61.総理
私とキラリンは国会議事堂へと足を踏み入れた。周囲を警戒するも人の気配はない。広々とした空間で赤い絨毯のかかった階段が先へ続く。キラリンが合図するので私も続いた。奥にある扉は開いたままだった。その先はいくつもの席が用意された議会の場だった。一番の前の卓上に富士は立っていた。周囲には敵はいない。
「遅かったな」
富士は呟く。私とキラリンは左右に別れて富士を挟み撃ちにする算段をする。敵が隠れていないか確認しつつ階段を下りる。
「そう警戒せずともここには私以外はいない」
随分と余裕らしい。キラリンはいつでも撃てるという状態でライフルを構えている。
「舐めてるのですか?」
こいつと会話する気はないが相手の真意を探る必要はある。
「これは敬意だ。我が部下が居ては君達は話す間もなく皆殺しとなるだろう。魔女よ、今一度問う。我が仲間となれ」
こいつ一体どれだけ私に執着してるんですかね。あれだけ断ったのにまだ固執するの正直私でなくても辟易すると思います。或いは余裕を見せてますがそれだけ五竜の死が重かったのか。
「人を戦争の道具としか思ってない奴の下につくなんて死んでも御免ですね。そうでなくとも化物の命令なんて聞きたくもないです」
同意する材料を探す方が難しいくらいこいつとは分かり合えそうにもない。富士は顔を上げた。
「なぜ、私がレベル4に選ばれたのか。これにはきっと意味がある。神はきっとこう説いたのだろう。日本を変えろ、とな」
ここまで自分に都合よく解釈できるのはもはや尊敬できます。話し合いなんて無駄でしたね。富士もそれを理解したのか物干し竿をゆっくりと抜き取ります。
何度見ても長い刀身。おまけに富士の運動神経と合わせれば無限の間合いを誇る。
さて、どうするか。リボルバーがあるとはいえそもそも命中しなければ意味がない。離れて撃ってもきっと避けられる。かと言って近付けば奴の間合い。はは、勝てる気しませんね。
でもやるしかないですか。
先に動いたのはキラリンでした。持っていたライフルをパパパと連射します。が、富士は当然の如くそれらを避けます。いつから日本人は銃を避けるのが当たり前になったのでしょうか。
富士は神速の如く接近し、キラリンは即座にライフルを回します。すると一瞬物干し竿が弾かれました。何が起きた?
「ほう。銃剣か」
キラリンのライフルがいつのまにか剣のように変形しています。それで近接戦にも対応したんですか。
「ならば我が剣技とどちらが上か試してくれよう」
富士はまるで試合を挑むようにして斬りかかっています。キラリンはそれに対応するも防戦一方。あんなに長い得物を振り回してるのに隙がないなんて反則じゃないですか。
しかも私を無視してますし、眼中にないのか?
リボルバーで狙いを定める。一見隙だらけなのにまるで当たる気がしない。
引き金を、引けない。
「まさか、この程度とは言わないだろうな?」
小馬鹿にするように富士が煽る。耳を貸すな、あんなのただの戯言だ。
富士が棒立ちしたので今度はキラリンが前に踏み込んだ。無論それらは捌かれましたが、彼女は目にも止まらぬ早さで懐からピストルを取り出して撃ちました。ゼロ距離の射撃。
が、富士はそれすらも呆気なく避けた。
でも私にはそれが分かっていた。だから二の矢を放つ。
ここからは死角。当たれ!
すると富士はこちらも見ずに弾丸を刀で弾いてしまいます。化物め。
「これで分かっただろう。君達がどんなに努力した所で私には敵わない」
ちょっと力をつけたからっていい気になりますね。とはいえ一般人がレベル4と戦うにはあまりに荷が重い。
ならば第三の矢はどうでしょう。
二階の扉奥から弾丸が飛び出し、それは富士の頭に飛んで行く。
だがそれすらも富士は少し頭を動かして避ける。
「気付いていないとでも? 殺気がバレバレだ」
遠くからの狙撃も避けるなんてマジもんの化物じゃないですか。
「面倒だな。先に始末してやろう」
富士が跳ぶと2階へと移動する。不味い!
奴の先には栗香さんが立っている。でも純粋な実力では絶対に勝てない。
すぐに銃弾を放って援護したけど無駄だった。
富士が刀を下ろす。まるでスローモーションのように見えた。
でも、その腕はピタリと止まった。
「なに?」
富士自身も何が起きたか理解していないらしい。
奴の腕には赤い御札が張り付いていた。
「封印術・結」
雪月さんの陰陽術! どうやら陛下が作ったものは成功したようです。
動きが止まったおかげで栗香さんが奴の足を斬りました。
切断されたおかげで富士は一階へと落ちる。追撃しないと!
片足というのに俊敏な動きで再び卓上へと移動します。
キラリンのライフルも全て刀で捌くという意味不明さ。
その数秒の間に足は完全再生されてしまいました。
「それで全てか?」
富士は呆気なく言う。
ああ……こいつは文字通り化物だ。
こんなに強いなら他国に喧嘩売ろうと自信過剰になるのも無理はない。
あれだけ準備した策もまるで通用しない。どうすればいい?
やはりこいつを殺すには私の薬を使うしかない。でもこんな化物にどうやって飲ませれば……。
するとキラリンが溜息を吐きました。
「ならばあなたにお見せしましょう」
そう言ってキラリンはポケットから何やら試験管のようなのを取り出します。中には赤くドス黒い液体が。
まさか……!
「ダメです! それは!」
私が呼びかける間もなく彼女は飲んでしまった。管を床に落とすと彼女は苦しそうに呻きましたが武器は手放してません。
「では参ります」
キラリンの動きがさきほどよりも格段に早くなった。富士の剣戟も難なく対応している。遠目からでも押してるように見えました。
けれど彼女の顔は徐々に緋色に染まっていきます。
「その様子では適応していないな。お前、すぐに理性が消えるぞ」
「貴様を殺せるなら安いもの」
両者の超人離れした戦いにもはや付け入る隙もありません。
援護しようにも邪魔になる。私がすべきは何か。
1つだけある。小さな小さな可能性。
一寸の狂いなくその瞬間を狙えるか。やるしかない。
「はあぁぁぁっ!」
キラリンは決死の思いを乗せて遂に富士の物干し竿を打ち上げた。刀が宙を飛び彼女が即座にピストルを抜こうとした。
けれど既に富士が筒状の銃、ショットガンを構えていた。
「切り札というのは最後まで温存するものだ」
無慈悲な銃声が響き渡りキラリンの腕が吹き飛ぶ。彼女はすぐにもう片方の手でピストルを抜こうとしたが富士の方が早く撃った。
両腕を失った彼女はその場に崩れ、理性も限界を迎えてる様子だった。
富士は興味もなさそうに顔をあげた。
そして卓上を下りてゆっくり歩く。
もう少し待て。
もう少し。
あと一歩。
不意に目が合う。
けれど奴は視線を外した。
うん。
今。
銃弾が飛び出した。
金色の弾丸は奴の元へと飛んで行く。
なのにあいつはそれに気づいていない。
不意に驚いたように振り返ってた。ばいばい。
弾丸が貫いたと同時に奴の体が瞬く間に飛散する。続けて私は2発目も撃った。下半身も吹き飛んだ。
富士は状況が理解できてない様子で生首となり目を見開いている。
私は空になった小瓶を床に捨てた。
「切り札は最後まで温存すべきですよ」
昨日からずっと考えていました。今日の戦いで自分がどれだけ役に立てるのか。
戦闘技術も銃の腕前も運動神経も皆無。そんな一般女子以下の私が皆の役に立とうと考えれば考えるほど無駄だった。
だから初心に返った。そもそも戦いでは役には立てない。所詮私は薬師。
薬を自分で飲んではいけないなんて誰が決めた?
けれどこんな化物相手に通用する薬なんてたかが知れる。
でも一瞬だけでも隙が生まれればいい。そう思った。
人の中には意識と無意識が交錯してる。そして戦場という場においての意識というのは死の脅威を意味する。だからこいつは陽菜葵さんの狙撃すらも反応した。おそらくこいつは無意識レベルにまで達している。
だから私は自分という存在を殺した。死人が銃を撃つなんて誰が意識する?
こいつもそれを無意識にそう思ったはず。でも富士相手に薬の効果なんて数秒持つかどうか。おまけに薬を飲んでから消化されるまでに効果が発揮されるタイミングもある。
けれど戦場において1秒もあれば弾丸くらいは放てる。簡単な的当てゲームらしいからね。
「ありえない。私の野望が……」
「もう喋るな。お前の遺言なんて聞く価値もない」
戦争で散った人は遺言すらも残せなかったのだから、お前がそれを語るのは贅沢だ。
生首となった富士は薬を飲んでそのまま絶命した。私は仰向けで倒れているキラリンの元へと近寄った。すでに目の焦点も定まっておらず、顔全体が緋色になっていた。
「ああ……魔女様。やってくれたんですね」
微かに絞り出した声でキラリンが言う。
「ええ。もう終わりました」
「ありがとう、ございます。これで私の役目も、果たせたというものです」
キラリンは最初から緋水を飲むつもりだったのか。それだけ彼女もまたこの国を守りたいと本気で願っていたのでしょう。
「魔女様……私はもうじき化物になります。そうなる前に……お願いします」
悲哀に満ちた懇願を私はただ受け入れるしかなかった。
「あなたに最大限の感謝を。ありがとうございました」
「陛下によろしくお伝えください。あと、ミーちゃんも」
三毛猫のことでしょうか。私は黙って頷きました。
そして彼女に薬を飲ませるとそのままぐったりと眠ってしまいました。
お疲れ様。どうかお休みを。




