妖しいスピリッチャー眼鏡 5
ホラーです。
今回は七不思議です。
ちょっと難儀しまして、だいぶ時間がかかりました。
なんとかまとまったのではないかと思います。
1
試験休みも終業式も終わり、本格的に夏休みに入った。
松井レイラがテニスのインターハイ決勝に出ると言う。
優勝がかかっているということで学校の体育館に大型スクリーンを張ってみんなで観戦することになった。
松井礼良。農電政経大学附属高校の『三大スター』の一人。
高一で芸能事務所にモデルとしてスカウトされ、その年のうちに男っぽいスーツにサングラスでランウェイを歩いた。また雑誌の企画で女子野球と女子サッカーに挑戦しめちゃめちゃ格好良くて、すごい数の女子がファンになった。部活はテニス部だがバドミントン部にも所属し、どちらも全国大会で上位。
しかも涼子のストーカー。
松井レイラに興味が湧いた私や心美とミユキで学校まで見に行った。
レイラは黒いユニフォーム。胸もあってスタイルは良い。顔は無表情。
レイラの身長は猪瀬によると百九十三センチ。デカ。体重七十二キロ。遠目にはスラッとしていてかっこいい。いつもはダボっとしたジャージを着ている姿を見かける。制服姿は見たことがない。
心美によると高二では猪瀬の誘いでバスケ部やバレーボール部の試合にも出たそうだ。ダンクシュートも軽々決めて大活躍だったらしい。でも先輩ウケが悪くて、それ以来そっちの部活には出ていない。
ウケが悪い理由は『面食いが態度に出ちゃうから』と心美が言う。レイラ自体カッコいいのに、あの無表情で先輩に対応する。でもテニス部の先輩にはニコニコするそうだ。テニス部の先輩は男子たちの裏投票で一位になった美人なので、あまり顔に自信がないバスケ部やバレー部の先輩たちは腹が立った、ということらしい。猪瀬が「怖いから笑顔で話せ」と注意したらしい。
そんなこと全然知らなかった。大体、私は人に興味がない。
レイラが上に高くボールを投げ上げた。
サーブもカッコよく、球速は二百キロを超えているらしく相手もレシーブ出来ない。
サーブが決まるたびに会場から「キャ〜ッ!」と女子ファンの声が上がっている。
松井レイラを美人だと言う奴もたくさんいるが、私はあの切れ長のつり目は怖くて見ていられない。
心美「人気あるね。」
「球速二百キロって世界レベルだよね?」
横のスーツの男の人が言った。
「でもあの子練習嫌いなんだよね。あんまり出てこないんだ。」
「ごめんなさい。あなたは?」
「前のテニス部顧問の林だが?」
心美「あ、林先生こんちわ。今年は顧問を代わったから付いて行かなかったんですね?この子は進学クラスの岩見沢です。」
心美の一般クラスとは先生が違うから面識がなかった。でも学校で見かけた気もしないでもない。
『あなたは?』なんて偉そうに言ってしまった。まずい。後で担任に言われちゃう。
林「でも松井さん今日も絶好調だね。」
笑顔でスクリーンを見ている。気にしていない様子。大丈夫そう。かな?
でもレイラのは練習嫌いというより、別の用事だと思う。追っかけの。
スクリーンではレイラのレシーブ。これも速い上にドライブがかかっていて相手は取れない。
ミユキ「この人、オーラがすごいわ。竜二くんぐらいある。」
体育館から出て、渡り廊下を歩いて校舎に入って、電気の付いていない廊下を歩く。
心美「難なく優勝しちゃったね。」
ミユキ「誰も勝てそうにないよね。」
「優勝後のインタビューも無表情で感じ悪いけど『クールで素敵い』なんてファンの子が言ってたわ。」
心美「ファン補正だわ。」
他の子達もゾロゾロ校舎に。
ここは旧校舎内の北側。一階は部室棟とされていて文化部の部室が入っている。ここから旧校舎を教室四個分歩いて真ん中まで行き、廊下を右に曲がると新校舎の建物に入って、そこを歩けば左の正面玄関から校門に早く出られる。校舎は大きなTの字になっている。
休みの日だけど校舎に生徒家族とはいえ一般人が入るのはどうかとも思うが、体育館から校庭を回る場合、校舎の左に行くと隣の農電大学側のフェンスがあって狭くて木も多くて通りずらいし、右へ校庭を回っていくのも新校舎を通り過ぎて向こう側から回ってこないといけないから遠い。校庭向こうの北門から出る場合は地下鉄の駅が遠いから、校舎内を歩くのが一番良い。
ここ旧校舎の一階の北側は部室がたくさんあるが幾つかの教室をベニヤ板で四つに仕切っていて、奥の部屋の部活の人たちは手前の部活の人の部室を通らないといけない。運動部などの部室は校庭横か体育館横にある。
正人が居る『アニメ研究部』の前を通り過ぎる。
心美「正人に声かけないの?」
「なんて?声かけてもしょうがないじゃん。」
ミユキ「そうじゃなくてえ、正人くんを口実にアニ研の人たちと話ができるじゃん。」
「話したってしょうがないじゃん。」
ミユキ「もう、そんなことばっかり言うんだから。」
心美「アニ研の人なら趣味が合うんじゃないの?」
「いいよお。」
歩いていると『オカルト研究部』と小さい看板がかかった部屋が見えた。奥は手芸部らしい。
「心美と猪瀬が追い出されたライト・オカ研だね?」
「みんなが出ていっただけで追い出されてはいない。」
近づくと看板の『オカルト研究部』の字の上に、小さく吹き出しシールが貼ってあり『ライト』と書かれていた。看板は古いまま使い回しか。
ミユキ「心美ちゃんは『オカルト研究会の会長』だよね?」
心美「元祖オカ研は二人しかいないから同好会なのだ!」
「同好会は部費が出ないし、顧問の先生もいない。部室もない。」
心美「顧問の先生は取られちゃったのよ。あの人オカルト好きだからライトオカ研に行っちゃった。それに私も猪瀬も忙しいから元祖の方も動画配信活動だけだしね。でも仲は悪くないよ。脅かしてやろ。」
心美は引き戸をガラッと開けた。
心美「いよーす!元気ィ?」
四人が椅子に座っていたのが一斉にこっちを見た。私がビビった。
「莉子に紹介しちゃうね。そこの金髪の可愛い子が一年生部長のメグ。男子二人は大きい方が小林。小さい方が中野。へへ大野の方が良かった?二人は二年生。三年生はあの時辞めちゃった。で、顧問の由結ちゃん先生。」
ユイ「こら。ゆいちゃん先生なんて呼ぶのは斉田だけだぞ。」
濃い黒の髪。ポニーテールにしているが、くせ毛で自然に巻いている。色白でおとなしそう。でも声には大人らしい自信を感じさせる。
心美「ユイちゃん先生は私のダンスの師匠なの。あのユニットダンス世界大会の中学生部門と高校生部門連続優勝した『キッス』の中心メンバーで、『狸坂13』で芸能界デビューしたんだけど腰を痛めて引退して、二年前に大学卒業して教師になったんだよ。」
メグ「先輩相変わらずよくしゃべる。」
メグはボブで金髪。生え際が五ミリ黒い。金髪に細かいウエーブが掛かった感じ。顔は漫画の主人公のように大きな眼でかわいい。
ユイ「何しにきた?前から言ってるようにダンスなら教えないよ。もう大っ嫌いなの。泣いて嫌だって言ったらやっと辞めさせてもらえたんだから。」
心美「残念ね。四年前はあんなに厳しく教えてくれたのに。」
ユイ「あれはごめんて。あれは事務所の強制でイヤイヤ教えてたんだもん。半分いじめ。ほんとごめん。」
心美「うっふ。許〜す。今は英語教師だよね。」
メグ「じゃあ斉田さんって本当にサユッぺだったの?」
心美「そうだよ。事務所のせいであんまり言えないけど。配信見て。」
ユイ「斉田ァ。用事ないんなら帰んな。こっちは夏休みの活動計画とか文化祭の企画とかで忙しいんだよ。」
メグ「あ、待って。斉田さん企画とか強そう。」
ユイ「君たち怖いんでしょ?斉田とか猪瀬とか。」
男子二人はウンウンうなづいた。顔が青い。そうとう怖い目を見たらしい。
メグ「私は二人のファンだもん。金髪はマリリンに見て欲しいからだし。」
心美「企画ぅ?莉子ぉ?なんかない?」
みんなの視線集中。肩がすくむ。
「え、あの・・・岩見沢莉子です。」
ユイ「ふっ。」
ユイ先先は、笑うと頬がプクッとしてかわいらしい。
メグ「ウフッ。宝田めぐみです。」
でも面倒だな。初対面の人たちとしゃべるのも緊張するし、早く逃れたい。思いつきを言おう。
「そうね。学校七不思議なんてどう?」
メグ「ほ、すごい。」
ユイ「おおお。」
小林「また怖いのを・・・」
背が高い小林。ヒョロっとしてるが腕の長さとか体のパーツの長さが竜二ぐらいだから、たぶん百八十超えている。特徴のない七三分け。顔も悪くないが良くもない。
心美「あれなー。花子さんとかのやつ。この学校の七不思議なんてあったっけ?」
中野「あのー、あれって猪瀬さんが一年生の時に動画撮ったけど、猪瀬さんが忙しくて中止になったらしいですけど。」
背が低い中野。優利くんより低い。髪は丸坊主。運動部と掛け持ちかも。
ユイ「やろかあ。面白いから。夏の間から一つづつ回って編集して。文化祭は動画上映でいいか。」
メグ「なんか映ったら怖いですう。」
中野「何も映らなかったら?それは企画として無駄になるかも。」
ユイ「そこは研究部なんだから、色々と過去の事件とか歴史背景とかを検証したらいいじゃん。」
メグ「なんか取り憑いたら怖いですう。」
ユイ「TVとかだと霊能者がもしもの時のために控えてたりするんだよね。お祓いできる人呼ぼうか。」
小林「でもお金かかりますよ。」
ユイ「あ、そっか。」
心美「ここに居るじゃん。」
心美はミユキを見る。
ミユキ「やだ。」
ユイ「ひょっとして霊見える?」
心美「保護者?莉子?」
「え?夜中はダメよ。その前に子供は夜は寝ちゃうでしょ?」
ユイ「肝試しじゃないから夜はやらないで。」
ミユキ「だめよ。肝試し自体が霊を怒らせるし、供養の気持ちがあったら頼られて憑依されちゃう。そういうところに行くだけで危険なのよ。触らぬ神に祟りなし、だわ。」
さすがミユキ。すぐ説教の言葉が出る。
ユイ「肝試しじゃなくて真面目な検証、って事で。」
メグ「検証ってテイでしょ?」
心美「でもさ、現実を知れば、助けられる霊が居るかも知んないじゃん?」
ミユキ「甘いなあ。心美ちゃんだってひどい目に遭ってるのに。」
心美「あああ。忘れてた。」
ユイ「何それ!」
メグ「知ってるー!マリリンのチャンネルで体験談やってたよね!」
心美「じゃあ涼子ちゃんに頼む?」
ミユキ「霊がみんな逃げちゃうよ」
ユイ「それは困る。」
「じゃねえって先生。何?一緒にやる感じなの?私たちも?」
心美「いいじゃん。新旧オカ研合同企画よ。私も動画撮ろ。」
メグ「それなら編集には立ち会わせてもらうわ。」
心美「ミユキちゃん、危なくなったら言ってよ。逃げるから。」
ミユキ「う〜ん、もう、しょうがないなあ。誰かが守んないと。」
小林「でも人がいない休日の校舎なんて昼間でも怖いけどね。」
心美「じゃあ、下見だ!今から一つづつ見てみよう!」
メグ・ユイ「「おお〜!」」
「知らないからね」
2
電気の消えた旧校舎の真ん中、一階のロビーで待っている。
前には貴族の屋敷みたいな大階段があって、広い中二階の踊り場があって、両側に二階への階段がある。
ロビーに自販機。四月に床に座ってジュースを飲んだところ。近くにはエレベーターがあり、その横にまた二階への階段がある。旧校舎ロビーの南側は元教室が並んでいる。今は資料倉庫とかになっている。端っこに理科室。廊下の突き当たりにもう一つ二階への階段がある。
ロビーの南側は電気がついていない。人がいない校舎は怖い。
新館側からユイ先生が来た。職員室は新館にある。
ユイ「待たせてごめんね。鍵借りて、昔からいる教頭先生に七不思議聞いてきた。」
先生がスマホ片手に撮影。身長は私よりちょっと低い。優利くんぐらいか。百五十六とかだろう。
スマホは心美のやつ。今回はお試し撮影とか言ってる。スマホケースに赤地に『SK』とでっかく書いたシールが貼ってある。英語でココミサイダなら『KS』だろうが、と見るたびに思う。
スマホライトが眩しい。
ミユキ「まずは音楽室ね。」
「ミユキやる気じゃん。」
ミユキ「高校なんてあんまり入れないから面白いかも。」
エレベーターで二階についた。普段は原則、生徒の使用は禁止だが、今日は教師もいるので良し。
静まっていて足音が響く。
ユイ先生が言う。
「ノーデン大付属の七不思議。教頭先生は『校長は死者が出るかもしれないからやるなと言ってる』だって。」
メグ「やだ怖いい。」
メグの身長は、可愛いくせに私よりでかい。百六十は超えている。涼子より高いぐらい。
旧校舎の一階南端にあるのが理科室。反対側の二階北端は音楽室、三階端は美術室。四階は図書室。
その隣が生徒会室。
生徒会室はこの前わたしが正人と薫子の事で恥をかいたところ。
「きゃああもう!」
メグがビクッとした。
心美「やだ。どしたの莉子?」
「なんでもナイ。」
ロビーの東側は昔は玄関だったらしいけど、今は直接新校舎に繋がっている。
新校舎の真ん中には南向きの正面玄関があって駐車場があって駐車場の右、東側に正門がある。駐車場の向こうの高校の南側は農電大学の敷地になっている。
二階、音楽室前についた。
ユイ先生は携帯で音楽室の扉を撮りながら言う。
「七不思議の第一は『音楽室からピアノの音がする。午前二時にショパンの『別れの曲』を弾くと、呪い殺される』だって。」
心美は眼鏡をかけた。
ユイ先生が撮りながら鍵束を中野に渡した。
中野が小さいシールに『音楽室』と書いた鍵を見つけて鍵を開けた。
ユイ「ふふふっ。ワクワクしちゃう。」
心美「オカルト好きだもんね。」
ミユキが中を見て「ああ」と言った。
「何?」
小林「視線感じない?」
「確かに。君たちの部室を開けて睨まれた時のような嫌な感じがする。」
ユイ「それは嫌味だな?睨んでねーし。」
メグ「やだ。先輩怖いこと言わないで。」
中野「小林はいいよね。見えるだけだから。僕にはさっきからずっとショパンが聞こえてるよ。」
心美は眼鏡を外し、私にくれた。かけてみる。
今日は心美のお姉ちゃんの霊はいない。居たりいなかったりする。
耳にショパンの『別れの曲』が聞こえた。聴覚も変わるとはつくづく不思議な眼鏡。
音楽室の中には、ひとクラス分の三十人ぐらいの人数がいた。私たちを見ている。視線が怖い。
生徒の霊。男女居る。詰襟の黒い学生服にセーラー服、黒いブレザーの女子に、グレーのベストの女子、最近の紺ブレの男女の子たちもいる。たぶん歴代の農電附属高の制服。夏服も冬服もごっちゃに居る。
その真ん中で白の夏セーラー服の女子生徒がピアノを弾いている。流れるような美しい音色。昔の有名なドラマでテーマになっていた曲。
見ていた生徒たちは、ピアノの方に向き直った。
ユイ「ねえねえ、先生にも何が見えてるか教えて。」
「じゃあハイ。」
ユイ先生に眼鏡をかけてあげた。
ユイ「わお!何コレ!すごーいすごーいすごーい!」
心美「ゆいちゃん先生うるさいよ!霊がまたこっち見たじゃん!」
ミユキ「あんまり見ない方がいいよ。波長が合っちゃうと取り憑かれちゃうよ。」
ピアノが止まった。
弾いていた長い髪の子がこっちを見ている。
生徒の霊たち三十数人もこっちを見ている。
弾いていた女子がこっちに来る。緊張走る。どうしよう。
女子の霊が言う。
『あなたはどうして光ってるんですか?』
ミユキに言っている。
ミユキ「悟りの光です。皆さんを導きに来ました。」
「何言ってんのミユキ。出来るの?」
ミユキ「ここまで来たらやるしかないじゃん?」
女子霊『導くとはどういう事ですか?』
霊たちも互いに話し始めてざわざわした。
ミユキ「みんなピアノを聴きに集まったんですね?」
霊たちはうんうんとうなづいた。
ミユキ「皆さん亡くなられたのを、分かってますか?」
みんなざわざわした。
ミユキはピアノ女子の横の黒いブレザーの女子に手のひらを向けた。
ミユキの手から白い光が出て、女子の胸に吸収されてゆく。
ミ「あなたは、クラスでのいじめを苦に自殺しましたね?」
霊が驚いて目をカッと開いた。
ミ「まだ旧校舎の屋上の金網が登れば出られる高さだった頃に。」
今は二メートル以上はある。上の方が内側に曲がっていて、クライミング部でもなければ怖くて登れない。でも新館のエレベーターの上の高くなった所は登れる。上への梯子に手が届くような脚立とかがあれば登れる。なくても懸垂が何回かできれば登れるかもしれない。まだそこから飛び降りた奴がいないのであそこは金網がない。
ユイ「金網が低かった頃?それは多分平成の中頃だわ。」
その女子は『やだ!』と叫んで顔を両手で覆って座り込んだ。
ミ「大丈夫。苦しみは過ぎ去りました。あなたは亡くなっているんです。もう苦しまなくて良いんです。ピアノを聴いている時は安らかな気持ちだったでしょう?恨みや悲しみは辛いです。安らかな気持ちになって天国に上がってください。」
女子は顔を上げた。
ミ「光が見えますか?見えないなら、ご両親を思い出してください。それも嫌なら愛する人を。それも居ないなら、優しい愛の神をイメージしてみて。」
上空からの光がその女子の顔に差した。彼女はスーッと上空に浮かんで消えた。
生徒の霊たちは驚愕した。
ミユキ「これが成仏です。」
「すごいミユキ」
ミユキ「わたし小学校でもやってるの。」
霊たちがざわざわ口々に喋っている。
ミユキ「皆さんは、死後行き先がわからず、地上に溜まって「地上地獄」を作っていたんです。あの世の天国に行けば、いつかまた生まれ変われますから。成仏しましょう。」
ブレザーの男子が言う。
『え、俺死んでないと思う。意識があるもん。』
ミユキ「あなたは、階段から落ちた人ですね?手を胸に当てて考えてみてください。」
霊がそうすると、ミユキが言う。
「その手、胸に突き抜けるわよ。」
男子の霊のその手は胸に入ってしまった。
男子霊『うわ!えっ?キモ!』
ミユキは自分の胸の真ん中を拳でドンドン叩いてから言った。
「手が突き抜ける生きた人なんていません。みんなは霊なんですよ。」
霊たちがやってみると、手がスポスポ突き抜ける。『ヒャ』『キャ』と短い悲鳴があちこちで起きる。
紺ブレの女子が言う。
「なら、肉体を返してください。」
ミ「あなたは下校時に事故に遭った人ですね?あなたの肉体はもう焼かれてしまいました。天国に帰って、また両親にあたる人を決めて、赤ちゃんとして生まれてくるしかありません。」
女子の霊『やだあ』
ミ「地上での人生は卒業です。これからは天国に行って経験を積んでまた生まれてきてください。早い人は数年で生まれ変われますから、それを信じて、これから頑張ってください。」
女子霊『光が見えます。あっちに行けば良いんですね?』
ミ「はい。」
霊たちの顔にも光が当たっているのが見えた。
霊たちは光の方向に歩き始めその場で消えた。
ピアノ女子が残った。
ミ「あなたは病気で亡くなったんですね?楽しかった高校生活。ピアノを弾いてみんなが集まって聴いてくれた時が一番楽しかったんですね?」
霊が泣いた。
ミ「この学校で亡くなったみんなの心を慰めてくれてありがとう。おかげでみんな気持ちが癒されていて、素直に上がってくれたわ。」
霊は両手で顔を覆った。すすり泣く霊。
ミ「あなたも帰りますか?それとも、まだ、ここで不成仏の霊たちのためにピアノを弾いてくれるんですか?」
霊はミユキを見た。
『やっぱり私、死んでたんですね。この楽しさがずっと続けば良いのにと思ってました。』
ミ「天国はそういう楽しいところです。」
『あの世でもピアノ弾けますか?』
ミ「弾いてたじゃん。」
『あそっか。』
霊が笑った。
その頭に光が差した。
霊の姿は消えてソフトボールみたいな光の玉になって上空に上がって消えた。
教室は静かになった。
「雰囲気が軽くなったね。」
ユイ「すごいすごいすごい!ミユキちゃんすごい!」
小林「いやあ、霊が成仏するの初めて見た。」
中野「ピアノもざわざわも聞こえなくなったね。」
メグ「何が何だか分からない!」
心美「じゃあ、お母ちゃんがこの眼鏡を貸してあげる。」
心美はユイの眼鏡を外してメグにかけた。
メグ「誰が母ちゃんなのっ!もうっ!何にもいないじゃん!」
心美「じゃあ、ミユキを見てみし?」
メグは見る。
「をっ!光ってる。仏像なの?」
ミユキ「仏像じゃないよ。」
メグ「みんなオーラが出てる!すごーい!こう見えるんだ!」
心美「でも第一の不思議はこれでダメになっちゃったね。」
「ピアノがあれば、また集まってくるんじゃないの?」
黒いブレザーの女子がピアノの椅子に座った。
モーツァルトを弾き始めた。ポツポツと生徒の霊がやってきた。
3
三階。美術室に向かう。
心美は携帯動画を見返している。
「ダーメだ。なんも映ってないわ。撮影やめやめ。電池のムダムダ。」
ユイ「次回は高性能デジカメで撮ろうね。」
私の進学クラス三年六組の選択科目は美術。猪瀬の七組は家庭科だった。聞いたところ学校の考えでは、三年生の選択科目は、受験勉強に疲れた生徒たちの息抜きになるようにとの事だったらしい。確かに粘土をこねて顔の像を作ったり、カレー作ったりクッキー焼いたり音楽聴いたりは楽しいだろう。附属なので大学に落ちることはほぼないから校風は穏やかで、外部受験組も「時間の無駄だ」なんて怒る奴はいない。
心美「でも音楽室の噂は有名だったよ。昼間でも聞こえる人は聞こえるって言ってた。莉子のクラスは美術だよね?美術室の幽霊は見た?」
「いやあ?」
でも、居眠りしてたら一度スーツの男に制服を脱がされる夢を見たな・・・
メグ「先輩ヤラシッ!」
「あああ、眼鏡かけてしばらくは、心の声が聞こえるんだっけ。」
ユイ「やーばい。何も考えないようにしなきゃ。」
見える小林は言う。
「僕だけ聞こえないのはずるいよ。」
聞こえる中野が言う。
「僕だって人の思いなんて聞こえない。僕は霊が言ってることが聞こえるだけだよ。」
ユイ先生は美術室の鍵を開けて引き戸を開いた。
暗い中にうごめく男女の霊たちが見える。
ミユキ「ああ、ここは私向きじゃないって守護霊の水蓮さんが言ってる。『せっかく色情の経験を忘れた清い心の子供をやってるのに、わざわざこんな奴らに関わる必要はない』って。」
ユイ「ええ?聞こえないよ?」
ミユキ「普通の霊とはちょっと波長が違うから、聞こえない人は聞こえないの。」
心美「水蓮さんって天使みたいなもんなんでしょ?」
ミユキ「たぶん・・・」
「先生、ちなみに七不思議の二番目は?」
ユイ「美術室に裸の女の霊が出る。霊に魅入られた男子は死ぬ。男の霊に襲われるってバージョンもあるよ。」
みんな部屋には入らない。怖い。
ミユキ「男も女もたくさんいるよ。歴代の不倫教師とかのカップルがここに居る。行為にふけってる。色情霊だから私なんかは説得不能だわ。話なんて聞いてくれないもん。」
メグ「でも、ずいぶん冷静ね。」
ミユキ「悟りの基本は欲と怒りを抑える事だもの。肉体は我ならず。霊こそ自分よ。」
メグ「説教くさいのね。どれ。」
メグは眼鏡をかけたまま中を見た。
「うわ。AVみたい。」
心美「あ、でも三十年くらい前に不倫関係の教師ペアがここで服毒心中したってよ。オカ研の先輩に聞いたことがある。」
ミユキ「その二人が最初ね。その後、仲間を引き込んでる。心中はしてないけど、死んだ教師と元生徒とか、教師同士も、何組もみんなここに居るわ。ふっ。思い出の場所なんだって。あとお相手が居ない人も何人かいて・・・」
目をぎょろっとさせた大人の女の霊が開いた引き戸から顔を出した。全裸。
「うわ!」
私なんか見えていないみたいに、聴こえる中野君に向かって聞いた。両側に裂けたような怖い口で。
『あんたカズヨシ?』
「な、中野です。」
見える小林君に聞いた。
『あんたカズヨシ?』
「・・・」
聞こえてない。見えるだけの小林君は硬直している。
ミユキ「いけない!やめて!」
裸の女の霊が小林君を中に引き込んだ。やけに手足が長く見えた。
小林君は床に仰向けに倒され、金縛りみたいに動けない。
裸の霊はそれに馬乗りになって見苦しく絡みついた。
ミユキ「やめなさい!あなたもあなたのお相手も死んだのよ!」
女霊は目をひんむいて、小林君の顔を長い舌でベロベロ舐めながら言う。
「カズヨシを連れて来いカズヨシを!こいつは人質だあ!」
メグ「キモイいい」
声もキモい。欲望というか他人から奪う気持ちでいっぱいなのだろう。人間ここまでキモくなるんだろうか。
ミユキ「本人たちには互いが美しく見えてるみたいよ。でも、色情というのは情欲とも言うけど、神の情けなの。地上での修行は厳しいから、みんなギスギスした気持ちになってしまうから、神様は一定の喜びを与えたと言われているわ。でもそれにのめり込んで、それだけの為に生きるようになると色情地獄でそればかりして生きるようになる。魂の転落だわ。」
ユイ「・・でも、好きな男とだったらそれもいいんじゃない?」
「先生ェ・・・」
心美「大人ァ。」
ミユキ「バカ言わないで。あの世は食事も仕事もしなくていいんだから四六時中で何年もずっとよ。人間じゃなくなっちゃう。それに問題なのは死んだら肉体がないということ。あの世でのそれは経験と想像だけになってしまうから満足は得られない。だからって生きた人間に憑依しようと狙うようになると、さらに心境が落ちて苦しみが深くなる。飽きて正気になって上がってくるまで何年も何十年もかかるわ。性じゃなくて精神的に満足するような地上での経験が必要よ。」
「ミユキだって経験ないくせに。」
「でもね、さらに人間らしい優しさとかを忘れて理性を失い、獣のような心を身につけると動物地獄、昔で言う畜生道に堕ちるわ。人間なのに動物の本能と傾向性のままに生活をしないといけない。その上、強い敵に食べられたり、人間のような鬼の霊に使役される。その苦しみは想像するだけで恐ろしいわ。そこから出るには肉体ではない『霊体』としての別の自分を確立しないといけない。」
「ねえ、そんなこと説明している間に小林君が色情霊にされてしまうわよ」
ミユキ「ああっ!・・・神よ、主よ、彼をお救いください。」
ミユキが両手を合わせて祈ると、空中に尼僧が現れた。ミユキの守護霊の水蓮さんだ。
一緒に白い服の男性が現れた。
女霊は叫んだ。「カズヨシ!」
女霊は男の人に飛びついた。
でもそれは通り抜けた。
床で唖然とする女の霊。
男性の霊は両手を開いた。
『おいで。』
女の霊が飛びついた。今度は通り抜けず、女霊はがっしり手足を絡み付けた。
髪の毛は振り乱し、その顔は黒く妖艶で邪悪なメイクをしたように見える。
男の霊『とりあえず僕が連れて行く。でも僕は生前のことは反省して天国に上がってしまったからね。一緒には住めない。たぶん君は色情地獄に何年か何十年か堕ちるだろう。でも、たまに会いに行ってあげるから、人間らしい気持ちや向上心を思い出して上がって来いよ。』
女の霊は聞いていないかのように、すごい目つきで男の頬にちゅーっと噛み付いている。
そして女霊は言った。
『ずるいぞカズヨシ。お前があたしをこうしたようなもんじゃねえか。お前も絶対引き込んでやる!』
顔が般若の面のように変わった。
ユイ「うひょえええ!キモいっ!!」
水蓮『たぶん二人とも地獄行きかもね。まあそれも反省です。』
水蓮さんと二人の霊はピカッと光って消えた。
中では相手のいない男女の霊がこっちを見ている。
ミユキがピシャッと引き戸を閉めた。
「うわ・・・私もう美術の授業受けらんないや。」
ミユキ「お守りあげるね。」
中からバンバンと引き戸を叩く音が!
メグ「ヒャアーッ!」
「開けて!開けて!」
心美「やばい、小林君だ。」
出してあげたら、床に四つん這いになってゼエゼエ言っている。
ユイ「ふっ。どうだった?」
小林「どうも何も、股間に乗られて全身ぬるぬる触られるし、顔をひたすら舐めたり噛んだり、もう、おれ女の子怖くなっちゃう」
ユイ「あはははっ!それならこれでメグも安心だね。」
メグ「そうね。」
中野「そうねーなんだ。言い寄られてるの?」
小林「てねえよ!」
「ねえ、早くここを離れようよ」
みんな歩き出した。
ユイ「ここの霊たちは天国に送れないの?」
ミユキ「無理無理。話聞いてないもん。力ずくで祓うのも私じゃ無理ね。しつこい霊たちだから私に来ちゃう。そんなの背負う気ないし。」
「封印の祈願とかないの?」
ミユキ「あるけど、やっぱり私がやったら私の責任だから私はできない。校長先生がやるべきよ。」
ユイ「プロのお祓いでも呼ぼうか。そん時は取材しよう。」
ユイ先生は携帯を見ながら「えっと、三番目。」と言った。
「『図書室の軍人の霊』夜中の二時に太平洋戦争に勝つ話をされる。聞かないと軍人の霊がたくさん来て銃殺あるいは撲殺される、だって。」
「なんか聞いた話だね?」
ミユキ「多分その中心の霊はもう居ないから、周りの霊たちだけでしょ?三番は飛ばしていいかな?」
ユイ「なんでよ。つまんないじゃん。」
「先生すっかりプライベートね。」
ユイ「そんなコトナイデス」
ミユキ「その霊はこの前、莉子ちゃんに憑いて来ちゃったから、みんなで苦労して浄霊したんです。すごくしつこくて物理現象まで起こせたから、あれ程の霊はなかなか居ないでしょ?他の霊はみんなが回る時のために取っとけば?」
「芹沢さんはいい人だったよ?」
ミ「いい人だけに、余計苦労したのよ。」
中野「え、でもでも死ぬってよ?」
ミユキ「死なないよ多分。噂だから大げさに言ってるのよ。あの霊も『人を殺したことはない』って明言してたもん。嘘じゃない感じだった。」
ユイ「う〜ん。部長?」
メグ「疲れない?あとは明日にしようよ。」
ミユキ「そうね。莉子ちゃんたちもそれでいい?」
「そうしよっか?」
心美「だね。」
ミユキ「あ、あと小林くん?」
小林「くん?」
ミユキ「家に帰ったらスプーン一杯でいいから頭から塩かけて、塩入れたお風呂に入るといいわ。それで残った邪気が取れると思う。」
小林「あ、はあい」
ミユキ「塩で憑依霊は取れないけど残った邪気は取れるよ。あと、引き出しの水着の写真多すぎ。少年漫画のグラビア写真集めてるの?一度全部捨てたら?」
小林は真っ赤になった。
中野「そうなのか。お前最低。」
ミユキ「中野くんも動画見過ぎだと思う。」
中野「ゲッ」
男子二人は赤くなってうつむいて黙った。
小学生に言われる。高校生の立場ないよね。
でもミユキ・・・なんか指示しちゃって涼子みたいだな。
4
翌日。
昼食をとってから、午後一時に学校に集合。メンバーは同じ。
校庭を歩く。
ユイ「四番目は『旧館真ん中の階段。午前二時に十二段が十三段になる。』で、五番目が『校庭の二宮金治郎の像が午前二時に追いかけてくる。』で、六番目が『旧校舎の大鏡。午前二時に前に立つと死んだ人に引っ張り込まれる』だって、で、七番目、」
メグ「ねえねえ、金治郎ってあれ?」
指さす花壇のところに、焚き木を背負って歩きながら本を読む二宮金治郎像があった。
ユイ「そうだね。」
みんなで見に行く。
高さは台座と合わせても私の身長より低いから。百六十センチもないと思う。
像は割と大きく高さ八十センチはある。
心美「歩きスマホ禁止・・・」
像の台のところに『報徳』と書いてあり、その下に『至誠・勤労・分度・推譲』と書いてある。
メグ「なんて書いてあるんですか?意味は?」
「う〜ん?」
知ってるけど真面目すぎて言いたくない。知ったかぶりで偉そうに思われそう。
「心美、日本史っ!江戸時代!」
心美「江戸は二学期ィ。まだ習ってないよ。」
中野「僕は日本史クイズ得意だよ。二宮金治郎は二宮尊徳とも呼ばれ、江戸後期の人物。幕末の前あたり。小田原藩の財政を立て直した人。死後は報徳神社に祀られているけど、お墓は文京区吉祥寺。」
メグ・心美・ユイ先生が「おおお」と感心した。
メグ「じゃあ、下の字はどういう意味?」
ユイ先生が答えた。
「報徳は『人のために何か良いことをすると報いられるよ』って教え。人に良いことをすると巡り巡って来て還元される。簡単に言うと『与える人は与えられる』ぐらいの考え方。」
心美「先生詳しい!何で?英語教師だよね?」
ユイ「今の校長先生は二宮尊徳の孫弟子の子孫だとかで、この学校に就職の時に聞かされたんだけどね。下の四つは、要約すると『心を込めて正直に生活して働くと、自然に贅沢しなくなるから、貯まったお金や知恵を人のために生かせ』ぐらいの教え。」
メグ「へええ。」
ミユキ「私たちの教団では二宮尊徳は高級霊だって言われてる。高級霊で『福の神』だから祟って追いかけてくるなんてありえないわ。」
小林「『肝試しなんかしてないで勉強しろ!』って追いかけてくるんじゃねえの?」
メグ「それ別の意味で怖い。」
青銅でできた青緑色の像。顔は縦に白く酸性雨の跡が付いている。
中野「磨いたらご利益あるかな?」
ユイ「じゃあ中野くん、あとで磨いといて。」
中野「えええ?」
ユイ「私らオカ研でしょうが。ご利益検証検証っ。」
旧校舎に入ってゆく。
旧校舎の一階真ん中のロビーに大階段。中二階の踊り場があって左右両側に二階への階段がある。
昔はそのロビーの向かい側正面に玄関があったという。今はそこに新校舎の廊下がつながっている。風水的に良くはないだろう。たぶん。
大階段の前に立った。
ユイ「十二階段が十三階段にって、まあ昼間だし、何もないとは思うけど。」
心美「先生?眼鏡は?」
ユイ「まあ、まだいいかな。」
心美「莉子は?」
「かける。心美は?」
「もうかけた。今、霊が見える状態。」
心美から受け取った眼鏡をかけた。廊下は生徒たちや先生たちの霊がいっぱい居た。
音楽室の時のように、夏冬新旧の制服の生徒たちが、みんな休み時間のように話し込んだり行き交ったりしている。
心美「ミユキはかけなくていいし、メグは?」
メグ「私もまだいいかな。」
心美「男子二人はいいよね?二人でなんとかしなさいね。」
中野「ええ?僕もかけてみたい。」
小林「俺も。」
ユイ先生が何か言おうとしたが、ミユキの方が早かった。
「まだいいでしょ?その方が霊能力も磨けるんじゃないの?」
中野・小林は同時に「はあい」と答えた。
なんか師匠みたくなってる。
ユイ「じゃあ、上がってみよう!」
横に並んでそろって上がってみる。
「いち!に!さん!し!」
みんなで数える。元気良すぎる。オカルト企画じゃないんかい。
「じゅういち!じゅうに!じゅうさん!」
何人かが「タン!」と無い階段を踏みつけた音がした。
え、でも私は体が上がったけど?
メグとユイ先生の爆笑が聞こえる。
メグ「あははははは!ないよ!十二段だよ!」
見るがライト・オカ研たちは居ない。
心美とミユキと私だけ。
「ええ?」
すうっと周囲の雰囲気が変わった気がした。
心美「これは何?オカ研と先生は?」
ミユキ「私たちだけ霊界に入っちゃったんだと思う。たぶん霊界の建物は十三段なんだわ。」
心美「ふっふ。冷静に解説してる。おもしろ!」
「面白くないって。」
周囲のざわざわに気づいた。
生徒たちや先生たちが行き交っている。百人いるだろうか。
「先生にスマホで連絡、ってあれ?文字化けしてる。数字が読めないよ。くっそ!でもかけちゃる!」
呼び出し音が切れて声がした。
『岩見沢さん?』
「聞こえた!先生!」
『・・・』
「聞こえない。心美?あれ?」
二人がいない。生徒たちの霊もいない。シンとしている。まずい。これパラレル世界かも。
「ミユキ!心美!どこ!」
空中から急にミユキが現れた。
「わう!」
ミユキのオーラが見える。ミユキ浮いてる。絵画でキリストが現れたときのやつみたい。
ミユキ「ここは幽界・・・というか中間的な世界かもしれない。霊界は思いの数だけ世界があるのよ。」
「さっき一瞬、霊たちがたくさんいる世界に出たけど、」
ミ「あれはたぶん霊たちの意識の世界ね。あの霊たちは死んだことがわからず学校をうろうろしていて、そういう霊がたくさん集まって一つの世界を作っている。あれも『地上地獄』ね。」
「う〜ん・・・でも、どうやって帰ろう・・・」
黒い学ランの男子生徒が走って来た。それを三人の男子生徒が追いかけて来た。
最初の男子が追い詰められた。
追った男子が言う。
「お前なんでパン買って来ねえんだよ!」
「なんだか売ってねえんだよ!」
「ふざけんなお前!」
「言うこと聞かないとどうなるか分かってんのか!」
追った男子の一人がナイフを出した。
「やめなよ。」
あれ、わたし言っちゃったよ。あの世は思いの世界だから黙ってることなんてできないのかも。
学ラン男子たちがこっちを見た。
ミユキ「逃げようよ!」
ミユキと走る。二人で廊下を走る。
男子たちがナイフを持って追いかけてくる。
殺される?とにかく走る。
ミユキ「どうしよう。誰か助けて!神様助けて!」
周りがザワっとした。
止まって振り向いて見た。
背の高い和服の人が背を向けて立っている。背中に焚き木をたくさん背負っている。
「ええ?」
男子生徒が怒鳴る。
「なんだテメエこの野郎!」
ナイフでかかってくる生徒を、背の高い人は焚き木でボカンと殴った。
生徒たち三人は逃げていった。
振り向く背の高い人。頭はちょんまげ。
涼子のように燦然と輝いている。
「誰?二宮さん?」
ミユキ「あ、ありがとうございます!」
ミユキも私もぺこぺこ頭を下げた。
髷の人「不成仏霊でいっぱいだな。ミユキちゃんのとこの教えとかが広がって、この人たちの遺族が供養の気持ちで祈ってくれるぐらいにならないと、なかなか救えんだろうなあ。」
「あの、出口が分からないんですが、」
「明るい方向に行きなさい。もう一人はそこで待ってる。」
ミユキ「ありがとうございます!」
「あの、勉強しなさい、とか言わないの?」
「言われたいの?」
「いえあの・・・」
「ふふ。時間をむだにしなさんな。早く行きたまえ。」
霊はカッと光って上に消えた。
二人で頭を下げて見送った。
周囲を見た。
廊下の奥が明るく光っている。
生徒の霊たちを押しのけながらそっちに向かう。
ミユキ「あの人は二宮さん本体じゃなくて、普通の天使かもしれない。私たちの意識の縁を通じてアクセスして来てくれたから、そう見えたのかも。」
「解説はいいから走って!」
だんだん生徒が増えてくる。すごい数の中、泳ぐようにかき分けて、進む。
もみくちゃの中、服が引っ張られた。たくさんの手に引っ張られて少しも動けなくなった。
「もおお!放せええ!」
その時、ミユキの甲高い強い声がした。
「悪霊撃退っ!えええい!」
前がカッと光った!
周囲の生徒の霊たちが吹っ飛んだ。
ミユキが涼子のようにギンギンに光って右手をこっちに向けて立っていた。
でもミユキのオーラはすぐに縮んだ。
「ミユキそれ早くやってよ。」
ミユキ「行こう!」
光の方向に走る!トンネルを抜けるように向こうへ!
廊下を走っていた。
さっきの大階段の前に出た。
大階段の上では心美が立っていた。周囲は誰もいない。
ミユキと大階段を上がる。
「待って、また別世界に行くと怖い。心美!」
心美がこっちに来た。
階段を上りきらないところから手を伸ばして踊り場の心美の手を握った。
心美「ずいぶん待ったよ。誰も居なくて怖かった。」
「あれ?手が通り抜けないね。」
ミユキ「二人で強く『握ろう』と思えば握れる。」
「で?どっちに行く?上か下か。」
ミユキ「明るい方っ」
踊り場の壁の上の方に採光用の小窓があって明るい。
「上っ。」
階段を上がった。
周囲を見る。何も変わらない。よし。
「でも困った。どうする?」
ミユキ「窓から出る?」
「あんな高さ出れないよ。」
ミユキ「ここは霊的世界だから飛べるよ。」
ふわっと浮かぶミユキ。
「おおっ!」
ミユキ「やってみて。」
目を閉じた。飛べ!
ぜんぜん浮かばない。
「そんな器用じゃねえって。」
ミユキ「う〜ん。いい機会なのに。」
心美「じゃあ、とにかく外に出よっか。」
階段の下を見るとロビーの向こうは玄関。下駄箱が並びガラスの扉がある。外は薄暗い。
心美「あれ?新校舎は?」
ミユキ「ここは霊界の建物よ。たぶん霊界の旧校舎なのよ。外に出たら霊界だよ。」
「どうする?」
心美「あ、七不思議の六番目なんだった?」
「大鏡。鏡をのぞくと霊界に引き込まれるってやつ?」
ミユキ「そっか。逆に霊界から地上世界に出られるかもしれないね。鏡を探そう。」
心美が壁を指さした。
今いるのは大階段上の中二階の踊り場。その壁に二メートル四方の大鏡があった。
「さっきは無かったよ?」
ミユキ「ここは霊界。意識したものしか見えない。意識しないものは存在しない。」
心美「鏡の話はオカ研の先輩に聞いて知ってたの。大鏡の前に立って写真を撮ると白ワンピの髪の長い女の人が映るって。」
「その姿って幽霊の定番じゃん。」
「でも鏡は地震で割れちゃって今はもう無いんだって。」
「じゃあダメかな。」
ミユキ「地上で廃棄されたものはあの世に移行するというわ。前は地上側にあった鏡があの世側に行っただけだから異界の入り口としては大きく変わらないと思う。」
「どうする?誰か呼んで引っ張ってもらう?」
ミユキ「あの世は思いの世界なのよ。イメージして!向こうに、そう、先生とかみんなをイメージしてみよう。そこに帰ろう。一緒にいたんだし」
あの世の大鏡を見る。そこは暗い灰色の世界。誰も写っていない。
先生を想った。ユイ先生。濃い黒の髪。プクッとしたほっぺの笑顔。
メグ。金髪でボブ。目が大きくてカワイイ。
小林。でかい小林。グラビア写真を集めている。
中野。小さい中野。動画見過ぎの中野。ぜんぜんイメージしたくない。
でも鏡の向こうに四人の姿が見えて来た。
四人は心配そうな顔で、中腰にかがみ込んでいる。
その下には私、心美、ミユキが倒れている。
「見える?」
心美「見えた!」
ミユキ「行こう!」
二人と手を繋いで鏡に飛び込んだ!
5
高い天井が見える。
覗き込む先生とオカ研たち。
倒れてた。十二階段の上。
起きた。振り向くとミユキがゆっくり起きるところだった。
ユイ先生。視える小林。聴こえる中野。メグ。
あれ?心美、横で倒れてる。
ミユキ「大丈夫?」
「ねえ心美!」
心美の体をゆすった。
心美はガバッと起きた。
「うわ!何これ!夢!」
「おっ、帰って来たあ。」
ミユキが私たち二人を抱き寄せた。母ちゃんかよ。
ユイ「はあ。脅かさないで。救急車呼ぼうかと思ったんだから。」
「倒れてどのくらい?」
中野「二分も経ってないよね。」
メグ「うん。」
「あれは二分じゃないよね?」
ミユキ「あの世には時間がないのよ。」
鏡を見た。いや鏡はない。でも鏡があったような跡はあった。四角く二メートル四方で壁の色が薄い部分。
ユイ「戦前の建物は十三段だったみたいよ。でも戦争で爆弾が落ちて炎上して無くなっちゃったから戦後立て直したんだって。今は十二段なんだってさ。」
「はあ。わたし先生に電話したんだけど。」
ユイ「えー知らないよぅ。」
ユイ先生はスマホを確認した。
ユイ「ヤダ、なんか入ってる!留守電も!」
先生はスピーカー設定にして流した。
ざわざわしている音の中で小さく『聞こえた!先生!』と声。あたしだ。
メグ「ヤダあ。怖い」
「でも先生出たよ?」
ユイ「出ないよ。」
「あれは誰だ?」
みんな青ざめた。
ミユキ「莉子ちゃんかユイ先生の守護霊さんだと思うよ。」
ん、なんだかホッとする。
新館一階の食堂に行って一休みした。
調理のおばさんたちは居ないけど自販機があって、休日練習の運動部とかのために開放されている。
大学教授の父によると、学校の先生は夏休みも出勤している。研修がたくさん開催されるそうだ。
「先生は今日は休み?」
ユイ「何言ってんの?今、部活指導中よ。」
心美「オカルトは先生の趣味じゃん。」
ユイ「部活指導手当なんて出ないのよ。ちょっとは楽しんでもいいじゃん。」
メグ「でさー、七番目は?」
ユイ「理科室の花子さん。」
メグ「え?」
小林「は?」
心美「普通の七不思議だと『理科室の人体模型が動く』とか『トイレの花子さん』だよね?混じってない?」
メグ「知らないよ。教頭先生が言ったんだもん!七番は理科室の花子さん!」
理科室。
旧館一階北の部室側とは逆の南側の端にある。
理科室の窓からは農電政経大学のまばらに木があるキャンパスと校舎が見える。
メグ「じゃあ、人体模型を探そうか。動くかもしれないから。」
ユイ「まっ昼間にうごくかねえ。」
メグ「霊能者がいると何か起きるのよ。今までもそうだったじゃん?ワクワクしちゃう!」
心美「人体模型はだいたい理科準備室にあるのよ。」
理科室の入り口に振り向くと上に『準備室』と書いてある引き戸があった。
中野がユイ先生から鍵を渡されて開けた。
中は大きめのロッカーが並んでいて、名札のところに何が入っているかが書いてある。
メグ「これだ。人体模型って書いてある。」
その横にはプラスチックの骨格模型が、専用のハンガー掛けのようなものにぶら下がっている。
メグは鍵を中野からもらって開け、観音開きのロッカーの扉を開けた。
高さ一メートルほどの手足のない人体模型があった。半身が筋肉が露出しているあれ。
頭と胴体の前面に切れ目が入っていて金具で止められている。胸から腹がカパッと外れる構造。
男女二体。
女性の方の金具がゆっくり動いた。ん?
メグは両手を膝に覗き込む。
メグ「昔はこれで授業してたのかなあ。私のクラスの選択科目は理科じゃないから知らないんだ。」
小林「僕は理系クラスだから、これから教科書の『人体』のところで使うのかも。」
金具動いてるけど?上の方はずれて下が・・・心美?
心美は眼鏡をかけて腰に手を当てて「フン」と鼻でため息した。呆れ顔。
胴体の前面が外れて落ちた。床でカランと鳴った。
メグ「ひっ!」
メグはたじろいでストンと尻もちをついた。
模型の内蔵が露出した。
それが一つづつ、ボトボト落ちた。
メグ「いや!」
横の骨格模型がメグに急に倒れた。
メグ「ぎゃああああっ!」
横の中野が「ウワアアア!」と叫んで両耳を手で塞いだ。
「何なの?」
中野「女の笑い声が聞こえるぅ!ウワアア!」
小林「さっきから女の人がいるよ!」
ユイ先生は怯えた感じで周囲をチラチラ見ている。
「心美、眼鏡。」
心美に手渡された眼鏡をかけた。
緑のスーツの女の人が腹を抱えて大笑いしている。
『あははははは!あはははは!』
身長は私よりちょっと高いぐらい。とんがった眼鏡をかけていて、顔は老けているが、まだ若い感じ。私の母よりは若いので四十代ぐらいかも。
ミユキ「あの世での姿は本人の意識次第だから実年齢と違うかも。」
眼鏡を外してユイ先生に渡した。
先生もかけた。
女性はまた模型の小腸の部分を持ち上げて床に落とした。
メグ「ぎゃあ!やめてええ!イヤーッ!」
女性霊『アッハッハッハッハ!ヒッヒッヒ!死ぬう!』
霊は体をくの字に曲げて笑っている。
心美「見えてるとバカらしいね。」
「でも霊なのに物を動かす力があるのね。芹沢さんみたい。」
メグもユイ先生に眼鏡をもらってかけた。
メグ「をっ!」
女性の霊は腰に手を当てて身を起こした。
『な〜に?君たち私が見える感じなの?』
メグ「も〜う!誰ですか!」
ユイ「メグ涙目。」
メグは眼鏡を取って涙を拭いて鼻をすすって言う。
「私、聞いてるんですけど?」
気ィ強いなこの子。
霊は言う。
『たまに見えるのがいるのよね。久々だわ。みんな見えるわけ?』
ミユキ「私たちはオカルト研究会で七不思議を回っています。あなたは誰ですか?」
霊「桐生花子。理科教師よ。」
目を閉じて両手を腰に当てたポーズで偉そう。霊は手が腰に突き抜けないのかな。
ミユキ「突き抜ける、って意識しないと抜けないよ。あの姿勢は無意識なんだと思うわ。いつもの癖みたい。」
心美「でも、花子さんだ。」
ミユキ「でも、先生は自分が死んだこと分かってますか?」
霊『は?何言ってんの?』
ミユキ『あなたは死んでるんですよ。』
霊『え?ばっかじゃないの?意識があるんだから死んでないよ。』
ミ「また?人は死んだら霊になるのよ。」
霊『バカね。人は死んだら無になるの。肉体は焼かれて炭酸カルシウムと二酸化炭素になるのよ。』
ミユキ「あなたは霊です。」
霊『あなた、何時代の人?霊なんかいないのよ。見えないものは存在しない。おとぎ話を信じるのは幼稚園までにして。早く大人になりなさい。』
ミユキ「霊のくせに霊はないですって?何言ってんの?」
霊『あなたこそ何言ってんの?』
ミユキ「ばっかじゃないの?」
霊『ばっかじゃないの?』
「ねえ、ミユキも先生もやめて。お互いバカみたいよ。」
霊「私は教師生活三十年よ。生徒になめられるわけにはいきません。ここは高等学校です。小学生は出ていってください。いやいや、精神は幼稚園かもね。」
ミユキ「何ですってー!」
前に出るミユキを両腕で捕まえた。
「落ち着いてミユキ。」
霊『そうよ。大人は感情に支配されないものなのよ。』
ミユキ「ムッキー!何言ってんのよ!」
「ミユキ、深呼吸。吸ってイチ。吐いてニイ。」
ミユキは深くため息をついてから息を吸い込んで深呼吸した。
ユイ先生が気を遣って霊に話題を振る。
ユイ「えっと、教師生活三十年ということは、大卒ですぐ就職したとして五十二歳ですね?」
メグ「ええ〜?見えなあい!四十代でしょ?」
メグ・・・ちょっと白々しいぞ。
霊『ふふ。お世辞を言うんじゃないよ。それに女に歳を聞くな。』
でもこの人、まんざらでもなさそうだ。
心美「花子さん?いま何年だかご存知ですか?」
霊『バカにすんじゃないよ。令和だろ?教室の黒板に書いてあるだろ?』
「おおお。ちゃんと意識してるんだ。すごいね。」
霊「何言ってんの?・・・なめたら、なめたらいかんぜよ!」
沈黙
「ああ、失礼でした?ごめんなさい。」
メグ「こわい〜。方言出ちゃうぐらい怒ってるう。」
霊は首を傾げて言った。
『あれ、おかしいな。ウケるはずなんだけど。』
「え、じゃ、やっぱり昔の映画のセリフ?それ有名な美人女優が出たヤクザ映画ですよね?」
霊『え、そんなに前じゃないよ。私の定番ギャグ。生徒は大爆笑だったわ。』
メグ「全然わかんない。」
「あれって、父さんが小さい時にTVの映画CMで見たって言うからだいぶ前ですけど?」
霊「またまた〜!オトナをダマすものじゃない!」
すっかり落ち着いたミユキが言う。
「先生?みんなが急におかしくなった事があったでしょ?みんなが急に無視したり、ぶつかりそうになった人が通り抜けたり。いま先生はどういう状態だと思っているの?」
先生は腕を組んだ。
『多分ねえ、ここはパラレルワールドなのよ。この学校って四階建てなんだけど、夜二時にエレベーターに乗ると五階があって、そこで降りちゃうとちょっと違う世界に入って帰れないってそういう怪談があってね。たぶんそれが本当だったのよ。』
心美「そういうのは信じるんだ。」
霊『数学的に言って『併行世界』というものはあるらしいのよ。最近の漫画で言うと異世界転移だ。』
「そういう最近の情報も知ってるのね?」
『生徒が読んでるのを見てるもの。私には気づかないけどね?たま〜に気づく人もいるけど。』
ミユキ「それ、おかしいと思わないんですか?」
霊『まあ、あるいは、私はいつのまにか入院してて、医者に薬を注射されて夢を見ている状態なのよ。長〜い夢。いつ回復するのかしらね。』
ミユキ「人間の魂は睡眠中に肉体を抜け出して霊界にいるのよ。だからあなたは霊なのよ。」
霊『あなたもしつこいわねえ。霊界なんかないの。見えないものは存在しない。私は理科教師です。合理的でないことは信じません。人間は死んだら消えてなくなるのよ。』
ミユキ「もう!まただわ。頑固者!あなたが今見えない存在なのよ!」
『私は存在するから生きてるのよ。』
「霊は見えないけど生きてるのよ。霊は死なないの。永遠の生命を神から授かってるのよ。」
『それは現代には通用しない江戸明治の思想だわ。』
「もう!どうすれば分かってくれるの?いじわる!」
「まあまあミユキ、たぶん先生は死んだ時のことを覚えてないのよ。」
ミユキはため息をしてから右手のひらを霊に向けて目をつむった。
ミ「・・・ああ、先生たちの飲み会が終わって、酔ってフラフラ道を歩いてる。そこにクルマが・・すごいスピード。あっ、跳ね飛ばされて公園の横の空き家まで・・・庭の低い木の植え込みまで飛ばされてる。車はそのまま逃げちゃった。ちょっと外から見ずらいし、人が入りづらいところだから死体はそのままね。まだそこにあるわ。」
「何年前?」
ミユキは手を回してから言う。
「昭和・・・の、終わりくらいかな。ずっと空き家だわ。」
「そんなに長いこと気づかないものなの?」
ミ「霊の時間感覚は主観的なものなの。楽しい時間が短く感じたり、辛い時間は長く感じたりするのと同じ。」
霊『あんたたちいい加減にしなさいよ!適当なこと言ってると、詐欺に引っかかりそうだって警察に訴えるわよ。』
ミユキ「もう!訴えてください!どうせ警察の人もあなたが見えないんだから。」
霊『あなたたち、そんな変なことばっかり言って、私をどこかに連れてく気?そうは行かないわよ!』
ミユキ「なんて頑固なの?」
「天使や神が来て、心をクリッと変えてくれたり出来ないの?」
ミユキ「神は人間の魂に自由を与えたの。心には完全な自治権が与えられている。だから人生は自己責任で、もし間違ったらそれが分かるまで地獄に堕ちたりするの。その人が納得して『そうしよう』と思わない限り、神も悪魔も人間の心を完全に支配することはできない。だから神や天使も放っておくしかないこともあるの。」
ユイ「生きている時に霊とか信じなかった人は、死んでも急に信じたりはしないよね?」
ミユキ「信仰心さえあれば誰か来てくれるのに。一人で四十年近くも寂しい思いしなくてよかったのに。」
ミユキは涙ぐんだ。私もなんか悲しくなった。
「かわいそうね。」
でも霊は不満そうに口をとんがらせた。
6
霊とはそのままバイバイし、新館の学食に戻ってきた。一休みする。
ユイ「七つ回ったけど、どうだった?」
メグ「う〜ん。なんかなあ、って感じ。」
学食の入り口から大人が二人入ってきた。
一人は男性、長身で痩せていて禿頭の、緑のスーツのおじさん。
もう一人は背の低い女性。真っ赤なツーピースのおばさん。髪は黒いが頭のてっぺんで団子にしてまとめている。金縁メガネに金の大きく丸いピアス。
ツカツカこっちに来た。
赤いおばさんが言った。
「由結愛子先生!七不思議はダメだって言ったでしょ!」
ユイ「きゃん!校長先生ごめんなさい!」
ユイは名字だったのか。
背の高いおじさんは教頭先生か。言われてみればこんな二人だった。たまにある全校集会で体育館に集まった時にちょっと見るぐらいで興味も接点もないので全然覚えていない。
教頭「私ちゃんと死者が出るかもって言ったんですよ。」
心美「死者って、前もこういうことあったんですか?」
校長は言う。
「何年か置きにね。大体三番目まででおかしくなって、六番までに気を失って救急車呼ぶの。帰ってくる人は帰ってくるけど、死んじゃう人もいる。」
メグ「コワイい」
心美「確かに四番とか危ないよね。」
「七不思議とかって、私、余計なこと言っちゃったね。」
校長「いいからとにかくもう帰んなさい!七不思議を回るのは許しません!」
マンションに帰ってきた。
ミユキが玄関の上がるところの段でつまづいて、床に倒れた。
「ええ?ミユキィ、なんでもないところで・・・大丈夫?」
ミユキは無言で立ち上がってリビングに小走りで走っていった。
「?」
リビングに入ると、窓から夕方の空が見えた。
誰かがソファーに座っている。
黒髪ワンレンの女と、金髪ポニーテール。
なんだか何ヶ月も会っていなかったような気がした。
猪瀬と涼子。涼子の後ろにミユキがすがりつくようにして座っている。
その涼子、私を見るなり「あっ」と言った。
「何よ。」
涼子は何か答えようとしたが、やめたようで口をぱくぱくした。なんかかわいかった。
猪瀬「・・・えっと?七不思議回ったって?」
「え、なんで知ってるの?涼子の霊感?」
ミユキ「あ、私ラインした。」
「え、猪瀬に?いつからそんなに親しくなった?」
ミ「涼子ちゃんにだよ。」
「ん、あそう。」
猪瀬「七不思議やるとノーデン付属では死人が出るんだってさ。ミユキちゃんいなかったら危なかったかもよ。」
「校長先生が来て、やめろってさ。」
猪瀬「やっぱり?私一年生の時、特集動画作ろうとしたら校長にひどく怒られたのよ。七不思議は附属高校創立前の農電政経大学だけの頃からあって、いくつかは戦前からあったんだって、七番の『地下室の花子さん』が最恐なんだってさ。」
心美「え?違うよ。七番目は『理科室の花子さん』だよ?」
猪瀬「知らんけど大学の七不思議と合わせるとたくさんあるらしいよ。」
「『五階の話』も知らなかったよね。」
猪瀬「『コワイのは七から外されるんだ』って先輩が言ってたよ。誰かが噂をコントロールしてるって噂。」
心美「こわ。そっちの方が七不思議よね?」
「むはは。」
ミユキ「学校に住んでいる霊たちがたくさん居たよ。」
涼子「不成仏の霊が一定の数集まると、一つの浅い地獄みたいなものになるんだと思う。死後、行き先が分からない霊たちが学校を縁として溜まっているんだわ。その中には長年いて、イタズラしてくる邪霊もいるのかも。」
「百人はいたよね?霊が廊下歩いてた。」
猪瀬「危ないから除霊する?」
涼子「でも普段は祟らないなら放っておいてもいいと思う。本人が死んだと気づけば、どっかに行くと思う。」
猪瀬「涼子のパワーなら百人ぐらいイケんじゃね?」
涼子「除霊だけなら?」
「出来ちゃうんだ。」
涼子「でも、不成仏の霊たちが学校以外に行くだけよ。意味なくない?なら学校にいてもらった方がいいわ。」
猪瀬「祓えば学校の霊的磁場が良くなるじゃん。それにさ、今は天使が呼べるんだから、除霊だけってことは無いよね?浄化しちゃうんじゃないかな。」
涼子「さあ。」
猪瀬「もおー!そうやっていつもはぐらかす!心美ン!眼鏡で涼子を見て!心を読め!」
心美「やあよ。今日は疲れたし、心読むのはマリリンのが得意じゃん。」
猪瀬「涼子のは半分しか読めない。表面的な思いと感情ぐらいしか読めない。」
「猪瀬が読めないんじゃ眼鏡でも読めないよ。」
猪瀬「あ〜あダメかあ。じゃ帰ろ。たまった動画編集しなきゃ。」
心美「インターハイは?」
猪瀬「うちの女子で全国出られるのは、レイラを除けばバスケとバレーぐらいかな。私は助っ人だから今回は出ない。その前の柔道と剣道は私の活躍でベスト8だったよ。」
心美「そうなの?」
雑談の中、涼子は壁の方をずっと見ている。
「涼子?」
涼子「・・・」
猪瀬が何か言おうとしたが、さえぎるように涼子は言った。
「ああ、マリリン。私、今日泊まってく。話して手を打っとく。」
猪瀬「ああ、そう。分かった。」
心美「なんなの?二人で何か変。コワイんですけど。」
「また二人で念力で会話してんでしょ?」
猪瀬「こっちの話。」
「どうでもいいけど、お前ら泊まるとかの話はあたしにしろよな。あたしこの家のオーナー。」
ミユキ「オーナーは孝司伯父さんだよね?」
「ミユキ、細かいことはいいの。」
涼子「ごめんね莉子さん。泊まっていい?」
「ダメって言っちゃダメなんでしょ?」
涼子「ごめん。」
「は〜あ。いいから泊まってけ。」
涼子はにっこりした。癒し。
猪瀬「じゃあ帰る〜。グッバーイ。」
立ち去る猪瀬。
「あ、そう言えば、あいつ、うちに来るの初めてのはず。ノーコメントかよ。」
心美「いいじゃん別に。」
「あいつの友達がみんな来たら溜まり場にされちゃうじゃん。」
心美「大丈夫だよ。気にしすぎだよ。」
その間も涼子は壁の方をじっと見ている。
ちなみに涼子は大抵普段はリビングのソファーで寝る。「私のベッド使え」と言っても固辞する。
その夜は遅くまでリビングに明かりがついていた。
四日後。
心美「ねえ、暇だから『大崎の母』に会いに行かない?」
「霊感占いの?私が『年内に死ぬ』って言った人?」
心美「それ今は変わってるかも知んないじゃん。やなの?」
「う〜ん。暇だし行ってみようか。」
大崎駅を降りて街を少し歩く。
白ワンピの女性が二人と、半袖ワイシャツにネクタイ姿の男性が一人歩いていた。
心美「ああ!母あ!」
白ワンピの一人がこっちを見た。
ツバの広い帽子。ロングにした髪の毛は五割が白髪でグレーに見える。白いハンドバック。
結構年齢がいってるはずなのに、綺麗な人。レンズが半分青いサングラスをしている。
女性「ああ、お前ら・・・あれ?お前ら関わってんな?」
心美「は?」
女性「お前ら確か附属高校だったな。大学は農電大?」
「はい。・・?」
横の五十代ぐらいのネクタイのおじさんが聞いた。
「叔母をご存知なんですか?」
「?」
大崎の母「こいつらは幽霊に取り憑かれただけだ。」
「はあ?」
母「おまえらの知ってる霊能者が手を打ったんだろうよ。」
「え、涼子とか?」
男性「そうですか。叔母とは私が小さい頃しばらくの間、同居していたんです。その叔母がこの前、夢に出てきて『私を見つけて火葬にして欲しい』って言うんです。」
心美「叔母さんって理科の先生ですか?桐生花子さん?」
男性「はい」
心美が無言で人差し指を私に向けた。
「あの時、涼子が「あっ」とか言ってた。私に憑いて来たってことか。」
心美「お持ち帰り。ふふ」
「自覚なし。怖。ミユキも急に静かになってたし。言えよっての。」
心美「ミユキちゃん転んでたし。『霊に突き倒された』なぁんて言ったら莉子ぶちぎれるでしょ?言えないよ。」
母「その涼子って子が霊に、少ない身内を探して、こうするように言ったんだろ。よく説得できたな。」
心美「母?どこに行くところですか?」
母「区役所に行って霊の人の身分を証明する書類をとって警察に行くところだ。」
男性「一緒にいる写真も少ないけどありますし。」
母「ご遺体の場所は霊が知ってる。霊が言うには、その霊能者と一緒に通勤コースを飛んで行って見つけたそうだ。」
「涼子・・・そんなことまで」
母「警察も探せば見つけられる場所だそうだ。失踪届が出てないから今まで誰も探してない。六十歳で定年。退職祝いで飲んで、その日に独身で死んでる。」
男性「失踪当時は私たちともそんなに親しく付き合いがなくて・・・」
心美「誰も知らないか。怖いですね。でも母はこんなことまでしてるの?」
母「占いは趣味。本業は心霊相談。」
「うまくいきそうですか?」
男性「ずいぶん前のことなんですけど、今の自分は葬儀代ぐらい出せますので。」
男性の横の白ワンピの女性がうなづいた。栗色の長髪が揺れた。
そっちを見たら、誰もいなかった。
「あれ?」
心美「何よ莉子」
「もう一人居たよね?」
心美「居ないよ。」
母「お前、見えるの?」
「いえ、見えません。でも見ちゃった。うう、」
大崎の母は両手を腰に当ててため息をした。
「まあ、でも叔母さん明るい女だから、ご遺体をちゃんとしたら自然に上がっちゃうだろうね。白骨遺体を火葬するのか知らんけど、でも少し意地悪だし、数日前にやっと霊を信じるようになったってぐらいだから高いところには行けないな。」
心美「母?白骨になってるとか分かるのね?」
母「霊が言ってるし。でもまあ、お前は見える感じじゃないけどね。」
「む、何でですか」
母「いや別に。」
三日後。
涼子から電話。
『あの人。理科の先生、上がったみたい。今朝ご挨拶に来たわ。』
「ふ〜ん。もうあんまり興味なかった。」
『うん。でもよかった。』
「冷たいねーとか言わないの?」
『言わない。成仏した霊も、こっちがあんまり気にしてると戻って来ちゃったりするから、無関係の人は忘れた方がいいのよ。』
「でも涼子は見ず知らずの霊のことで『よかった』なんて言えるんだから優しいよね。」
ミユキは横で言う。
「あの晩、涼子ちゃん徹夜で霊を説得してくれたんだよ。」
「そうだったね。ありがとう涼子。」
『うん。』
ちょっと声が高く裏返ってた。泣いた?すぐ泣くんだから。
「でも、あいつ、ミユキを突き飛ばしたって?許せんわ。」
『・・ごめんね。言ったら莉子さん『許さーん』てなるでしょ?そしたら霊も影響されて上がりにくくなるから、黙ってたの。』
「あいつ四十年も不成仏で?そんな事ばっかやってたの?」
『初めは気づいて欲しくてやってたんだって。でも最近はあくまで「イタズラ」だったって。そういうのを一つ一つ指摘して過ちを認めさせて、次に『霊魂はある』『神仏も存在する』って認めさせて、でも上がらなかった。それで、ご遺体の場所を一緒に探して。今日葬儀だったみたい。やっと上がれるみたいだわ。』
「一つ一つって、霊の過去とかも見えるわけ?」
『うん。そういう能力なの。過ちを認めて反省すると心が浄化されるから天国に行けるの。』
「あの人、そんなに罪だったんだ。」
『罪、っていうか、ごめん。あの人はこの世から霊界に上がっただけ。まだ天国行きとは言えない。ああいう人いっぱいいるけど、生前も神仏を信じずに、霊を信じる生徒をみんなの前でやり込めたり、信心深い生徒に嫌がらせしたりしていたから、そっちの罪は反省がまだだから地獄で償わないといけないかも。』
「信じないと罪なんだ。」
『だって、人間の魂は神様に作られたんだし、あの世は神と宗教が支配してる世界だから、それを否定するということは自分を否定しているようなものだし。地上で教える立場にあって公に神仏を否定していたような人は、多くの人を真実から遠ざけているから大きな罪なのよ。』
「そんなのいっぱいいるでしょ?どうして分かるようになってないのかな。」
『この世は修行場であると同時にテストなのよ。『愛』とか『正義』とか目に見えないものをどこまで分かるかのね。だから、私たちのように宗教を信じている人は、信仰を勧める事が必要なのよ。布教とか伝道とか、そういう事。』
「ふ〜ん。あの人どのぐらい地獄に行くの?」
『地上の人に与えた影響が、時間が経って消えるまで。短くてもあと五十年は行くかな。もっとかな。』
「長いね。」
『この世の修行は、あの世の修行の十倍の価値があると言われている。だから魂は思う通りになるあの世からわざわざ不自由な地上に生まれてくるの。』
「ふ〜ん。じゃあ罪も十倍か。教師生活三十年だから長くて三百年?あの人あのまま地上にいたらどうなった?」
『たぶん怪異化してたんじゃないかな。あの人はイタズラばかりしてたから妖怪化したかも。』
「え、そうなんだ。ミユキが「霊は永遠の命だ」とか言うけど、妖怪になって永遠はやだな。」
『でも長年地縛霊なんかをやっていたりする霊は、信仰心がないと妖怪化して人間の霊ではなくなっていくらしいよ。人間の条件は見えないものを信じる事だから。信仰がなければ人間では居られない。』
「え、犬猫とかの動物も霊が見えてるらしいけど?」
『それは見えてるのよ。そうじゃなくて『見えないもの』。愛とか勇気とか、未来とか、神とか仏とか。そういう現実に見えないもののために行動できるのが、人間の霊魂の性質なの。』
「ほお。そっか。」
涼子らしい答え。参考にはなるけど・・・この話で長電話は少々きつい。
「でも、あの人のことばっかり話してると来るかもだからよそうか。電話ありがとう。」
『あの・・・莉子さんのためにできる限りの事はしたけど、しばらく行けないから何かあったら電話してね。』
「なに?なにその可愛い発言は」
『えっ、あのしばらく行けないから。』
「ええ?それを先に言ってよ。でも何で?」
『もうすぐお盆だし。お盆は地獄門が開くから霊能者にはきついの。あんまり出歩かない。』
「またそういう事を」
『てゆうか、パパとママがお盆休みでこっちに来てくれるから。』
「あそっか。それは楽しみだね。涼子はパパとママが大好きだもんね。」
『うん!』
7
午後から学校に呼ばれた。夏休みなのに呼び出しとは。
しかも校長に。怖。何でだろう。
旧校舎の南端。理科室の横の廊下の終わり、上への階段の下に茶色に塗られた鉄の扉があった。
あの時の七人でそこで待っていた。
校長と教頭が来た。校長今日は黄色いスーツ。目立つ。
校長はジャラッと鍵束を教頭に渡しながら言った。
「ほかの不思議が気になるでしょ?いろいろ騒がれると困るから見せてあげる。」
ユイ「おおお」
メグ「すごおい」
小林と中野は互いにハイタッチした。
心美「え?喜んでるけど怖いのよ?」
男子二人は青くなった。
教頭が扉を開けた。
暗い階段が下へと続いている。教頭は壁のスイッチを押した。
暗い蛍光灯が点滅してから灯った。
階段を降りてゆく。
校長は降りながらこっちを見ずに言う。
「農電政経大及び附属高の不思議。八番目は『地下室の花子さん』。花子さんを地上に連れて行くと祟りでみんな死ぬという話。」
「校長先生詳しいのね?」
「わたし農電附属と農電大学の卒業生だしね。オカ研っていつの時代もあるの。私も三十年前はオカケンだった。九番目は『大学の廊下を走る巫女さん』だし、十番目が『医学部資料室に出る解剖医の悪魔』。十一番目が『神奈川キャンパスの幽霊小屋』。十二が『大学女子トイレの鏡の女』で、十三番が『塚の怨霊』。」
メグ「ひゃああ、いっぱいあるぅ。」
心美「『五階の話』もあるし」
校長は振り返って指を差して言った。
「それ、危ないやつ。だから言わなかったのに。」
地下一階についた。暗い。
教頭がまた壁のスイッチを入れた。電気がついたが暗い。
廊下を少し歩く。
校長「私が高校生の時、霊感がある子が調べてね。五番目の『二宮さん』はそのとき七不思議に入れたの。『地下室の花子さん』祟るから七不思議から消したかったんだけど、噂ってなかなか消せないのよね。」
「ああ、それで猪瀬が言ってたのね。」
「前に、いや今もか。考古学とか宗教学の教授たちが珍しいものを集めててね。地下の資料室に置いてたらしいのよ。その中に、いわゆる『呪物』って祟るものが沢山あってね。学生や教授が何人も死んだって話。その『花子さん』の霊は水神の生贄として殺されたらしいんだけど、念力?呪力が凄くて、憑依されると自殺する。でもそれだけじゃなくて、他にも祟る呪物が沢山あって、それに意識が同通しちゃっても死ぬ。」
廊下左横に観音開きの茶色い鉄扉があった。上に「大学資料室」と書いてある。
「その資料室がここ。」
メグ「高校の地下にこんなのあるんだ。」
ユイ「高校の旧校舎はもともと大学の建物だったんだよね?」
廊下のずっと奥にも電気のついた階段がある。あの辺は地上に上がると大学側だよね。
校長「大学側からは常に来られるようになっている。」
鉄の扉。何とも古めかしくて南京錠と金具で閉じられている。
校長「昔の七不思議は『理科準備室の人体標本が動く』だったけど、あれを『理科室の花子さん』にしたのは私たちよ。あれも祟るけど死ぬほどじゃなかったから。」
中野「え、祟る?」
「ああ。私たちについて来たし。」
ユイ「えっ大変じゃん。」
ミユキ「大丈夫。もう手を打ってもらったから。」
メグ「へえ、あとで詳しく聞かせて。」
校長は微笑んだ。
「あれ?その霊感のある子って?」
校長「今は大崎で霊感占いやってるわ。本名は言わないでって言われてる。」
心美「ああ、母あ。」
校長は「ふっ」と笑った。
「今でもたまに電話で話すのよ。あなたたちもお客らしいじゃない?」
「あ、はあ。」
心美と顔を見合わせた。
大崎の母は校長に、あの『花子さん』の話をしたんだろうか。
校長は目配せして教頭に鍵を開けさせた。
小林「ちょっ待って!何人も死んだんでしょ!」
ユイ「え、待って!祟る!」
メグ「キャアやめて!」
うろたえるオカ研たちを心美はニヤついて見ている。こいつは怖いものがないから。でも人が悪いな。
ミユキ「それを観察してる莉子ちゃんもね。」
両開きの扉が開かれた。
真っ暗。足音が反響する。
校長が入って電気をつけた。それでも暗い。
がらんとした空間の広さはテニスコートが入るぐらい。天井は低い。
校長「残念でした。花子さんの遺物はここには無いわ。いわく付きの遺物はみんな神奈川キャンパスに移動されたのよ。東京キャンパスの資料室にも一部は置いてあるけど、祟るような品は無いはずよ。」
ミユキ「でもたくさんの遺物の霊的痕跡を感じる。」
校長「花子さんって名前も危ないから私たちで付けたの。本当は、」
ミユキ「ダメ!呼んじゃう!校長先生危ないよ!名前言わないで!」
一瞬、白い着物の少女たちがたくさん見えた。
でも小柄な巫女さんが前に立って、全部消えた。
巫女さんは向こうを向いていたので顔が見えなかった。
ふっと、がらんどうの部屋に戻った。
冷たい湿った空気の静かな空間。
心美「莉子?」
ミユキ「ダメよアクセスしちゃ!ここはそれがいた空間だから、霊には距離は関係ないから、霊に敏感な人が霊を思ったら来ちゃうよ。名前を呼ぶなんて最悪!」
校長「あはははは!止めてくれなかったら言わないつもりだったのよ。大崎のあの子も『名前は危ない』って言ってたし。試してごめん。ミユキちゃんだっけ。しっかりしてるね。」
ミユキ「もう。」
校長「うふふ。私は霊感まるでないから昔から全然平気なのよ。さあ、もう帰りましょう。」
校長と部屋を出た。
教頭が扉を閉めて鍵をかけた。
校長「霊たちはまだ居るのね。大崎のあの子は君たちなら見せても大丈夫って言ってた。」
心美「やっぱり?二人でなに考えてるの?」
校長「だから、危ないことしないように教えてあげてるのよ。あの子は「あれを浄化できるのはもっと『上』の人だ。そんなの日本に数人しかいない」って言ってたわ。だから、あなた達はやめなさいね。私からのお願い。今日で関わるのはおしまいにして。人に言わないで。SNSに上げないで。ネットに書いちゃダメよ。」
ユイ「はあい。」
メグ「でも、文化祭の企画どうしよう」
ミユキ「もっと上の人って・・・」
涼子が目に浮かぶが?
校長先生は大学側の階段に向かって歩いてゆく。
「?」
校長「教頭先生は高校側から帰って。電気消して鍵閉めてね」
階段から地上に出た。
大学の校舎。初めて来た。窓からは高校の校舎が見える。
校長について歩き、普通に玄関から大学のキャンパスに出た。
校長「ついて来て」
「?」
みんな校長について歩いた。
メグ「大学をみんなでお散歩。楽しいね。」
ユイ「可愛いこと言うわね。」
野球場やサッカーグラウンドを越えて、大学の東にある森に入った。
木はまばらで明るくて歩きやすい。
大学の敷地の端っこ。大学の敷地と外を仕切る二メートルの金網が見えて来た。
そこに小山があった。斜面にまばらな木が生えていて、ビルの三階くらいの高さ。
小山は金網で囲まれている。金網の高さは同じく二メートルぐらい。でも土が崩れて下から入れる所がある。
校長は金網の扉になったところの鍵を開けて中に入った。そこには『関係者以外立ち入り禁止』と書いてある。
横には立て看板があって何か書いてあるが、風雨に汚れていて読めない。
小山を登る。斜面に丸太でできた階段。一分も登れば登頂。
上は平らになっていて真ん中に慰霊塔と彫られた石柱があった。
白御影石でできた太い墓石のような、高さは三メートル近くある慰霊塔。
ここにも横に立て看板があるが、これも風雨に汚れていて読めない。
校長「看板は直さないといけないね。」
ユイ「校長先生?これは?」
校長「これが十三番目。『塚の怨霊』が居るところ。」
ユイ「えっ?えっ?」
メグ「だだだだ大丈夫なの?怨霊でしょ?」
校長「農電政経大学の学長と附属高校の校長は、毎月ここに来て、学生や生徒たちの安全を祈らないといけないの。毎年一回、お坊さんを呼んで慰霊祭もしているわ。」
みんな唖然。
「どうしてですか?」
校長「私たちオカ研だったって言ったでしょ?当時もね、本当に肝試しで行方不明とか、死体で発見とかそういう事があったの。今も何年かに一回あるけど、当時は毎年何人も出てた。頭がおかしくなってしまう人もいたわ。私たちは原因を追求して、色々調べて、この小山が戦国時代の『百人塚』だった、って分かったの。」
「百人塚?」
「関東も北条対上杉とか北条と豊臣軍とかで戦乱はあったの。その、当時の戦いの死者をまとめて葬った場所。大学が発掘調査して、百人は多すぎでそこまでの数じゃなかったけど、白骨がたくさん出た。それは近くのお寺で慰霊祭を行なって供養された。今お骨はそのお寺に葬られている。でもそこに幽霊は出ないよ。こっちに出る。」
メグ「え、こわ。」
校長「で、離れたところの石の下に、手足を鋭利な刃物で切られた親子の骨が出て来た。」
みんな青い顔をしている。
校長「戦国時代はね、呪術でも戦っていたらしいの。その親子は領主お抱えの呪術者が敵を祟るために怨霊を作ろうとして、むごい殺され方をしたらしいと分かった。」
「うわ・・・」
心美「・・・え、最低。」
校長「大崎の母やってる子は、あの時、その霊に当てられてしばらく入院した。それで霊能者のお坊さんに相談して、その霊たちをこの山に封印してもらった。それ以来、学校の責任者が供養のためにここで祈らなければならなくなったわ。でも、そのおかげか生徒や学生の被害はほとんど無くなった。」
ミユキがじっと慰霊碑を見ている。
校長「でも、ふざけて肝試しするような子たちは守られない。その場合はまた死者が出たわ。何年かに一回ね。特にこの金網の中に入って大雨が降った時は絶対死ぬ。帰って来れた人は私の知る限り、大崎の母のあの子だけよ。あの子は友達を助けにここに入った。二人とも霊界に飲まれてしまった。意識を取り戻したあの子は『そこは地獄につながっていて、暗い炎の灯りの中で体を切り刻まれる地獄だった』って言ってた。友達は帰ってこなかった。」
誰も声を発する事ができなかった。
みんな黙っていた。
校長「あの子が言うには、地上に長くいるような霊たちは苦しんでいる人たちだから、興味本位でそういうことしないで欲しいって。それは病院で騒いでいるようなものだから。苦しんでいる霊を救うのは霊能者でも大変なのよ。生半可な気持ちで踏み入ったら命がない。」
ユイ「ごめんなさい。」
校長「約束して。七不思議はこれっきりにすると。」
ユイ「分かりました。みんなも分かったよね?」
みんなで「はあい」と返事した。
校長「じゃあ、手を合わせて。『冥福を祈ります。私たちを見守ってください』と祈ってください。」
みんな慰霊塔に手を合わせ祈った。
8
朝。リビングでミユキが言ってきた。
「釈然としない。」
「何が?」
「やっぱり何とかしたい。苦しんでる霊たちがいっぱいいるのに何もしないなんて。」
心美「校長先生と約束したのに。約束したことは守ったほうがいいよ。」
「それに、二宮さんの霊が言ったように遺族がみんなで供養するぐらいじゃないとダメなんじゃない?」
ミユキ「ほとんどは高校生の霊だからそんなに悪霊は居ないはずよ。みんなを救いたい。」
「そんなこと言うけどさ。ミユキの力じゃ救えないんでしょ?」
心美「事故や自殺の霊は難しいんじゃないの?」
ミユキ「急死した人はショックで時間が止まってる人が多い。そうじゃなくても、あの理科の先生みたく死んだ事に気づいてない人も多い。でもあんなに居ると街からも霊が集まっちゃうかもしれない。それに地獄とつながったら本当は出て来ちゃいけないような霊が、反省してなきゃいけないような、もっと怖い地獄霊がたくさん地上に来ちゃう。何とかしなきゃ。」
心美「心配しすぎでしょ。莉子に似てきたんじゃない?」
ミユキ「だってイトコだし。」
「じゃあ、また涼子呼ぶ?あんまりあいつを引き摺り回したくないんだけど。」
心美「あは!引きずる?」
「でも、お盆は地獄の門が開くから出歩かないって言ってたぞ。」
心美「なにそれ」
ミユキ「お盆になると本当に霊が霊界から帰ってくるの。霊能者があんまり出歩くと向こうも寄ってくるの。そうして憑依して何か用事を済まそうとするの。」
「とにかく、涼子は呼びたくない。だから、やめやめ。」
心美「でもミユキちゃんだけでも音楽室の霊はみんな上がってったんでしょ?三十人ぐらい居たっしょ?」
ミユキ「あの人たちはみんな素直だった。私は『光の方向に』って言っただけで何もしてない。美術室の方は水蓮さん呼んだし、途中からみんなを守る結界も張ってたから、あの日の私の霊力はあれで限界。」
「じゃあどうすんのよ。」
正人がコーヒーカップを片手に言う。
「でも竜二が居たら何とかなるんじゃね?」
心美「は?」
「・・・あああ」
竜二はオーラがでかい。心美が入院した時もそんなこと言ってたな。
心美「ええん?だって、竜二だって自分の学校じゃん。いつも通ってんじゃん。なんか変化があるわけ?」
ミユキ「竜二くんが居る時は霊は逃げるんだと思う。竜二くんが居なくなると帰ってくる。」
「確かに眼鏡で見るあいつのオーラは不自然にデカすぎるわ。」
ミユキ「じゃあ、そういうことなら、ちょっと来てもらいたい。」
根岸竜二。十六歳。身長は少し伸びて百八十二センチ、と正人が言っていた。
Tシャツに膝までのデニム。野球選手みたいな体型。
キレキレの筋肉がウザい。靴は履かずビーサン。
みんなで、また電気のついていない旧校舎の廊下を歩いている。
時刻は午前十時。もう怪談のために旧校舎をうろつくのは四回目か。私たちは人から見たら余程の物好きのクレイジーな怪談オタクだ。
私の前を歩く竜二の横を歩くミユキ。
腕を振って大股で歩く。顔も引き締まって何か凛々しい。
どうも『お祓いモード』の涼子に似てきた、と心美が言う。本人もお手本にしていると言っている。
私は『説教モード』しか知らないが、やめて欲しい。あんな怖いやつ二人も要らない。
でもミユキが最近しっかりして来たのは、私も何だか嬉しい。
後ろは、正人と薫子。生徒会長権限でカギを借りてきた。
心美は来なかった。優利くんから電話が来て、全速力で出かけた。
眼鏡だけ預かった。
ライト・オカ研の三人は、ユイ先生の母校のオカ研と合同で、幽霊が出るという旅館に泊まりに行った。
物好きな。それはお互い様だが、憑依されたって知らないぞ。
ユイ先生に電話だけしようかと思ったら、ミユキが「霊が出なくなったらみんなつまんないって言うから内緒にしない?」という。ま、人助けの方が大事か。いや『霊助け』だけど。
薫子が鍵を借りにいったら、校長は夏季休暇に入ったそうで来ていなかった。教頭は居たらしいけど、何も言われなかったらしい。
眼鏡をかけた。
竜二のオーラは赤くて大きい。前よりデカくなっている。炎を背負っているかのように見える。
でも後頭部からの光はそんなに出ていない。あれは後光と言うだけあって、悟りが必要なのだろう。
いくら私がへそ曲がりでも、竜二なんかが悟っているなどと言う気はない。
ミユキ「音楽室は後にしようね。また霊が集まってると思うけど、あそこは邪霊じゃないと思うから。」
「そうなの?」
「たぶん。だから美術室からね。」
「あああ。キモい。」
「だから、除霊しておけば、授業が受けられるでしょ?」
「除霊って言ったって。竜二がいたら出来るの?」
「たぶんね。」
薫子が美術室の鍵を開ける。
竜二とミユキが引き戸の前に立つ。
竜二「ミユキ、俺は見えねえぞ。」
ミユキ「うん知ってる。大丈夫よ。」
竜二が引き戸を開けた。
眼鏡で中を見た。
中は、何かがぐねぐねとうごめいている。よく見ると男女の霊たちが行為に耽っている。
詳しく描写する気は無いけど、彼らは行為も乱雑で愛情を感じさせない。
欲望しかない男女の霊たちの顔は怖い。
ミユキと竜二が中に入った。私も後から部屋に入る。
「うひええ、やっぱ増えたね。ミユキが言った通りだわ。」
前は十人もいなかったが、今は二十人ぐらいいる。
床が血でぬめっていて、滑る感じがする。
「危な、これって昔話で言う『血の池地獄』ってやつね。」
ミユキ「やっぱり色情地獄界に霊道が繋がってしまったみたいね。地獄の亡者が何体もここまで上がってきている。これは学校全体に波及しかねないわ。」
前はいなかった顔のでかい男女がいる。口は耳まで裂けて、目がカエルみたく飛び出している。いや、カエルの目は見ていると可愛げがあるが、こいつらの目は血走っていて、時にうつろで、とても見ていられない。
奥の暗いところに緑色のものがいる。
じっと見ると人間ぐらいの太さの大蛇だった。大蛇が二体絡み合っている。
「え!蛇がいるけど!前はいなかったよ!」
ミユキ「あっちはイヌ。」
人間ぐらいの大きさの真っ黒い狼みたいなのが二体、行為に及んでいる。
凝視するとたまに蛇やイヌの顔が人間に見える。
ミユキ「色情地獄の近所の動物地獄にも繋がってしまったようだわ。動物は霊的にも習性が刻印されていて、人間の霊でも性格が似てくると動物霊になってしまう。あの人たちが、あのまま諦めて安らいだ心になってしまうと動物霊になってしまう。魂の退化だわ。あの人たちは人間としての心の尊厳を身につけ直さないといけない。」
正人と薫子が後ろから部屋を覗く。
ミユキ「ああ、二人は入ってこないで、憑依されるかも。」
薫子がムッとした。
か「同類と見てるわけ?私たち清い交際なのよ。色情地獄なんて心外です。やりまくってないです。」
ミユキ「ああごめんね。」
ミユキは全然気にせず、両手を合わせて目を閉じて祈った。
その心の中の祈りの言葉が、眼鏡をかけた私には聞こえる。
『神よ。わたくしに悪霊撃退の力をお与えください。竜二くんの守護霊さま。可能なら来て下さい。』
竜二の守護霊?
やがてスーッとギリシャ風の、片方の肩を出した白い服の男の霊が降りてきた。
腰には茶色のベルト。そこに剣を下げている。手首と足首に金の輪をしている。首周りにも金の飾り。
顔はヨーロッパ系。肌は白い。身体は竜二本人のように筋肉質。
背には炎のようなオーラ。後頭部には光輪が見える。
霊人は右手で剣を抜いた。左手には縄を持っている。
剣は炎を帯びて燃えている。あれ?この姿って?
ミユキ「やっぱり。守護霊さまは不動明王ね?」
霊人が答えた。
『厳密には違う。しかし不動明王的な仕事をしている霊人の一人ではある。』
「伝統仏教で言うところの?あの不動明王なの?白人風だけど?」
『見ての通り古代ギリシャ人だが、ふだんは神仏の守護や降魔とか衆生救済などをしている。』
「伝統仏教では『明王・天・菩薩・如来』という仏様がいて、不動明王は密教系では悪霊祓いの時の仏さまよね?」
霊が言う。
『違うな。衆生の助けを求める祈りに応じて、我々だけでなく必要なら上級の如来が『不動明王』を名乗ってその姿を表す事もある。不動明王という人物が居るわけではない。われわれ霊人にとっては仏教的な役割と言ってもいい。数えるならば『不動明王』は無数に存在するだろう。しかして、それは唯一中心なる仏の光の中の『正義の理念エネルギー』が顕われたものにすぎない。本来、全ては仏の光が顕現しているにすぎないのである。』
「ひえ、竜二の守護霊なのに仏教哲学的なことを言う。」
霊『それは失礼だが、本人がこうでは致し方あるまい。』
竜二「俺はなんも見えねえぞ。」
ミユキ「ふふ。では、お願いします。」
守護霊さんは怒りの顔で霊たちを見据えた。顔も肩も真っ赤に染まった。
霊たちはただならぬ雰囲気にその場に凍りついてこっちを見ていた。
守護霊さんが一喝!怒鳴った!
『不届きものが!!』
守護霊さまの後頭部の光がバッと周囲に拡がって、霊たちがビクッとしと。
『尊き学舎で行為に及ぶとは何事か!』
その霊たちは震え上がった。
守護霊さんは剣を横に振り叫んだ。
『即刻退散!!』
部屋がボッ!と炎上して霊たちが焼かれた。
ぎゃあああ、と悲鳴が部屋に響く。
「うわ、悲惨・・・」
霊たちは消えて、暗い部屋が焼き尽くされて普通の美術室になった。
雰囲気が明るくなり、爽やかな空気になった。
ミユキ「たぶん音楽室の霊たちには強すぎると思ったからやめたの。」
「でも、ざ、残酷・・・」
霊人『霊は死なんよ。欲望に執われて抜け出せない霊にはショック療法が必要だ。まとめて地獄に送ったよ。』
「そ、そうですか。」
霊人『地獄の様々な責め苦は、本人の罪悪感が反映されたものではあるが、『自分たちの本質が肉体ではないこと』を悟るためのものでもある。苦しみには意味があるのだ。』
竜二が首を傾げて言う。
「莉子姐。俺には見えねえよ。」
眼鏡を貸そうかと思ったが、守護霊は首を振った。
「竜二は見えない方がいいってさ。」
「何でだよ。」
霊人『この者には悟りが必要だ。もっと考える事を知らないといけない。』
「よく考えて悟れってさ。」
「いつも考えてはいるさ。バカにすんな。」
みんな少し笑った。
『鈍くて困るが、私たちを呼び出す力が弱いので、いつもはもう少し時代の新しい守護霊が付いている。』
図書室
実のところ、私はあまり来ない。本を読み出すとチャイムの音が聞こえないので授業に遅れてしまうから。本を借りるという手もあるが、それだと、ちょっと本が汚いのが気になる。
奥の入ったことがない一角に『太平洋戦争を知ろう』と書いたパネルが上にある棚があった。
棚二つ。戦争関連の本が五百冊ぐらいある。史実から写真集、小説も。ちょっと多いな。
薫子「ああ、莉子さん。そこはねえ、昔、歴史の先生がなんだか調子に乗ってどんどん本を増やしていったらしいのよ。その時はみんな怖がってたって聞いたわ。」
ん。芹沢さんがその先生に憑依してこうしたんだろうか。
じっとその前で考えていたら、本棚から人が出てきた。
「うわ!」
緑の軍服の軍人さんの霊。顔は影がさしたように暗くて見えない。肩にライフル銃?をかけている。
ミユキ達も来た。
軍人さんが指を口に当てピュイッと口笛を吹いた。
軍人さんの霊達が十人来て、前五人は座り、一斉にライフル銃をこちらに向けた。
本棚から上が平らな軍帽を被り、星が多い階級章をつけた軍人さんが出てきた。将校の霊?
霊は口髭をさすりながら言う。
『お前達が下の階で何をしたか知っておるぞ。』
ミユキ「それは話が早いわ。」
『けしからん!!ここも燃やすと言うか!これは皇国臣民の教育のために!我らが苦労して集めたものであるぞ!非国民が!許さん!』
怒鳴り散らす将校の霊。
でもミユキがぜんぜん臆せずに言う。
「でもちょっと多すぎですよね。本というのは霊的には一つの磁石だから、ここも霊道ができて戦争の地獄に通じてるんだわ。ここもそのままにはして置けない。」
竜二の守護霊は言う。
『地獄に通じている本であるかは作者によって違う。必ずしも戦争の本が地獄というわけではないが、ここの本棚は憑依された作家のものが八割だな。戦争の地獄、いわゆる阿修羅地獄に通じている。』
将校が右手を挙げて竜二の守護霊に向けた。
兵達が発砲し、バババーン!とすごい銃声が響いた。
私とミユキは身を縮めた。
他の三人はきょとん。見えないっていいね。
竜二の守護霊さんを見たが光っているだけで何も起きていなかった。
『我も仏の仕事を手伝う存在である。迷いたる亡者の攻撃など効かぬ。そもそも我は銃で撃たれた経験がないので銃がどれほど痛いのか知らぬ。』
将校の霊が叫ぶ。
『撃てええ!』
兵達が発砲!またすごい音がするが、何も起きない。
ミユキ「お願いします。」
竜二の守護霊が燃える剣を抜いた。
将校も叫ぶ!『着剣!突撃ィ!』
守護霊さんは左手の縄を投げた。
銃に銃剣をつけようとしていた兵士の霊たちは光る縄に縛られて、みんなその場で動けなくなった。
竜二の守護霊さんが強く言う。
『不届きものが!お前たちは新兵をいじめて自殺に追い込んだことが何度もあろう!戦いの正義とは別に、個人で犯した罪を自覚し反省せよ!』
守護霊さんは横に剣を振った。十一人はそれぞれが横真っ二つに斬られて炎上して消えた。
「うわあ・・・」
守護霊さんは言う。
『莉子姉さん。黒く見える本を片づけなさい。霊道を閉じるのです。』
「え、守護霊さんも姉さん呼びなんだ。でも、あ、はい。みんな手伝って」
眼鏡で見て黒く見える本は四百冊と少し。みんなに棚から抜いてもらって床に置いた。
薫子「じゃあこれ処分してもらいますね。」
ミユキ「そうしてください。」
薫子「先生に相談してくるわ。どう言ったらいいか分からないけど。」
正人「じゃあ、俺も行く。」
竜二「じゃあおれも、」
正人「お前はミユキと姉ちゃんについてろ。」
竜二「え?ああ。」
二人は出ていった。
ミユキが竜二の守護霊さんに言う。
「次は一階の霊たちとか、地下室に繋がっている霊たちをお願いします。みんな学校に執われて出ることが出来ず苦しんでいます。」
『いや、そちらはするつもりはない。』
ミ「え、なんでですか?」
『基本的には、地上の人生は自己責任なのである。不成仏でいる霊たちも『人間は霊である。肉体は仮のものであり自分ではない。霊には霊の住む世界がある』と悟れば自分の力で浮いて離脱してゆくものであるのだ。』
ミユキ「助けられないですか?」
『それには個別に時間をかけた対応が必要だ。学校をうろうろする霊たちを全て焼き斬り飛ばして地獄に落としても良いけれども、それはやりすぎというものだろう。それに、それで悟る人間がどれほど居るかな?』
ミユキ「でも地下にいた霊たちは霊障を起こします。」
『地下の遺物があった部屋は封鎖されている。霊能者が行って呼び出さなければ障る事もないだろう。』
「え、わたし霊能者なんだ。」
『眼鏡のせいかな。しかしあの霊たちを祓うのも救うのも一つの戦いになる。関わっている悪霊、怨霊、悪魔や妖怪の類が多すぎる。私が片端から斬り飛ばしても良いが、手が回らんと周囲の生きた人間が祟りを被るだろう。天の軍勢で対応した方が安全だろう。しかし、そこまでの命令は受けていない。」
「そこまでの事なのね。」
ミユキ「この旧校舎のあの世の建物に死んだ高校生や先生たちがたくさんいます。みんなを救いたいです。」
『あれも一つの地獄だよな。あの世の建物というものは想念で出来ているから、たとえ私が焼き払っても再生する。地上の建物が爆撃で消失した時にあの世に移行したものだ。そこの百余の霊たちも『自分たちは霊でありどこに行くのも自由自在だ』と悟るまでそこに居るだろう。時期が来た霊は天使たちが行ってピックアップする。』
「へええ。」
ミユキが残念そうにしている。
霊『ま、時間が要るな。『お前たちは霊である。悟れ』と言って悟るやつが何人いるか分からんが、いずれは悟るだろう。君たちが行って修行として一人一人を説得してみたら良いんじゃないか?天使の卵たちの修行場として我々が使っても良いかも知れん。』
「へえ。あの世の人はそんな風に考えるんだ。」
ミユキ「でも、危険はないの?」
『霊力がない者は平気だろう。霊能者や準霊能者?なんや知らんが、そんなのが何人も行ったから繋がってしまったのだろう。適当に関わる問題ではなかったな。』
「ああ、すみません」
ミユキ「ごめんなさい」
『本来は地獄の空間などあるべきではないものだが、地上の教育がこうでは仕方ないな。いつの日か、まともな宗教教育がなされて地上が霊的文明になれば、その地獄学校も天国学校になるだろう。』
ミユキ「私がんばります。これからも私が呼んだら来てくれますか?」
霊『我は竜二の守護霊の一人だから約束はできん。我らは如来からの命令があれば動く。そういう約束になっている。如来の命が優先する。』
「え?でも今回は?」
霊『まあ、命令、というか許可があった。』
ミユキ「ええ?そうなんだ。すごーい!」
霊『これからも必要なら来ることもあろう。我は竜二の守護霊ではあるが、あの世の仕事がメインでな。竜二に関しては武士の守護霊が付いている。余程でない限り我を呼ぶことはないようにはなっておる。でも私ぐらいの力量の者はお前たちの仲間に何人もおるけどな。』
「え、涼子とか?」
霊『フハハ、あの者がその気になれば霊域が変わってしまうよ。そうではない『お前たち』だ。』
霊は浮かんで天井に消えていった。
9
地下鉄で家に戻る。
ミユキは座席に座ってそのまま眠ってしまった。
ミユキの『みんなを助けたい』という思いに、あの世のどこかの『如来』つまり神のような存在が賛同して、不動明王的な存在を送ってくれた事に、相当満足したらしい。
家の最寄駅に着いてもミユキが起きないので正人におんぶしてもらった。
薫子は、学習塾に行った。外部受験で有名国立大学を受けるそうだ。
マンションに着いたらまだ午後一時。
正人はミユキをソファーに降ろして、遅い昼食を作り始めた。
竜二はどっかりとソファーに座った。
「お前も食べるんかい」
「うん」
「うんじゃねえ。『お願いします』だろ?」
「お願いします。」
「ムカつくわ〜、ミユキ!!お前からも言ってやれ!」
まだ寝ているミユキ。
「お〜い、魔力使いすぎかい?起きな!」
ゆすってみたが起きない。
口に耳を近づけてみると寝息が聞こえた。一安心。
正人「どうしちゃったの?」
心美の眼鏡をかけてみた。
竜二のオーラは暑苦しいぐらい大きい。正人も白いオーラを帯びている。
ミユキを見た。やけにオーラが薄い。本当に微弱なオーラ。ミユキは寝ていたってそこそこ光っているはずだ。
『魂が連れ去られた』
「わっ!誰!」
声の主は水蓮さんだった。ミユキの守護霊の尼さん姿の霊。
「連れ去られた?ミユキを?誰が?どこに?」
水蓮さんは首を振った。
『分からない。でも地下鉄で寝てる時よ。学校関係だと思う。』
また学校に戻った。心美の眼鏡をかけて。
正人にはミユキの体の方を見ていてもらう。もし意識が戻ったら連絡をくれる。
学校で、もしミユキの霊を見つけられなかったら、最終的には救急車を呼ばないといけない。
竜二は付いてきた。「俺がいれば霊的なボディーガードになるんだろ?」と男前発言。
でも竜二や私では音楽室とかの鍵は借りられない。
校長もいないし教頭はまだ学校にいるが、話が通じそうな感じがしない。
校舎の向こうの校庭から、サッカー部のコーチの大声が玄関前のここまで聞こえる。「右!右右!そぉう!」
玄関前にも歴代の制服の生徒たちが歩いている。
黒いブレザーの女子に聞いてみる。平成は女子の制服は黒かった。
「小学生ぐらいの女の子を知らない?」
『誰?知らない。』
上から紺ブレの女子が落ちて来た。
血まみれ。しばらくしたら起き上がってまた屋上に立って、金網を登って落ちて来た。
地面で血を流す霊。
話しかける。
「あの、ミユキを知らない?女の子の霊。生きてるの。小学生ぐらいの。」
女子の霊はむくりと起きた。顔つぶれている。
「うるさいわね!私死んでるのよ!不謹慎でしょ!死に損ねたの!あなた一緒に死んでくれるの!」
「ごめんなさい。」
走って逃げた。不謹慎だろうか?
竜二が手招きした。
新館の玄関から校舎に入って旧館へ
旧館の一階は文化部の生徒たちと歴代の生徒たちの霊たちがごっちゃになっている。
大階段のロビーから廊下を歩き、理科室に行ってみる。
南側の廊下は電気が付いていない。暗い。
相変わらずブラブラしている霊はたくさんいるが、ミユキらしき霊はいない。
大体、ミユキは霊的には飛べるし、涼子までいかないにしても光っているはず。私なんかよりずっと自由が効くはずなのに。どこ行った?
理科室奥。廊下の端っこ。地下室への茶色の扉があるところ。上への階段もある。
「ミユキ!どこ!」
声が響く。暗い校内。
霊たちの向こう、明るいところから、霊たちを通り抜けて若い男性教師が歩いてくる。
「君たち何部?暗いとこで何やってんの?」
竜二は手で私を上への階段に行くよう促した。
そっと階段を上がった。中二階のとこに隠れる。
竜二バカなのに誤魔化したりできるの?
下で先生の声がする。
「な〜にしてんの君ィ」
「いやあ・・」
「根岸竜二くんじゃん。もう一人は?」
「え、何言ってんの先生。一人だよ。」
「はあ?・・・」
沈黙
先生はため息交じりに言った。
「はあ〜、まいいから、明るいとこ来なさいよ。ここは昔、生徒が死んだところだから。」
足音が遠ざかる。誤魔化せた。やるな竜二。さすが不良。
先生の話し声が遠ざかる。
「根岸竜二くんってアニ研の岩見沢くんの友達だよね?彼のお姉さんが先日オカルト研究会で・・・」
私のことを言ってる。先日の一件は校長が動いたぐらいなので職員室でも有名になったのか。そんなこと言われると胸がじくじく苦しい。
生徒が死んだというのは、地下室の呪いの事だろうか。
そうだった。ミユキを探そう。階段を上がる。
二階北の音楽室
近づくとピアノがきこえた。モーツァルトのレクイエム。
眼鏡をかける前は聞こえなかった。やっぱ不思議。
霊的にはドアが開いている。
入り口に立って腕を組んで聴いている学ラン男子の霊に聞いた。
「女の子を知らない?十歳ぐらいの。ミユキっていうの。」
男子の霊は首を振った。
美術室や図書室にも行ったが霊が居なかった。鍵が無いので入れなかったが眼鏡で中の様子が視えた。
静かで清浄な神社やお寺の境内のような雰囲気だった。竜二の守護霊が焼き払ったから。
十二階段から霊界に入るしかないか・・・
涼子の『何かあったら電話してね』を思い出した。
ポケットから携帯を出そうとしたが、やめた。
涼子は今両親と会っているはず。優利くんは気を遣って家を空けて心美とデートしてるんだろうか。それとも両親に紹介か。何にしても楽しそうだ。厄介ごとを持ち込みたくない。
小学校時代に両親と別居せざる得なかった涼子。
涼子がこの前一度だけミユキの部屋に泊まった事があった。
朝起こしに行ったら、二人で固く抱き合って眠っていて、ビビった。
二人とも両親の愛に飢えているところがある。なんかそんな話でもしたんだろう。
ミユキもうちに預けられるようになり、あいつもたまに笑いながら自分を「捨て子」とか言うこともあって、わたしは「そんなこと言うな」と叱ったりもする。
もう盆休み。涼子の両親との時間を邪魔したくない。
窓の外を見た。
窓に水滴が。雨が降り出している。
「ミユキ・・・」
ミユキの笑顔。目を閉じ両手を腰に得意げに説教する姿が目に浮かんだ。
かわいいミユキ。
涙が込み上げた。
「ミユキが死んじゃう・・・どうしよう」
窓にひたいを当てた。冷たい窓。
だめだ。泣いちゃだめだ。なんとかしなきゃ、なんとかしなきゃ・・・
そのまま膝をついた。顔を両手で覆った。眼鏡が落ちた音がした。
どうしろと言うんだ。私一人で何ができると言うんだ。
涙が指の間を伝う。
泣いちゃだめだ・・・
『なんで泣いちゃいけないの?』
決まってんじゃん。父さんと母さんが・・・
「あっ」
息を吸い込んだ。
昔の自分を思い出した。
小五。部屋で両膝を抱えてうずくまる私。
勝手に流れている涙。
父さんと母さんが両脇に座っている。
覗き込む二人。
二人とも泣いている。悲しそう。
こんな顔させたくない。
でも涙が止まらない。動けない。
悲しい・・・何が?
思い出せそう・・・
急に体がビクッとして現実に戻った。
わたし・・・思い出したくないんだ・・・嫌なんだ。
五年生の時に何かがあった。
両親の記憶はその後のこと。これも思い出せなかったやつ。
窓に雨が当たる音が聞こえる。
「雨・・・」
本降りの雨の中、塚を登っていた。一分も登れば慰霊塔。
何を考えているんだろう。
慰霊塔で雨が降ったら絶対死ぬ。と校長は言った。
逆に、雨が降るなら霊たちがいるはず。
この学校の霊現象を抑えるだけの力がある怨霊たち。
ふざけた肝試しの生徒たちだけを殺す怨霊たち。
逆にそれならこの学校で居なくなったミユキの霊体の居どころも分かるはず。
『やめて。あなたも失いたくはない。』
誰の声だろう。でも今の私にはこれしか・・・
両手を合わせて祈る。
「戦国の怨霊よ。ミユキの居所を・・・・・ミユキを返して!」
雨音が周囲の木の葉に当たって静かに音を立てている。
「これも祟り?ミユキはみんなを救いたかったのよ!ふざけてなんかいない!連れて行くなら、あたしよ!」
静かに雨音が聞こえる。濡れた髪から雫が落ちる。
何も現れない。
静かに雨が降っている。
また勝手に涙が流れる。
座り込んだ。両手を地面についた。
「返してよ・・・そんなに罪なの?ミユキはいいやつなの・・・連れてくなら私にしろよ!」
雨が強くなった。カフェオレ色の泥水に指が浸かった。
雨が木々に当たる音が強くなった。背中に強い雨粒が当たってチクチク痛い。
うつむく目の前に子供の素足が見えた。
「ミユキ!」
顔を上げると白に紺の模様が入った着物の男の子がいた。
「僕たちのせいじゃないよ」
「えっ?」
子供が私のポケットを指差した。
眼鏡?雨で張り付くスカートのポケットから眼鏡を出してかけた。
周囲は黒い鎧武者の霊たちに囲まれていた。その足の向こうには顔がはっきり見えない足軽の霊たち。
寒い。
冷たい危機感。
だめだ。
殺される。
「・・・いいよ。ころせ。」
ザアッと雨が強くなる。
武者霊たちが前をどき、道が開いた。
白い着物、長い黒髪の女性が立っていた。
足元にはさっきの男の子がしがみついてこっちを見ている。
地下で見た白い和服の女の子たちとは別。より大人の霊。
無言・・・無表情。
霊に言う。
「でも、ミユキは返してください。」
ゆっくり頭を下げた。
続く雨音。斜めに波のように吹き付ける雨を背中で感じている。
霊のリアクションがない。
顔を上げた。
女性が見下ろしている。
「あっ」
黒いスーツの女性。胸に青い紐の教員証をぶらさげている。黒髪。
連想。体が震える。
勝手に息が早くなる。
これダメなやつ。倒れるやつ。まずい。
和服の子が目の前にしゃがみ込んできて言った。
『あの子は大学の黒い穴を見ちゃったんだ。僕たちのせいじゃないよ』
何も答えられない。
男の子はしゃがんだまま女性を見上げて言う。
『この人ってお母様に似てるね。』
女性はその男の子の頭を撫でた。
そしてしゃがんだ。私の頬を触ってじっと目を見た。
冷たい手。無言。
涼子が何かを見るときのような冷静な目で、私の何かを見ている。
そして抑揚のない声で言う。
『愚かよの。わらわたちは怨霊ぞ。怨霊に祈ってはならぬ。』
息は収まってきた。
『そう簡単にお前たちの命は奪わんぞ。坊さんや神仏との約束があるでな。わらわたちとて、毎月代表者に冥福を祈られ、毎年供養祭を開かれて、それでも暴れるような『ならず者』ではない。何でもかんでもわらわたちのせいにするでないわ。』
雨がやんできた。
『神隠しは神に祈るのが筋ではないか。そのぐらいの信仰も忘れたか。日本もおしまいじゃの。』
雲はまばらになり、雨は止み。日が差してきた。夏の暑い日差し。
霊たちは消えていった。
ミユキは?
神に祈れって?
涼子やミユキのように?
祈れば守護霊さんが来てくれたりするのだろうか。
それはどうだろう。私は信者じゃない。
でも手を合わせた。
「誰か助けてください。」
『しょうがない子ね。素直に『神よ』と祈れば誰かが助けに行くよ。』
見ると、巫女さんだった。子供じゃない。二十代だと思う。顔は私に似ている。
「あなたが涼子たちの言う『子供の巫女さん』なの?」
『あいつはまた別なのよね。私は莉子の江戸時代の前世。山梨の小さい神社で巫女さんをやっていて、最後は『人柱』として山奥の龍神の池に沈められた。だからあの怨霊も同情したんじゃないの?』
「ミユキは?大学の黒い穴って何?」
『うん。水蓮や、『子供の巫女さん』が助けに行ったよ。確かに隣の霊的に大学を視ると穴が空いたように黒い場所がある。一部の呪物があるという資料室だね。そこに思いを集中して見ようとすると引き込まれる。ミユキの霊体は大学関連の呪物の地獄にいると分かったから。それは莉子のお手柄だね。よく頑張った。でも自分をもっと大切にしろよな。』
「え、ごめんなさい。」
『てまあ、あたしも似たようなもんなんだけどね。』
霊は笑顔を見せてからすうっと見えなくなった。
そのとき携帯がポケットで震えた。いいタイミングすぎる。
濡れたスマホに出ると正人だ。
「何?」
『ミユキ起きたよ!帰ってきた!』
ほっとした。「はああ」とため息が出た。
大学から歩いて駅までで髪と服は大体乾いた。
地下鉄の冷房が寒くて地上のムアッとする空気が心地よかった。
マンションに帰ったら、ミユキがケロッとして出迎えた。
「莉子ちゃんおかえり。」
「ミユキい!」
ミユキを抱き寄せてしまった。
ミ「冷たいよ莉子ちゃん。雨にあったね?早くシャワー浴びなさい。」
説教くさいミユキ。いつものミユキ。
もう霊は見えてはいないが、ミユキが熱い太陽のように感じられた。
涙を拭いて風呂場に行く。
ミユキ「あ、莉子ちゃん!ありがとう!おかげで地獄から帰ってこれたよ!」
「ふっ」
地獄だとか映画みたいなセリフで笑いが込み上げた。
以下6に続く
小生は、医療系の免許持ちで、介護系の仕事をしています。
霊とか見えませんが、目の隅っこにアレ?みたいな事があるぐらいです。
見えてたまるか、とも思っています。だって、怖いし。




