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52.心

 目が覚めるとそこはどこかの部屋だった。体をゆっくり起こすとどうやらベッドの上らしい。


「お姉ちゃん!」


 雪月さんの声がして私に抱き付いてきました。近くに栗香さんもいて安堵した様子です。

 どうやらあれから死んでまたしても娘に迷惑をかけたようです。


「栗香さん。私、あれからどれだけ寝てましたか?」


「一日半って所かな」


 思ったより目を覚ますのが早かったようです。そこまで致命傷ではなかったからでしょうか。それで部屋を見回しましたが中には娘2人と後狐がいるだけでした。


「そういえば陽菜葵さんは?」


 すると2人は気まずそうに視線を落とします。この反応まさか……。


「もしかしてダメ、だったのでしょうか」


「あーうん。陽菜葵は生きてる。魔女の薬のおかげで一命は取り留めたよ」


 それを聞いて安心しました。ならば何故2人は落ち込んでるのでしょうか。


「何かありましたか?」


「あったというほどでもないけど、陽菜葵、目を覚ましたら何も言わずに出て行ったんだよね」


 なるほど。それで2人が落ち込んでいたのですか。けれどそれは私も想定していた所です。彼女の性格なら目を覚ませば桜姫の所を目指すだろうと。私は彼女にお礼を言って欲しくて助けたわけではなく、ただ生きて欲しかったから助けただけ。だから彼女が生きてると聞けただけで満足です。


「陽菜姉ひどい。こんなにお姉ちゃんが尽くしたのにお礼も言わないのおかしいよ」


「陽菜葵さんも彼女にしかない道があったのでしょう」


 雪月さんの頭に手をポンと置きました。私としてもあそこまで桜姫に執着するとは思ってもいませんでしたが、目を覚まして追いかけるとは余程ですね。とはいえこれ以上彼女に干渉する気もありません。私のそばを離れたならば一々面倒見てられませんからね。


「私は、これから東京へ向かいます」


 その言葉に娘2人は息を飲みました。それが意味するのは富士と再び相対すること。そしてあいつの強さは身をもって実感したでしょう。本気を出さなかったとはいえ銃弾を避けたあの動体視力は化物そのものです。おまけに鴉天狗の嵐の中でも平然と歩いて帰って行った。考えただけでも気がどうにかなりそうです。


「ですがその前に全て話さなくてはなりませんね。もう気付いてるかもしれませんが緋水は元は私が生み出した薬が発端でした。桜姫が私の薬を五竜に渡してそこから緋水ができました。だから今回の騒動の黒幕は実質私でもあるんです」


 部屋がシンと静まり返る。正直言うべきではないと分かっています。けれど娘には言わなければならない。


「私は、私の薬のせいで雪月さんのご両親や村の人、栗香さんの家族や友人を犠牲にしたんです。許してくれ、などとは言いません。ただ、これだけは言わせてください。本当に申し訳ありませんでした」


 深く頭を下げました。娘からの返答はありません。このまま顔を上げる勇気が私にはない。

 失望されたでしょうか。幻滅したでしょうか。私も結局はあいつらと同類だったのだから。

 どんなに綺麗ごとを並べても2人の大切な人は戻らない。かつての日本はどこにもない。


 こんな謝罪に何の意味もないのは分かっている。自己満足だって言われても納得する。

 けれど、それでも私は雪月さんと栗香さんの親でもあるから娘と向き合わないといけない。


 顔を上げれずにいると私の両肩がポンと叩かれました。


「お姉ちゃん、顔をあげて。わたし、恨んだりとかしてないから」


「私も。悪いのはあいつらであって魔女は関係ない」


 そう言ってくれるけれど、本当なのでしょうか。ゆっくりと顔を上げると2人は微笑んでいました。


「私が薬を作らなければ2人は今頃幸せな日常を堪能できたんですよ? 私がいなければ日本が壊れることもなかったんですよ。恨まないなんて、おかしいですよ」


 私が逆の立場だったら絶対恨んでる。大事な人を奪われたなら復讐する。今だってそうだ。

 なのにこの娘の態度はまるで反対なのだから。


「パパやママと会えないのは寂しい。でも! それはお姉ちゃんのせいじゃない。だって魔女のお姉ちゃんは優しいから。怖い人達とは全然違う!」


「それにさ、魔女がいなかったとしても連中なら似たようなの作ってたんじゃないの。だから別に魔女が気に病む必要ないと思うよ」


 正直、もっと責めて欲しかった。罵倒して欲しかった。烈火の如く怒鳴って欲しかった。

 罪の意味を理解してるからこそ、許しを請うのはお門違いだって思ってた。


 なのに、どうしてこの子達は。


 胸が痛い。苦しい。なのにどうしてこんなにも心に染みるのか。それが私には理解できない。


「わたし、お姉ちゃんがいなかったら死んでたんだよ?」


「私もそう。魔女に救われた命だからそう考えるのは別にいいでしょ?」


 助けた命と同じくらい人も殺した。いやそれ以上に手にかけている。

 私はもうまっさらだった自分には戻れないのでしょう。でもそんな私にこうして慕ってくれる娘がいる。ああ。私はなんて幸せ者なんだろう。


 すると雪月さんがハンカチを渡してきました。どうして?


 理解できていないと彼女が私の顔にハンカチを当ててきます。


 そうか。私は泣いているのか。


 もう泣けないって思ってたけれど、まだ人としての情が残っていたんだ。


 いや。きっと最初からあった。でも自分と向き合うのが怖くて心の奥底に閉じ込めていたんだと思う。


 本当に救われたのは私だった。


「ありがとう。雪月さん、栗香さん。私は世界で一番幸せ者かもしれません」


 2人は何も言わず笑ってくれた。どこまでもお利口な子だ。ううん、娘じゃなかったとしてもきっと2人なら寄り添ってくれるのでしょう。


「本音を言うなら私はもう使命を投げ出して2人とどこかへ逃げたいと思ってます」


 戦争とか世界とか興味もないし、それに自分で思っている以上に雪月さんと栗香さんが大切だって気づいてしまったから。きっとどちらかか、或いは両方失った日には一生自己嫌悪に苛まれるでしょう。


「お姉ちゃんがそうするって言うならついて行くよ?」


「私らの心配をしてるなら大丈夫だよ。ずっと化物と戦って来たし今更って感じ」


 きっと私がどんな選択をしてもこの子達は一緒に来てくれるのでしょう。

 ならば、私はどうするか。答え何て最初から決まっています。


「富士を、そして桜姫と決着をつけましょう。この悪夢を終わらせます」


 すると2人は大きく頷いてくれました。私はもう迷わない。使命や信念じゃなく、娘と平和な時間を過ごす為に戦う。理由なんてそれだけでいい。


「では早速出発しましょう。あの様子では富士がいつ動くか分かりませんから」


 2人が頷くと部屋から出て行きました。行動が早くて感涙です。

 部屋に残されたのは狐。私の方を見てました。


「そういえばお前、あの時庇ってくれたよね。一応礼を言っておくよ。ありがと」


「別に構わんよ。ここまで来れば吾輩も最後まで見届けよう」


 いつになく素直な気がする。それは私もか。


「契約をする気はないけど、私達のペットくらいの地位はあげてもいいよ」


「やれやれ。君といると退屈しないのじゃ。全く」


 こうして呑気にしていられるのも今の内だろう。

 さぁ東京へ行こう。

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