58.前夜
その夜、私達はあり得ないほどのもてなしをされました。食事は見たこともない食材を使ったフルコースを並べられ、味も超一級品を言わざるを得なくおそらく今後一生味わえないレベルでした。あまりの美味しさに娘も言葉を失ってしまうほど。
おまけに温泉までも備え付けられていて身も心もリラックスできました。大自然の中で温かいお湯に浸かれるってだけで大変満足です。しかも着替えまできっちり用意してくれて、特に私の服は結構ボロボロだったので助かりました。
そして別荘の二階にそれぞれ個室があってそこで寝泊まりできるようです。大きなベッドと机、それにバルコニーまである。正直もうここで住んでもいいのではないかと思ってしまう。
でも、こんなにゆっくりできるのは今日まででしょう。明日はきっと長い一日になりそうです。バルコニーにでると満月が森を照らしています。冷たい風が吹いて気持ちいい。
「君の旅ももうじき終わるであろうな」
狐様は手摺に登って座っている。
「どうだろう。まだ黒幕の黒幕がいるかもしれないよ」
なんとなくで始めた旅が今では大惨事に巻き込まれている。いいや、巻き込まれにいったのか。ある種、因果ではなく運命だったかもしれない。
「吾輩はいつも君の傍にいる。それを忘れるな」
最悪は契約しろってか。そうならないことを願うばかりだけど、今度ばかりはどうなるか。
コンコンコン
こんな時間に誰でしょうか。陛下のお付きの方でしょうか。ドアをそうっと開けると何やらバタバタと人が雪崩のように倒れてきます。
「何してるんですか?」
我が娘達がアホの子のように入ってくるので思わずそんな言葉が出てしまいます。
「陽菜葵が悪いんだよ!? 勝手に抜け駆けしようとしてたし!」
「ヒナ知らない。ていうか栗ちゃが押してきたんだが?」
なんてワイワイと言い争ってます。その後ろには雪月さんも。
「雪月さん。あなたもですか」
「1人は危ないからお姉ちゃんの所に来たんだよ」
至極正論のようで何も言えない。この子、私の悪い所を見習ってないですかね。
それでまぁ、閉める間もなく娘らが入ってきます。
「一応言いますけどここベッド1つしかないのですが」
辛うじてソファもありますがどうせならフワフワベッドで寝たい。それなりに大きいけど4人となったら相当密着してないと無理です。
「いいもん。ヒナは魔女たんと添い寝するもーん!」
そう言って陽菜葵さんが私の腕にしがみついてくるという。確かにここまで来ると別人説が疑われても仕方ない。
「陽菜葵さん、落ち着いてください。添い寝なんて子供じゃないんですから」
「ヒナまだ12だよ? それとも魔女たんヒナのこと嫌いになった……?」
うるうると目を湿らせて上目遣いされると何ともやり場に困ります。ここで否定したら彼女も傷付きそうですし、うーん。
「……今日だけですよ?」
「やったー!」
陽菜葵さんが万歳して喜びます。私、娘にどんどん甘くなってるような気がします。
「魔女さー。なんか陽菜葵にだけ甘くない?」
栗香さんが腕を組んで私を睨んできます。なんかもうそんな気はしてましたけど。
それに栗香さん、なんか怒ってません?
「彼女は少し特殊、ですから」
苦しい幼少期を経験してますし、あまり突き放す言動は控えないといけません。
すると栗香さんが溜息を吐きます。
「魔女言ったよね? 私の親にも友人にもなるって。それはつまり、その……こ、恋人にもなるって解釈でいいん、だよ、ね?」
顔を赤くしてこの子は何を言い出すのですか。そこまで踏み入った関係を求められるとは私も思ってませんよ、はい。
落ち着け私。この選択も危ういぞ。栗香さんも家族や友人を失ってるんですからここで拒絶すればそれはもう深い心の穴ができます。しかも自分で言った言葉。
ええい、もうどうにでもなれ。
「私は嘘を言いません。栗香さんが求めるなら恋人にだってなってみせましょう」
「本当?」
「はい」
「本当の本当?」
「は……はい」
顔が近くてすごく怖いんですけど。もしかしてこの子も愛が重いタイプなんですか?
しかもはいって言ったけど私今までお付き合いの経験すらないのにどうすればいいのよ。
あーもう分かりません! 助けてー、我が娘―。
雪月さんを見ると彼女は落ち着いた様子で見守っています。さすがに彼女は壊れたりしませんよね? 私は信じてますよ?
「栗姉も陽菜姉も子供。お姉ちゃんが困ってるよ」
おぉ! やはり彼女は私の心情を汲み取ってくれるんですね。やはり持つべきは幼女ならぬ雪月さんです!
「それにお姉ちゃんの相棒はわたしだけ。わたしだけが特別なんだよ」
ん?
「お姉ちゃんと苦楽を共にしたのがわたしが一番。だからわたしがお姉ちゃんの一番」
と勝ち誇った顔をしてます。うん、ダメでした。全滅です。
「時間の長さだけが全てじゃないんだが? 濃密さがなかったら意味なしだが?」
「陽菜葵は新参だから必死になるよねー」
「栗ちゃ! 表に出ろ!」
なんだこの修羅場は。こんなに手を焼く子達ばかりなんて、世のマザーには尊敬しかありません。
「それでお姉ちゃんは誰が一番なの?」
雪月さん、ここでその発言は爆弾ですよ。ミサイル飛ばさないでください。
「ここで白黒はっきりさせよう。それがいい」
「魔女たんはヒナが一番だよね?」
マジですかー。ここは無難に全員が好きと言う?
「先に言うけど全員一番とかなしね」
見事に心理を読まれて釘を差されます。これ下手したら明日の戦い以上に過酷なのでは?
選択間違ったら全部終わるのでは?
「お姉ちゃんの一番は誰?」
全員が詰め寄ってきます。
「私の一番は……」
ごくりと生唾を飲み込みます。
選択を間違えるなよ。冷静になれ。考えろ。
最善の答えは。
「まだ、いません」
すると全員から「は?」みたいな声を出されます。止む無し。
「それはそうでしょう。一番ってなったらそれこそ生涯共にするような人になりますし、そう簡単に一番にはなりませんよ。そもそもこうやって私を困らせるような子は一番にはなれません。いいですね?」
とまぁ若干強引に締めくくりましたが娘も悪ノリが過ぎたと反省してシュンとします。
本当に手の焼く子達ですよ、本当。
「でもさ、一番はいないけど二番はいるってことだよね?」
もうなんでまだ掘り返すんですか。
「ヒナも知りたーい」
「こんなやり方で聞き出そうとする娘には教えません」
甘やかすのもよくないのでささやかに抵抗します。これならそれっぽいので何も言えないでしょう。さすが私。難局を乗り越えました。
「お姉ちゃん、ごめんね。迷惑だった?」
雪月さんが落ち込んだ様子で頭を下げてきます。
「いえ。分かってくれたならいいんですよ。別に怒ってませんから」
「本当?」
「はい」
思わず頭を撫でてしまいます。うーん、やっぱり雪月さんは癒しですね。
「分かった。二番は雪月でしょ」
「魔女たん小さい子が好きだったかー」
いやもう、どこまで掘り出すんですか。このまま地球の裏側まで行く気ですか。
「何言ってるんですか。そんなわけ」
「え……?」
雪月さんが失望と落胆の表情に変わってしまいます。やば、油断して失言してる。
「ないこともないこともないこともないです」
自分でも何言ってるか分かりません。
結局、ベッド1つで娘全員と寝るはめになったのは言うまでもありません。




