53.東京
数日間の徒歩の旅の末、私達はようやく東京に辿り着いた。地図によれば八王子という所らしい。緋色学会が新宿にあるとすれば富士や桜姫もその近くにいるのでしょう。ですからまだ先へ進まなくてはなりません。
「わ~」
「お~」
娘らが何やら感嘆の声をあげていますが、それもそのはず。ここの街並みは今まで見た中でも建物が派手で大きくまるで私達が小人になった気分です。しかもここでまだ都心ではないのですからやはり首都はすごいですね。とはいえ物見遊山をしてる暇はありません。
寧ろ私が驚いたのは人がぽつぽつと点在していることです。道端でたむろしていたり、店の近くで談笑してたり、さも平然と人々が生活しているのです。その多くは若い人ばかりでしたが手にはスマホと呼ばれる物が大体持ってました。なるほど、私が知らなくて栗香さんが驚いた理由に納得です。
彼らは時々こちらをチラッと見ますがすぐに興味なさそうにスマホの画面とにらめっこしてました。変わった髪色の人が2人もいるので目立つのでしょうか。ともかく先へ急ぎましょう。
道沿いを真っすぐ歩いていると時々道路が派手に壊れていたり、周囲の建物も酷く荒れた所がありました。緋人との交戦で壊れたのでしょうか。今の所、緋人がいる様子はありません。ペコリーマン曰く、軍が鎮圧したらしいですが。富士の目的からするとレベル2以下の緋人は邪魔だったから排除したのでしょうか。そうだとしたら胸糞悪いです。
それからも歩き続けて空が段々と暗くなってきました。けれど東京には電力が残っているのか街は明るい。店には人が入ってるのも見えますしまだ機能しているのでしょうか。こう考えると東京だけは街として死んでいないのかもしれません。だから各地からここへ集まっているのでしょう。
「うぇーい。姉ちゃん達かわいいね。俺らと一杯飲みに行かない?」
すると目の前から明らかにチャラそうな男の集団が近寄ってきました。私はすかさず銃口をこいつの頭に向けました。栗香さんも日本刀を構え、雪月さんも形代を持ちます。
するとチャラ男は両手を上げました。
「じょ、冗談です、はい。行こうぜ」
彼らはそのままどこかの店へと入って行きました。一瞬敵の刺客かと思いましたが本当にただのナンパだったようです。今の状況を理解していないのでしょうか。或いは理解したからこそ好き勝手しているのか。
「私達もどこかで休みましょうか」
正直、東京に来たら何らかの襲撃を覚悟していたのですがあまりに何も起こりません。私を問題視していないのか、或いは私が来るのを待っているのか。
雪月さんと栗香さんが頷いたので丁度近くにあったカフェへと足を運びます。
チリンチリンという鈴の音と共にドアを開けました。中にはぽつぽつと人が居座っていました。正直人がいるのは些か気が引けますが恐らくここではどこに行っても人がいるのでしょう。丁度奥のテーブル席が空いていたのでそこに座ります。一瞬近くに座っていた若いカップルらしき男女に睨まれましたがすぐに何事もなかったように会話をしてます。
「やっぱり出ましょう」
私が席から立ち上がったものですから2人が驚いていますが手を引いて急いで出ます。
「魔女、どうしたの?」
「どうにも居心地が悪い物でしたから」
私は元々1人で過ごすのが多かったですからそれもあるのでしょうけど、それにしても何か不気味なんです。
「わたしも、なんかここ嫌」
雪月さんも違和感を覚えて暗い表情を見せます。言葉では説明できないのですが妙な胸騒ぎがします。
外は暗くなっていますがそれでも人通りは昼とそこまで変わりません。寧ろ多いくらいです。けれどすれ違う度にその人達は私達をチラッと見てスマホを見るんです。
更にスマホをこちらに向けて来る人も。これは不味いかもしれませんね。
そして、私の悪い予感はいつも当たる。
「あ~。やっと来てくれたんだ~」
並木通りの道路の中心の桃色髪の女子生徒が立っていました。そしてその隣には黒髪の少女、陽菜葵さんも。
「来るの遅いからもう来ないのかもって思ってたんだ~。姫捨てられちゃったかもって。でも約束守ってくれて嬉しいな~」
呑気に喋る桜姫。そして周囲のギャラリー。私は溜息が出そうになりました。
もっと警戒するべきだった。ここが敵地だってことを。
「東京は私の庭なのに堂々と来てくれるって魔女さんってもしかして大胆? でもどんなにコソコソしても無駄だよ。だってここの人達はみーんな私の信者だから」
「姫―!」
「桜姫様―!」
「うおー!」
そんな感じで周囲が盛り上がっています。あのスマホとやらで情報を流されていたのですか。文明の進化も良し悪しですね。
とはいえ向こうから接触してくれたのは好都合です。私の目的はこの女と富士を抹殺することですから。栗香さんの方をチラリと見ました。彼女は無言で刀を抜こうと構えてます。
「栗香さん、大丈夫ですか?」
「大丈夫。あれはもう私の友達でも親友でもない」
どうやらとっくに決心していたようです。聞くだけ野暮でしたね。
「桜姫。お前はここで殺す。覚悟しろ」
私は銃口を向けると桜姫は慌てる様子もなく口に手を当てていた。
「きゃー、宣戦布告されちゃった! これってもしかして告白? どうしよっかなー。私には一杯お友達がいるから魔女さん1人は無理なんだよねー」
そして周囲から飛んでくるブーイングの嵐。なんだ? こいつらふざけてるのか?
「それにー、最近私をすごーく推してくれる人が増えたからやっぱり魔女さんの気持ちには応えられないんだよね」
そう言って桜姫が陽菜葵さんを前に立たせます。彼女の手には銃が握られてました。
とうとう出会ってしまったわけですか。
「ヒナちゃん、お願いがあるんだけど聞いて貰っていい?」
「聞く! 姫様の言う事なんでも聞く!」
「じゃあさ、私を殺そうとするあの怖いお姉さん達懲らしめてもらってもいい?」
「ヒナ、姫様の為ならなんでもする!」
そう言ってこちらに銃口を向けてきました。分かってはいましたがやはり彼女は桜姫に従いますか。なら、最後になる前に一言言っておきましょう。
「陽菜葵さん。無事でよかったです。あなたの顔を見れただけで安心しました」
それを聞いて陽菜葵さんの手がピクッと動いた。彼女の中にまだ情はあるのか。
「何やってるの? 早くして」
桜姫に急かされて陽菜葵さんがピストルを放ってきます。私はすぐに近くの木に身を隠しました。娘達も各々に建物や柱などに身を隠してます。私達の必死さとは裏腹にギャラリーは隠れる様子もなくスマホを片手に観戦しています。随分と趣味がよろしいようで。
さて、ここでどうするべきか。せっかく助けた患者と戦うなんて悲しみに溢れます。けれどここで逃げては桜姫を倒す機会もなくなる。
陽菜葵さんは容赦なく発砲してきます。けれどその銃弾は私からほど遠い道路に命中して火花を散らしました。今のは一体?
彼女は続けて発砲します。それもまた別の方角でした。彼女の射撃の腕は少ししか見てませんがかなり立ちます。いくら離れてるとはいえここまで外すでしょうか。
もしかしたら、彼女……。
これは1つ試す価値があるかもしれません。
「雪月さんと栗香さんはその場で待機してください。妙案が思いつきました」
2人は頷いてくれましたが、次の私の行動を見て目を見開かせます。
それもそのはず、私は無防備に道路に姿を見せたのですから。
「あれ? 何の真似?」
これには桜姫も驚いたようです。
「このままあなたに逆らっても抵抗虚しいと思いましてね。ですから早く楽になろうと思ったわけです」
「頭おかしくなった? キモいんですけど。せっかくのライブなんだからもっと盛り上げてよ」
「それはすみません。私、水を差すのが得意なものですから」
「はぁ。じゃあいいよ。死ねば? ヒナちゃんやって」
桜姫に言われて陽菜葵さんがピストルを私に向けて発砲しました。後ろから娘の悲鳴が聞こえましたが、きっと大丈夫。
銃弾は私の足元で弾かれて弾が転がっていきます。やはり。
「ちょっと、何外してるの?」
「ごめん。次は当てるから」
陽菜葵さんはもう一度構える。続けて撃ちましたが今度は私の顔の横をすり抜けるようにして飛んでいきます。
「なんで?」
陽菜葵さんが驚いた顔をしています。私は別に魔法とかそういう類を使っていません。鴉天狗もいないのであの時の風も起こりません。これは紛れもなく陽菜葵さんがしたこと。
私は一歩ずつ近寄っていきます。
「陽菜葵さんと出会って短い間でしたが、それでも何となくあなたの人柄は分かりました」
道端で倒れて人を魔女呼ばわりして、でも空腹に抗えず泣きながらおむすびを食べて。桜姫の手がかりを探そうと必死になって、栗香さんが同級生と知ったら大喜びして。
この子はどこまで感情的に生きている。人間なんて誰しもそうですが、彼女はそれがより強い。雪月さんと栗香さんと打ち解けたのもおむすびを作ってくれた恩や桜姫との関係を聞いたから。
じゃあ私は?
無論嫌われていましたし、富士との戦いでも容赦なかったですから普通なら私を殺せた。
けれど私が陽菜葵さんを救ったことで彼女の心が少し変わったのかもしれない。
「あなたは心の中で私を殺したくないと思っている。違いますか?」
「違う! ヒナは姫様の為に全てを捧げる! お前なんかいらない!」
そう言って銃を撃ちますがやはり当たらない。闇雲に何度も撃ち続けましたがそれも全部外れます。そして弾が尽きる。彼女はカチ、カチと何度もトリガーを引きます。
「なんで、何で当たらないの。ズルしないで」
「それがあなたの本心ですよ」
陽菜葵さんはリュックから弾を取り出しますがその手は震えていて手から零れ落ちます。
そんな彼女を見て桜姫が溜息を吐きました。
「ねぇヒナちゃん。ヒナちゃんは推しの為なら死ねるって言ってたよね」
「姫様?」
「ヒナちゃん、これ飲んでくれない? 少し変な味するかもしれないけど、すぐに気分良くなってくるから」
桜姫はポケットからドス黒い赤い液体が入った小瓶を取り出しました。あれは緋水!
「え……なにこれ。怖い。ヒナ、悪い事した……?」
「大丈夫だよ、ヒナちゃん。私もこれ飲んだから。だから私と一緒になろ?」
桜姫が陽菜葵さんに緋水を渡そうとしたのですかさず銃を撃ちました。運よく瓶に弾が当たったようで中の液体が飛散し地面に零れます。
「あーあ。ヒナちゃんが早く飲まないから地面に零れちゃった。まぁいいや。このまま這いつくばって飲んでよ。まだ大丈夫だろうし」
「ひ、め、さま?」
「ていうかさ、さっきも全然当たってないし正直やる気ないよね? もしかして私の為って言ったの全部嘘だったり?」
「ち、違う! ヒナは姫様の役に立つ!」
「じゃあ飲んでよ。推しの為に死ねるんでしょ。早く飲めよ!」
陽菜葵さんは状況が理解できていないようで子犬のように震えるだけでした。
「はぁ。ヒナちゃんには失望したかな。私のファンなら皆飲んでくれるのに。ねぇ?」
すると周囲の人間がフードを外したり、服をめくりあげる。緋色になった体色からレベル3ですか。こんなにいるなんて想定してませんでしたよ。
「もういいよ。あなたに私のリスナーの資格はない。じゃあ皆。あとよろしく。あ。その子も好きにしちゃっていいから♪ 頑張った人には姫からご褒美あげちゃう」
そう言って桜姫は背中を見せて歩いていきます。すぐに銃を向けましたが視界を遮るように奴の信者が道を塞ぐ。くっ、今は陽菜葵さんが先ですか。
彼女を狙って緋人が走って行く。間に合わない。
そんな時、栗香さんが抜刀術で緋人の足を両断してくれました。後ろから来る敵は雪月さんが形代で妨害して転ばしてくれてます。
私は放心する陽菜葵さんをお姫様抱っこしました。私の筋肉が震えてますけど今はそれ所じゃない。
「脱出します。退路をお願いします」
「りょ!」
「うん!」




