
「おおい!明治の女かよ!」
猪瀬「戦士の妻か!」
優利は、私らに「うるせえなあ」と言いながら、心美の頭をワシワシ撫でて嬉しそうな顔で、その頭をギュッと胸に抱き寄せた。
猪瀬「フゥー!」
心美もキュッと抱きついた。んん。妬ける。でも心美って可愛いよね。
涼子が鼻をすすった。もらい泣き?
手で目を拭いながら涼子は言う。
「でも、死ぬとか言うのやめて。本当になったら嫌だもの。」
「それはあたしも言った。言葉は口から出た瞬間に生き物になるっていうから。」
猪瀬「日本神道で言う『言霊』の考え方よね。」
優利「わかったよ。ごめんごめん。」
帰る。
玄関で心美と優利は小声で話している。
心美が「にへっ」と笑った。望む答えが返ってきたようだ。なんか親しげすぎてヤラシイ。
涼子「私、駅まで送るわ。」
玄関の外まで優利は出て見送ってくれた。
猪瀬「優利さん。私も友達にしてくださいね。」
優利「うん。いいよー」
「軽!付き合うのとは雲泥の差だわ!」
涼子「重いよ。お兄ちゃんは友達にも命かけるから。」
「げ」
優利「当然じゃん。」
心美のキュンが聞こえる。しかし心美はこういう奴が好きなんか。古い女だな。
心美「莉子が失礼なことを考えている気がする。」
「ソンナコトナイヨー」
猪瀬「何でカタコトになる?」
なんか声がした。
『加藤。お前も年貢の納め時のようだな。ははっ。』
緑の飛行服の男性が優利の横に立っていた。眼鏡かけっぱなし。
優利「鮫島、貴様・・・」
霊『加藤。貴様を好いてくれる物好きな女なんて二度と現れんぞ。大事にしてやれ。』
涼子が私に耳打ちした。
「加藤っていうのはお兄ちゃんの前世、昭和初期の名前ね。その頃の私は天上界にいたらしいけど」
霊『俺たちに気兼ねするな。せっかく平和の時代に生まれたんだ。少しは幸福になれ。それなら俺たちも死んだ甲斐がある。その代わり、しっかり頑張れ。俺たちも応援している。』
う〜ん。イケメン発言。昭和の男はかっこいいな。
優利「うん。任せろ。」
猪瀬「キャハ!かっけえシビれる。」
優利「お前らもなんか困ったら言いな。何とかしてやる。」
猪瀬「そうしますねー」
涼子「遅れるよ。」
手を振って涼子の家を後にする。
「なんかお兄ちゃんは発言がいちいち強いね。」
涼子「でも、お兄ちゃんの守護霊さんで一番強い人はギリシャ時代のマッチョマンだから、ああなっちゃうのもしかたないかも。」
心美「へえどんな?」
涼子「莉子さんのお家にあったDVDの『ランボー』とか『コマンドー』みたいな?」
心美「やだ。莉子が誘惑されちゃう。莉子って筋肉好きだから。」
「ば〜か。私は細マッチョの方が好きだっての。」
振り返ると優利は家に入って行った。
心美は先頭を歩く。機嫌良さそう。
その後ろにセーラー服の中学生。お姉ちゃんの霊。後ろに手を組んで機嫌良さそう。
涼子「でもお兄ちゃんのノリについて来れる人初めて見た。」
猪瀬「心美は変なこと言っても乗ってくれるよ。」
心美は振り返って「変じゃないよ。」と答えた。
涼子「心美さんも変わった人よね。」
心美はまた振り返り言う。
「あら?涼子ちゃんに言われちゃった。」
猪瀬「私はああいう自己陶酔型の男は嫌だな。でも言ってる内容は好きだよ。」
「まあ、男って自己陶酔な奴多いけど。私は自分より小さい男はダメだな。それに優利くん極端だよね。心美が理解できない。」
心美はまた振り返りうつむき加減に私を上目で見て言った。
「莉子。命短しよ。」
「また言う。」
「悔いのない人生を送りたい。」
心美の横を行くお姉ちゃんの霊の口元が緩んだ気がした。そうだね。人間いつ死ぬか分からない。
心美は言う。
「だって、優利さん自衛隊の時に野山で戦闘訓練しながら「国のために死ぬんだ。家族ができたら家族のために死ぬんだ」とかって、そんなこと考えてたなんて、何とかしてあげたくなっちゃうじゃん?」
「へええ、心美あんた、いい女すぎ。」
「っふふ。よく言われるぅ。」
猪瀬「嘘つけ!でも思い込みの激しい男は振るとストーカーになるよ。」
心美「私、あれだけ言って自分から振るようなそんな女じゃありません。」
涼子「お兄ちゃんってヒーロー願望しかないから、本当に命懸けで戦ってくれると思う。だから振られたって相手を追い詰めて殺したりしない。むしろ振られても窮地に駆けつけて「お前たちは逃げろ」的なこと言いたい人だと思うよ。」
「それもストーカーだよね。いいストーカー?」
猪瀬「ココミンまた好きになっちゃう?でもそれは浮気相手を刺すタイプだわ。」
心美「浮気なんてしません。真理凛今日はヒドイわ。」
「でも世の中には愛されたことがないと思ってる人が沢山いるから。むやみに優しくするとべったりされちゃうから気をつけないといけないね。」
心美「ヤダ。誰のこと?私たちそんなにベトベトしてないよ。」
涼子がしんみり言う。
「そうね。気をつけないとね。」
涼子にはレイラを筆頭にたくさんのストーカーがいて連合を作っているらしい。さらわれちゃうんじゃないかと心配になるが、涼子が怖い思いをした話も聞かないし、私の家にものうのうと来ていたから、そんなに悪い連中ではないのかもしれない。
涼子は眉をハの字にして苦笑して私を見た。ああ、伝わっちゃったか。
慰めを言う。
「涼子じゃなくって私のことだよ。どうせ読まれるから言っちゃうけど、私、中三の時ストーカーしちゃったんだ。ちょっと優しくされたらおかしくなっちゃって。バカみたい。」
猪瀬「ええ?急に爆弾発言ぶっ込まないで。莉子ピって怖いわー。引くわー」
心美は「相手は誰だ?」と脳内検索している。心美は同じ中学にいた。先に卒業したお前には分かるまい。
「後をつけて家まで行っただけだよ?でもあたしは揉める前に踏みとどまる理性はあった。」
猪瀬「それあんまり偉くないよ。」
「でも優利くんより心美の方がストーカーになるんじゃない?」
心美「うっさいなあ。真理凛も莉子もTVの見過ぎよ。バカな心配しないで。」
猪瀬「涼子のストーカー問題も解決しなきゃね。涼子明日レイラと話してみて。」
涼子「ええ〜?急に言わないで!」
6
というわけで日曜日。
いつもの喫茶店に涼子が来た。あとは松井と猪瀬。心美はデートでいない。
ボックス席。私の隣に座る涼子は怒った感じで目を閉じている。
向かい側は猪瀬と松井。
涼子は仕方なさそうに伏目で話し始めた。
「来たくなかったけど、気になったから。」
松井「涼子ちゃん気にしてくれたんだ。好き。」
涼子「好き好き言うのやめて。やりずらい。」
松井「・・・」
涼子「思うのもやめて。」
松井「ううん、難しいよう」
涼子は、やっとレイラを見て言う。
「レイラちゃんはさあ、」
松井「レイラちゃんって呼んでくれた!嬉しいっ!」
涼子「・・・レイラはさあ、」
松井「ううん、涼子ちゃんの意地悪っ」
涼子「ちょっと黙ってて!」
面白いが、涼子ちょっと強めだな。
猪瀬「レイラちょっと黙ってなよ。涼子はお祓いモードだから。」
涼子「目を閉じて」
松井は目を閉じて口を尖らせ突き出した。
涼子はレイラの頬をペチと張った。あらら。
猪瀬「にゃははバ〜カ!」
松井「ひどいわ涼子ちゃん。目を閉じてなんて言われたら普通キスしてくれると思うじゃん」
「普通は思わない。」
涼子「ふざけないで。ちょっと視るの。前も言ったけど、このままだとあなた自殺する。あなたを護るお兄ちゃんがそんな事を許すとは思えない。さあ早く目を閉じて。」
怒ってるかと思ったら意外に冷静だ。
松井は目を閉じた。
涼子も目を閉じた。そして松井に右手のひらを向けてぐるぐる回した。
松井はその間、目を閉じたまましゃべる。
「私は分かるな。もし涼子ちゃんにフられたら、キラと付き合って、キラが言うように男になって、キラがもし私をフったら、そうなるかも知れない。」
猪瀬「ええ?」
「レイラあんたキラって子に、男になれなんて、そんな事言われてるの?」
松井「私のこと好きなんだって。結婚したいんだって。」
「ほんとにストーカーなの?家に入ってこない?」
「キラは手クセが悪いから家に入れないの。でも怒ったら分かってくれたよ。」
猪瀬「その子ヤバいわ」
松井「あでもキラは中学とか高一の時に渋谷で何回も補導されてるから、真理凛のお姉さんなら知ってるかも」
猪瀬「ああそう?帰ったら聞いてみる。」
「猪瀬のお姉ちゃんって元ヤンだったね。」
涼子は目を閉じたまま眉をしかめて言った。
「その子・・・ヤバいわ」
松井「うん。キラはヤバいよ。かわいいのに『バタフライナイフのキラ』とか言われてたし、家に入れたら私の家の持ち物売られちゃう。」
涼子「そうじゃなくて、霊的にヤバい子」
松井「うん。キラも私の心が読めるみたいなこと言ってた。」
「あんた、よく冷静に言ってられるね。心の中読まれたら普通は友達付き合いなんてできないよ。」
涼子が首を傾げた。
猪瀬「まあまあ莉子ピも色々不思議で普通じゃないから」
「黙れ。お前らこそ普通じゃない。」
猪瀬「ヌフ。」
松井「え、でも試合の時なんて互いに心の読み合いじゃん。普通じゃん?」
「え、あーハイハイ分かった。そうだねー。レイラも訳の分からない霊感の持ち主だったね。」
三人とも変な能力の持ち主だ。不公平だから心美から預かった眼鏡をまたかけた。
涼子が黄金のオーラを燦々と周囲に放っている。見ると毎度引く。
後頭部にはお盆みたいな後光が出ている。本当に仏像みたいで信じられない。
猪瀬のオーラもそこそこ大きい。色は黄色。
レイラもオーラはでかいが青白い。二人みたいな後頭部の後光みたいなのはない。
レイラの後ろに学ランのお兄ちゃんの霊が立っている。身長もレイラぐらい。
涼子「レイラの記憶をざっと読ませてもらったけど、あの箱、莉子さんとかが触ったらたくさん霊が憑依してきてあの世に持って行かれてしまう。でもあれを抱えて平気だったレイラはかなりの霊力だわ。それと、お父様を恨んでいた怨霊は、箱の呪力に当てられて意思を失って、今はたくさんいる使い魔の一人になっている。それは逆に助かったけど、箱の怨霊の、いいえ、箱の向こうにいる悪魔の方が危険。」
涼子の後ろに観音像風の霊が立っている。守護霊か?手には密教風の道具を持っていて後頭部には後光が光っている。顔は涼子似。
涼子の記憶を読む能力。その人の過去や未来を読み取る能力。
それは仏教で言う『六神通力』の『宿命』だ。シュクミョウ、とかスクミョウとか変わった読み方をするんだった。『宿命通力』とも言う。でも涼子が仏陀の悟りを得ているなんてのは到底あり得ないので、地上的な執着を去った『阿羅漢』とかの段階で神通力を授かったのだろう。
猪瀬「莉子ピは若いのにほんとに博学だね。」
「また心読むんだから。やめえ。」
レイラはクールに言う。
「私、今もいつ死んだって構わないんだ。だって私の今は涼子ちゃんがくれたものだから。苦しくても大事に生きてるけど、涼子ちゃんに恩返しできたら死んだっていいんだ。だから、」
涼子「生きて」
涼子はレイラの言葉をさえぎった。クールに。でも優しめの言い方だった。
レイラは横を向いて鼻をすすった。
猪瀬「レイラって何が苦しいの?」
レイラ「言ったでしょ?わたし色々な人好きになっちゃうから。涼子ちゃんだけじゃないの。でもうまく行ったことなんてないの。私昔っから一人だし、家族いないからお話上手くないし、なんでこんな不幸な人生なんだろうって、いつも思ってる。」
猪瀬「でもさ、姉ちゃんの元カレは家族もいなくて凄く貧乏だったけど、みんなに迷惑かけても『オレ幸せ』っていつも笑ってたよ。今は自動車整備士。」
レイラ「ちゃんとお姉さんと付き合えるんだからその人は幸せだよ。私なんかは上手く言えないから好きな人にはそっぽ向かれるし、そういう好きな人に無視されるだけで辛い。死にたくなっちゃう。」
猪瀬「でもそれ無視じゃないかもよ。急に距離詰められて対処できないだけかもよ?」
「あんたがそれ言う?」
猪瀬「いやマジな話、言えば付き合えたかもしんないよ。」
「でもさ、そもそも危ないやつやストーカーは嫌われたって当然じゃん。嫌なことしてるのに気付かないんだから。」
猪瀬「でもちゃんと言えば相手も好きかもよ?言うべきだよ。」
レイラ「もうやだ!マリリン嫌なこと言わないで。向こうもホントは好きだったとか、そんなの分かんないじゃん!言えば付き合えたのにとか言われても、そんなのよけい辛いよ。私も二人みたいに心が読めたらいいのに!」
レイラは涙目になった。
そっか。そんなに手にとるように相手の心が読めるわけではないのか。
涼子は目を閉じて両手を合わせ、ふうっと息を吐いた。
涼子の頭から光る半透明の涼子が抜けてきて、レイラの頭にスポッと入って行った。
レイラの記憶に入って行きます。
中学生のレイラ。白いセーラー服。半袖。夏服。
後輩の女の子に「手を繋いでもいい?」とか聞かれてる。
ショートヘアの子。多分これがキラ。
でもまだこっちは視ない。レイラの記憶をさかのぼる。
中一。公立の中学。確かにいじめられてる。もっとさかのぼる。
小学生。高学年。運動会で走って優勝している。ウイニングラン。お兄ちゃんの霊が一緒に走っている
低学年。
休み時間。教室で一人。他のみんなはグループになって親しげに話している。
レイラは泣きそうな顔をしたが、口をぎゅっと結んで耐えた。
レイラはつぶやく。「強い子にならなきゃ」
同級生の女の子がレイラに話しかけた。
「レイラちゃんって足が速いのね。何か運動してるの?」
レイラは喜んだ。
「うん。わたし走るのが好きなの」
楽しそうに話す二人を見守るご両親とお兄さんの霊。
レイラによく似たお母様の霊が私に話しかけてきた。
これは記憶であり、同時にあの世でもある。
あの世には時間というものがない。原因結果の順番しかなく、過去・現在・未来が混在している。
だから過去の記憶の世界の霊人に同通したら話ができる。
『涼子さんごめんなさいね。そして、ありがとう。あの子を救ってくれて。』
まだ救えていません。
『いいえ。とりあえず元気で生きていけているのは涼子さんのおかげですから。』
ご両親も成仏できたみたいですね。
でも、気になったのは、小学生のレイラさんが「強い子に」って。この目標は何でしょう?
誰かに言われたものでしょうか?
『ああ、それは・・・』
景色が加速した。
幼いレイラがベッド脇にしがみついている。幼稚園ぐらいかな?
お母様はベッドに横たわって酸素吸入を受けている。
レイラは泣き声で叫ぶ。
「ママ!死んじゃヤダ!」
「ありがとう。れいちゃんは優しいね。」
女性はレイラの頭を優しく撫でた。
レイラ「ママ!ママ!」
女性「れいちゃん、強い女の子になるのよ。」
心電図のモニターの波形がフラットになり、心臓停止を知らせるピーという音が続いた。
ナースたちが来た。
目を閉じて座ったまま止まっている涼子とレイラをじっと見ていた。
涼子のオーラは薄くなっている。この前のミユキの魂がいなかった時のように。
その涼子の体の後ろには、白い服の天使が立っていて涼子の肉体を見守っている。
さっきの説教している時の観音様とはまた別の霊。
顔は涼子似だけど、髪は金色。涼子のママの写真を思い出すが、本人よりも身長はあって少し痩せている。服装は肩を出したギリシャ風。背中には鳥みたいな白い翼が生えている。後頭部には天使のリングというか、やっぱりお盆のような円盤があるように見える。光の量で言うとさっきの観音様の方が多い感じ。
私をジッと見ている。何かを見透かされているようで怖い。元々、視線恐怖症気味なので目を逸らしていたが、チラッと目をみると優しい目をしていた。慈愛の天使とでもいうのがふさわしいだろうか。でもそんな目で見られていると好きになっちゃうのでやめて欲しい。
そんな思いが伝わったのか、涼子の天使はちょっと苦笑してから横に目を逸らした。
涼子・・・観音様が付いたり、天使が付いたり、忙しい女だ。
スッとレイラの頭から何か強力に光るものが抜けてきて涼子に入った。すごく速かったのでよく見えなかった。
涼子は目を開けた。天使は羽ばたいてから消えていなくなった。
涼子「・・・・レイラさあ。お母様が最後に言った言葉って覚えてる?」
レイラは首を傾げた。
「んと、たぶん、『強い子になれ』とかだったと思う。」
レイラ似の白い服の霊が来て、涼子にスッと重なったのが見えた。
涼子「れいちゃん。強い女の子になって。」
レイラは唖然としたが、そのままの顔で涙を流した。
そして「ふう〜っ!」と言ってテーブルに突っ伏して泣き出した。
涼子はその頭を優しく撫でた。
7
レイラは緑色の抹茶ソーダをストローで飲んだ。
レイラは言う。
「だって矛盾してるじゃん。『強い』と『女の子』じゃさあ。だからあの時、ママが何のこと言ってんのか分かんなかった。だから忘れちゃったんだと思う。でも強くなろうと思ってたし、でも女の子っぽくないものはなんか嫌いだった。高校で空手やんないのもそうだもん。」
涼子「強くなろうとするのはいいけど。男になる必要はないと思う。」
レイラは少し不満げに口を尖らせたが、なんか横を見てそのままうつむいてしばらく黙っていた。
そして「ふうっ」と息を吐いてから「そうだね」と言った。
そしてまたニコッと笑った。
涼子はそのレイラをジッと見ていた。
怖いぐらい無表情な、と言うか、無心な目で。レイラの向こうの景色を見るような、ある種、うつろな目で。
そして、何かうなづいてから、ニコッとした。
『運命変わった』という涼子の心の呟きが聞こえた。猪瀬もニコッとした。
涼子が見ているレイラの未来は心美の眼鏡では見えなかった。
思いが変われば未来も変わるのだろうか。
涼子「お兄さんも、もうレイラを解放してあげた方がいいと思う。そのままじゃあなたもずっと地上にいないといけないし、あまり地上的になってしまうと再び天国に還ることが出来なくなるわ。」
お兄さんの霊が言う。
『でも、まだあいつらがいるから心配でダメだな。キメエ連中が来やがんだ。』
涼子「それはなんとかします。」
『甘めえな。アレ達は強えぞ。』
猪瀬「ねえ、あいつらって?キメエ連中ってどんな?」
涼子達はお兄ちゃんの霊に集中している。
この眼鏡って涼子みたいに過去とか未来って見えないのかな。
ちょっとレイラの頭を見て集中してみた。
『やってみせようか?』
を?眼鏡の声?女の人の声だった。
景色がギュウンと加速した。
空を飛んでいる。自分の姿は見えない。
下は学校。セーラー服の女子たちが歩いている。
半袖の夏服。襟もその下もクリームホワイト。襟元は赤い蝶のようなリボン。
スカートはテカっとした黒。細かいプリーツが入っている。
ショートカットの女子が走っているのを後ろから見ている。
背の高い女子に、その女子が近づき、笑顔でその腕にすがりつくようにしてから、恋人にするように腕を組んだ。横顔はちょっと可愛いか。でも両肩のあたりからガワワワと黒い煙のようなオーラが出ている。
その子に振り向く背の高い女子。
横顔はまだもっと若いレイラだった。悔しいけどカワイイ。体つきはまだ細い。
縋りついた方の女子は、黒髪ショートで、背はレイラより頭一つ分低く、目が大きくて可愛い。満面の笑顔。
でも肩の煙。大きな煙の中に黒い霊が三体。代わる変わる浮かんでは消える。霊の顔は暗くてよく見えない。
それを私は『視覚』だけで後ろから見ている。
誰だこいつ。
バスに乗り、後部座席で並んでレイラと親しげにしゃべる。
やがてバスが駅前に着き、レイラと別れて電車に乗った。
電車を降りてしばらく歩き、どこかの建物に入って行った。
警備も顔パス。なんで?
小柄な年配のスーツの老人が出迎えた。顔は丸くてシワだらけ。背中も猫背で丸い。
女子「おじいちゃん?アレは?」
スーツ「教授と呼びなさい。」
身内らしい。
教授が部屋に入ってゆく。上に『宗教歴史学科』と書いてある。大学か。
中は六畳ぐらいの部屋に机と本棚があり、外国の木彫りの人形などが置いてあるが、黒っぽくてどういう物かがよく見えない。
女子「教授って、あはは。もう定年のはずでしょ?いつまでやる気?」
スーツ「私は名誉教授だ。定年などない。」
椅子に座る老人。女子は無言で手を差し出した。
老人は舌打ちしてから財布を出して、一万円札を渡した。
老人「アレの写真を撮るとか、そういう使い方をするもんじゃない。わしらの『神秘クラブ』では、それは『禁じ手』だ。過去にそれをやって死んだ奴がいる。」
女子はガサッと無造作に一万円札をポケットにねじ入れながら言う。
「へえ。心霊写真みたいなもんか。でもおじいちゃんだって、アレで呪いの儀式を復活させたんでしょ?私と似たようなもんじゃん。」
老人「わしのは『研究の一環』だ。」
女子「何が研究よ。いっぱいお金取って。」
女子はかわいいが、目尻のところに小さな白いキズがある。
急に女子がバッと私を見た!
え?過去だよね?なんで見るの?
すごい目つき。なのに口元は笑っている。怒ってるのか何なのか分からない。
見ていると頭が痛くなる目。
景色が見えなくなった。
ハッと目が覚めた。喫茶店のテーブルに伏していた。
猪瀬「莉子ピお目覚め?おはよ。」
「え、どのぐらい寝てた?」
涼子「三分ぐらい?」
「そっか。」
涼子が私の目を覗き込んでいる。あの無心な目で。吸い込まれそうで怖い。
私がどこに行ってたかを調べるように。
怖いから無視する。
「で?何の話?」
涼子は少し笑って、ため息をついてから腕を組んだ。
りょ「そうね。続きだけど、レイラも勉強しなさい。感情的すぎるわ。悪霊は感情の塊なんだから、だから幾つも幾つも悪霊が憑依して来るのよ。」
レイラ「はあい。」
「説教中だった?お祓いモードだとミユキみたいに言葉がきついわ。」
猪瀬「てゆうか莉子ピ聞いてよ。レイラったらキラの住所知らないんだって。」
「ええ?同じ学校で仲良かったんでしょ?」
レイラ「知らないのは今の住所ね。中学の時は近所だったんだけど、あの子引っ越したの。」
猪瀬「まったくもー、好き好き言われて満足げのくせに、会う時はいつも呼び出されてたから住所も知らないんだって!」
レイラ「だって手紙みんな捨てちゃったし。あ、でもアドレスと電話番号は分かるよ。」
レイラは携帯を取り出した。
レ「呼んでみる?」
レイラは電話をかけた。
猪瀬「住所も入れとけっての」
「キラの高校ってどこ?」
レイラ「セント・ニコラウス女子学院」
「を!すっげ!あそこって学費が高いので有名だぞ。」
レイラ「電話出ないや。でもいじめとかは、噂も含めて全然ないところだから行って良かった。」
「じゃあ、その中等部にレイラも通ってたの?」
レイラ「うん。だから、学費が高いから、大学行くこと考えたら積立金がなくなっちゃうでしょ?だから叔父さんと相談して、中学だけでやめてノーデン大附属受験して入ったの。」
猪瀬「あんなお嬢様ガッコの生徒が空手の全国大会で優勝しちゃったから、大騒ぎだったでしょ?一年の時、うちの空手部からもだいぶ勧誘されたでしょ?」
レイラ「でも、空手続ける気なかったから。でも聖ニコでは学校も乗り気になっちゃって、色々支援が始まっちゃって、空手部ができたり色々面倒だったから・・・だからやめたのもある。」
猪瀬「あんたも人を振り回すよね。」
「え、空手何でやめたの?もったいないじゃん。」
レイラは少し目が泳いでから横を見て口を尖らせて言った。
「だって、女の子っぽくないから」
「ええ?ウッソ、そんなにでかいのに?こだわるわねー」
レイラはテーブルに手をついて立ち上がった。コーヒーカップがガチャンと揺れた。
猪瀬「やめな。」
ヤバい。女の人に上から睨まれるとドキドキが始まる。喉が詰まって呼吸がしにくくなってくる。
涼子がため息混じりに仕方なさそうに言う。
「無意識に『女の子』にこだわってたのは、お母様の遺言があるからよね?」
レイラ「うううう〜ん」
レイラは泣いて座った。
ホッとした。ドキドキはおさまった。
でもそれ、さっき言ってたな。寝たから忘れてた。悪いこと言っちゃったな。
レイラはうつむいて涙を両手で拭きながら言う。
「涼子ちゃん好きぃ。私の気持ち言ってくれた。」
涼子は無言。
でも『やっぱりこうなっちゃったじゃない。どうしてくれるの?』みたいな目で私を見る。
ちょっと無神経だった。謝っとく。
「ごめんねレイラ。涼子もごめん。」
レイラ「莉子ちゃん嫌い。」
「ん、まあ嫌いでもいいよ。」
レイラは目を指で拭いながら意外そうな顔で言う。
「ええ?変な人。嫌われたくなかったら何かおごってって言いたかったのに。」
「やな子だねえ。じゃあこの店のマドレーヌおごってやるよ。」
「マドレーヌきら〜い」
「こ、こいつムカつく!」
レイラは涙目のまま「あっはっは!」と上を向いて笑った。
猪瀬「にゃははは!」
涼子もちょっと笑った。機嫌がなおって良かった。
猪瀬「でも莉子ピの場合、前世が女性じゃないかもね。」
「またあ?何言ってんのよ、もおお」
涼子「莉子さんの前世は女性が多いわ。でも強い男性の過去世がある。」
猪瀬「ほおお」
「バカやろ、いくら涼子だからってそれは信じないからね。こんなか弱い女を捕まえて。」
猪瀬「にゃはは!」
涼子「あ、この話題、守護霊さんがあんまり好きじゃないみたい。何でか知らないけど。やめとくわ。」
猪瀬「たまにそういうのあるよね涼子は。」
「どっち?観音様とか天使とか涼子は不思議よ。どうなってんの君たちは。」
猪瀬「ん〜。悟りの問題かも。」
涼子「どっちも来てくれるし、どっちの時代にも転生していた。」
「?」
レイラ「聖ニコはミッション系だったけど、涼子ちゃんのとこは違うの?」
「スカ女は仏教系よね?」
涼子「愛悟学園?うちは・・・えと、世界の歴史上の偉人の中で一番創造主に近い人が釈尊なのよね。」
「ん?」
「だから、えっと・・・」
涼子が困った顔で猪瀬を見た。
猪瀬「涼子説明が下手。信仰対象でしょ?うちの教団は創造主エル。仏陀である釈尊はその分光と言われているわ。両者は一体であって、仏陀のスタンスは『天上天下唯我独尊』。インドの伝承から言っても『仏陀の上には神がいない』と言われている。対するキリスト教では『父と子と精霊』だから、神の子イエスには上位存在としての『父』がいる。モーゼやマホメットも啓示を受けたのは同じ。私たちはその仏陀意識と一体の『創造主』が天上界からイエスやモーゼに啓示を与えたと考えている。啓示型宗教では『神にはなれない』けれども、仏教は『仏陀を目指して修行する宗教』だからより高度な宗教と考えていて、仏と神とは同一の存在であって、」
「ストップ、ストーップ!学年一位うるさい。要するに君らんとこは仏教もキリスト教もないのね?」
涼子「すべては創造主から流れ出した教えです。」
「仏教では悟ると転生輪廻しないと言うけど?」
猪瀬「莉子ピだって詳しいじゃん。でもインドの転生輪廻では動物とか昆虫とか魚に生まれ変わるって言うでしょ?悟ればそういう転生輪廻からは解放されると考えて。だけど人類の教師的な悟った人もたまには地上に生まれ変わってくる。そうじゃなきゃ地上が困るでしょ?」
「ふむ。」
レイラ「わかんない。わたし頭悪いから。」
猪瀬「ふっふ。で?涼子どうする?そのキラって子。」
涼子「その子に会って呪いをやめさせる。」
猪瀬「じゃあ、キラの学校よりキラの家の方がいい?」
涼子「呪物が関わっている。普通の人はその呪物の写真だけで道ができて、呪物の霊たちが憑依して魂を持って行かれてしまう。それを何とかしないと。家にあればいいんだけど。」
猪瀬「レイラ、それどんなやつ?写真が入ってなかった?」
レイラ「ああ、彼女のおじいちゃんの大学に珍しいものがあるよってなんか入ってた。記念写真。」
猪瀬「だからどんな?」
レイラ「旧石器時代のビーナスって知ってる?」
「ええ?急に頭良くなるね。」
レイラ「莉子ちゃん失礼。だってあたし選択授業は世界史だもん。」
猪瀬「あの顔がないでっぷりした女性の形した土偶だよね?『ヴィレンドルフのビーナス』だよね?」
「出た。学年一位。」
猪瀬「でもあれって手に乗るぐらいの小さい可愛いやつだよね?大きさから見てお守りだよね?悪い物でもないでしょ?」
レイラ「あれに似た角が二本生えてやつが写ってた。大きさはキラの顔より大きかったから結構あると思う。頭が大きくて背中側に小さい羽があって。メソポタミアの五千年前の遺跡から出たって手紙に書いてあった。」
みんな黙った。
猪瀬「莉子ピ知ってる?オカルト雑誌に載ってない?」
「全然知らん。」
レイラ「年代はトルコのバザールの商人が言ってたから怪しいんだって。うちの大学の名誉教授がキラの親戚で、その人が買ってきたって。珍しいから。でもオーパーツの扱いなんだってさ。」
猪瀬「やっぱり莉子ピの好きそうな話じゃん。」
「名誉教授か・・・うちの大学だったのね。じゃあミユキがこの前、魂持ってかれたのもそれか。」
涼子「莉子さん?」
「たぶんうちの宗教歴史学科の名誉教授が持ってる。」
猪瀬「ずいぶん具体的だね。何でわかるの?」
「さっき寝た時、メガネが見せてくれた。」
猪瀬はスマホで検索した。
「農電大のホームページ。宗教学部、宗教歴史学科・田中名誉教授だって。七十二歳、結婚歴なしだって。」
ん?あっれ?あのシワシワ顔・・・サバ読んでないか?年齢詐称だよね?
レイラ「キラはね、可哀想な子なの。パパは死んじゃって、ママは施設に入ってるから、死んだおじいちゃんの弟の田中名誉教授に引き取られたんだって。」
猪瀬「さっき、おじいちゃんの大学って言ったじゃん?」
レイラ「おじいちゃんも大学教授だったんだって。でも九年前に死んじゃったんだよ。」
「キラっていくつなの?苗字は田中?」
レイラ「一個下だよ。苗字は阿久津。明星と書いてキラって読むんだって。かわいいでしょ?」
「かわいいじゃなくって、あんたキラに呪われてるんだよ?」
レイラ「う〜ん。それもわかる気がするの。「あんたなんか幸せよ!」ってキラに怒られたことあるから、呪われててもしょうがない。」
「何なの?ストーカーしたりされたり、その相手に呪われてるのに「分かる」とか?常識ないにも程があるでしょ?」
レイラ「うふ。よく言われるぅ。私ってバカだから優しくされると好きになっちゃうでしょ?好きな人なら何でも許せちゃうの。」
「やめな。そういうの。」
レイラ「ええ?好きになるのをやめるのって難しくない?」
「んん?う〜ん」
レイラ「えへへ。勝った。」
「はあ?わたし今、論破されたの?」
レイラは笑う。
こいつ、別の意味で頭いいのかも。何だか猪瀬より苦手かも。
レイラ「莉子ちゃんも恋をしなよ。」
「うるせえ」
猪瀬「うわ見て見て!そのキラのSNS見つけた!聖ニコ高校でオカルト研究会やってるって!」
見てみた。
『謎の呪物を置いて怪談!何かが起きる!?』
「くわ。」
猪瀬「怪談を話す会だって。他校の生徒も歓迎だって。」
涼子「悪趣味だわ。」
「え、でもなんか心美に聞いたかも。何だっけ?メッセしてみる。」
心美に『聖ニコの怪談を話す会知ってる?』と送る。
すぐに返事があった。読み上げる。
「ライトオカ研の子達が行くってさ。聖ニコ高の取り壊し中の旧校舎でやるって。」
涼子「それいつ?止めなきゃ!」
猪瀬「九月の二十二日」
「あと三日。」
涼子が立ち上がった。
「大学の呪物を視てみるわ!」
「いや、危ないよ。ミユキなんか電車で寝てる時にその『大学の呪物』にアクセスして魂持ってかれたんだから。霊能者の方が危ないんじゃないの?」
涼子は首を振った。
「ミユキちゃんだから浅い地獄ぐらいで助かったけど、普通の人は写真だけで持ってかれちゃうから、呪物本体があったらどんな深いところまで持っていかれるか分からないわ。」
言うと涼子は両手を合わせて目を閉じて集中した。
「そうじゃなくて、涼子が危ないんじゃないの?」
持っていかれたらどうすんだ。また塚に行って頼むんだろうか・・・怨霊の女の人は『神隠しは神に頼め』と言ってたけど、どの神だろう。涼子の神?それともさっきの天使や観音様に?
涼子が「はあっ」とため息をついた。
「どうしたの?」
涼子「農電大の東京校の方にはないわ。」
「神奈川校は?」
涼子「ちょっと遠い。今ちょっと集中するぐらいじゃ霊査できない。」
猪瀬「自宅かもよ。聖ニコでそれ使うんなら遠い神奈川はないでしょ?」
「自宅は分からないんだっけ」
レイラ「ごめん。」
猪瀬「あ〜もう!」
「まあでもその日になったらそこに持ってくるでしょ?待とうよ。」
涼子は真剣な目で空中を見つめて言う。
「準備するわ」
引き締まった美しい顔。久々に見とれた。
以下7へ。
これ2022から2023にかけて書いてたやつなんですが、その前の2021ごろ書いてた政治ものが奇跡的にパソコンに残ってたのを発見したので、そのうち出すと思います。これ結構、難しくて、今はかけません。
次回7は、キラ編です。




