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57.共闘

 長いヘリの旅が続き前方には広い山々の景色が見えました。それには見覚えがありつい最近まで滞在していた長野の山脈です。そんな山脈の一角にヘリは降下していき、すると木々に擬態するように別荘のようなものが見えました。別荘とはいえ皇族が使うだけあって一般家屋よりは大きく、無駄に豪華です。


 空地にヘリが着陸すると陛下と蛇女が降りたので私達も続きます。


「私はてっきり皇居にでも招いてくれると思いましたよ」


「都心部は富士の領域。所在地が割れてる皇居へ行くのは危険です」


 冗談で言ったつもりでしたが真面目に返してくれました。とはいえそれだけ彼らも本気なのでしょうか。


 それで別荘へと招かれたわけですが、内装も何とも豪華なことか。広々としたロビーにワックスで磨かれたフローリング。昨日建てられたばかりと言われても違和感がないくらいピカピカです。


 周囲を何となく見回しますが他に人はいないようです。


「ご自由におかけください」


「ど、どうも」


 陛下はそう言ってくれますが妙に緊張します。何せ生まれてこの方こんな身分の方の家に招かれるなんてなかったものですから。それは娘も同じらしくどこかぎこちなくソファに座っていきます。少しすると蛇女がハーブティーを淹れてカップを並べてくれます。香りだけでもリラックスできそうなほど。これ絶対一杯だけで何万ってする奴でしょ。

 けれど陛下にはそのハーブティーは出されていません。ヘルメットを外せないのでしょうか。


「優雅に談笑でもしたい所ですがこちらも時間がないので手短に話させて頂きます。単刀直入に言いますと魔女様のお力を借りたいのです」


 陛下は言います。そのお願いは私の家に来た時と全く同じでした。


「その前にこちらから先に質問をさせてください。どうしてあなた方は私の家に来たのか。そしてなぜ私に嘘の情報を教えてたのか。そこを納得できるよう説明してくれなければ私も承諾はできません」


 すると陛下は立ち上がってガラス窓の方へと近づいて外を眺めます。


「これを話せば魔女様は気分を害されるかもしれません。けれど我々にはこうするしか方法がなかったのです」


「御託は結構です。話してください」


「正直な所、我々はあなたに協力をお願いしましたが、あなたが承諾するとは到底思っていませんでした。事前に調べたあなたの情報からあなたが国の為には動かないとそう思っていたからです」


 やはりその辺の情報はしっかりと握っていましたか。


「ならなぜ私の所に?」


 断られると分かっているのに来るのはあまりにも時間の無駄にも思えます。


「それでもこの件を収めるには魔女様の力が必要だと存じたからです。ですから我々はあなたを動かす必要がありました」


 それでわざわざ嘘の情報を言った? でもそれはあまりに博打にも思えます。だってそれを聞いた所で私が興味を出さなければあの樹海で篭ったままですし何も成果はありません。

 それが顔に出ていたのか陛下は続けます。


「あなたは国の為には動きませんが、人の為には動く。私にはそう思いました」


 随分と私という人物を知ってるようですね。確かに私があの樹海を出たきっかけは人の為でした。しかしそう思うと不気味さもある。まるで全部この人達の思惑通りなのではないかって。


「買い被ってくれて恐縮ですが私が動いた所で事態が好転するとは思えませんよ。私の実力なんてお2人に遠く及びませんから」


 謙遜ではなく紛れもない事実。緋人1体倒すのに一苦労してるのにこんな無力なおばあちゃんの力が必要とは思えません。


「純粋な力ではそうかもしれません。けれどあなたは死なない」


 陛下はポツリと呟きます。


「いくら不死の軍団とはいえ絶対に死なない人間が敵に回ったらどうでしょうか。この上なく厄介だと存じます」


 つまり戦いの均衡を崩す為に私の力が必要だと言いたいと。そりゃあ死にませんけど、今の私が富士に挑んでも何千回いや何万回と死にそうです。


「とりあえず事情は分かりました。正直納得はしたくありませんがあなた方には悪意はなかったと理解しました」


「ご理解頂けて恐縮です」


「ではそうなるとやはりあなた方は富士や桜姫と敵対しているのですか?」


 陛下は頷きます。


「富士の行った行為は到底許されるものではありません。日本全土を巻き込んだ一種の反乱です。私は阻止するべく動いています」


「あなたは天皇でしょう? こうなる前に手が打てなかったのですか?」


 いくら富士が首相としての権限があるとはいえそれだけで何でも押し通せるとは思いません。


「今の、いえあの時の日本に私の存在などただの飾りに過ぎませんよ。国会で可決された議案を否決するだけの権限が私にはありません」


 陛下は悲しそうにそう言いました。


「これは私の責任でもあります。日本という国がこうなってしまったのも、国民に悲惨な運命を辿らせてしまったのも、全て私の責任です」


 責任感が強いのか、天皇という立場がそうさせるのか。けれど彼があの時日本を取り戻すと言った言葉に嘘偽りなく、それが覚悟の証でもあったのでしょう。


「確認なのですが2人は緋水を飲んでいませんよね?」


 陛下と蛇女が頷きます。まぁこれで飲んでいたらかなり危ういですけど。


「ならばどうしてあなたはそのヘルメットを外さないのですか?」


 いくら天皇とはいえ人前で素顔を晒さないのはどうでしょうか。正直レベル3の緋人にでもなっていたと言ってくれた方が納得もできます。


「残念ながらこれを外すことはできません。信じて頂けないかもしれませんが、この姿が今の私です」


 嘘を言ってるようには聞こえない。でも今は別にいいか。この人達は私達を助けてくれたのですから少なくとも完全な敵ではなさそうです。


「分かりました。こちらも富士と桜姫を野放しにはしたくないのでここは協力します。皆さんもいいですよね?」


 娘に確認すると同意してくれました。すると陛下と蛇女がお辞儀をしてくれます。


「ご協力ありがとうございます」


「早速なんですけど今って東京はどういう状況なんですか?」


 何も知らずに足を踏み込んだせいで開幕桜姫の罠にかかるという間抜けをみたので次はきちんと対策したい所です。


「大方察しの通り富士と桜姫が牛耳る状態となっています。ただ、彼らは完全な協力関係とは言えないかと思います」


 それは何となく分かるかもしれない。富士の目的は世界を掌握して戦争を始める為だけど、桜姫はそんな目的はどうでもよくて単に娯楽や刺激を求めてるだけ。おそらく利害が一致しない限りは共闘はしないでしょう。


「富士率いる武装集団と桜姫の率いる信者。数で言えば桜姫の方が圧倒的に多いです。現在渋谷にいる何万という人間は全て彼女の配下でしょう」


 マジですかい。私が追いかけられたのは精々何百って数だろうけどその何十倍以上もいるの? 正気の沙汰じゃない。


「ですが危険度で言えば富士の武装集団でしょうか。奴らは緋水の力で強化してるだけでなく、数々の軍事兵器を使用してます。まともに衝突すれば被害は計り知れません」


 聞いてるだけで頭がクラクラしてきますね。目的は将を倒すだけとはいえそれではまともに戦いにもならないじゃないですか。


「我々としては当面は富士に注力すべきかと思います。桜姫の配下は数は多いものの統率力は絶対的ではありません。また富士に開戦されるのも非常に危険なので我々は富士との軍と戦い続けていました」


 ここで戦争なんて始まったらそれこそ被害は計り知れないから納得です。


「我々、と言ってますが他に協力者がいるのですか?」


 陛下は首を振りました。


「私と彼女だけです」


 マジか。そんな化物相手と戦うのですからもっと秘策とかあると思っていましたが。

 というかよくそれで戦い続けてましたね。陽菜葵さんの話から察するに騒動が起きてからずっと戦っていたのでしょうし。


「長く均衡状態でしたが現在は我々の方が有利であると存じます」


「そうですか? 私には不利にしか思えませんが」


「あなたが五竜を殺害してくれたおかげで緋水の流通が止まりこれ以上不死者が増えることがなくなりました。よって敵勢力が増えることはありません」


 そういうことか。もしかして私かなり立役者なのでは? あの時はただの私怨で殺したわけですけど。


「ただ裏を返せば富士としても焦っている状態でもあるでしょう。早く手を打たなければ最悪の事態を招くかもしれません」


 だからあの時私に接触して協力を求めてきたのですか。やれやれ、私って本当にモテますね。


「私としても戦争なんて御免ですから何とかしたいです。作戦はありますか?」


 陛下は空を見上げて少し思案してる様子です。


「私は富士と何度か交戦しましたが決定打にまでは及びませんでした。富士の配下も多くそれらをどうにかしなければまともに戦うこともできません」


 そう考えたらあの時富士を殺せたらと思ってしまいます。いや。あいつもそれだけ自分の力に自信がある証拠か。


「二手に別れるのが得策ですかね。陽動役と富士と戦う役」


 この人数で分散なんてイカれてますけどそれくらいしか思いつきません。けれど陛下も同じ考えなのか頷きました。


「私が富士の部下を抑えましょう。魔女様はその間に富士の殺害をお願いします」


 天皇から暗殺命令されるなんてこの先絶対ないでしょうね。


「前に一度富士と戦いましたが私では到底敵うとは思いません」


「彼女も同行させます。それで問題ないでしょう」


 蛇女が頷きます。


「陛下は1人で大丈夫なんですか」


「私は元より1人の方が戦いやすい。あなたは自身の心配をすべきでしょう。この作戦は一度切り。失敗すれば全てが終わります」


 ものすごいプレッシャーかけてきますね? そこはもう少し軽くして欲しいのですが。


「あなたは五竜に勝った。それを期待しています」


 どの道やるしか選択はないのですからリスクは承知の上ですかね。


「分かりました。早速出発しますか?」


「いえ。明日の早朝、出るとしましょう。今夜はゆっくり休んでください」


 結局お国の為に働いてしまうのは何かの因果か。私の人生はそういう悪夢と切っても切れないようです。

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