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8.不死

 あれから私は緋水と呼ばれる薬について研究をしていた。とは言っても進展はほとんど得られていないのが現状だ。まずそんな効果が本当にあるのか飲んでみないと分からないが自分では飲みたくないし、隣にいるこいつも人間が作った薬なんて飲まないと言って聞かない。料理なら喜んで食べる癖にね。


 かといって動物を実験材料にするのは私の流儀に反するのでそれもしたくない。つまるところ何も成果がないのである。


 問題はそれだけではない。例の地震のせいで家は案の定潰れていた。棚もベッドもどこかに消えていて、床と作業台だけが綺麗に残っていたのが笑えるが。おかげで風通しもよくなって最高の環境だ。


 あと、育てていた蓬莱草のプランターも奇跡的に近くで見つかって栽培もできている。おかげで薬は全滅したとはいえまた1から作り直せている。


「人間が作った薬にここまで執着するとは君も暇人じゃな」


「人生なんて退屈しのぎの連続でしょ。お前に言われたくないね」


 どうせ時間なんていくらでもあるんだからこれくらいの難問に直面した方がいい時間つぶしになる。


 研究の続きをしようとそう思った矢先、近くで雑草を踏む足音が聞こえた。それも複数。

 手を止めて注意深く耳を傾ける。どうやらこっちに来てるみたい。

 家の壁がなくなったおかげで不審者の接近にすぐに気付けるのは利点だね。ただの客かもしれないけど。


 その人達はすぐに姿を現した。スーツを着こなした人が2人。1人は頭をフルフェイスで隠していて顔も暗くて見えない。今まで来た客の中でトップクラスの胡散臭さ。もう1人は金髪の女で蛇のような目をして私のことをジッと睨んでいる。ヘルメットの奴より少し後ろを歩いていて歩くタイミングもピッタリ合わせていて不気味だ。


「いらっしゃいませ。魔女の薬屋にようこそ」


 どうせこんな偏屈が来る理由は決まってるし先に釘を差しておこう。するとヘルメットの方が家に上がらず家の前で立ち止まった。


「あなたが曰くの魔女様でございますか?」


「もしかして耳が聞こえなかったりします?」


 声からして男か? 蛇女がすぐさま構えようとするのを男に静止されてる。


「今回は突然の訪問に失礼申し上げます。しかし魔女様にご協力願いたい件がございましてご訪問させて頂きました」


「堅苦しい挨拶は結構です。早く本題を言ってください」


「あなた、この方が誰かご存知ないのですか?」


 この方も何もそんな物で顔を隠されたら分かるわけもない。


「やめなさい。私達は彼女と争いに来たのではありません」


「失礼いたしました」


 蛇女が頭を下げて半歩引いた。なんだろうこの感じ。どうにも嫌な雰囲気だ。


「魔女様に失礼がないよう人員を抑えたつもりでしたが無礼はご許し下さい」


「別に気にしてませんよ」


「大変恐縮でございます。さて単刀直入でございますが魔女様は緋水についてご存知でございますか?」


 その言葉に少しだけ眉が動いてしまった。どうやらそれを見逃してくれるほど相手は優しくないらしい。多分これは客じゃないな。

 それにあの女が異様にあの男に付き従ってるのを見ると身分の高い人間だと思う。

 だとすれば。


「まさかここに陛下が来るとは想像もしてませんでした」


 すると男はペコリとお辞儀した。カマをかけて言ったつもりだけどまさか本当に正解だったなんて予想外過ぎる。素性を隠す為にヘルメットをしているのか?


「緋水って言いましたけどそれってあなた方が作ったものでしょう? どうして私の所に来たのですか?」


 協力って言ってきたのだから何らかの頼みごとをしてくるはず。だったらこっちが何も知らないという情報はなるべく隠して相手に喋らせよう。


「どこから話せばよいものか迷う所でございますが、魔女様は今年発生した大地震についてご存知でしょうか」


「この家が最初から開放的ならその魔女はとんだ大馬鹿ものですね」


「それはお悔やみ申し上げます。魔女様がご存知の通りあの大地震は全国各地で発生し、その規模は大変恐ろしいものでございました。相当数の死者も生み出しかねない状況でしたがそこに政府があれを支給したのです」


「緋水ですか」


「はい。過去に一度も議題にあがらなかったものがあの震災以降突如として浮上したのです。私もその名を初めて耳にしたものです」


「これでしょう?」


 私が緋水を見せたら蛇女が驚いた顔を見せた。


「それをどちらで?」


「あの震災の時に街に行ったらくれましてね。禍々しい見た目ですからまだ一口も飲んでませんけど」


「それを伺えまして安堵致しました。先に進言申し上げますとその薬は絶対に服用しないでください」


 絶対と強調する所に尋常ではない熱意を感じられる。この薬に一体どんな効用があるんだろう?


「私が説明を聞いた時はどんな怪我や病気も治す万能薬って聞きましたが違うのですか?」


「それはそんな生易しい薬ではありません。あまりにもおぞましい化学兵器とも言えるでしょう」


 さすがに興味が湧いたので耳を傾けることにした。


「政府の発言通り緋水を服用すれば怪我も病気も治ります。不治の病と称された数々の癌すらも治すのですから多くの医者はその効用に大変興味を抱いたそうです。そのおかげで被災者だけでなく病気で寝たきりだった人も元気になり日本国民は震災という大きな困難に直面したにも関わらずかつてないほどの活気を取り戻したものです」


 こういう前置きの長さはお偉いさんの特徴なのかなぁ。こっちは早く真相だけを知りたいんだけど。


「政府はこれ以来緋水の有用性を何度も訴えてついには全国各地の水道水にもこの緋水の成分を含めて流用すると宣言したのです。緋水の効果については既に国民全員が知っていたものですから反対派の意見は極少数でした。そのため今までにないほどの迅速な速度で可決されてしまったのです。私があの時少しでも疑いの目を向けられていればこのような惨劇にはならなかったのです」


「陛下に落ち度はありません。全てはあの腐った犬共のせいです」


 どうやら私の知らない所で何やら大変なことになってるようだね。しかも今回の災害以上にとんでもないことが。


「一体何が起こったのですか?」


 研究者の本分とも言えるのか。つい急かすように問いただしてしまった。


「結論から申し上げますと緋水を服用致しますと人ではなくなります。あれは……この世の者とは思えません」


「あれ、とは?」


 けれど陛下は何も答えようとしない。代わりに蛇女が口を開けた。


「目が暗く淀み、体色は淡い緋色に染まり、手足は太く甚大な厚さとなり、つまるところ怪物になります」


 蛇女が淡々と答えるがその口調はどこか苦々しかった。私の知らない所でお国様がバイオテロを行っていたなんて世も末になったものだねぇ。


「当初は街中で怪物が出たとして自衛隊が討伐に向かったのですが、どうにも不可解な報告を受けたのです。いくら銃弾を撃っても殺せない、と」


 その発言を聞いてどこか既視感を覚えた。


 そんなのまるで。


「不死」


 思わず口に出た。するとその言葉を待ってたように陛下が頷いた。


「緋水には確かに怪我や病気も治す効用があるようです。しかし、それと同時に死という人が逃れられぬ結末すらも否定する効果があるそうです」


「そうか。細胞の死滅すらも即時に再生させるから筋細胞が増大して化物になってしまうのかな」


 かつて不老不死の研究をしていた身としてその辺りには詳しい。だけどその発言が失言だった。


「やはりあなたはあの戦いの生き残りであり、そして不老不死の薬を研究していた魔女様ですね」


 陛下は私の方をジッと見つめて来る。まさかまだあの日の悔恨を覚えている人間がいたなんて驚きを隠せない。


「裏で非人道的な研究が行われていたのは古い文献にいくつか残っていました。しかしそれを表沙汰にはできず、極少数の者だけがその研究について知っています。結局研究は失敗に終わったと文献には書かれていましたが、噂で聞いた魔女の存在がどうにも不可解だったものですからこちらでいくつか調べさせて頂きました」


 こいつら一体どこまで知っているんだ?


「大体の経緯は理解しました。けれど先に言わせてもらいますけど、その薬についてどうにかしたいという提案ならば断わらせてもらいます」


 今更この国がどうなろうと私には関係がない。人が勝手に生み出した薬で勝手に自爆しただけじゃないか。それに散々奴隷のように利用されたのだから今更お国様の為に働くなんて絶対にあり得ない。


「既に緋水の影響は全国各地で広まっています。水道水を飲んだ者も時間差があれどその影響を受けるでしょう。すでに日本の崩壊が始まっているのです。どうか魔女様のご助力を頂けないでしょうか。お願い致します」


 陛下が深々と頭を下げたまま顔をあげない。けれどどんなに懇切丁寧にお願いされた所で首を縦には振れない。私はもう関わりたくないんだ。

 沈黙が続くと後ろに立っていた蛇女が口を開けた。


「これは憶測で確証はないのですが、緋水の開発には魔女の薬が関与していると私は思います。あのような人智を超えた薬を現代化学ではまだ不可能でしょう。ですが今あなたを目にして理解致しました。あなたはすでに不死人になっており緋水ではなく本物を完成させていたのだと」


 蛇女が勝手な持論を繰り広げる。ええそうですよ。その通りですよ。でもそんな風に人を好き勝手に評価するのは心底腹が立ちます。こっちがどんな思いであんな薬を作ろうとしたかも知らない癖に。


「私が緋水開発に協力したって? こんな山奥で暮らしてるのにどうやってですか?」


「直接的な関与はしていないかもしれません。けれどあなたはここで普通の人が作れない薬を作っていると聞きました。ではその薬が研究者の手に渡ったとすれば?」


「は?」


 あまりに突拍子な発言に思わず素っ頓狂な声が出たよ。え、今まで来た客の中に転売した輩がいるってこと? 私が接客した中だとそんな風な人は思い当たらなかったけど。


「存外にその説は当たってるかもしれんぞ、魔女よ? 人間などその場しのぎの嘘吐きだらけだからな」


 今まで黙っていた悪霊狐が喋り出す。お前がそれを言うなって何度言えばいいのよ。


「陛下。あの件についても説明してよろしいでしょうか?」


「致し方ありません」


 まだこれ以上何が出て来るって言うんだ。


「実の所、緋水が公になった時点で我々もその件を独自に調査していたんです。何せ急に浮上した未知の薬ですからどのような過程でどのような場所で作られているのか少しでも知るべきと考えたからです。ですがどこの大学や病院を洗いざらい調べてもその存在が明るみには出て来ませんでした」


 そんなイカれた薬を研究してるくらいなら普通の所で研究してるはずないよね。


「ここから先は個人的な仮説なのですがそもそもこの薬はまだ完成していないのではないかと思うんです。いくら政府とはいえこんな危険な薬が世に広まったら自分達の地位を危うくするだけです」


「でも実際普及したじゃないですか」


「よく考えてください。そもそもこれが広まったのはあの震災のタイミングなんですよ。何故政府はあのタイミングで未完成の薬を各地にばら撒いたのか。憶測ですがあの地震で研究所にも影響があったのではないでしょうか。それで未完成の緋水が川かどこかに漏れてしまったのだとしたら?」


 なるほど。それで特定の地域にだけ緋水の影響が出て混乱するくらいなら全国に広めて隠蔽工作を図ったってわけか。それなら唐突な水道水にも混ぜるとか言う馬鹿げた発言にも納得はできなくもない。お国様らしい自己保身だね。


「もしこの仮説が正しければ研究所はどこかの山間部にあるでしょう。とはいえ全国各地の山を調べ上げるにはあまりに困難な状況になってしまったんです」


「それで私にも協力して欲しいと」


「ご無礼を承知で申し上げますが今回の一件は間接的に魔女様が関わっている可能性があります。その責任を全うするのが人道ではありませんか」


 人道ねぇ。既に私は人の道から外れてるしそもそも人という括りに当てはまるかどうか。


「私の父はあの戦いで特攻隊に抜擢されて戦死しました。母も医療班として傷付いた人を助けていましたが空爆で亡くなりました。私も理不尽な要求に応えながらも同僚は皆殺されました。私はもうお国の為に働きたくないんです。帰ってください」


 その言葉にはさすがのこの2人に効いたのか沈黙した。


「この度は突然の訪問に失礼いたしました。そして亡くなられたご家族にご冥福をお祈りいたします。最後に1つだけ言わせて頂きます。私はこの国を必ず取り戻すと誓っています。例えどんな手段を使ったとしても。魔女様の前向きな返事を待っています。それでは失礼します」


 そう言って陛下と蛇女は踵を返して荒地の向こうへと去って行った。2人が振り返ることはなく、これ以上私に言っても無駄だって気づいたのだろう。


「よかったのか?」


「良いも悪いも私が国の為に働かないよ」


「国のトップがああまでして頼むのを断るとは君もいい身分じゃな」


 からから笑うのが妙に癇に障る。けれど私が断った理由はそれだけではない。


「あの人達の真摯さは確かに伝わったけどそれでもまだ隠してることがあると思う」


「ほう?」


「あの人達は研究所を見つけられていないって言うけど、こんな樹海の中にある私の家を見つけられるくらいの情報網はあるんだよ? 本当はもう目星がいくつかあるんじゃないのかな」


「ふむ。君が断ったから教える必要もないだろうな」


「何よりあれだけ説明しておきながら結局私に何をさせたいかの説明が一切なかった。それが断った一番の理由」


 仮にそこまで日本が崩壊しているならもう復興なんて望み薄だろうし、あの人達もあの人達なりで何かを企んでるような気がする。


「まぁ吾輩もあいつらが信用できんという点には同意やけどな。でもこれからどうするんじゃ?」


 これからか。それが一番の問題だね。私はどうしたものか。

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