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5.記憶

 一日のほとんどは無為に過ぎて行く。何せやることが何もないからだ。その為寝てる日が多い私だが最近は不眠症気味になっている。原因は隣に口うるさい悪霊狐がいるせいだ。

 こいつは暇があれば何かと話しかけてくるせいで寝ることも許されなくなった。おかげでただでさえ長い一日が更に長くなり暇を持て余す。

 急に生活習慣を変えられて恨んでいるがそれを言うとこいつの思惑通りでそれをネタにまた何か言い出すので黙っている。


 とはいえ暇だとよく言う私だが意外とすることはある。まずは薬制作。暇な時になるべく貯蓄は増やすように意識はしている。来た客がどんな薬を求めるか分からない以上、多種多様な薬が必要になる。


 次に川でのゴミ拾い。はじめに言っておくが私は慈善団体でもなんでもない。ゴミと言ったが正確には空き瓶や空き缶だ。薬の制作には容器が必要になるし、薬が売れたら消耗品の容器は減るから補充しないといけない。だから川へ行って捨てられた空き瓶を拾いに行くのである。場所によってはかなり拾える。とはいえ見た目や形が売り物に適してないと思ったら素直に山を下りて買い出しへ行く時もある。客がお金をくれるし人によっては高額な金額を支払ってくれるから。ただ家に帰るのが面倒くさいから滅多に下りないけど。


 それで最後は栽培してる薬草の水遣り。薬制作に必要となるのから家の近くで作ってる。小さな貯水池も作ってあるから水遣りもわりと楽。雨があまり振らないと川へ行かないといけないがそのついでゴミ拾いに行ったりもする。上流だと収穫はほとんどないけど。


 とまぁ私はかなり忙しい生活をしている。隣で騒いでるだけの奴とは違う。今も薬草の水遣りで大変。プランターが3つもあるのだ。これは水遣りを超丁寧にしないとこいつの無駄話を聞かないとダメになる。


「水をやっておるが枯れておらぬか?」


 何も知らないこいつが隣で何か言っている。そう思う気持ちは分からなくもない。

 プランターに芽が出てる植物は全て黒く萎んでいて葉っぱもない。光合成をする気力もなければそもそも生きたいと思う気配がない。


 これこそが薬で使う一番大事な材料となる蓬莱草だ。実際そういう名前なのかは知らないが不老不死の薬を作った時にも使ったし、この草は枯れてるように見えて死んでいない。これが普通なんだ。生きてもなく死んでもいない。まさに今の私と同じ状態に思える。


 当時、不老不死の薬を作る為に品種改良をし続けて偶然にもこいつが生まれた。今となってはそれが終わりのはじまりだったのだろう。


 因みにこの蓬莱草。黒い癖に根を抜いて乾燥させたら白くなる何とも禍々しい代物だ。こんなのが入ったのを喜んで飲む奴がいるのだから世界は狂ってる。


「これは薬の材料。お前はそれだけ知っていたらいい」


「なるほどのう。こんなよく分からぬ植物を材料にしてるなら惚れ薬のようなのが出来ても不思議ではないな」


 普通は不思議に思うだろうけどこいつの常識は妖界での常識だからアテにならないね。


 水遣りも終えて作業台に戻った。今日の分は働いた気がする。もう薬は作らなくてもいいかな。私は頑張った。


「思ったのじゃが君は普段から何も食べないのか?」


 不老不死の人間に対してその質問はふざけているのだろうか。

 こういう所が相手にしたくない理由だ。


「お前だって何も食べなくても生きられるでしょ。だったら食べる理由もないよ」


「確かに食べなくても生きられるが好きな食べ物くらいあるじゃろ? 因みに吾輩は油揚げじゃ。あとお稲荷も外せんのう。あとあと団子にイチゴにぶどうに数えたら沢山ある。でもな、京で食べたお稲荷さん。あれだけは格別やったのう。あれ食べた時は人間に尊敬して妖怪やめようか本気で考えたんよ」


 そのまま団子屋の看板狐にでもなってたら私はこんな苦痛を味わなくて済んだのに。

 好きな食べ物なんてそんなの母が作ってくれたおむすび以外にあるだろうか。

 自分で作ると塩気が多くなって辛くなりがちだったけど母が作ったおむすびは塩加減が丁度よくて最高だった。おむすびを口に頬張って麦茶で流すのが好きで、それを母に見られたら行儀が悪いってよく注意されたっけ。


 はぁ。こんな過去の思い出の感傷に浸るなんてらしくないな。薬でも作ろ。


「誰かいませんかー」


 そう思ったら家の外から声がした。いいタイミングで客が来たらしい。

 扉を開けて出迎えたら外には若くて背の高い青年が立ってた。かなりラフな格好で髪も無駄にテカテカしてる。でも目元だけはやつれてて私と目が合って笑顔を見せるもどこかぎこちない。とはいえ客は客だから私はいつもの営業スマイルを見せてあげた。


「お客さんですね?」


 確認は大事だ。そしたらノッポ君は無言で頷いた。ならば家に招くまで。


「どんな薬をお望みですか?」


「どんな薬でも手に入ると聞いたが本当か?」


 質問を質問で返すとはいい度胸だ。だがどうにも目の焦点も合ってないし、ここは寛大な心で許してやろう。


「大抵の物は手に入ると思いますよ」


「だったら死んだ人を生き返らせる薬もありますよね?」


 普通の客ではなさそうとは思ってたけど、その類を求める客か。これは面倒になりそうだ。


「理由を尋ねても?」


 するとノッポ君は話そうか迷って俯いた。この質問を断る客は案外いない。なにせこんな所まで来る人なんて余程覚悟が決まった人だから手ぶらで帰るという選択肢が最初からないのだ。だからその精神を利用して退屈しのぎをするのが私の日課だ。


 私の予想通り少ししてノッポ君は顔をあげてぽつぽつと語り始めた。


「俺は人から褒められるような人間じゃあなかった。高校は不良でいつもダチとつるんで、大学も誰でも入れるような底辺大学に行って毎日遊び惚けていた。あの日のことは昨日のように思い出す。あれはいつもの溜まり場で使ってたゲーセンに1人で行ってた時だった。その時、俺は彼女と出会った」


 この時点で結末を理解したけど話の腰を折るほど野暮ではないので黙って聞き続けます。


「彼女は不良グループに絡まれて困ってる様子だった。けど店員が助ける素振りもなかったから俺が間に入って助けたんだ。俺が地元でも有名な不良ってのもあってあいつらはすぐに逃げたよ。それで彼女がお礼を言ってくれてさ。UFOキャッチャーでぬいを狙ってたけどあと少しで取れなくて困ってたからお金借りようと話しかけたらダル絡みされたんだとよ。なんか思ってたのと違って笑ったけどせっかくだから俺が金を貸してやったらぬいが取れてさ。それでめっちゃ喜んでくれたんだよ。その笑顔はいまでも忘れられないな」


 ノッポ君は饒舌に語りまくってる。正直恋バナに興味ない私からすればどうでもいい内容だけど隣のこいつは興味津々らしい。


「しかも彼女、俺の母校の生徒らしくてよ。そういうのもあってすぐに意気投合してそれから会うようになったんだ。おかげで俺の鬱屈とした毎日は彼女のおかげで輝きを取り戻したんだ。本当に毎日が楽しくて仕方なかったな……」


 口調のわりに語気が沈んでいるのはこの後の展開が物語っているのだろう。

 聞かずとも分かっているがあえて聞こう。


「勘のいいあんたなら気付いてるだろうけど彼女はもうこの世にはいない。1月前に亡くなった。信号無視した奴に轢かれたって聞いた。即死だったらしい。次に会った時は棺桶の中って何の冗談だよって思ったよ。彼女と会って1年しか経ってねーけど、それでもあいつは俺に色んな顔を見せてくれたし結婚する約束だってした! あいつは……あいつがなんで死ななくちゃいけないんだよ……」


 ノッポ君は悔しそうに手を震わせて言った。これは先に言ってあげないと不味そうだな。


「あなたの事情は分かりました。けれどここはご存知の通り薬屋です。そして薬とは生きてる人間が服用するもの。死んだ人間に効果があるものは一切ありませんよ。死者を生き返らせるなどそれこそ神の力でしょう」


 不老不死になる薬を作った私が言うのも変だがそれでもできないことはある。


「なんでだよ! ここはどんな薬でもあるんだろ!? あいつを救ってくれよ! あんた魔女なんだろ!?」


 ノッポ君が叫びながら詰め寄ってくる。実際想い人の死となれば彼には相当の覚悟があるだろう。だからこそ藁にも縋る思いでここに来たのだろうが無理な物は無理だから仕方ない。


「俺の命はどうなってもいい。あいつが助かるならそれでいい。だから頼むよ!」


 臓器移植とかそういうのを想定しているのでしょうか? そういうのは医者の範疇でしょう。全く困ったお客さんだ。


「本当にできないのか?」


「その人にわずかでも意識があれば違ったでしょうけど」


 そこまで言ったらノッポ君はがっくり項垂れた。残念な結果となったでしょうが仕方ない。こんな風に手ぶらで返してしまう客も少なくはない。私は神でもなんでもないから。


「くそ……俺はこれから一生こんな気持ちで生きていかないとダメなのかよ。あいつの笑顔も優しさも、その思い出が毎日のように思い出して心が痛むんだ。あいつはもういないのに。あの頃の幸せな日々には戻らないのに。いっそこんな思い出忘れられたら……」


「記憶を消す薬ならありますよ」


「え?」


 死人に処方できる薬はないけど生者に効く薬は山ほどある。それに記憶関係の薬はこれまた簡単に作れる。元々人間の脳は一定の容量に達すると記憶を消すからこれを薬で制御するのは可能である。


「丁度この薬の効果は大体1年程度の記憶ですからあなたは運がいいですね。彼女との出会いからすっぱり忘れられますよ」


「そうか。これを飲んだら全部消せるのか」


 前に進むのに邪魔な壁があるならそれを壊せばいい。簡単じゃないですか。


「待つのじゃ」


 いい感じに商売が成立しそうになった所でこいつが口を挟む。なんかそういう類の妖怪なのではないかと最近思う。


「お前さんはそれでいいのか? 惚れた人間のことを一切合切全て忘れる。死んでも生き返らせたいと願うほど好きになった相手じゃろう。本気だったからこそここへ来た。違うか? それと1つ進言してやろう。生物とは生きてる間よりも死んだ後の方が大事じゃ。生きていれば存在を認知されるが死ねば時間と共に土に還るように風化してゆく。お前さんが彼女を忘れたら誰が彼女の優しさを覚えているんじゃ? 彼女がこの世界にいた証を誰が継ぐんじゃ? 逃げるではない。それが生者の務めであろう」


 長々と説教してるけど全部聞こえてないのが笑えるんだよね。おかげで私に言われてるみたいになるし。はぁ。


「どうにもここにいる悪霊はこの結果に納得がいかないご様子です」


「悪霊、だと?」


「詳細は省きますがあなたが彼女を忘れたら彼女の存在そのものがなかったことになると言いたいそうです。あなたが忘れたら彼女は真の孤独の中で無意味に死を遂げただけになるでしょう。なのでもう1つ薬をご用意しました」


 お約束の如く新しい小瓶をカウンターに置いた。


「こちらは先程の薬とは真逆で1年間の記憶が鮮明に思い出すようになる薬です。もしもあなたが彼女を真に愛していたならば、彼女との出会いから今一度記憶に収めておくのもいいかもしれません。どちらを選ぶかはあなた次第です」


「俺は……」


 ノッポ君は悩みに悩んだ結果、小瓶を手に取った。記憶が蘇る方だ。


「いいんですね?」


「あいつの死は今でも受け入れられない。このまま前に進めるかも分からない。でもあんたに言われた通りあいつが居なかったことになるのはごめんだ。それに最後にあいつの笑顔を見て、それからのことはその後考える」


「そうですか。吉報となるのを願っています。お会計は500円です」


 ノッポ君は紙幣を一枚置いた。知らない顔の人だったけど1000って書いてあったから1000円だろう。500円を返そうと思ったけどすでに彼は出て行ってた。


 もしも新しい悩みができたならまたここにくればいい。生きてる人を助けるのが薬屋の仕事ですから。

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