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67.人

 自分の部屋に戻って椅子に腰をかけました。鞄は置いたままだったので蓬莱草はまだある。とはいっても薬は数えるくらいしか作れないでしょう。


 それに不老不死の薬なんてどうやって作ったかも覚えていない。今更作れと言われても作れる気がしない。


 本当なら何も聞かなかったことにして無視するのが一番でしょう。そこまで陛下に尽くす義理もない。


 なのにどうしてあの子の顔がちらつくのか。あの子に寄り添ってるつもりだったけど、全然寄り添えていなかったのか。


 いや。あの子はずっと私に寄り添ってくれていた。いつも助けてくれていたのは私の方だった。それが打算だったかどうかは分からない。それでもあの子は私を姉と呼んで慕ってくれた。だったら最後の恩返しに願いを聞くのもやぶさかではないかもしれない。


 コンコンコン


 不意に部屋がノックされた。ドアを開けるとそこには雪月さんが立っていました。彼女はペコリとお辞儀をします。丁度お話をしたかったので招きましょう。


 彼女はベッドの方へと歩くとちょこんと座りました。


「全て聞きましたよ」


「そう……」


 雪月さんは暗い表情になって俯いてしまいます。陛下の思惑はどうあれ、彼女には私を騙すという行為に後ろめたさがあったのでしょうか。


 暫く会話もなく沈黙が続きます。


「お姉ちゃん。わたし、あの」


「謝らなくていいですよ」


「え?」


「あなたのことですから私を騙して悪いと思ってるのでしょうけど、それは気にしなくて結構です」


「で、でもわたし、お姉ちゃんにずっと嘘ついてて、わたし……」


 今にも泣きそうなくらい手を震えています。陛下は確かにこの子を利用したかもしれない。

 けれど人の感情までは誰にもコントロールはできない。きっと、あの旅で見せてくれた雪月さんの表情も全部本物なんだと思う。


「私、雪月さんと初めて会った時、村がああなった原因は雪月さんじゃないかって疑ってたんですよ。酷い人でしょう?」


 冗談っぽく言うと彼女はゆっくりと顔をあげました。


「だからこれでお相子です。別に恨んだりしてませんよ」


 私がここまで来れたのも雪月さんがずっとそばに居てくれたから。きっと私だけだったら使命なんて途中で放り出していたでしょう。


「お姉ちゃんは優しすぎるよ……。わたしは、パパとママに会いたいって思うばかりで、自分のことばっかりで……」


 私は彼女の隣に座って頭を撫でてあげました。


「あなたの年でそう思うのは何もおかしくはありません。私も頑張ったつもりでしたけどやっぱりあなたの親代わりは無理でしたね」


 雪月さんの母親はただ1人しかいない。どんなに取り繕ってもその代わりなんていない。

 でも雪月さんは私に抱き付いてきました。


「そんなことない! わたし、お姉ちゃんがいてくれたからずっと泣くの我慢できた! どんなに辛いって思ってもお姉ちゃんがいたから頑張れた!」


 ぎゅーってしがみついて来ます。


 よかった。やっぱりこの子に悪意なんてなかった。それだけが知りたかった。


「雪月さん。私は陛下から不老不死の薬を作れと言われました。おそらく、あなたの両親を助ける為にも」


「うん……」


「けれど私にはできない。私は神でもなんでもない。ただの魔女。どんなに頑張っても死者は死んだままなんです」


 こんな幼い子に現実を突き付けるのは酷かもしれません。


 けれどいつかは向き合わないといけない。


「本当は分かってたの。パパもママもどうにもならないって。でも、わたし……」


「それでいいんです。泣くのは我慢しなくていい。私がそばにいますから」


「お姉ちゃん……お姉ちゃん……!」


 この子は誰よりも強かった。


 でも誰よりも脆かった。


 それが当たり前だってどうして気付いてあげられなかったのでしょう。

 雪月さんが泣き止むまで胸を貸しました。彼女の親にはなれなくても寄り添うことはできる。きっとそれが人間性というのでしょう。


「お姉ちゃん、あの……ごめんね」


「本当にいいんです。あなたが無事ならそれだけでいい」


 元より騙されるのは慣れています。この旅で一体どれだけの人に騙されたのやら。

 やっぱり日頃の行いって大事かもしれませんね。


「パパとママがいないのは悲しい。でも……お姉ちゃんや栗姉に陽菜姉が居てくれる。だから……」


「私も雪月さんが居てくれるだけで十分です」


 結局完璧な人なんていなかった。皆間違えてるし、正解なんてどこにもないのかもしれない。でも間違ってたとしても前に進むしかない。


 だから、私がすべきことは。


 ※


 夜。


 私は陛下の部屋の扉をノックした。中から声がしたので開ける。

 陛下は相変わらずバルコニーから外を眺めているだけでした。


「答えが決まったのですか?」


「ええ」


 ポケットから小さな小瓶を1つ机に置きました。


「あなたの望み通り薬を作ってきましたよ」


「ご冗談を。あなたが一朝一夕で気持ちを変えるとは思えませんね」


 どうやらこの人には全て見抜かれてるようです。敵でなくて本当によかった。


「私の薬に違いませんよ。まぁ、不老不死の薬ではないですけどね。以前に私の所にも似たような客が来たんですよ。恋人の死が忘れられずに助けて欲しいって」


 思えばあの樹海での出来事も遠い昔に思えます。


「無論私には何もできませんと答えました。それで代わりに過去の記憶を思い出す薬を渡しました。あなたも今一度自身の過去と向き合ってはどうでしょうか」


 陛下は何も言わず空を見上げています。


「私が言いたいのはそれだけです。それからどうするかはご自身で考えてください」


 それだけ言い残して部屋を出ました。


 あの薬を悪用されるかもしれない。

 あの人のように死を乗り越えられないかもしれない。

 悲劇が繰り返されるかもしれない。


 でもいつかは別れの時が来るだろうから。

 私は信じてますよ。あなたにもまだ心があるって。

 私もそうだったから。きっと人は変われる。

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