51.救済
最悪の状況となってしまいました。陽菜葵さんが敵に寝返り、富士も無防備とはいえいつ加勢するかも分からない。本来であれば逃げたい所ですが銃を持つ相手にそれは極めて困難。
おまけに雪月さんと栗香さんに指示しながらとなればさらに難しさが増す。
最早絶望しかないですね。
「あの時殺しておくべきじゃったな?」
隣にいる狐が囁く。こいつはいつも後出しで物を言う。成ってしまった現状を嘆いても仕方ない。さぁどうする。
様子を伺おうと顔を出す。すると容赦なくピストルを発砲されました。少し時間を共にしただけですがこの容赦のなさはどうかと思います。それだけ桜姫の重みが違うのでしょうか。
「陽菜葵さん、目を覚ましてください。あなたは騙されています」
「何言ってるの? 姫様はヒナを頼ってくれた。ヒナに会いたいって言ってくれた。姫様は嘘吐かない。魔女たん、ヒナと姫様の為に死んで?」
と続けて発砲してきます。この様子では説得は無理そうですか。これは本当に困りました。
ここで陽菜葵さんを殺す? いや、富士はそれも想定しているはず。あいつにとって陽菜葵さんが私達を仕留めればそれでいいし、失敗すればそれでも構わないのでしょう。
結局どう転んで奴らの掌の上。どこからか盤上外の駒があれば……。
すると暗い夜空に黒い影がいくつも出て来た。同時にカァという鳴き声がいくつも響き渡ります。
「俺のしまで争うとはいい度胸してるな、人間共?」
鴉天狗が地上に下りてきて深紅の目を光らせてます。ふっ、どうやら駒が落ちて来たようですね。
「向こうが仕掛けてきたんですよ」
「てめぇらの事情なんてどうでもいい。即刻戦いをやめて消え失せろ。でなければこの場の全員が地獄を見るぜ?」
かなりご乱心みたいですね。けれどこれは私にとっては朗報かもしれません。
「今すぐ消え失せたいんですけどね。相手が銃を撃って来る限りここを動けないんです」
陽菜葵さんは今も定期的にピストルを撃ってきます。そんな簡単に撃てるのはあのリュックに弾でも入っているのでしょうか。
「フン。あんなもの児戯にもならん」
鴉天狗が翼を片方上げると目の前につむじ風のようなのが舞起こった。その風は弾丸を飲み込み全く別の軌道へと逸れていく。やはり妖怪なだけあって規格外なようです。
「な、に今の?」
陽菜葵さんは驚いた様子を見せます。それで続けて何度も撃ちますが全て風に飲まれて無作為な方向に飛んで行きます。今がチャンスですね。
「本当は使いたくなかったのですがここまで手荒にされてはこちらも本気を出すしかないようですね。それともまだ続けますか?」
おそらくあいつらにこの鴉天狗は見えていない。つまり目の前で怪奇な現象が起こってるように思ったでしょう。だがこのタイミングで起こったならば私が起こしたようにも見えるはず。
「鴉の群れか。災いの象徴か、或いは使い魔か。君は本物の魔女か?」
やはり富士も状況が把握できていないらしい。状況は一転している。この好機を逃すな。
「そうですよ。私が本気を出せばこの一帯を更地にすることも可能です」
さすがに大袈裟かもしれませんが相手を臆させるにはこれくらいが丁度いい。
けれど富士は慌てる素振りが一切ありません。
「それを見るのも一興ではあるが。ならば今一度交渉をしようか」
などと呑気に言ってきます。このジジイボケたか?
「答えはさっき言いましたが?」
「ならばこの娘の命はいいのか?」
富士は地面に置いてあった物干し竿から綺麗に刀だけを抜き取った。その刀身はあまりに長く、おおよそ人が扱うものにはまるで見えなかった。
富士は刀の根本の方を陽菜葵さんの首に近付けます。
「え? ま、待って欲しいんだが? ヒナがすぐに終わらせるから」
「何を勘違いしている? 桜姫はこう言った。私の命令に従え、とな。そして私はお前に何も命令していない。お前の役目は最初からこれしかなかろう」
刃を喉に当てて今にも殺しそうな勢いです。くそ、首相が人質とか恥ずかしくないのか!
「その子に人質としての価値があるとでも? 私を殺そうとしてる人を助ける道理がありますか?」
「それを見るのも一興であろう。魔女。君は妙に情がある部分がある。そうでなければそのような無能を連れまい?」
私の娘を無能呼ばわりするとは、こいつはどこまでも私をイラつかせる。
「君はこの娘を見殺しにするだけの覚悟はあるか?」
「や、やめ……」
陽菜葵さんは泣きそうな顔をして助けを求めている。このジジイどこまでクズなんだ。
けれどここで要求を飲めばあいつの思惑通り。けれど断ってもどうなるか分からない。
全てを天秤にかけて答えを導き出せ。最善は必ずある。
「早く答えろ。残り5秒だ」
「人間共、いい加減にしろ。早く消え失せろって言ったのが聞こえなかったか?」
鴉天狗の目が輝き辺り一面が暴風域になった。あまりの風に飛ばされないように木にしがみついてないと空の旅になりそうだ。さすがにこの風の強さは富士も厳しいらしく陽菜葵さんを解放した。
今手を放すとか何考えてんだ、ジジイ! 陽菜葵さんは風に飲まれて空へ飛んで行く。富士はそれを見守ると何事もなかったようにその場を後にした。
あんなジジイはともかく問題は陽菜葵さんだ。既に木より高く飛ばされてる。あんな所から地面に落ちたら致命傷では済まない。
「ああもう!」
こうなったら行くしかない。手を放したら私も空へと飛ばされる。こんなにも体が軽くなったのは初めてだ。なんて呑気に考えてる暇はない。陽菜葵さんを捕まえないと。
でも風向きが違うせいか彼女を捕まえられない。手を伸ばしても届かない。
あと、少し。あと少しなのに。
陽菜葵さんは私を見ると彼女も手を伸ばした。どういう意識か、死を直感して無意識に生存本能が働いたか。でもそのおかげで手が重なる。
同時に仲良く地面へと落下して行く。あぁ、これは不味いな。
「陽菜葵さん。私をクッションにしてください」
彼女は意味も分かってなさそうだったが、私がそうさせる。彼女の下に移動してそのまま落下。衝撃を分散させるために地面と垂直に。あとは神次第。
ドスン!
ぐはー! めっちゃ痛い! 内臓、やられたか?
いや、私よりも陽菜葵さんは!? 彼女を見る。口から血を流していて今にも眠ってしまいそうだった。いくらクッションになったとはいえ完全には衝撃を抑えきれなかったか。
これは、急がないと。
「雪月さん。鞄を、貸してください」
「お姉ちゃん、でも!」
「急いで、ください。一刻を、争います」
そしたら彼女は聞き分けよく鞄を下ろして開けてくれました。私はその中にある蓬莱草を取り出します。
「栗香さん。これを、すり潰して、ください。薬を、作ります」
現状彼女を助ける薬は持ち合わせてない。ならば今ここで作って助けるしかない。
「おい。お前ら何呑気にしてんだ。お前らも……」
「鴉天狗よ。これ以上の手出しは無用じゃぞ?」
珍しく狐様が私の前に立って説得してくれた。それには鴉天狗もビビったのか何も言わずその場を飛び去っていき、上空を飛んでいた鴉達も消え去る。私を庇ったのか?
いや、今はどうでもいい。急いで助けないと。
「私の、指示に従ってください」
「お姉ちゃん……」
雪月さんが今にも泣きそうな顔をしている。安心させるために無理して笑顔を作りました。
「私は、大丈夫、です。薬が完成したら、彼女に飲ませてください。もし、私が死んだら、その時はお願い、します」
そして私は娘らに指示を出しながら薬を作ってもらった。段々と意識が遠くなりつつあって、気付けば視界は真っ暗になっていました。




