63.終曲
桜姫は背を向けて空を見上げていました。さっきまで輝いてた星や月が雲で隠れ周囲は一層暗くなりました。彼女はゆっくりとこちらに振り返ります。
いつもの制服ではなくフリフリの派手な衣装を身に纏っていました。同時に屋上はバックライトで急に明るくなります。
「ここまで来るなんて追っかけでも執念深くないなぁ」
桜姫はマイクを付けているのか妙に声が響く。
「でも魔女さんには感謝しないとね。あのキモイおじを殺してくれてありがとう。これでこの国は誰の物でもなくなった。もしかして私の時代が来ちゃう?」
ピースしながら言う彼女を見ても一切可愛げを感じられませんでした。
「何を世迷いごとを」
「そう? もう日本には私の信者しかいないもん。だったら今選挙したら私が一番になるよね。きっと皆もそう望んでるよ。あんなおじよりも可愛い子が偉い方が嬉しくない?」
冗談か本気か。いやきっと本気なのでしょう。
「あなたのような人間が国を治められるとは思えませんね」
「そんなのやってみないと分からないよ。それでいつかは世界にだって羽ばたける。私と言うアイドルが唯一無二のスターとなって世界中を輝かせる! こんな薄暗い社会はもうお終い!」
天に指を差してまるで自分が特別であるかのように勘違いしてそうです。或いは多くの信者と囲いによって彼女は狂ったか。
「姫。この国はあなただけの物じゃない。ましてやおもちゃでもない。これ以上日本を混沌へと導くのはやめて」
「栗香。ずっと私の味方だったのにどうしてそんなの言うかなぁ? そんなに魔女さんが気に入ったのかなぁ? いいよ。だったら栗香の目の前で魔女さんボコボコにするね。ハラワタ引きずりだしたらきっといつもみたいに笑ってくれるよね?」
あざとい顔をして言う乙女の台詞とは思えません。この女はやはり腐っている。
「栗ちゃをいじめるのやめて欲しいんだが?」
「お前誰?」
その言葉に陽菜葵さんが無言で銃を構えました。
「ごめんごめん。怒らないで欲しいんだけどね。私ってば人気者だから一々リスナーの名前なんて覚えてないの」
「一瞬でもお前の推しになったヒナがバカだった。今日を卒業ライブにしてやるんだが?」
「卒業ライブ? そんな生易しいものじゃ誰も満足しない。大事なのは混沌。タイトルはデッドヒート、これで決まりだね」
まだ娯楽を求めるのか。自分の命がかかってるなんてこれっぽっちも疑ってないのでしょう。
「姫姉。どうしても戦わないとダメなの?」
雪月さん?
「姫姉は本当にこんなの望んだの?」
「……違うの、雪ちゃん。本当は私だってこんなのしたくなかったんだよ? でもね、皆が言うから仕方なくなんだよ?」
「そうやって皆を騙したの?」
「ふーん。小さい癖に結構目がいいんだね。それとも魔女さんに教えてもらったとか? どうでもいいけど」
雪月さんは少し悲しい顔をしましたけどすぐに形代を持ちました。
「長いお喋りはこれでお終い。リスナーの皆も退屈してるだろうしそろそろ始めよっか♪」
ハイライトのそばから火花を噴射して更に演出が派手になる。全部自分の為の舞台ですか。
けれどそれが自分の葬儀になるでしょうけど。
先に動いたのは陽菜葵さん。狙撃銃で桜姫の頭を狙って弾丸が飛びます。
けれど彼女はくるっと横に回りながら避けてしまいます。富士と違って無駄のある動きはこんな状況でも配信を意識してるのか?
「いいね。そういう殺意は大好き。もっと愛を見せて?」
私と栗香さんが走り出して桜姫に接近します。けれど彼女は後ろに手を組んだままで身動きもしません。それで栗香さんの剣戟をひょいひょいと避けます。
リボルバーの弾丸はあと2発。無駄には出来ない。狙いを定めるもののこのまま無闇に撃っても当たる気がしません。
雪月さんが形代を飛ばしました。パタパタと紙吹雪のように舞い上がり、桜姫の視界を奪います。
これなら!
陽菜葵さんも撃ったので私もすかさずリボルバーを撃ちます。
けれど彼女はあり得ない跳躍力でそれらを避けてしまいました。
やはりレベル4は一筋縄ではいきませんか。
「舐めてるんですか?」
「私は本気だよ?」
「だったらどうして攻撃してこないんですか」
さっきからこちらの攻撃を避けるばかりで一切反撃してきません。
「すぐ終わったら不評になるもん。せっかく楽しみにしてくれてる人が沢山いるのに呆気なく終わったらつまらないでしょ?」
あくまで自分が優位であると主張しますか。その余裕の顔をなんとか崩してやりたいですが。
いや、待てよ。
「なんかもう面倒になってきましたね。使命とか飽きてきました。私疲れたので帰っていいですか?」
「えっ、魔女!?」
「魔女たん!?」
「お姉ちゃん!?」
私の発言に娘の方が食いつく始末。
「何のつもり?」
桜姫が私を睨んでドスの聞いた声を出します。
「どう頑張った所であなたに勝てる気がしませんので。それに私としてもあの天皇様に命令されるのもどうにも癪でしてね。なんならこのまま桜姫さんの信者になろうかな」
場がシーンと静まり返ります。娘達よ、どうか私の意図に気付いてください。
すると栗香さんが日本刀を鞘に戻しました。
「言われてみればそうかも。ていうかよく考えたら友達斬るって最低だよね」
栗香さん!
「やっぱり話し合うべきだと思う」
雪月さんも気付いてくれましたか!
「は? は? 意味分からんのだが!? 栗ちゃも雪ちゃもどうしたんだが!?」
陽菜葵さんはさすがに気付いてくれませんでしたか。けど効果は十分なはず。
桜姫にとって配信が大事ならその配信を台無しにするような演出を嫌うでしょう。
せっかくの決着が不戦勝で終わるならば泥を塗るに等しい。
白熱した戦い中に武器を仕舞われたら興覚め。
殺し合いの最中に和解はテンポを悪くする。
ここが桜姫の舞台ならば彼女の舞台で戦わなければいい。実際彼女は少し震えた様子を見せます。
「あんまり私を怒らせないでくれる? お前らなんて私が本気を出したら秒で死ぬんだけど」
「私強いですアピールウザいんだが? 死ねよ」
陽菜葵さんも加勢してくれました。まぁあれは私の意図とは別に素かもしれませんけど。
すると桜姫が右足を地面に叩きつけます。コンクリートがめり込み地割れのようにひび割れました。
やはり。
彼女はどんなに力があったとしても所詮は女子高生。精神は大人に及ばずこの程度の挑発で怒りに身を任せてしまう。ならば隙もあるはず。
瞬。
桜姫が消えた!?
思考が追い付いた時には目の前に。
手を払っただけでリボルバーが彼方へと飛んでいき地上へと落ちていった。
また消えた。
風切り音を頼りに振り返る。
陽菜葵さんの銃を蹴り上げてそれも屋上から投げ捨てられる。
まだ消える。
その先には雪月さん。まずい!
桜姫は彼女の腕を振り回して投げ飛ばした。
あれはダメだっ!
「3秒以内で命乞いするなら救ってあげる」
誰がっ!
動け! 私の足!
全力で走った。私、こんなに早く走れたのか。
届いてっ!
屋上から落ちていく雪月さんに手を伸ばした。
ギリギリ届いたみたいで落ちなかった。よかった……。
あとは持ち上げるだけだけど。
「へ~。すごいね」
地べたに這いつくばってる私の背中を桜姫が踏みつけてきます。
本当にどこまでも。
「それで謝罪は?」
ぐりぐりと足を踏みつけてきます。絶対に手は離さない。離してはいけない!
雪月さんは涙目ながら私を見てます。安心させる為に笑ってみましたが変だったかもしれません。
私の隣に狐がちょこんと座って私の方を見ている。
「力が欲しいのだろう?」
囁くように言う。
そうかもしれない。
もういいよね。私、頑張ったんだから。
もうどうなってもいい。雪月さんだけでも助けたい。だから……。
「変わったね、姫」
私の思考を遮るように後ろで声がしました。
「あの頃の姫なら困ってる人を助けた。泣いてる人に手を差し伸べた。そんな風に人を蹴落とす真似はしなかった」
栗香さん……?
「今更何? 私、もう栗香には興味ないし説教されても聞く耳持たないよ?」
「姫、ごめんね。私が姫の告白を振ったからそうなったんだよね。配信するって言い出したのもあれからだった」
「そうだよ。全部栗香が悪いの。私があれだけ真摯に接したのに! まるで何事もなかったように素っ気ない返事して! だからね、栗香だけは苦しませようってずっと思ってた。私の気持ちを踏みにじって! 何も知らない振りして!」
桜姫さんが感情をむき出しにして怒っています。どうやら彼女にとってまだ栗香さんへの思いは消えてなかったよう。思えばさっきも彼女だけは無視しました。
私の右手、もう少しだけ頑張ってください。
「本当に、ごめん。だから、私を姫の好きなようにしていい。でも魔女と雪月、陽菜葵は助けて欲しい。お願い」
日本刀が地面に投げ捨てられる音がします。
「栗香さん、ダメで……」
「てめぇは黙ってろ!」
くっ。桜姫に踏まれて我ながら情けない。
「へ~、本当にいいんだ?」
「うん」
ダメだ。桜姫の性格なら絶対に約束を守るはずがない。栗香さん気付いてください。
気付く?
いや、違う。栗香さんはそんな馬鹿じゃない。
……。
そうか。そういうことか。
なんでそんな単純なことに気付かなかったんだろう。
私にはもう片方手が使えるじゃないか。
そしてアレがある。
やっぱり私にはこっちの方が馴染む。
だから。
バンッ!
その弾丸は油断してる桜姫の脇腹に命中する。
さすがにこの距離で外しませんよ。
傷を負った桜姫が驚きますがその隙を逃さず栗香さんが日本刀で彼女の心臓を一刺ししました。
「魔女たん!」
陽菜葵さんが救援に来てくれて雪月さんを抱えあげてくれます。
桜姫と栗香さんは抱き合ってるような形でした。
次第に日本刀を静かに抜き取られ桜姫はその場に倒れます。
彼女の胸から血が大量に流れるもののすぐに再生されるのでしょう。
けれど彼女は起き上がる様子はありませんでした。
或いは再生力に違いがあるのか。
「栗香って本当に酷いね。いつもいつも私の気持ちを裏切って」
今の内に薬を取り出しました。けれど桜姫もポケットに手を入れたのですぐに銃を構えます。
ですが彼女が取り出したのは私が出そうとしていた薬でした。
「それは……」
いつか学園で雪月さんが盗まれた薬。まさかずっと持ってたのでしょうか。研究者に渡したのかと思っていましたが。
桜姫はその蓋をゆっくりと開けて飲み干してしまいます。すぐに瓶は落とされた。
「私、国とか本当にどうでもよかった。ただ、栗香に振り向いて欲しかった」
桜姫は悲しそうな顔で言う。
「でもいつもいつも私の前に居て全然気づいてくれなくて」
「姫……」
「勇気出して告白したのに。本当に栗香は酷いよ」
「ごめん。私なんかが姫とは釣り合わないってずっと思ってた。本当は私も好きだった。でも気持ちを伝えるのが怖くて逃げてた。本当にごめん」
栗香さんは桜姫を抱きしめます。彼女も抵抗する気がないのか、或いは栗香さんだからか優しく手を回していました。
「今でも栗香が好きなのに。好きなのに……! ああ。神様って本当いじわる。やっぱり私はこの世界にいたらダメなんだね」
桜姫が私を見ました。それがどういう意味かは何となく察してしまいます。
けれど彼女が私に罵声を浴びせることはなかった。むしろ涙ながらに口を開きます。
「魔女さん、ごめんね。それに雪ちゃんにヒナちゃんも。私、悪い子だった。だから地獄に行って一杯お仕置きされてくるね」
桜姫は上の空でただ涙を流していた。
「私も沢山人を殺したから死んだらきっと地獄へ行く。だから……先に待ってて」
栗香さんの言葉に桜姫は静かに微笑んで目を閉じました。
彼女もまた救われるべき1人だったのかもしれない。
薬を買いに来た時、彼女の異変に気付けたら私に救えたのだろうか。
今更それを願った所で意味はないと分かっても、私は幼き命を奪ったのに変わりはない。
桜姫。来世はどうかその優しさを忘れないで。