66.命
翌日。
フロアに下りると栗香さんが勢いよく駆けつけてきます。
「魔女! 見て見て! 昨日の配信世界中でバズってる! SNSでもトレンド入りしてるよ! やばい!」
相変わらず何を言ってるか分かりませんがその様子ですと上手くいったようですね。
「どうやらヒナは日本を救ってしまったようだ」
陽菜葵さんはソファに持たれながら何事もなさそうに言ってます。
「しかも一部の国でデモ活動もあったみたいで核の発射は再検討が必要みたいなニュースも上がってるよ」
完全に気を緩めるには早いですがしばらくは安心できそうですね。
「陛下に報告してきます」
2階に上がって一番奥の部屋の前に立って軽くノックします。
「どうぞ」
「失礼します」
部屋に入ると陛下はバルコニーに立って外の景色を眺めていました。
「核の発射は見送りになったそうですよ」
「そのようですね」
相変わらず情報が早いですね。けれど特に感慨なさそうにも感じます。
勝手に近くのソファへと腰を下ろしました。
「いい加減あなたの目的を教えて頂けませんか」
「仰る意味がわかりかねます」
この後に及んでまだとぼける気なのでしょうか。ならば答え合わせといきましょう。
「このタイミングで核の脅威を告白する理由が分かりませんでした。だってそれが事実なら私達が何もせずとも富士や桜姫は死んだのですから」
あれだけリスクを冒して戦ったのにたった1つの爆弾で全てを終えられる。それが核。
おそらく陛下はこの事実をずっと前から知っていた。なのにそれを説明せずに私と協力して富士と桜姫を倒すという道を選んだ。あまりに不可解すぎる。
「私の目的は日本の復活。国民の死は即ち日本の死を意味します」
「その言葉に嘘はないのでしょうが、正直真意が不明ですよ。だって昨日あなたは核が落ちたとしても最期まで見届けると仰りました。本気で国民を想うなら最後まで抵抗するはずです」
そしてここに入った時にも核の阻止を告発しても興味なさそうに返事をするだけでした。
「本当は核の発射など全部嘘だったんじゃないですか?」
「嘘か本当かなど些細な問題です。利用できるものは利用する。それはあなたも同じでしょう?」
陛下は振り返って私を見据えます。相変わらずヘルメット姿で顔は隠されて胡散臭い。この人は本当に何なのか。それが分からない。
「それを外せないと仰りましたけどなぜ外せないんですか?」
私が問いかけると陛下は両手でヘルメットに手をかける。そしてゆっくりと……頭が外れた!?
「あなた……人ではないんですか?」
「人という定義がどういうものかによっては或いはそうかもしれません。けれどこの頭には私という個は存在している」
陛下は頭を机に置くと今度は手袋を外します。その手はまるで機械のようでした。
「私は既に肉体というものが存在していません。あるのはこの頭にある脳のみ。それだけが私という人格です」
こんなことがあり得るのでしょうか。脳だけが生きて存在する。そんなの、知らない。
「ただこの研究は倫理の観点から表沙汰にはしてはならず、極秘中の極秘扱いでした」
ああ。だからこの人は私が不死の研究をしていたのも知っていたのですか。
陛下はヘルメットを自身の首へと戻して取りつけます。
「ならば緋水の開発もあなたが裏で関与していたのですか?」
「信じられないかもしれませんが、あれは紛れもなく五竜と富士が行ったものです。私のこの研究も、私が最初で最後の被験者ですから」
この人は自ら自分の研究に身を差し出したのですか。
機械の体は確かに便利かもしれませんけど、それでも理由が分からない。利点よりも不便さの方が目立つ。或いはそうまでしても生きたかったのか。
「あなたもまた、不死を目指したのですか」
「いいえ。私は不死などに興味はありません。表向きは民の為でしたが私はただもう一度愛する者に会いたかった」
陛下の視線の先には小さな写真が一枚飾られてあった。そこには私の知らない夫婦が映っています。天皇と皇后、でしょうか。
「緋水は確かに魅力的でしたがあれは不完全です。所詮は紛いの薬物。あれでは死者はおろか生者すらも毒を盛るに過ぎません」
「それで私の所に来たんですか」
ようやく合点がいった。核の発射を告げた時に私に不老不死の薬を作らせようとしたのもそれが目的でしたか。或いは旅の道中で私がそれを作るのも狙っていたのか。
「何度も言いますが薬は死者には効きません。私は神でもないので蘇りなど不可能ですよ」
「それは試さなくては分からないでしょう。あなたも死者にあれを飲ませたわけでもないはずです」
確かに試してはいない。けど絶対と言い切れるくらいには効果はないと思う。そもそもこの薬は肉体を復活させるのではなく、魂を安定させるものだと解釈している。
それが緋水との大きな違いです。再生させ命をとどまらせるのが緋水ならば、私が飲んだ薬は魂を現存させるもの。肉体が朽ちようが、消滅しようが胸の奥底にある魂だけは決して消えることはない。だから何度でも命は戻って来る。
けれど死者はすでに魂を失っている。そんな人に飲ませてもきっと魂は戻って来ない。
「残念ながら無理なものは無理です。あなたは恩人でもありますがこればかりは私にもできません」
陛下は少し俯いた後に再びバルコニーの方へと歩いて行きます。
「魔女様。あなたは実に聡明な方だと存じます」
「はぁ」
急に褒めてなんですか。
「あらゆる危機や困難に対してもその頭脳をもって解決したのでしょう。不老不死の薬を作ったのもその頭脳があったからこそ」
一体何を話してるのでしょうか。
「あなたは先程核に対して私が仕組んだと疑いましたね。確かに私はあの状況になればあなたが作る可能性を考慮してあのタイミングで告白しました」
バタバタの連続で考える暇もなく難題を与えればその選択をしたかもしれない。でも本当に何を言ってる?
「おそらくあなたは念入りに準備をする性格でしょう。私も同じです。計画とは緻密な準備を入念にして成すもの。正直な所、あの程度ではあなたを動かすには値しないと思っていました」
まだ何かあるというのですか。今更何を言われても薬を作りませんよ。
「魔女様。何かおかしいと思いませんか。私はあなたを旅に出させるように仕向けました。もしあなたが私の立場ならその段階で手を打つはずかと存じます」
いやいや。そんな。
いや、まさかね?
そんなのあるわけないですよ。
「あなたも疑問に思ったはずです。あまりにも都合がいいと。あなたの困難に対しても支えになったはずです」
いやもう。本当勘弁してくださいよ。
どうして私ってこんなに悪い予感ばかり……。
「お察しの通り、雪月という人間は私が仕向けた子です。あなたを監視させる為に同行させていました」
思わず溜息を吐きたくなりました。この世界はどこまでも私をいじめたくなるそうです。
「随分な物言いですね。確かにあんなに小さな子なら疑う余地もないかもしれませんけど、それにしては少々軽率では?」
今でこそ雪月さんには心を許してますが最初は疑っていたし、非情な決断だってしそうにもなりました。それに監視という名目にも疑問が残ります。旅の道中で彼女が亡くなる可能性もあります。
「いいえ。あなたならば彼女に何かあった時、必ず助けるでしょう」
陛下は言い切った。目を瞑って考える。
……そうかもしれない。
最悪は不老不死の薬だって作ってたかもしれない。
「でもおかしいですよ。彼女は村の生き残りなのでしょう?」
雪月さんの会話や五竜の言った過去からそれらが嘘とは全く思えませんでした。そもそも彼女に嘘を言えるとも思えない。
「そうですよ。彼女は確かにあの村の生き残りです。けれどあなたも知っているはず。あの子が真に何を望むかを」
またしても溜息が出ます。そういうことか。
「彼女もまた私と同じく死者の蘇りを望む者。だから私に協力してくれました」
両親の死を誰よりも悲しんでいたのは知っています。ならばそこに僅かでも希望があるならば縋るのが幼き者の宿命か。
でも、本当にそうなんだろうか。雪月さんとずっと旅をしてたけど、あの子が見せてくれた顔に嘘は感じられなかった。或いは心の闇を閉じ込めて無理していたのか。
どちらにせよ、私はそれに気付いてあげられなかった。
「もしも私が断ったら?」
状況的には厳しいですがそれでも絶対的な束縛力はない。断る権利くらいはある。
「何もありませんよ。ただ、あなたの心の中に雪月という少女を見捨てたという気持ちが残るだけでしょうか」
この人はどこまでも人の心理を理解しているらしい。初めから私の選択肢を奪っていたのか。
「あなた、最低ですよ」
「分かっています。それでも、救いたいと願ってしまった」
そう言い終えて陛下は何も言わなくなった。私も気分が悪くなったので部屋を後にする。
私はこの後どうすべきなのだろうか?




