鳥羽伏見の戦い 4 最上にして最後の剣舞
古賀隼斗は崩れ落ちていた。
その身体は満身創痍。
血に濡れた左腕はもはや感覚を失い、呼吸一つするたびに肺が軋む。
それでも、まだ刀を離していなかった。
その前に立つのは――黒装束の剣鬼、河上彦斎。
その瞳は、憎しみではなく“悟り”の光を宿している。
「終わらせよう、古賀隼斗。」
静かな声。
だが、そこに宿る殺意は嵐にも似ていた。
「お前の“誠”は、まぶしすぎる。だからこそ、人を狂わせる。
理想という炎は、必ず誰かの命を焼く。――だから、俺が斬る。」
月光が刃を照らす。
その一閃が落ちようとした刹那――
火花が弾けた。
金属が悲鳴を上げる。
刃と刃の衝突音が夜を貫く。
「そこまでだ。」
低く、しかし揺るぎない声。
河上の前に、ひとりの男が立っていた。
斎藤一。
漆黒の羽織を揺らし、刀を下段に構えている。
その姿はまるで闇を切り裂く影の化身。
「……貴様が出るか。」
河上の口元にわずかな笑みが浮かぶ。
「“新選組の牙”、斎藤一。
まさか貴様が、この“誠”の亡霊を庇うとはな。」
斎藤は目を細めた。
「庇う? 違うな。」
その声には冷ややかな静けさがあった。
「俺は“誠”を護る。
それが血に塗れようと、欺瞞であろうと――仲間が立つ限り、俺も立つ。」
河上の瞳が暗く光った。
「仲間……か。だが、その“仲間”のために、何人を斬った?
お前たち新選組は、ただ幕府の腐った影に仕えるだけの犬だ。
己の剣を、己で選べぬ愚か者どもだ。」
「違う。」
斎藤は短く言い放つ。
その一言に、夜の空気が震えた。
「俺たちは“命令”に従っているんじゃない。
“選んだ信義”に殉じている。
たとえその果てに裏切られようとも――信じたものを貫く、それが“誠”だ。」
河上は嗤った。
「信義だと? では聞こう。
徳川が倒れ、幕府が滅んだら――お前の“誠”はどこへ行く?
旗がなくなれば、貴様はただの人斬りだ。
それでも剣を振るうのか?」
斎藤は一歩踏み出した。
刀の切っ先が、わずかに月光を掬う。
「そうだ。
俺は人斬りだ。だが、信じたものを護るためなら――この命、いくらでも穢してみせる。」
その言葉に、河上の笑みが消えた。
代わりに、深い沈黙が訪れる。
二人の呼吸が、重く、静かに交錯した。
「……ならば見せてみろ。
お前の“誠”とやらが、どこまで届くのか。」
河上が呟く。
斎藤は答えず、刀を構え直す。
一分の隙もない。
その構えはまるで夜そのものを凝縮したかのようだった。
炎が爆ぜる。
遠くで砲声が轟く。
だが、この瞬間――戦場の全てが、二人のためだけに息を止めていた。
河上が踏み込む。
斎藤も同時に地を蹴る。
刹那、空気が破裂した。
二つの閃光が交差する。
剣と剣がぶつかり、金属の悲鳴が夜空を裂く。
火花が散り、風が吠える。
血と汗と誠が、同じ熱を帯びて渦を巻く。
これはもはや戦いではなかった。
信義と虚無、誠と理、幕と維新――時代そのものが、互いを斬り合う瞬間だった。
河上彦斎と斎藤一。
その二つの剣が交わるたび、夜が震え、月が血に染まっていった。
――戦場に、ひとひらの花弁が舞い落ちたような静寂が訪れた。
炎に照らされた土は紅く濡れ、遠くで轟く砲声がまるで別の世界の出来事のように遠ざかっていく。
古賀隼斗は血にまみれた地に伏し、斎藤一と河上彦斎はなお互いを睨み合っていた。
そして――その中心で、まるで運命が再び円を描くように、二人の剣士が対峙していた。
薩摩の剣鬼、中村半次郎。
新選組の白き死神、沖田総司。
夜風が吹き抜け、焼け焦げた旗が音を立てて崩れる。
その音に呼応するように、二人の影が動いた。
「久しいな……沖田総司。」
中村が、血で濡れた唇を歪ませる。
炎の明滅に照らされたその瞳は、鬼そのものだった。
「この乱世において、お前と剣を交えられるとは……これ以上の悦びはない。」
中村の声には、笑みとも嘆きともつかぬ熱があった。
「新選組の華よ――俺の全てをもって、お前を斬る!」
だが沖田は、一歩も退かずにその言葉を受け止めた。
その瞳は、不思議なほど澄んでいる。
夜風に揺れる白い羽織は、まるで死装束のように静謐だった。
「――貴方はもう、死んでいます。」
その言葉に、中村の笑みが凍る。
「……何を言う。」
「古賀隼斗の剣に敗れた時、貴方はすでに命を落とした。
今、ここに立つのは未練と誇りに縋る“亡霊”です。」
一瞬、風が止んだ。
戦場の音すら遠のいたように感じられる。
中村はゆっくりと笑い、そして低く嗤った。
「亡霊でも構わん。俺の剣が、この世に刻むものがある限り、俺は“生きて”いる!」
「いいえ。」
沖田は、月光の下で静かに刀を抜いた。
その音は、まるで夜を裂く鈴の音のように美しく響く。
「貴方の剣は、生の証ではありません。
それは死に抗う、哀れな執念の刃です。」
沈黙の後、二人が同時に地を蹴った。
空気が弾け、土が爆ぜ、火花が夜に散った。
閃光のような一太刀――中村の示現流が唸る。
沖田の身体が霞のように滑る。
その動きはもはや人の域を超えていた。
刃と刃が交わるたび、火花が流星のように散り、二人の姿が掻き消えては現れる。
「速い……!」
中村が唸る。
斬り結ぶたび、沖田の剣筋が視界を超えていた。
音も、風も、命の鼓動さえも、すべてが彼の剣に呑み込まれていく。
その最中、沖田の脳裏に老医の言葉が甦った。
――『労咳は、完治しておりませぬ。
今もう一度、剣を振るえば……死なずとも、二度と刀を握ることは叶いませんぞ。』
喉の奥が焼けるように痛む。
肺の中が灼け、血がこみ上げる。
だが――彼は微笑んでいた。
(それで、いい。
一度でも、この命で剣を振れるなら……それで十分だ。)
(仲間が戦っている。
古賀も、斎藤も、永倉も――皆、命を賭している。
その中で、何も出来ぬ己でありたくない。)
彼は静かに息を整え、肺の奥に残った空気を燃やすように吐き出した。
そして――柔らかく呟く。
「……この一太刀に、すべてを託す。」
次の瞬間、沖田の姿が消えた。
風が鳴り、砂塵が巻き上がる。
見えたと思った時には、もう目の前にいた。
中村半次郎の眼が驚愕に見開かれる。
「なっ――!」
沖田の剣が、白い光を纏いながら夜を裂いた。
それはもはや“斬撃”ではない。
祈り。命の輝き。魂そのものの軌跡。
中村の刃が届く前に、沖田の太刀がその懐を貫いた。
刃が月光を弾き、飛び散る血が紅い花弁のように舞った。
中村半次郎は、一歩、また一歩と後退り――笑った。
「……ああ……やはり……お前の剣は、美しい。」
血を吐きながらも、どこか満ち足りた笑顔。
「この乱世で……生きることを教えてくれた剣だ……。」
そのまま、彼は地に崩れた。
示現流の剣鬼が、最後に見たのは――沈みゆく月と、白く立つ剣士の影だった。
沖田は血を吐きながらも、倒れぬように刀を地に突き立てた。
体は限界を超えている。
肺が潰れ、意識が霞み、もはや立っているのが奇跡だった。
(もう……これで最後ですね……)
炎の向こうに見える仲間たち――古賀隼斗、斎藤一、永倉新八。
皆、己の信じた“誠”を胸に戦っている。
「……ならば、私も……」
彼は天を仰ぎ、微笑んだ。
その頬を一筋の血が伝い――風が彼の白い羽織を翻した。
「貴方たちの“誠”を、私が繋ぎます。」
その言葉と共に、沖田総司の身体が崩れ落ちた。
だが、刀は地に落ちなかった。
彼の手が、最後まで柄を離さなかったからだ。
夜空に散る紅い火の粉が、まるで桜の花びらのように舞い――
その中に立つ沖田総司の姿は、
まるで 一夜に咲いて散る花のように美しく、儚く、そして永遠 だった。
――夜風が冷たかった。
火薬の煙が漂い、燃え崩れる家屋の残骸が赤い光を放つ。
その焦げた匂いの中で、永倉新八は二人の身体を背に庇うように立っていた。
背後には、倒れ伏す古賀隼斗と沖田総司。
まだ息はあった。
しかし、その息はかすかで――まるで今にも消えてしまいそうなほど儚かった。
「……くそっ……!」
永倉は歯を食いしばり、血の滴る刀を構え直す。
息を吸うたびに、胸の奥が熱くなる。
怒りか、悲しみか、それすらもう分からない。
「誰一人、通すな……!」
かすれた声で呟いた。
それは命令ではなかった。
誓いだった。
自分自身への、そして――
目の前で燃え尽きた二人への、魂の誓い。
敵兵が吶喊する。
鬨の声とともに地を揺らして迫る。
だが、永倉の眼にはもう彼らの姿が映っていなかった。
映っているのは、ほんの数刻前――
二人の剣士が見せた、あの最後の舞だった。
古賀隼斗――その剣はまるで“誠”そのものだった。
斬るためではなく、守るために振るわれた刃。
片腕を失ってなお、彼は己の信念を貫き通した。
あの瞬間、誰よりも人を護ろうとする意志が、彼の斬撃に宿っていた。
沖田総司――その剣はまるで“光”だった。
儚く、脆く、それでいて誰よりも美しかった。
命を削りながらも、最後の一太刀にすべてを込めた。
彼の剣筋は、まるで散り際に咲く桜の花弁のように――
一瞬で、世界を照らし、そして消えた。
「もう……見れねえんだな。」
永倉の喉が震えた。
あの二人が並び立ち、剣を交わす姿――
あれほどの剣の華を、もうこの世で目にすることはない。
それは戦士としての誇りと同時に、取り返しのつかない喪失だった。
あの美しさを知ってしまった者として、彼はそれを護らねばならない。
たとえ、この身が斬り刻まれようとも。
「……お前らの剣舞、俺が見届けた。」
静かに、永倉は言った。
「誰がなんと言おうと、あれは“誠”の極致だ。
なら、俺が護らにゃ筋が通らねぇ。」
彼は振り返らず、二人の前に立ちはだかる。
土と血が混じる泥を踏みしめながら、体を低く構えた。
「来るなら来いよ、薩長ども……!」
その叫びが夜を裂いた。
すぐさま敵兵が押し寄せる――
だが、永倉の太刀は鋼のように冷たく、嵐のように速かった。
一閃、また一閃。
敵の首が舞い、地に赤い花が咲く。
彼の刃には、怒りも恐怖もなかった。
そこにあったのは、ただ一つ――敬意。
倒れてなお“武士”であった二人への、深い、深い敬意。
その刃は誰よりも静かで、誰よりも烈しかった。
炎が風に流れる中、永倉新八の背中は――
まるで二人の魂を護る「盾」のように、大地に根を下ろしていた。
「古賀……沖田……」
彼はかすかに呟いた。
「――お前たちの“誠”は、俺が繋ぐ。」
その言葉と共に、再び剣が唸りを上げる。
火花が夜空を裂き、雨のように血が降る。
それでも、永倉の背は決して揺るがなかった。
倒れた二人を護るその姿は、まるで――
浅葱色の炎が、夜に咲いた幻の花のように、美しく燃えていた。
戦場の空は、もはや昼とも夜ともつかぬ色をしていた。
黒煙が太陽を覆い、赤々と燃える炎がその隙間から滲む。
地には血が川のように流れ、砲声と絶叫が入り乱れる中――確かに、流れは変わりつつあった。
幕府方が押し返している。
それは誰の目にも明らかだった。
中村半次郎――薩摩の剣鬼が討たれた。
その報せは新政府軍の陣中を駆け抜け、瞬く間に兵たちの心を貫いた。
「あの中村様が……まさか……!」
「嘘だろう……!」
動揺が走る。
それはただの“恐れ”ではなかった。
彼らが信じていた“最強の象徴”が崩れた、その事実そのものが、戦場の空気を塗り替えたのだ。
対して、幕府方の兵士たちの目に再び光が宿る。
「まだだ……まだ俺たちは終わっちゃいねぇ!」
「誠の旗を掲げろ! 古賀組長の意志を見せるんだ!」
叫びが重なり、槍が、刃が、一斉に前へと突き進む。
その勢いは嵐のようであり、絶望の底から這い上がる者たちの怒号が戦場を震わせた。
永倉新八の剣が火花を散らし、鉄砲隊の銃声が轟く。
盲目の山本覚馬が聞き分ける音のすべてが、敵の命を奪う指揮に変わる。
幕府方の一丸となった反撃は、まるで地の底から湧き上がる鬼神の咆哮のようだった。
その混乱の中――
一角だけ、時間が止まったかのような場所があった。
斎藤一と、河上彦斎。
二人の剣鬼が向かい合う空間。
周囲では数千の兵が入り乱れているにもかかわらず、その周囲だけは、誰も近づけなかった。
あまりに研ぎ澄まされた殺気が、空気を裂いている。
互いの呼吸がぶつかり、沈黙が幾度も張り詰めては、音を立てて弾ける。
二人の足下にはすでに無数の死体が転がっていた。
それらが血で地を濡らし、まるで二人の死闘を祭壇のように飾り立てている。
「……これが“誠”か。」
河上彦斎が呟いた。
その声は低く、どこか痛みに満ちていた。
「貴様らが掲げるその旗。俺にはそれが、もはや腐った幕の名残にしか見えぬ。」
斎藤は静かに答える。
「俺の“誠”は、旗じゃない。
人が人を裏切らず、己を偽らぬためにある。」
「ならば――!」
河上の刃が風を裂いた。
「その信念、貴様の血で確かめてやる!」
斎藤の眼が鋭く光る。
「望むところだ。」
刹那。
空気が爆ぜた。
二つの殺気がぶつかり合い、戦場の喧騒を一瞬でかき消す。
刃と刃がぶつかる音が、雷鳴のように響く。
閃光が走り、火花が弾けるたび、二人の姿が霞の中に溶けていく。
「貴様の剣……速いな。」
「お前の剣……深いな。」
互いを認めるような低い声。
だが次の瞬間には、また斬撃が走る。
その速度は人の目にはもはや映らない。
彼らの戦いは、もはや“勝負”ではなかった。
それは魂と魂の純粋な衝突――
一方が死ぬまで終わらぬ、宿命の刃。
周囲の兵たちは、ただその光景を見守るしかなかった。
誰もが悟っていた。
あの二人の間に、他者が踏み入る余地などないと。
血煙の向こうで、斎藤の浅葱の羽織が翻る。
その背に、燃える炎の反射が滲む。
まるで――倒れた古賀と沖田の“誠”を継いでいるかのように。
そして河上彦斎もまた、滅びゆく時代を背負うように刃を振るう。
二人の斬撃が再び交わる。
その瞬間、戦場全体が――息を止めた。
歴史が動こうとしていた。
「誠」と「理」――
二つの魂が、最後の一太刀で決着を迎えようとしていたのだ。
――風が、止んでいた。
焼け焦げた木片が宙を舞い、血の匂いと鉄の味が、夜気に溶けていた。
その中心に立つ斎藤一は、まるで世界の音を一つひとつ背負うように、息を吸った。
足元の大地はぬかるみ、指先は震えている。
だがそれは恐怖ではなかった。
斎藤は、生まれて初めて“胸の奥が痛い”と感じていた。
剣を持つ手ではなく、心臓が――痛む。
「……古賀。」
小さく名を呼ぶ。
振り返れば、そこには血に染まった浅葱の羽織が見える。
それがまだ微かに風に揺れているのを見て、斎藤の胸が軋んだ。
あの男は、俺と同じく“剣”に生きたはずだった。
だが、その“剣”の意味を、俺は最後まで理解できなかった。
古賀隼斗――
人を斬りながら、人を救おうとした侍。
その矛盾を背負いながらも、最後まで信念を曲げなかった男。
お前の剣は俺とは違った。
俺が信じてきたのは、“生き残る”ための剣。
だが、お前は“誰かを生かす”ために刀を抜いた。
それがどれほど愚かで、どれほど美しいものだったか――
今になってようやくわかる。
そしてもう一人。
沖田総司。
あの穏やかな笑みと、風のような太刀筋。
自分より年下でありながら、斎藤が唯一「勝てぬ」と思った剣士。
その沖田が、古賀を守るために剣を振るった。
命を削りながら、戦場に舞う姿を見たとき――
斎藤の胸に込み上げたのは、怒りでも悲しみでもなかった。
ただ、誇りだった。
あの瞬間、確かに“誠”は生きていた。
剣に、魂に、そして仲間の背に。
だが今――
その誠を継ぐ者は、自分しかいない。
「……笑えよ、古賀。」
斎藤は小さく嗤った。
唇から流れた血が、頬を伝う。
「お前が信じた“誠”を、俺が証明してやる。」
河上彦斎が目の前で構える。
その刃は無慈悲で、美しく、そして冷たい。
互いの殺気がぶつかり、空気が裂ける。
「貴様の“誠”など、幻想だ。」
河上の声は、夜気より冷たい。
「侍が侍を斬り、己の理を押し付ける。
そんなもの、どんな大義で飾っても、ただの――殺戮だ。」
斎藤は静かに目を閉じる。
そして、唇が震えた。
「……ああ、そうだ。俺たちは殺してきた。」
「だがな……」
眼を開いたとき、その瞳には烈火のような光が宿っていた。
「“誠”とは、斬った後に残る痛みのことだ。
忘れぬために、俺は剣を振るう!」
雷鳴が轟き、風が爆ぜる。
二人が同時に動いた。
刹那、世界が白く閃光に包まれ、
刃と刃がぶつかる音が天地を揺らす。
河上の剣は深く、理に基づいた必滅の一撃。
だが、斎藤の剣は――想いだった。
古賀の信念。
沖田の優しさ。
近藤の背中、土方の怒号。
すべてが、彼の刃に宿っていた。
「これが――俺の“誠”だあああああああ!!!」
閃光。
爆風。
世界が裂ける。
その瞬間、誰もが息を呑んだ。
炎の中で、斎藤一の影が立っていた。
膝をつき、血を吐きながらも、斎藤は笑っていた。
「……古賀……沖田……見ているか……」
「お前たちの“誠”は、俺が繋いだぞ。」
その声は、戦場の喧騒の中で誰にも届かなかった。
だが、夜風だけがそれを運び、燃える空に溶けていった。
――その背に翻る浅葱の羽織は、まるで燃え尽きる星のように輝いていた。




